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21.テオバルトの告白

 ――コンコン、コン――


「遅くなりました。やっとあの二人を伯爵家へ送り返しました」


 部屋に入ってきたリチャードがマリエッタの母親たちの事を報告する。

 俺の手を握っていたマリエッタの手がビクリと反応したので、その手を包んで安心させる。すると、俺の顔を見たマリエッタの表情が幾分和らいだようにみえたので俺はそのまま話しをする事にした。


「あの二人の様子は?大人しく納得していたか?」


「いいえ、どちらも喚いてましたよ。特に母親の方は慰謝料まで請求してきた上に、あの猿のような自分の娘を嫁がせろとの事でしたが」


「ふんっ、予想していた通りだな。まぁ屋敷に戻って自分達が犯した罪と、こちらからの請求額を見て腰を抜かすがいい」


 俺とリチャードがあの二人の事について話していると、袖をクイクイと引っ張られたのでそちらに意識をやると、マリエッタが不安そうな顔で何か言いたそうにしている。


「どうした? 君は何も気にしなくていいんだぞ?あいつらも追い返したから会う必要もなくなった」


「お手数をおかけいたしました、あの……もしお父様が話を持ち掛けてきたら? あの人は義妹ブレンダやお義母様ダリアの言う事なら何でも聞いてしまいますし、わたくしは父に反論は許されておりませんので」


 せっかく落ち着いたというのに、また涙を浮かべるマリエッタ。もしかしたら母親の暴論が通り、自分と義妹が入れ替わってしまうとでも思っているのだろうか。おれはマリエッタと向き合い視線を合わせて伝える。


「聞くんだマリエッタ、君の父親達が何を言ってこようと何も変わる事はない。何度でも言う、君は俺の妻でありこのグランジュ公爵家の公爵夫人なのだ」


 それの言葉に静かに頷いたマリエッタであったが、幼い頃から受けていた仕打ちは決して簡単に拭い去る事が出来ないのであろう。俺は「外の空気を吸おう」と、マリエッタを散歩に誘った。



 庭を歩きながら、花を眺めるマリエッタであったが、その表情は心ここに在らずのようだ。きっとあの場では俺達に心配かけまいと頷いたに過ぎない。

 そう感じた俺は、マリエッタに再度言い聞かせる。


「マリエッタ、不安なのは分かる。君は長年あの家で一人苦しんできたのだから仕方がない事なのかもしれない。そしてそれは簡単に消え去る事ではないのだろう、だが信じて欲しい……君の住む世界は変わったのだという事を」


 俺はそう伝え、マリエッタに自分の幼い時の話を打ち明ける事にした。


「知っているとは思うが……俺にはもう両親がいない。早くに他界したのだが、その原因を作ったのは俺。――俺が放った魔法だったのだ……」


 

 そもそもこの国で魔力が発現する事は非常に珍しく、その発現条件や原理も未だ詳しく解明されていなかった。

 その為発現した魔力を自力でコントロールし、魔法として扱えるようになる事はかなりのレアケースであり、通常は魔力が発現しても何の役にも立たずに一生を終える事もあれば、僅かな魔力ならば発現した事さえ気付かない事もあった。

 

 俺はまず、この国での魔法の在り方をマリエッタに説明した。魔法関連の話は普通に暮らしている人間には馴染みがないものであったし、それ以上に彼女は幼い頃から世間と隔絶されていたのだから知らなくても何らおかしい事ではなかった。

 そしてリチャードが子供の頃に自然系の魔法が発現し、その魔法を扱えるようになった事など。


「本来なら魔法を扱えるようになるのは一握りの人間しかいない、なので通常ならばリチャードは王家扱いとなるはずだったのだが、その頃に俺も魔法が発現してしまったのだ」


 俺の話を真剣に聞き入っているマリエッタは、俺から視線を外さず頷いてくれた。か弱いはずの彼女だが、その瞳は力強い眼差しで俺を見つめていた。

 まるで俺の全てを包み込むように……そう、彼女の眼差しは俺を落ち着かせてれる不思議な力を持っているかのようだった。

 俺は息を吸い込み、一呼吸置いた。


「魔法の発現後、それは俺の意思と関係なく暴発する時もあり、制御することが難しくなっていったのだ」


――『魔法の暴発』。その言葉の意味がわかったマリエッタは分かりやすく心配し眉を下げている。

 もしかしたら 最悪の事態を想像したのかもしれない。俺は誤解を解くべく当時の事を細かく話す事にした。


「直接両親にぶつけた訳では無いのだ、ただ……王都で暴発を繰り返していては問題になりかねない為、領地へと家族で向かう事になった。両親は視察が終れば王都に帰り、俺は領地で暮らす……その予定だったのだ。」


 そこまで話した俺は言葉に詰まった……何故なら俺は幼い頃の記憶を失っているから。原因はこの時の事、両親を亡くした時の出来事が原因だ。

 しかし、ふとした時に鮮明に蘇ってくる厄介な記憶……男らしくないと自分でも思うが、今でも向き合えず記憶に蓋をしているそんな忌まわしい出来事。


「あの日――休憩の為に立ち寄った街で雨が降り出した。両親は雨をやり過ごそうと提案したが、俺が出発しようと急かして小雨降る中一行は出発したまではよかった。しかし……」


 俺の表情が険しくなったのかもしれない、それを敏感に感じ取ったマリエッタが声を掛けてくれる。


「テオバルト様、大丈夫でございますか?無理をされてはいけません。お話はまた今度にされては?」


「いや、大丈夫だすまないマリエッタ。しかし、どうか最後まで聞いてほしい」


 どうやら彼女は己の痛みや心情の変化よりも他人の痛みや苦しみを優先してしまうクセがあるようだ。いや……ひどい扱いを受け、そういう環境で育てられてきたのだ。

 よく捻くれず心優しく育ったものだと感動すら覚えながら、俺はマリエッタの頭をそっと撫でた。

 

 マリエッタに触れた事で、俺の中にせり上がってきていた恐怖や嫌悪感が霧散し、風に乗って届いた花の香りに心を落ち着かせるのであった……。





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