8.
城へ向かう馬車の中、俺はリチャードにぶつけようの無い怒りをブツブツとを吐き出していた。
「なんの説明もないまま実の娘を金で売る様な事、何故その様な非情な仕打ちが出来る!」
「テオ、それが人の道に反する事だと分かる様な人間ならば、例えどんな理由があろうと、虐待などしない。あれは人の所業ではない。畜生ですら我が子を危険から守るというのに反吐が出る」
「あぁ、そうだな。しかしあんなに酷い目にあっていたのに、何故マリエッタは誰にも助けを求めなかったのだ? 腐っても伯爵家だ、使用人が無理なら出入りの商人達や家に貴族を招く事もあっただろう、外に出た時にも店にかけ込むなど」
「お前あの報告書読んだんだろう? 5歳の少女が実母を亡くしたその翌日、葬儀が終わると同時に他人に全てを乗っ取られたんだぞ? 母親の死を受け入れる事が出来ないまま、洗脳され虐待され続けたんだ。確かにもう少し成長していたならば、反抗し抵抗して、死ぬ気で助けを求めて家から逃げ出そうと考えられたのかもしれない。しかしあの家の人間はあまりにも非道で、マリエッタ様も幼すぎたんだ。その小さな女の子はな、母親の死を悲しむ事も出来ずにたった一人きりで何も出来ず、希望を持つ事を諦めたんだ。自分で自分の心を殺したんだよ……」
リチャードはマリエッタの幼少期について背景などを細かく説明を始めた。
それを聞いた俺は報告書を読んでいてもなお闇が深い事を知り、マリエッタの事を想い心を痛めながらリチャードの話を聞いていた。
「今は使用人達も全て継母の息がかかった者に入れ替えてあるみたいだが、捜し出して話を聞いた古い使用人が話してくれたよ、マリエッタ様はどんなに怪我を負っても7歳の時には声も涙も出さなくなっていたって。泣くと余計に折檻されたんだろうな......。全くどんな境遇なんだよ! お前も想像してみろ、報告書読んで理解し、さらにそれによって起こりうる事をな! 確かにそんな過酷な状況は想像したくないだろう、でもそれだけじゃ足りないんだ!あの人が今なお怯えてしまう過去から目を背けずに過去ごと救ってやらないと、本当の意味で救った事にはならないんだ」
俺は何も言えなかった……。
報告を聞いた時も読んだ時も、勿論信じられないと怒りが込み上げた。マリエッタを見た時はなんて不憫で可哀想なんだと同情もした。俺の普通や当たり前がそうでないと、リチャードに忠告されていたはずなのに......、少女の悲惨な生い立ちから無意識に目を背けていたのかもしれない。
見たくない、想像もしたくないではなく、ちゃんと向き合わないと本当の意味で彼女を救ってやる事は出来ないのだ。『情けない』その言葉が思わず漏れてしまった。
「テオ? 少しずつ寄り添おう、マリエッタ様は今お前を頼ろうとしている。これからは安全な公爵家でお前と俺達で守れるだろう? そもそもお前だって予期せぬ結婚だったんだ、まずはあのお方、ルーカス様の話を聞いてみよう」
「そうだなリチャード、ありがとう」
そう言って俺は馬車の窓から外を見た。そろそろ城に着きそうだった......。