6. 1
これまでも芽美は様々な場所を歩いてきた。
通学路、スーパー、図書館、浜辺。本屋、音楽ホール、塾、ドラッグストア。物心ついた時からゆるされる範囲で四方八方歩いてきた。
そのほとんどにおいて、歩くことは目的地へ向かうための手段でしかなかった。または単なる散歩、運動、時間つぶしのための行動だった。
しかし、今は違う。
今、芽美は真剣に歩いていた。
朝から夕方まで、何度も何度も病院の周りを歩くようになり、歩くことは単なる手段ではなくなっていた。
どうしてこんなことを始めたのか――それを説明することはすごく難しい。だから「何してるんだよ」と彼に尋ねられても芽美は答えられなかった。
この日も芽美が黙々と歩いていたら、花屋の前で彼が怖い顔をして待っていた。芽美が小さく会釈をしただけで通り過ぎようとしたら、なぜか彼は芽美と並んで歩き出したのだった。
「何してるって訊いてるんだ」
繰り返された質問に、
「お兄さんのことを馬鹿にしてるわけでも、真似してるわけでもないよ」
芽美が足を止めることなく正直に伝えると、
「そんなわけないだろう。どう見たって俺の真似じゃないか」
彼はいら立ちをあらわにし、剣のある目つきで芽美を睨んだ。
「ごめんなさい。一つ訂正。お兄さんに感化されて歩き始めた。でもそれだけだから」
彼にはいつかきちんと説明したいと芽美は思っている。でも今は駄目だ。まだうまく説明できる自信がない。それに今は歩くことを最優先にしたかった。誰にも邪魔されることなく歩きたいのだ。
「ちょっと待てよ」
肩を強く掴まれたが、芽美は彼の手を強引に振り払った。
「お願い。邪魔しないで」
そして返事がくる前に踵を返すと、歩くことそのものに意識を集中させていった。
今はとにかくたくさん歩きたい。
ただそれだけだった。
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