5. 1
「……芽美ちゃん?」
あれから涙の痕が消えるまで適当に過ごして病室に戻ってきた芽美だが、中にはどうしても入りにくくてドアに手をかけることができずにいたら、背後から景太に声を掛けられた。景太は今日もひまわりの花束を抱えていた。毎日、種類は違えど必ずひまわりを手に景太はやって来る。
「中に入らないの?」
これに芽美は何も言えなかった。
母や映美がいる病室には今は入りたくない。しかし入らないと言える雰囲気でもない。
こんな自分のことを景太はどう思っているのだろう。呆れているだろうか、それとも幻滅しているだろうか。一度も訊ねたことはないが、芽美には答えは何となく察せられた。ひまわりの鮮やかな黄色が目にしみて、芽美はそっと目を逸らした。
「私、ちょっとコンビニに行ってくるね」
言い訳めいた感じで逃げるように景太のそばをすり抜けたら、「待って」と、景太が芽美の二の腕をつかんだ。景太はにこりとも笑っていなかった。
「どうしたの? 何かあった?」
映美に向ける表情とは大違いだ、と芽美は思った。映美にはどこまでも優しく、甘く微笑むのに。
ずっと黙っていたら、景太がじっと芽美の顔を覗き込んできた。
「……泣いたの?」
心配そうに芽美を見つめるその瞳には、相変わらず特別な色は見えない。けれど、真心は――真心だけは確かに感じられた。
「ね、景ちゃんは知ってる?」
自然と芽美の口から言葉が漏れ出た。
「この辺りをいつも歩いているお兄さんのこと、知ってる?」
「突然どうしたの?」
「そのお兄さん、病院の隣の花屋さんで働いている人なの。三年くらいずっと歩いているんだって。自分を痛めつけるために」
「痛めつける?」
まるで自分自身が痛みを覚えたかのように景太が眉をひそめた。
「でも本当はそういうことじゃないと私は思ってる。だから私、さっき直接お兄さんに訊ねてきたの。……理由は教えてもらえなかったけど」
そこで芽美は早口で付け加えた。
「でもね、泣いたのはお兄さんに怒られたからとか悲しいからとかじゃなくて」
「じゃあどうして?」
いつしか景太の声も表情も穏やかなものに変わっていた。だから芽美も落ち着いて自分の心を見つめ直せた。
「映美が死んじゃうことが……怖いの」
口に出せば――あらためてわかった。
「……怖いの」
受け入れがたい未来が目の前にはっきりと立ち塞がっていること。
そこから逃げ出すことはできないこと。
救いはないこと。
もはや自分には絶望に飛び込む以外の道は残されていないこと。
そういったことが、気持ちを言葉に出したことではっきりとわかったのだった。