6. 3
翌朝、芽美を見た母は仰天した。
「芽美……! その髪はどうしたの!」
「切った。自分で」
芽美はダイニングの椅子に座ると用意されていた朝食の前で無言で手を合わせた。そういえば、と、「いただきます」と声に出す。ここに座って、朝晩当たり前のように食べていたが、それが当たり前ではないことになぜか今気がついたのだった。そして自分への関心が薄くなっていた母が驚いたことで、世界と自分がかちりと繋がった――そんな錯覚を芽美は覚えていた。
「自分で切った、ですって?」
珍しく母の追求が続いている。
「どうしてそんなことをしたのっ……」
「邪魔だったから。歩くのに」
目玉焼きに箸を入れると、とろりと黄身が流れ出した。毎朝、この瞬間、芽美はいつも映美に申し訳なく思う。半熟の目玉焼きは大好物だが、自分一人が食べることに、罪を犯したわけでもないのに罪悪感を覚えてしまうのだ。
「お母さん。私、今歩いているの」
黄身に醤油をかけつつ、芽美がなるべく無心で母に告げたところ、
「そんなの知ってるわよ」
当たり前のような口調で返され、芽美は思わず顔を上げていた。
「……気づいてないと思ってた」
今まで病院外での行動に一度も触れられたことがなかったから、そう思い込んでいたのだった。
「それで?」
「え?」
「話の続きがあるんでしょ?」
この会話の行きつく先は説教か批判だろうと思い込んでいたので、芽美はまた驚いた。そして自分が思い込みやすい性格なことを今更ながら思い出した。芽美と映美、好みのものは同じだが、性格はまるきり違っていることも。
「……私、映美のために何もできない自分がすごく嫌なの。それが映美のお見舞いに行きたくない本当の理由。眠っている映美に会っても意味がないって言ったのも、そういうこと」
惰性で動かしていた芽美の箸がついに止まった。
「私は医者でも看護師でもないし、お母さんや景ちゃんのようなこともしてやれないから。だから歩くことにしたの。歩くことなら私にもできるから」




