6.
紅茶で喉を潤し、マリエッタが落ち着くのを待つ。
ふと、マリエッタが飲んでいる物が気になった。体調の事もあるので薬草茶やハーブティーを飲んで身体の中も治療しているらしい。
マリエッタの身体について俺は先程の報告を思い出し、込み上げて来る感情を必死に抑え込んだ。
自分の薬となる茶を、チビチビ飲んでいるマリエッタ、その姿をよく見ると先程触れた時も感じたが、やはり細い。首に手首、髪も肌も、俺が知っている令嬢達のそれとは違っていてカップを持つ手にはうっすらと傷もある。
医師やマーサ達のお陰でこれでも良くなっているらしいが、何故これ程迄の異変を最初に気付かなかったのか......例え化粧で誤魔化しており、更に彼女に興味が無かったとしてもだ。
俺が、己の無関心の罪深さを反省していると「閣下?……」と不安そうな声がかかる。いかん!マリエッタに心配させてしまったと慌てて意識を彼女に戻すと、
「わたくし、閣下とこうして同じテーブルでお茶を頂く事が出来て、とても不思議な感じなのです」
「不思議とは?」と聞くと、高価であろう飲み物を飲み、誰かとテーブルに着いているという事が不思議なのだと。飲み干してしまう事を恐れず、会話をする相手がいるという感覚が慣れないと言う。
「マリエッタ、これからは私とも沢山会話をしよう!朝食も共にとり、夕食は皆で食べよう、大人数で食卓を囲んでその日あった事を話し合って、沢山笑おう。マナーも、誰の目も…...何も気にしなくていいんだ」
「……そんな夢の様な事、私の様な者が本当に望んでも......いいのでしょうか?」
そっとマリエッタの手を取り、「君は私の妻であり、公爵夫人なのだ」と伝える。
「しかしっ! 閣下との婚姻は契約であり一年後は……。なのでこちらでの生活や優しさに慣れてしまっては、わたくしはきっともう耐える事が出来なくなって......」
俺は彼女に安心してほしくて優しい言葉を掛けるが、優しさに慣れていないマリエッタは不安を拭えず感情を出してしまい、どこか怯えるように言葉を震わせている。
「マリエッタ! すまない。まだ信用出来ないだろうが、あの契約内容全てを破棄する! 契約ではなく本当の夫婦になろう、そして夫として君を守りたいんだ! 俺は君に笑顔になって欲しいと本心からそう思っている、互いにまだ知らない事が多いが......共に良い関係を築いていってくれないか?」
同情、罪悪感、夫としての責任感なのかもしれない。それでも俺は本心からマリエッタに手を差し伸べた。
「閣下、いえテオバルト様、わたくしは......貴方様を信じます」
そう言ってマリエッタはやっぱり涙を流しながら俺の目を見て……嬉しそうに微笑んでくれた。マリエッタが心を開きかけてくれている事も、俺に微笑んでくれた事も嬉しかった。
しかしその時ふと、俺の中で何か引っ掛かるものがあった。先程マリエッタの笑顔を見た時と同じような感覚。それは記憶なのか既視感なのか......。それが何であるかの明確な答えは今はまだ出なさそうなので、俺は考える事をやめて目の前の妻の手をしっかりと握りしめた。