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そうして芽美の生活に新たなルーティンができた。
まずは朝から母とともに病院に向かい、病室で過ごす。甲斐甲斐しく動く母を眺めていれば景太が来るから、母に続いて病室を出る。でも母とはすぐに別れる。母とは初日に病院のロビーでもめて以来、解消しきれないわだかまりを共有していた。
一人になるや、病院を出て周辺をぶらぶらと歩く。お腹がすいたらコンビニで買ったパンを食べ、また歩く。とにかく歩く。疲れたら近所の公園や小学校の校庭でぼんやりと過ごすこともあるが、元気になったらまた歩く。ずっと同じ場所にいたら変な人に思われるだろうし、何より一か所にじっとしていると落ち着かない性分なのでひたすら歩く。今が夏でなければよかったのに、と何度も思うのはお約束だ。
夕方になったらようやく病室に戻れる。
汗をたくさん吸った服は気持ち悪いが、母の車で爆睡していれば家に着いている。簡単な晩御飯、シャワーの後はベッドに直行だ。毎晩夢を見ることもない。運動不足だった芽美の体は日に日に引き締まっていった。
とはいえ、うだるように暑い中、特に面白みも目的もない散歩にはある種のしんどさがあって、そんな芽美の唯一の娯楽はいつしか病院の外で彼を見つけることになっていた。そう、あの日芽美が蹴った石が頭に命中してしまった運の悪い青年のことだ。
くたっとしたシャツ。コットンパンツ。スニーカー。それに黒いベースボールキャップ。それに俊足。競歩並の素早い歩き。同じルート。見かける時間は日によって違っていたが、いつだって彼は彼そのもので、見つけるのはそんなに難しくはなかった。
ただ、彼を見かけても芽美はもう声を掛けようとは思わなかった。わき目もふらずに歩く彼には何かしら思うところがあるようで、この前のように他人の話を聞いてくれる余裕はなさそうだったからだ。世間話すらする雰囲気ではない。
これについては芽美はすぐに割り切った。彼のことはウォーリーだと思うことにしよう、と。「ウォーリーを探せ」のリアルバージョンだ。芽美と同じように歩いてばかりいる彼だが、結局はあかの他人なのである。
どうせ他人に私の心境を理解できるわけもない。
すぐに理解されるのも理解したふりをされるのも腹が立つだけだ。
ならば関わらない方がいい。
そんなことも芽美は思っていた。
◇◇◇