1.契約結婚
沢山の作品の中から選んでくださりありがとうございます。
※ヒロインの名前をエミリーヌ→マリエッタに変更しています。
狭い部屋の中、立会人と私の目の前に立つ体格の良い男性。
その男性は見目も素晴らしく、着ている服も高級なものと分かる。堂々とした立ち姿から察するに爵位もきっと高位なのだろう。
私と男性がサインを交わし、それを確認した立会人は言葉なく書類を確認して部屋を出ていった。
「貴女と心を繋げるつもりはない」
目の前に立つその男性はそう言葉を発した。
「……… ……」
「何も言い返さないところをみると事情はわかっているのだな、こちらに今回の契約について詳細を記してあるので目を通しておくように。私は城へ戻るがあとは私の侍従に従い、大人しく家にいてくれ。仕事が忙しい為屋敷には暫く戻らないが、侍女長や執事の目があるのだから好きに出来るとは思わない事だ……」
「かしこまりました……」
私はそう答えるのが精一杯で、男性の顔をまともに見る事も出来ずにそのまま頭を下げた。
残された私は馬車に乗り、どこに向かっているのか分からぬまま契約書とやらに目を通していた。
先程初めて書いた自分のサイン。
交わされた契約は婚姻に関する書類で、先程の男性は公爵閣下だった。
私は実家である伯爵家から売られたのだろう……。
手元の書類には公爵家のルール、禁止事項、そして今回の契約結婚に関する詳細が記されていた。
閣下とお父様との間にどんなやり取りがあったのかはわからないし、説明すらもなかった……。
契約書を読むに分かる事は、私が『公爵閣下と一年間の契約結婚を結んだ』という事だけであった。
あの家、実家である伯爵家の事で私の感情が動く事は…...もうない。
ただ……婚姻届を見た時、期待してしまった。血の繋がった肉親よりも初対面の他人に期待をし、これまで閉ざしていた心が縋ってしまった……。
私にとって初めて広がる外の世界であったが、馬車の外を眺める気にもならず、閣下の侍従だという目の前の男の人の話をぼんやりと聞いていた。
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(泣いていた…...?まさかな)
城に戻ってきた俺は困惑していた……。
傲慢でプライドが高く、他人を気遣わない冷たい女だという噂。婚約者もおらず自由に遊び回っていて手を焼いているからと伯爵に差し出された娘だった。
そこまで考えていると王太子から声が掛かかる。
「仮面令嬢の素顔はどうだった?」
「なんのことだ?」
「えー?テオバルト、君の結婚相手だよ〜。周囲を冷たく見下し、何にも興味を示さないって噂だろ?
君の今回のカモフラージュに適任だと思ったんだよね!契約内容には納得していた?彼女どんな反応だった?」
「わかった……と、承諾はしていたようだ」
「へぇ、素直に聞き入れたんだ少し意外だね」
「あぁ……」
「もぉ、いくら堅物のテオバルトでも一応君の奥方になるんだよ?一年だけとはいえ……せめて多少の興味ぐらいは持った方がいいんじゃない?」
「はぁ、ただでさえ俺の爵位や見た目に群がって来るのが多いんだ、変に情をかけてすり寄ってこられても困る。一年もあれば王女も他に目を向けるだろうから、その為の一年契約だ。王女が俺を諦めてほとぼりも冷めれば伯爵家に戻してもいいし、こちらの分家か領地に出そうと考えている。よって俺は本当の結婚するわけではない!」
「いや、本当の結婚て……さっき婚姻届出したでしょ?
まぁ今回の事は私にも原因があるから、君には強く言えないんだけどさぁ……。
まっ今後の判断は君に任せるし、何かに困ったり、必要な時は手を貸すからいつでも言ってきてよ!」
「ああ…...、例えあとからゴネたとしても、父親である伯爵とも契約を交わしているのだから文句は言わせない。心配するなルーカス、お前の手を煩わせる事はないだろう」
「そういう心配だけじゃないんだけど……」
気安く話しているこの男は俺の従兄弟だ。そしてこの国の王太子であり婚約者もいるのだが、そこへ隣国の王女が割り入ってきた。
本来なら婚約を解消し王女を娶るべきなのだが、コイツは婚約者に愛を誓っているから……。
その為若くして公爵家を継いでおり、王族の傍系でもある俺がターゲットとなったという訳だ。しかもその王女自ら視察と銘打って来月には乗り込んでくるというのだから性質が悪い。
俺としては完全なるとばっちりだが、婚約の打診や群がって来る令嬢達に辟易していたので偽装結婚に踏み切った。
従兄弟である王太子が持ってきた相手の事は興味がなかった。性格に難があろうが、どうせ一年だけで心を預ける事もないし、後腐れなく条件をのんでくれさえすればそれでいい……。
ルーカスもそんな人物を選別してくれていると、そう思っていた。
俺は無事王女を回避してその後契約に基づき離縁する、そういう完璧な計画なんだ……。しかし、あの女の悲し気な顔を見てから何故か心がザワつく。
それを誤魔化すように俺は仕事をこなしていった。
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馬車から降りた私は、公爵家の大きさとその優美さに足を踏み出せずにいたら優しく声をかけられた。
「さ、奥様参りましょう」と旦那様の侍従であるリチャードソン様、きっとこの方は事情を全て知っていて私に同情をしてくれているのだろう。
親に売られ、旦那様にも相手にされない見窄らしい私に、彼は馬車の中でも優しかった。
屋敷に入り、家令と執事と侍女長、そして使用人の方達が沢山並んでおり、その規模と伯爵家との違いに驚きつつ、ここでも私は独り耐えなければならないのかと不安になった。
旦那様に気にも掛けられない契約妻、一年限りの余所者だと知っているのだろうか?なんだかやけに喉が渇く。
「本日よりお世話になります…...マリエッタです。よろしくお願いしま……」
不安と恐怖、緊張で息が苦しい。しかし挨拶を…...
気がつくとベッドの上で、ドレスから肌触りのいいワンピースに着替えさせられていた。
「着替えさせられても目が醒めないなんて、気を失ってしまったのね……みっともないと思われたかしら」
ートントントンー
「奥様……失礼します。あ!気がつかれたのですね」
静かにノックをして声を掛けながら部屋に入ってきた女性は私と目が合うと水を渡してくれ、家令達を連れて戻ってきた。
「奥様、お加減はいかがですか?よければご挨拶だけでもよろしいでしょうか?」
柔らかいベッドに綺麗なお洋服、ノックをしてもらい丁寧に目を見て優しく声を掛けてもらえる……。
それらの事が、とてもとても……嬉しかった。
頬には涙が伝い流れていくが、その事に気付きもせずただ茫然と涙を流す私を見た侍女長と呼ばれる女性がそばに来て手を握ってくれた。
「大丈夫ですよ何も心配しないでください、この屋敷の使用人達は皆奥様の味方ですから」
そう囁いて、マーサと名乗った年配の侍女長はもう片方の手で優しく背中をさすってくれた。
私は自分の背に初めて人の暖かさを感じたのだった。
1〜5話ぐらいまでは短編版と同じ内容になると思いますが、所々変えられるところは変えていこうと思っています。
短編では描写していない所を書いていきますので、新たにお楽しみいただけると幸いです。