19.似たもの母娘
「つっ!痛っ……え⁉」
「お目覚めですか?ここがどこか分かりますか?ご自分の事は? 名前が言えますか?」
「は? 何よ! あなた、あなた確か……グランジュ公爵の侍従って。私はあの後お母様とあの女の事を確かめに――はっ! お母様は?」
ベッドに寝かされていたブレンダがガバッと体を起こすと同時にその顔を痛みに歪めた。しかしリチャードはその事を気にも留めずにブレンダの状態を確認するが、彼女の耳には届いてはいない。
「いったーーーい!何よこれ、どうしてこんなに体中が痛いのよ! 一体何があったのか説明しなさいよ、それにお母様はどこ!」
体の不調を訴える割には、目覚めと同時に喚き散らし悪態をつくブレンダにリチャードは再度確認をする。今度は少しだけ声のトーンを落として。
「状況の整理が出来ないだけで、記憶や人格に影響はないようですね? ではあなたにも理解出来るように説明をしましょう」
ブレンダの発言がテオバルトの逆鱗に触れて事故が起こった事、そして二人がこれから伯爵家に戻される事。勿論今回の事はブレンダの父親であるハワーズ伯爵に全て報告し、相応の罰が与えられる事。この三つがリチャードの口から伝えられた。
「な、な、何故? 罰ってなんの事よ……私はただあの女の本性を」
――ピシッ!――
ブレンダの言葉を遮るようにリチャードから冷気が放たれた。その冷気は彼女の頬に垂れたひと房の髪を凍らせ、なおも広がろうとしている。
「きゃぁー! 何よこれどうなっているの? あなたがやっているの? やめてっやめてちょうだい」
「言葉には気を付けてください、マリエッタ様はグランジュ公爵家の公爵夫人だと申し上げたはずです。あなた達母娘とは、もはや立場が違うのです」
「はぁ? あんなぼろ雑巾みたいな女が公爵夫人だなんて、あなたそれ本気で言っているの? 何かの間違いに決まっているわ」
注意をされ警告をされたにも関わらず言葉も態度も改めようともしないブレンダは、自分の足元に冷気が迫っている事に気付かない。
義理とはいえ、姉の事を『ぼろ雑巾』と言うブレンダ。彼女の美しかったはずの巻き髪は、テオバルトの爆発で無残なものとなっていたが、その形状のまま凍り始めた。
そしてベッドから立ち上がろうとした時――リチャードの魔法によりその場に縫い付けられ、前方へと転がった。
「きゃっ!――いったぁ……」
――コツ――うずくまるブレンドの目の前に磨かれた革靴が目に入った。
「それ以上マリエッタ様を侮辱するのであれば、屋敷に帰りつく前にこの場で罰を与える」
リチャードはブレンダを見下ろし、冷たくそして高圧的に最終通告を投げつけた。
ブレンダは床についた己の手までもが冷たくなってきた事に気付き、慌てて体を起こそうとするが初めての恐怖に動けず、その場で体を小刻みに震わす事しか出来なかった。
そしてその様子を見たリチャードは魔法を解き、こう告げる。
「貴様にも恐怖心というものがあるのだな、いいか? 次は無いと思え」
そう言うと、その部屋を後にしてリチャードは次の部屋へ向かった。
ドアを開け入ったその部屋には、ダリアがソファーに座り紅茶を飲んでいる
こちらはブレンダとは違い、自分でやったのか多少の身なりは整えられていた。
「お体の調子はいかがですか? まぁメイドに言いつけて紅茶を飲んでいるぐらいですから、見ればわかりますがね」
リチャードが皮肉交じりに確認をすると、それに落ち着いた様子で答えるダリア。
「あら、こちらのグランジュ公爵家は、怪我をさせた相手にお茶も出さないようなお屋敷だったと吹聴してもよろしいのかしら? まぁ……慰謝料と治療費、その他諸々きっちり請求させていただきますが、変な噂は立たぬに越したことはありませんからね? あなたもそう思うでしょう?」
(まさしくこの親にしてあの小娘あり、ということだな)
リチャードの呟きに気付かぬままダリアはここぞとまくしたてる。
「わたくしは伯爵家と言っても、あのウォーレン侯爵家と懇意にしてもらっていますのよ? この事が社交界に広まって困るのはあなたのご主人様やこの公爵家でしょうから、態度を改めるのならばいまのうちですからね?」
「態度を改める……ですか?」
ダリアが口にしたウォーレン侯爵家よりもグランジュ公爵家の方が爵位は上であるし、テオバルトは王家の血筋に連なっているのだから、脅しにもならないのだ。
しかしそんな常識的な事もわからないのか、とぼけるリチャードにダリアは何を勘違いしているのか形勢優勢とばかりにある要求を突きつけたのだ。
「あなたのその態度はもちろん主人であるグランジュ公爵へ報告しますし、わたくしたちが負わされた怪我、並びに多大な損失も責任を取っていただきます。――ただ、一つわたくしから提案がありますの!」
自分が突いてはいけない藪に棒を向けている事に気付かぬダリアは嬉しそうに両手を合わせた。
――パンッ――
その音はまるで、何かが始まる合図であるかのように……虚しく部屋に鳴り響いたのであった。




