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「あんな傷モノが公爵夫人? あの女の体中の傷を見てなお側に置くだなんて趣味が悪いこと」


 ブレンダの一言に、それまでどうにか保っていた俺の理性が吹き飛んだ。

 

 部屋の惨状を見て、吹き飛ばした家具と二人が原型を留めていた事に安心するのと同時に、封印されていた記憶が蘇ってきた。

 

 リチャードに後の事を全て任せて一刻も早くその場を後にするが、思い出したくもない記憶が迫り()()は俺の意識と感情を支配しようと容赦なく映像を送り込んでくる......。

 

 

 「ちっ」俺はそれらに抗い、頭を振ってその記憶を追い出そうとするが、木端微塵となった馬車の残骸、えぐられた山肌の土砂、そしてその下に滲み出てくる鮮やかな赤......。それらがまるでコマ送りのように映像として流れてくる。それからそこに咳込むほどの砂ぼこりの臭いまで追加されようとした時.....。

 

 俺の意識を引き戻すかのように声が掛けられた。


「――テオバルト様! ご無事でしたか?一体何が......」


「マリエッタ?............あ、いや何でもない大丈夫だ。すまない少し一人になるが心配しないでくれ」


 今の自分の状況を鑑みてマリエッタを遠ざけようとしたが......、不思議な事に心が凪いでいくのを感じた。

 たった今、忌わしい記憶に支配され、徐々に鮮明になっていく意識に感情がかき乱されようとしていたはずなのに、マリエッタの声を耳にし彼女の不安げな顔を見た時、俺の粟立つ全身と心は普段の落ち着きを取り戻していったのだった。

 

 その事に気付いた俺はマリエッタを引き留め、話がしたいと持ち掛けた。すると、マリエッタも俺の事を心配してくれていたのだろう、頷いてくれたのでそのまま一緒に執務室で話をする事にした。


 この時の俺は自分のこの『呪われた能力』について、マリエッタに打ち明けるかどうかを決めあぐねていたのだ。

 当然、ソファーと一緒にひっくり返っていた母娘の事など、とうに忘れ去っていた......。



 執務室のソファーに座り、正面に座るマリエッタを見ると不安そうにこちらを見つめている。

 

「心配をかけてしまってすまない、君は何ともなかったか?」


「は、はい。大丈夫でございます、わたくしの事よりもテオバルト様の事が......お怪我などはございませんか?先程、大きな音とともにかなり揺れましたが」


 倒しても倒れないような俺よりも、細くて小さな彼女が俺の事を心配している事が愛おしかった。


「ありがとう、俺も君の義母達も多分大丈夫だろう......」


「え?......あっ!そうでした。リチャードとナタリーにあの二人がこの屋敷に来たと話は聞きましたが、まさか何かテオバルト様に失礼を......」


「いや、その事も大丈夫だ。君と会わせる気はなかったのだが、君の意見を先に聞くべきだった」


 俺が「すまない」と謝ると、彼女はしきりに頭を振り謝らないでくれと......。そして「()()()()には会いたくない」と微かに呟いた。

 それは俺の耳に辛うじて届くような本当に小さな呟きだった。俺は覚悟を決めて彼女にこれから伯爵家やあの二人に起こりえる事を話し承諾を得た。

 これで心置きなく奴らに制裁を加える事が出来る、伯爵が今日の事で対策をとる前に一刻も早く手をたなければいけない。

 

 俺の頭の中はその事で一杯になり、忌まわしい記憶も完全に消え失せ、スチュワートとの段取りを考え始めていた。

 目の前に茶が運ばれた事で意識を戻すとマーサが紅茶をセットした後に咳ばらいをしながらマリエッタの方にチラチラと視線をやっている。


『ん?』

「んんっ! ん、んー」

「どうしたマーサ? 喉の調子が悪いのか?」

「⁉......はー、旦那様? 奥様を見て何か仰る事があるのでは?」


 マーサが特大の溜め息をついた後、強めに意見してきたので改めてマリエッタに目をやる。


「あっ‼」

「あ、ではございません!何が『あっ』ですか! 全く、今朝だってそうです。旦那様とのデートにお洒落をした奥様を一言でもお褒めになりましたか?」


「いや、その、あの時は驚いてしまったし、お前達が街歩きのあれこれを......」

「言い訳は結構です! よろしいですか? 旦那様の動揺よりも、出先で何があろうとも、貴方様が優先するべきはただ一つ!『奥様を不安にさせない事』です」


 マーサにキッパリと言い切られ、俺はガツンと頭を殴られたような気がした。気が付くとサムエル達まで心配して集まり、強く頷いている......。


 確かにマリエッタを改めて見ると、装飾品も先程購入したものを着けていて、装いもそれに合わせたものに着替えていた。―――俺の色だ。


 俺は素早くマリエッタの側に行き彼女を褒めようとしたが、顔を覆って泣き出してしまった。

 どうしよう――俺はもの凄く慌てた。なぜならいつもの彼女であれば、無意識に涙が零れ落ちるといった感じだったから......。


「マリエッタ! マリエッタ、すまない! どうか俺を許してくれ」


 彼女の前に跪き、彼女の膝に手を置き、彼女に縋るように、彼女の顔を下から窺い見る。


 押し殺す声が漏れ、幼子のようにしゃくり上げながら泣くマリエッタ......。

  

 情けないが俺は初めての状況にオロオロしつつ、側で見守っている家令達に助けを求める事しか出来ないのであった......。









 




 




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