〜情報屋編3〜
数年前の、情報屋の仕事帰りの日。
街を歩いていると、ある店のショーウインドーから軽快な音が響いてきた。
横を見ると、小さなテレビがテレビ番組を映していた。
久しぶりにテレビを見たものだから、思わず足を止めてしまった。
『今日はゲストとして、話題沸騰中の現役高校生、人気俳優のハルさんにお越しいただいております!ではハルさん、どうぞ〜!』
大音量の拍手と歓声のあと、その人はでてきた。
『どうも〜。今日はよろしくお願いします』
彼のその笑顔を見たとき、私は恋をしたのだ。
『突然ですが、現在出演なされている刑事ドラマや、その前作の恋愛映画など、様々な分野の作品からひっぱりだこですが、』
心がすさんでいた当時の私には、その笑顔が、雰囲気が、あたたかなお日様のように感じて。
その日から、私の生きる目的はハルくんだった。
『社長さん!わたし、モデルやりたい!』
『なんだ?急にどうした?』
ハルくんの存在を知った数日後、わたしは今でいう社長のもとを訪れていた。
頼れる大人といったらその人しかいなかったんだ。
『ハルくんっていう人がいてね、その人に会いたいから、芸能人になりたいの!でもわたしに演技はむりだから、モデルやってみようかなって!』
『おい、おまえは裏の世界の住人でもあるんだから、面倒事はよしてくれ。バレたらどうするんだ』
『そこはきをつけるってば!おねがい!どうしてもはいりたいの!いいよね?いいよねっ?』
社長は大きなためいきをついてから、頭をなでてくれた。
『好きにしろ。ただ、バレたら自己責任だぞ。そのときは俺や俺の会社のことを頼るな』
『わかった』
こうしてわたしは大きな責任を背負ったうえで、芸能界に入ることを決めたんだ。
「雪ちゃんおつかれさまです。もう帰って大丈夫ですよ」
「ありがとうございました!」
なぜだか、久しぶりに昔のことを思い出してしまった。
私がモデルとして有名になったころ、ハルくんは芸能界を引退して。
なんのためにモデルを続けていくのかの目的は失っちゃったけど、自分に得意なものがなかった私にとって、モデルを続けていくことで、自信につながった。
だから私は本当に、ハルくんに感謝してるんだ。
扉をあけると、階段のすぐしたに、人が立っていることに気づいた。
関係者かな、と思って通り過ぎようとしたら、ガシッと腕をつかまれた。
「えっ……?」
「雪ちゃんだよね?俺、雪ちゃんの大ファンなの!うわー生雪ちゃんかわいいー!肌白いし目クリクリだし、やばいまじで神!」
「あっ、あの、離してください……!」
私はおもいきりその人の腕をふりほどいて、夜の街へと走っていった。
「おつかれ白雪ちゃん。今日はなんも用事ないし、もうしめてしまおうか?」
鼻歌を歌っていた伊舞希が、私の雰囲気が暗いことに気づいたのか、ピタリとやめて私のもとへと歩いてきた。
「白雪ちゃん?なんかあったんか?」
そういって、伊舞希が、私の腕をつかんだ。
「さわらないでっ!」
つい反射で、彼の手を振り払ってしまった。
大きな筋ばった手が、さっき触られた男の人のそれを思い出してしまった。
「白雪ちゃん、誰かに変なことされたんか!?」
「いや、ちが……」
「白雪ちゃん!俺の目見て言うて!」
顔を強くつかまれて、無理やり顔をあわせられる。
だけど目の前に見えるのは、怪しいグラサンをかけた男の人。
無性に腹がたって、思わずたたきつけるように行ってしまった。
「目を合わせるもなにも、出会ったときからずうっとグラサンかけてて、まともに目もあわせてくれないのはそっちじゃんっ!」
私は彼をおしのけて、建物の外へと飛び出た。
もう深夜を過ぎているのに、まわりのネオン街は、暗闇を知らない。
さっきから降ってきた雨が、視界でネオンの光に反射して、まるで銀の針が空から降ってきてるみたい。
「もっ、むり、げんかい……」
息がきれたからすわりこむと、近くで別の足音も止まった。
「……なんで追いかけてきたの」
「いやなんでって、今雨降っとるし、かぜひいてまうって」
ほれ、となにか投げられたと思うと、コートだった。
もしかして追いかけてくるときに、つかんででてきたのかな。
彼のコートをつかんだまま、地面を見つめる。
「……さっきは、悪かった」
ぽつりとつぶやいた声は、震えてた。
「白雪ちゃんは、ハルに憧れて芸能界に入ったんやろ?」
「憧れてるなんて簡単な言葉じゃ表せないよ。私の生きる目的で、救ってくれた人で、私の…好きな人」
「……なら、わかると思うねん。好きな人には、元気でいてほしいって気持ちが」
「それってどういう意味?」
伊舞希を振り返ると、ネオンの光に照らされた横顔が、悲しく微笑んでる。
だけど反対の頬は光が映ってなくて、真っ暗な闇に吸い込まれているようだった。
「会社で話そう」
彼が伸ばしてくれた手を、おそるおそるとろうとする。
今度は振り払わないように。
自分の判断を、間違わないように。
「あっ」
しゃがみこんでたから足がしびれて、立ち上がったときによろけてしまった。
「ちょっ、まっ」
ドサッ
彼の手をつかんだまま、後ろへと倒れてしまった。
「いたっ……」
カシャン、とかたい何かが落ちてきた。
「ごめん伊舞希……」
ゆっくり目をあけると、初めて見た伊舞希の顔が目の前にあった。
「え……?」
なんで?なんであなたが……
「ハルくん……?」
数年ぶりの、画面越しじゃない、ハルくん。
「ハルくんだ…ハルくんだ…!」
ぽろぽろと涙がでてきてしまった。
ははっとハルくんが照れくさそうに笑った。
「なんやガチのファンみたいやな」
「ガチのファンだよ!」
ずっと目標にしてきた人なんだもん。
ぽかぽかと彼の胸をたたいてにらむ。
「なんでハルくんが伊舞希なのー!」
「ごめん。白雪ちゃんが俺にずっと憧れてくれとったんを知っとったのに、俺は弱いから、言えんかった」
彼がドサッと座り直した。
私も慌てて体制を直す。
「俺、俳優やってたときに、ストーカーにつきまとわれたんだよ。それも質悪いやつでさ。俺が表紙になった雑誌持ってきて、この笑顔で笑いかけないで!私以外の女に笑わないで!ってかんじでさ。そっから俺……笑うのが、しんどくなって。俳優なんだから、いろんな役を演じて、いろんな表情をしなければならない。だけどそれがどんどん、苦しくなっちゃって」
グラサンをはずした彼の顔はハルくんなんだけど、私が一目惚れをしたハルくんとはまた違った表情だ。
「だから俺、いつからか役を演じてたんだ」
「役……?」
「チャラ男っていう役を演じることで、できるかぎり好意をもたれないようにしてた。適当な態度をとることで、特別な感情をもたれないようにしてた。過度な好意は、行き過ぎた脅威になるってこと、わかってたから」
そんなことを、考えてたんだ。
「だから白雪のバディになるってときも、社長から俺のファンだって聞いてたから、言えなかった。またあのストーカーみたいなことされるのが、嫌だったから。……けど、白雪は俺が思っていたよりも、純粋で、ウブで、優しくてかわいい女の子だった。芸能界で仕事してたときに出会った女の人達よりも、ずっと魅力に感じた。俺も君の純粋さに……救われてたんだよ」
「……笑わないで」
「え?」
彼の表情がかたまった。
私は涙をぬぐいながら、がばっと彼に抱きついた。
「そんな苦しそうな顔で笑うなって言ってんの!」
「……白雪、ちゃん…」
彼は私の肩に顔をうずめて、ぽんぽんと頭をなでてくれた。
「……ありがとう」
長年隣にいたけど、今日初めてやっと、彼の素顔を知れたと思う。
事務所に帰ってくると、ポストに封筒が入っていた。
「なにこれ?」
中身をだしてみると
「「豪華客船への招待状……!?」」
私と伊舞希は動きをかためたまま、お互いをみあわせた。
つづく
こんにちは!
今回、情報屋編最後ということで、長くはありますがつめこませていただきました!
ずっと書きたかった話ではあるので、書ききれてよかったです!
次回からは水響と京真の話に戻ります!豪華客船の話になるのですが、本編でも重大な回になりますので、読みすすめてくれたら嬉しいです!
ストレスや悩みがある人が、私の小説で少しでも思うところがあったらなあ、と思いながらかかせてもらってます。
つらくなったら、いつでも私の小説をのぞきにきてくださいね。
おもい話ですけどねー!(笑)
長過ぎる小説を全部読んでくれたあなた!
ありがとう!本当に感謝しています。
がんばってかきあげたぶん、読んでくれる人がいるとすごく嬉しいです。
また次回が更新されたときに、元気なあなたでいてくださいね!
ありがとうございました!