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10.マリエッタと刺繍

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。


先日、続きを!というお声をいただき…

嬉しさで感極まる中、しばらく放置をしてしまっていた自分を叱りつつの最新話投稿です。



 有名な菓子店の菓子を沢山買い込み屋敷に戻った俺はマリエッタの部屋に自ら土産を持って行った。


 ノックをし部屋に入ると窓際で刺繍をしていた様だマリエッタは早くに戻って来た俺に驚きながらも土産を喜んでいる。沢山のクッキーや、キラキラ光るキャンディに目を輝かせながら涙を流す。


「夢みたいに綺麗なお菓子......。とても嬉しいです! 閣下いえ、テオバルト様! ありがとうございますっ! こんなに沢山どうしましょう......。ナタリーとマーサ、あっリチャードにもお裾分けしてもいいですか?」


「マリエッタ、俺の名を呼んでくれてありがとう。これは君への土産だから心配しなくていい、皆には別に買ってきてあるから安心して全部食べてくれ。日持ちもするしこのキャンディはな、この瓶に好きな色を入れて飾ってもいいそうだ」


 俺が売り子の受け売りを説明するととても気に入った様で、付属のピンセットで何度も飴を瓶に入れ替えて楽しんでいた。


「こんな……食べ物でこんな遊ぶみたいな事をして」


 ふと我に帰ったのかしなくていい心配をしている様だ、するとお茶を淹れているナタリーが「そうやって楽しむ為のものなので大丈夫ですよ」と声をかけている。


 俺には何が楽しいのかさっぱりわからなかったがナタリーの言葉に安心したのか、飴の出し入れを再開し繰り返して楽しんでいるようだ。まぁ喜んでもらえた事に俺も安堵し窓際のテーブルに目をやるとやりかけの刺繍があった。

 マリエッタが飴に夢中になっている為、俺はその刺繍を見てみたくなり立ち上がると、マリエッタが不安そうな顔をこちらに向ける。まるで俺が居なくなるのを不安がるようなその仕草に胸が締め付けられながら俺は言葉に出してマリエッタを安心させる。


「どこへも行かないから、心ゆくまで吟味するといい!俺は君の刺繍を見せてもらっているから」


 マリエッタの薄い肩に手を置いて声を掛けると、安心したようにマリエッタは少し恥ずかしそうに俯きながら答える。


「何もせずに過ごすという事が出来ずに、ナタリーに頼んで準備してもらったのです。炊事洗濯、お掃除は止められてしまったので、他に私が出来る事といえばこの刺繍ぐらいなのです」


 そう言って先程の嬉しそうな顔を翳らせて顔を伏せるマリエッタは圧倒的に自分に自信がないのだ、しかしこれまで尊厳を持てる様な暮らしを与えられなかったのだからそれは仕方が無い事であった。


 俺は、別の意味で再度締め付けられた胸の痛みを誤魔化すように刺繍を見ると、それはとても美しく素晴らしい出来栄えで、男で刺繍など縁のない自分でさえ息を飲む美しさのその作品にしばらく言葉を失ったほどだ。

 一枚二枚とめくって見ていくが本当にどれも美しく、あまりの素晴らしさに感動をしてしまい、"美しい"としか言葉が出てこないほどだ。

 枚数が多いので過去の作品なのかと思い聞いてみると、自分が城に出向いていた数時間で仕上げたと言うので更に驚きを隠せないでいると......。


「僭越ながら、奥様の刺繍の腕前は私達から見ても大変素晴らしく、専門店で売られている物となんら遜色のない作品かと思われます!」


「やはり! ナタリーが見てもそうなんだな!俺は専門的な事は分からないがこれは芸術作品の様だ」


 俺とナタリーがマリエッタの刺繍を手放しで絶賛していると、


「私、こんなに褒めていただいたのは初めてです......。これまで私が刺繍を刺す事は義妹に与えられた"罰"でしかなかったので不思議な気持ちです......」


「待て、妹に与えられた罰とは? マリエッタ? 詳しく話してくれないか?」


 俺ががマリエッタがこぼした「罰」という言葉に反応し、それをそのまま問いかけた。問われたマリエッタは嬉し涙を拭い、戸惑いつつも俯いたままぽつぽつとはなし始める。


「母が……私の母が刺繍が得意で、幼い私はそれをよく見ていたんです。一緒にやりたいとせがんでも、針は危ないから大きくなってからだと言ってその時は触らせてはくれませんでいた。ですので母も私も一緒に刺繍をする事を楽しみにしてたのです」


 マリエッタが当時を懐かしむように静かに過去の事を話し始める。

 しかし、母の事を思いだし穏やかな表情で話していたマリエッタが言葉に詰まり表情を曇らせた。


「ですが私が五歳の頃に母が亡くなり......知らない女性と女の子が家にやって来て新しい継母はは義妹いもうととなったのですが、新しい継母ははは私の母の物を装飾品以外全て捨ててしまったのです。外箱が綺麗だった裁縫箱などは残されていたのですが中身がそれだと分かると使用人に捨てさせてしまったのです。しかし幸いな事に古くからの使用人だった為、それらを私にこっそりと渡してくれたのです。そうして私は唯一の形見となった母の裁縫箱と糸箱に母の面影を探しては、見様見真似で刺繍を刺していたのです」


 マリエッタの凄惨な幼少期を知ったばかりだった俺は思わず声を上げそうになった。

 彼女の口から語られた過去の思い出、母親との幸せなはずの思い出......。それさえも辛く悲しいものにに塗り変えられている事を知り、思わずその場でマリエッタを抱き締めてしまいそうになるが、必死にその衝動を抑えて話の続きを聞いていく。


「しかしある日、それを義妹いもうとに見つかってしまい全て奪われてしまったのです。私はその時初めて嫌だ!と反発をして声をあげたのですがそれがいけなかったのでしょうね……。私が初めて執着を見せたそれを義妹は私を脅す道具にしたのです。「捨てられたくなければ言う事を聞け」と。私はたとえ義妹の言いなりになったとしても、どんなに酷い目にあっても、母との大事な思い出を奪われたくなかったのですが、彼女は私が執着を見せた事で余計に興味が湧いたのでしょう、その刺繍箱が私の元へ返って返ってくる事はありませんでした」


 俺とナタリーは顔も知らないマリエッタの義妹に抑えきれないほどの怒りが湧いた。話の途中から予想は出来たがマリエッタの母親の唯一の形見である大切なものを楯に服従させるなんて、子供のする事とはいえ到底許せるものではなかった。

 しかしこの話はそこで終わる事はなかった。


「そしてそんな義妹も年頃になりお茶会などの貴族の集まりに参加するようになり、母の刺繍箱を取り返す事も諦めていた私に突然刺繍をさせてくれるようになったのです。形見の刺繍箱は返してくれませんでしたが......。それでも一刺しするごとに母との思い出が蘇り、私は泣きながら夢中で針を刺した事を覚えています」


 沢山話して少し疲れたのか、マリエッタが一呼吸おき言葉を選び、辛そうに先を続ける。


「出来栄えを確認した義妹は、食事や入浴の交換条件として私に刺繍をさせるようになりました。短時間でより多く完璧な仕上がりを求められましたが、私はそれに応えました。大変でしたが条件さえ満たせれば食事が出来たから……。いつもの痛みのある"罰"よりも随分とマシに感じましたし、やはり私は刺繍が好きだったのだと思います」


「こんな話テオバルト様のお耳汚しでしかありませんよね」と、しゅんとしながら自分が刺した刺繍を指でなぞるマリエッタは瞳に涙を浮かべている。いつもの無意識に流れている涙とは違い、彼女の表情からその悲しみが俺とナタリーに痛いほど伝わった。


「きっと義妹は"嫌がらせ"や"罰"のつもりだったのでしょうが、そのお陰で私はこうしてお二人に褒めていただく事が出来たのですもの! 今となっては義妹に感謝しなくてはですわね」


 そう言ってマリエッタは涙を拭い、力なくそして儚く微笑んでいた……。












今後も見守っていただけると幸いです( ˙꒳˙ )ノ



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