18.
「マリエッタ、君は俺との今回の婚姻の話を何も聞いていないと言っていたね? この際だから少し話をしよう。お前達も一緒に聞いてくれ」
俺はそう言って、その場にいた皆に今回の経緯について詳しく話をすることにした。
隣国の王女が婚約者のいるルークに婚姻の打診をしてきた事、そしてルークがそれを回避した事で俺に順番が回ってきた事、今度は俺がそれを回避する為に俺とマリエッタが一年間の契約結婚をすると決めた事。
それらの経緯を伝え、マリエッタの実家である伯爵家がどのような対応であったかなども全てを話した。今回の詳細はリチャード以外には話をしていなかったのでみんな驚いており、女性陣に関してはそちらを向けない程に怒りが伝わってきた。
俺が考え事をしていたせいで、俺達二人の心配をしたマーサが空気をかえようと話題を振ってくれたのは分かるが、いかんせん俺はその手の事には慣れていないのだ。
俺がマーサ達に助けを求めると、ナタリーがズイッと一歩前に出て何やらあごでクイックイッとゴーサインを出している。
「は?」
俺が思わずそう漏らしてしまうと、マリエッタの体がビクッと反応して硬直したのが伝わってきた。
そうして彼女は泣く事を我慢しようとしている。――しまった! 反射的に俺の体は動いていた。
「マリエッタ......」
彼女を抱き締めたが彼女の硬直はとけない。ゆっくりと彼女の背をさすり、もう片方の手で頭を撫でると、俺の腕の中で小さな彼女が再びクスンクスンと鼻を鳴らし始めた。
あぁ、なんて......なんて、か弱く弱い存在なのかと改めていじらしく感じてしまう。きっと彼女の涙の原因は俺にあるというのに......。
いったい何が彼女をこんなに悲しませてしまっているのかと俺は頭を悩ませ、そして反省をしながらも自分が許せなかった。
彼女をこれ以上『悲しませない』『守る』と決めたのに、それを指摘されるまで気付きもしなかったのだ。リチャードにも再三注意されていたというのに情けない。
「マリエッタ、すまない。どうか俺に君の気持ちを聞かせてくれないか?」
「わたくし、今後もあの二人の事でテオバルト様や公爵家の皆様にご迷惑をかけるのではないかと心配で。わたくしのせいで……わたくしが公爵家へ入ったばかりに……」
「それは違う!」
俺は即座にマリエッタの言葉を否定した。彼女は知らなかっただろうが、この話はルークが取り決めた話であり、そしてそれを俺が承諾したのだ。なので気休めでも何でもないのだが、彼女は「でも……」と納得をせず両の手を膝の上でに固く握り締めている。
「そんな事が……」何も聞かされていなかったマリエッタが呟く。
彼女はこの話を聞いてどう思っただろう……本当は聞かせない方が良かったのかもしれない。しかし今後の事を考えると、彼女も知っていた方がいいだろうとも思ったのだ。
俺の話を聞いたマリエッタが顔を上げ不安そうにこちらを窺っている。
一緒に街へと繰り出したことで少しは距離を縮められたと思っていたのに――。俺はマリエッタの涙をそっとハンカチで拭いてやると、一瞬ピクッと反応したがそのまま目を伏せ涙を流し始めた。
「すみません、泣き止みます。テオバルト様……すみません」
「なぜ謝る? 君が謝る必要はどこにもない、謝るべきは俺であり君は言わば巻き込まれただけだ。マリエッタ、どうか君の涙の理由を聞かせてくれないか?」
マリエッタが俺の問いかけに消え入りそうな声で答えようとする。
「わたくし、初めての事ばかりで……とても嬉しかったのです。お洒落をするのも、街へ行くのも、自分でお買い物をするのも、そして贈り物をされるのも。なにより、こんなにも沢山の人に気に掛けてもらえる事がとても嬉しかったのです……。それなのに、それなのに! わたくしの家族がこちらの公爵家や皆様とテオバルト様に迷惑をかけてしまうだなんて……」
「それは違う! それは違うぞマリエッタ、よく聞くんだ。君が今言った『家族』は家族じゃない」
俺はキッパリと言い切った! サムエルもスチュワートもマーサもナタリーもみんな力強く頷いている。
「君の家はこの公爵家であり、そして家族は俺達だ。いいか? 家族となった君を俺達は決して傷付けたりはしない、必ず守ると約束しよう。だからどうか泣かないでくれ、君に泣かれると……どうも俺は」
「奥様、旦那様の仰る通りでございます。迷惑をかけているなどとその様に仰らないでくださいませ、我々使用人一同は奥様の幸せを第一に考えておりますので何も心配なさらないでください」
サムエルがそう言ってマリエッタを安心させようとすると、ナタリー達も後に続く。
「奥様、よろしいですか? 今後は奥様がどんなに遠慮をなさろうと、私達が全力で甘やかしますので覚悟なさってくださいね?」
「そうです! ナタリーの言う通りですよ、奥様が頑張るべきはここでの生活に慣れる事です。面倒な事は全て旦那様達、男性陣が片付けてくれますからね?」
マーサ達の言葉に小さく「ありがとう」を繰り返していたマリエッタは、ハンカチで涙を拭いながら顔を上げる。涙に濡れる瞳も美しく儚げで俺は腕の中の彼女から目が離せずにいた。
「こんな、こんな問題ばかりのわたくしを家族と言ってくれ、迎え入れてくださりありがとうございます」
彼女はそう言ってマーサ達に礼を言う。その体は硬直も解け、強張っていた表情も満面の笑顔だ。そして膝の上で固く握り締められていた手は俺の手を取り、エメラルドグリーン瞳の中には俺だけを映していた……。
先日、この作品に感想を頂きました。
私の原動力と活力はいつも変わらず読者様のお声であります。
読んでくださりありがとうございます。 心からの感謝を!雪原の白猫




