25.
「一体どういうことだ! 何があったというのだ」
ハワーズ伯爵家の一室にて、当主であるデイモン・ハワーズの怒声が響いた。
屋敷からの急報を受け、急ぎ城から戻った彼の手には、受け取った手紙がくしゃくしゃに握りつぶされていた。
そこへ、グランジュ公爵家の使者が進み出て書状を読み上げる。
『本日、王都の通りにてハワーズ伯爵家のダリア・ハワーズ、およびブレンダ・ハワーズ。この両名は、グランジュ公爵夫妻に対し無礼を働き、さらに公爵夫人を侮辱し、名誉を傷つけた。これにより、罰金および慰謝料を課す。』
使者は淡々と伝え、デイモンの反論も質問さえも許さず伯爵家を後にした。
「あの二人は今どこにいる! 今すぐここへ連れて来い」
「だ、旦那様、奥様方は王都からまだお戻りではございません」
新米の執事はおずおずとダリア達の事を伝えるが、彼もまた状況を把握できてはいなかった。
「なに? 役立たずめ、もういい! 下がれ。あの二人が戻ったら執務室に連れてくるんだ」
腹立たし気に苛立ちをぶつけたデイモンは、渡された書状に目を通しながらマリエッタの事を思い浮かべた。
「グランジュ公爵家という事はマリエッタ……まさかあの娘がテオバルト公爵と王都に? いや、しかしダリア達が揉めたというのであればマリエッタで間違いないのだろう」
デイモンはそう考えつつ、ダリアとブレンダに真実を伝えていなかったことを悔いた。
「面倒事を避けたつもりが裏目に出たか……」そう呟き、二人の帰りを待つのであった。
そうしてメイドが何杯目かの紅茶を淹れようと執務室にワゴンを運んでいると、飛び込むように執事がやってきた。
「旦那様、大変でございます! 奥様とお嬢様がお戻りになりました」
「やっとか、早く連れてこい」
「そ、それがその……公爵家の馬車にて送り届けられておりまして、お二人は拘束されております」
「はぁあ?」
デイモンはもう一度説明させようとするが、執事は「公爵家の使者殿もおりますのでお急ぎください」と、相当焦っているようだ。
急かされ外に出たデイモンは息をのむ――。公爵家の家紋を刻んだ豪華な馬車の後ろに、囚人を運ぶ檻付きの馬車が停まり、その中にダリアとブレンダが押し込められていたからだ。
「な! な、なぜ……」
確かに先程書状を受け取ったが、それは罰金などで済む程度の事で、まして相手は公爵家と言えども実の娘であるマリエッタの嫁ぎ先なのだからと、デイモンは高を括っていたのだ。
目の前の状況を飲み込めずにいたデイモンの前に先程とはまた別の使者が立ち、そして声高らかに書状の内容を読み上げた。
『罪状を読み上げる! この者達はグランジュ公爵家にて当主であるテオバルト・グランジュ公爵に対し、許し難い無礼な振る舞い、加えて脅迫行為をしたとして、後日グランジュ公爵家より正式な罰を与える事とする』
使者は威厳ある声で、侮蔑の表情を浮かべながら書状をデイモンに手渡した。
詳細にしっかり目を通し、期日前に返事をするようにと付け加え、豪華な馬車に乗って伯爵家を後にした。
残された強固な馬車から、公爵家の私兵であろう屈強な騎士達によって手荒く降ろされるダリアとブレンダ。
一見すると二人の様子は、髪も乱れ、着ているドレスもところどころ傷付き色褪せていたので、すでに刑を執行された後なのではないかとそう思えるほどだった。
騎士により、両手の拘束を解かれた二人はその場にへたり込む。
デイモンは憔悴している二人の姿を見て、余程の事があったのではと騎士に問いかけるが、騎士がそれに答える事はなかった。
「書面にて告げられた件、決して違わぬよう」
騎士は強い口調でそれだけを告げて引き上げていった。
「なによ! わたし達をこんな目に遭わせるなんてっ、絶対に許さないんだから!」
馬車の姿が見えなくなった途端悪態をつくブレンダと、憤然と髪を直しながら大声でメイドを呼びつけるダリア。
そしてそんな二人を執務室に連れてくるよう執事に指示を出し、書状の詳細を確かめるべく一足早く二人を置いて屋敷へと戻っていくデイモン。
執事のアルバートは命令に忠実な態度で頷きながらも、その表情は従者にあるまじき顔をしていたのだが、その事に気付く者は誰一人としていなかったのであった……。
「本日あった事を全て包み隠さず話すのだ!」
執務室で妻と娘を問いただすデイモン。普段あまり声を荒げる事のない彼にとって、それは珍しい事なのだが、二人はそんな事など気にする様子もなく、ここでも自分達の言い分だけを主張しようとしていた。
「お父様! わたしのこの酷い姿をご覧ください! こんな目に遭っているというのに他に言う事はないのですか?」
「あなた? わたくしも同じです。まずは湯あみをして、話はそれからです」
「お前たちは事の重大さが分かっていないのか?」
「何がです?あの娘の事ならば、わたくし達にも聞きたい事はございますのよ?」
「そうよ! お父様が嘘なんてつくから、こんな事になったのよ」
デイモンは額を押さえ、二人の言い分を遮った。
「理由があったとしてもだ! お前達はあのグランジュ公爵家を敵に回したのだ! 王都で一体何があったというのだ」
「何が、と言われましても……あの娘を見かけましたので声を掛けたのです。娘なのですから、なんらおかしな事はないでしょう?」
「お父様? なぜお姉様が公爵夫人だなんて事になっているのよ」
馬車から降りた時は余程ひどい目に遭ったのかと二人の心配をしたデイモンであったが、今は頭を抱えていた。この二人には危機感がまるでないのである……。
「二人とも、マリエッタの事は改めてきちんと説明するから、とにかく今は何があったのかを説明してくれ」
執務机に肘をつき、げんなりと顔をしかめるデイモンとは対照的に、二人はまたしても被害者然として喚き始めるのであった……。




