26.
薄暗くなり始めた部屋では、重厚な執務机に座るデイモンが苦悶の表情を浮かべていた。
張りつめる緊張の中、詳細を問われたブレンダがソファから立ち上がり、声を張り上げる。
「お父様! お義姉様の事が先です! なぜあの女が公爵夫人なんかに収まっているのよ」
「あなた、わたくし達に嘘をついてまで隠していたのは一体どういうことなのかしら?」
これでは埒が明かないと、デイモンはこれまでの経緯を話す事にした。
「マリエッタの件で事実を伝えていなかったのは、この話がメリット以上にデメリットの方が大きかったからだ。それに――」
「はい? グランジュ公爵家に嫁げるならデメリットなんて関係ないわ! なぜ私ではなくあの女を嫁がせたの?」
「まったく、ブレンダの言う通りですわ。わたくし達には年老いて強欲な加虐性愛者に大金を積まれたと言っておいて……。一体そのデメリットとはどういったものなのかしら?」
当主であるデイモンの判断に納得の出来ない二人は、更なる詳細を求めるが、デイモンは言葉を濁す。
「それについては……公爵家から厳命されている。たとえ家族であろうと口外は許されん、この件は単なる縁組ではないのだ」
「王家が絡んでいるから、という事かしら?」
机に視線を落とし紅茶で喉を潤そうとしていたデイモンは、ダリアの言葉に思わずむせそうになる。
「あら、わたくし達グランジュ公爵から直接聞きましてよ?マリエッタとの婚姻は、王太子殿下が直接承認をされた婚姻であると」
「他には?」
「他……と、いいますと? あの娘に関わるなと忠告されましたわ」
「わたしなんか侍従にも酷い事をされたのよ! 魔法だかなんだか知らないけど公爵様にだって――」
――『魔法』という言葉を聞いてデイモンの動きが止まる。
「グランジュ公爵の使う魔法を見たのか? そもそも、なぜお前達が公爵家に?王都での事が原因であるならそこから説明するんだ」
「説明も何も、王都の宝石店で偶然会ったあの娘を直接問いただしただけですわ」
「まさか! アレが屋敷に居た時と同じように接したのではないであろうな?」
「だって、お義姉様ったらずるいのよ? 高級品を身に着けていてまるで別人だったんですもの!」
「そんな事はどうでもいい! いや、よくはないが、それよりも公爵は王都で魔法を使ったのか?」
「いいえ、公爵家の応接室でしたわ、いきなり何かが爆発して気付いたらベッドの上で……怪我や傷などは――」
二人の反応からおおよその事を判断したデイモンは合点がいった。
今回の事は、ダリアとブレンダのマリエッタに対する態度からの処罰であり、人目を嫌った公爵によって場所を移されたのか、それともこの二人が押し掛けたのか……。
どちらにせよ頭が痛くなる事実には変わりないのでデイモンは二人に分かるように説明をする。
「いいか、よく聞け。お前達の行動により我が伯爵家はグランジュ公爵家から、慰謝料を含む多額の賠償金を請求されたのだ! その金額がどれほどのものかお前達に分かるか?」
「お金のことを言われましても……、でしたらこちらも訴えればいいのです」
「こちらも訴えるだと? お前は何を言っているのだ?」
「お父様?私もお母様も、公爵家でひどい目に遭ったのです。しかも王都中をあんな……犯罪者が乗るような馬車に乗せられて、好奇の目に晒され辱めを受けたのですから」
「馬鹿もんっ!お前は何を言っているのだ! 犯罪者のような――ではなく罪人となったのだ!」
デイモンはブレンダに対し、初めて声を荒げ、娘の発言を正した。……これまでマリエッタに対しての非道な行いを正す事はしなかったのに……だ。
これにはさすがのブレンダも怯み、助けを求めて母親へ視線をやるが、ダリアも驚いて動きを止めていた。しかし、ダリアが驚き気になったのは、デイモンの声にではなく……その発言内容だった。
「わたくし達が罪人ですって? やはりマリエッタが公爵に何か吹き込んだのね!」
この期に及んでも、自分達の振る舞いを顧みようとしないダリアは眉を吊り上げ、目の前に置かれたティーカップを苛立ちとともに力いっぱい床に叩きつけた。
勢いよく跳ねた破片をギリギリで避けた執事のアルバートは、メイドを呼んでバラバラに砕け散ったそれらを片付けさせる。
マリエッタが居なくなった伯爵家ではこのような事が頻繁に起こるようになっており、それまでマリエッタがやらされていた仕事も含め、使用人達に矛先が向くようになっていたのである。
そうしてカチャカチャと割れたカップの音だけが響く中、デイモンが重い口を開いた。
「お前達に……ムチ打ちの刑と謹慎を言い渡されている。拒否する事は……できない」
「「 えっ? 」」
先程受け取った書状の詳細をデイモンが絞り出すような声で告げると、驚いたような声を上げた二人だったが、いち早くダリアが反応した。
「あなた! ムチ打ちとはどういうことですか!」
「お前達の不敬な態度と、脅迫行為に対しての罰とあるが? 脅迫とは一体……頼むから私に分かるように説明してくれ!」
「お母様? ムチ打ちの刑って? まさかわたしとお母様が? う、嘘よね?」
声を震わせながら母にすがるブレンダだったが、その声も聞こえないのか、ダリアは落ち着かない様子で親指の爪を噛みながら一点を見つめる。
「お母様! わたし嫌です! ムチ打ちだなんて……。お父様、どうにかならないのですか?」
デイモンは顔を歪ませながら首を横に振る。伯爵家が公爵家の決定を覆すなんて到底無理な事なのだ。
「お前達の浅はかな行動の代償は自分達で払うしかない。これ以上問題を起こせば賠償金で済まなくなるのだぞ! 分かっているのか?」
デイモンの強い言葉に「あの女のせいよ!」と、マリエッタを逆恨みして泣き出すブレンダ。
しかし、泣いてすがられようが何も出来ないとデイモンは娘から目を背けたが、それまで何かを考え込んでいたダリアが口を開く。
「ブレンダ、泣くのはおよしなさい。――わたくしに考えがあります」
一斉に視線を集めたダリアの表情に不安や怯えは一切感じられず、むしろ不敵な笑みを浮かべていたのだった……。
暑さが辛い季節になってまいりましたが、
皆様いかがお過ごしでしょうか?
体調を崩されないよう、どうぞご自愛ください。




