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~あなたはヒカリ~

『すごいなあ、ナツネは』

頭をなでてくれる、大きな手。あたたかくて、ごつごつしてて。

見上げると、人相の悪いその顔が、少しだけ笑ってくれる。

毎回仕事が終わると、お決まりのように褒めてくれた。

嬉しかった。

幼いころの私は、誰かに必要とされることに、必死だったから。

だけど、同時に苦しくて。

『次の仕事もやりとげろよ。なぜなら、お前は』

【ナツネ】という名の、私の犬であり、最高の道具なのだから。


肩と腰が痛い。

部屋の隅で座って寝ていたけれど、両手を後ろで拘束されているから、とにかく肩が痛いなあ。

窓から差し込む朝日に、目を細める。

「フウゲツ」

「はっ、はい!」

私が声をかけると、向こうの隅で寝ていたフウゲツも、やっと目を覚ました。

「お、おはようございます、ナツネさん。…もう朝になったんすね」

「そうね…」

京真さまはもう起床なさったかしら。あの方は朝が弱いものだから、いつも私が起こしているのだけれど。

それと、朝食はきちんと食べているのかな。好き嫌いはだめだと言っているのに、毎回嫌いなものがでるとすぐ残そうとするんだから。

思わず、ふふっと笑い声がでた。

…ああ、はやくあの方の顔が見たいなあ。

…来て、くれるのかな。メイドが一人いなくなったところで、別に気にする必要もないか。

「ナツネさん!どうやって、外にでますか!?」

はっとしてフウゲツを見ると、真っすぐな強い瞳の彼と目があった。

その顔がどこか、私の主人に似ていて、一瞬息を忘れる。

京真さまなら、こういう状況に陥った時、なんとかして脱出しようとするだろう。

何事にもひたむきで真っすぐなヒトだから。

「…そうね。脱出、しましょう」

自分のことなんてどうだっていい。別にここで死んだって、かまわない。

だけど、あなたから教わったから。

自分を大切にしてあげろって。俺が大切に…思ってるからって。

私はあきらめない。必ずここから脱出してみせる。

なんとか立ち上がって、フウゲツの方へと歩いていく。

彼の前でしゃがみこみ、耳元に口を寄せた。

「フウゲツ。あなたの頭上に、監視カメラがある。私がそれを破壊するから、あなたはこの鍵を使って、牢屋の柵をあけて」

「鍵?」

小声で驚くフウゲツの手元に、監視カメラから映らないようにそれを手渡す。

「あなたが寝てるときに、通りすがりの警備員さんに声かけて、しゃがんだすきに腰につけてたこれを口でくわえて服の中にすべりこませたの」

「ま、まじっすか!?すげえ!」

「あなた、何か刃物は持ってない?手錠をとりたいのだけど」

「あっ、あります!俺のパーカーのフードの下です」

そう言って、なんとか手を伸ばして小さいナイフを渡してくれる。

「相手の急所を狙うとき用のです。小さいけど、切れ味はいい」

「ありがとう。いい?私が監視カメラを壊したら、3秒以内に手錠を切って鍵でドアを開ける。たぶん監視カメラを破壊したら、すぐに社長たちが異変に気付いてかけつけてくるはず。今は警備員もいないし、チャンスよ。とりあえずフウゲツは、時間短縮のために自分だけ手錠を切って」

「わかりました。脱出経路は、右に出ればいいですかね?」

「ええ。じゃあいくわよ」

私はフウゲツから少し離れ、部屋の中央へ。

そこから、監視カメラを鋭くにらみ一気にフウゲツの方へ突進!

彼の目の前で、壁に足をつけ、駆け上がる!

足を高くあげ、監視カメラに思いっきりふりおろした。

ガッシャーンッ!

崩れ落ちる機械音が響き、部屋中に警報が激しく鳴り渡る。

「くそっ…」

やっぱり仕掛けはされてた。はやく脱出しないと。

「ナツネさん!こっち!」

床に着地すると、一足早く手錠を切り、牢屋の柵を開けてくれてるフウゲツの方へ走りこむ。

「「行こう!」」

二人で、長い一本の廊下を走り抜ける。

出口、出口はどこだ…!?

二人して探すけれど、一向に階段やドアらしきものが見つからない。

「左への曲がり角だ!」

壁に突進しかねないほどの勢いで左へ曲がると、エレベーターがあった。

「やった!えってかここって…地下だったんすか!?」

確かにここの階は、B1とかかれている。

「とりあえず地上に出よう。って、誰か来る…!?」

オレンジ色のランプが、1Fからどんどん下がってきてるっ…!

やばい。隠れるとはいっても、私たちが走ってきたのは一本の長い廊下。隠れるところがない…!

「フウゲツ。正面から迎えるよ」

「まじすか!?わかりました!手錠がついてるナツネさんは後ろにいてください!」

「フウゲツ!さっきのナイフで私のも切って!」

「すんません!実はさっき切ったときに、かたい手錠をきったからかナイフが折れちゃって…!」

「はあ!?あーもう分かった!来るよ!」

キッとエレベーターを見据えると、ゆっくりと扉が開いた。

「なっ!?おまえら、どうやって抜けだ」

し、と言うよりはやく、フウゲツがわき腹に強めのケリを思いっきり入れた。

「ぐはあっ!!」

横の壁にたたきつけられた男性の隣を通り過ごし、すぐにエレベーターへと乗り込む。

「さっきこいつ、1Fから来てましたよね。てことは出口は1Fかも」

「そうね」

ブン、と扉が開くと、大勢の子供たちが待ち伏せしてる!?

だけど手に持ってるのは、ナイフや銃とかの殺し屋の道具!

てことはこのこたちみんな、社長の教え子たち!?

「フウゲツ!子供はだめだ!傷つけないで!」

「りょーかいっ!」

ためらいもなく私たちに向かって振り下ろしてくるナイフ。包丁。

ターゲットとして狙って打ってくる銃やスタンガン。

けど、なめんな。

これでも殺し屋歴十数年。フウゲツだって同じ。私たちは目を合わせ、一気にジャンプし横の壁を走り抜ける!

後ろから向かってくる銃の弾を避けながら、外の光が漏れるドアへと向かう。

「やった…!」

これで、出られる!

「何してるんだナツネ」

「きゃっ!」

「ナツネさんっ!」

私の手錠をつかみ、首に手をまわしてきた人物。

小さいころ、よく頭をなでてくれた。あったかくて、大きな手。

だけどこの手は、褒めるだけの手ではないんだ。

「ここまで来たことは褒めてやる。おおっと、フウゲツ。これ以上近づいてきたらナツネはどうなるかなあ?」

「ぐっ…」

と、ぱあんっと銃声が響き、フウゲツの足をかすめた。

子供の誰かが撃ったんだ!

「ぐはっ!」

「フウゲツ!」

「おまえらにはまた調教が必要なようだな。来い。今度こそ俺の言うことしか聞けなくしてやる。俺の犬ども」

足を撃たれて歩けないフウゲツも、腕が動かせない私も、エレベーターまでひきずられる。

「やっ、やだっ…!」


「京真さまあっ…!」


「突撃!!」

いきなり、どんっと大きな音が何回か響き、ドアが思いっきりふっとんだ。

部屋にいる全員が、外からの光がもれる先をみつめる。

と、ぞろぞろと青と黒の服を着た人たちが、押し入ってきた。

「行方不明者2名、発見!」

「銃を捨てろ!」

「なっ…何で警察がここに…!?」

動揺する社長の隙を狙い、足で彼の弁慶の泣き所を思いっきりうつ!

「っだ!ナツネ何するっ…」

私の手錠を離した社長の頭の横を、足で蹴り上げた。

大きな体が、どさっと倒れこむ。

チャンスとばかりに、警察たちが彼にむらがった。

「奥にいる子供たちも逃がすな!武器は奪え!全員署まで連行だ!古居昭次、現行犯で逮捕だ!」

「やっ、やめろ!おいナツネ!フウゲツ!警察どもを殺せ!!命令だ!簡単だろ!?」

床に押し付けられてもなお、あらがおうとするその醜い姿。

フウゲツは少し離れたところでじっと、社長を見つめている。

「…そうですね。簡単です。人って案外簡単に、殺せるものですから。だけど」

私は社長の元まで歩み寄り、彼の顔が見えるように足で蹴った。

私はそこにしゃがみこむ。

たばこの匂いがした。

「誰かの人生を狂わせたり、傷つけることのほうが簡単なんだよっ!!」

初めて社長と、至近距離で目が合う。

外の光を受けて、まぶしそうに私を見る。

「…俺は、おまえたちの人生を…狂わせてきたのか…?」

そう言って、取り押さえられている子供たちを見る。

はい、とかすれた声しかでてこなかった。

「水響っ!!」

聞き慣れた声に、反射で後ろを振り返った。

振り返るとーー思い切り走ってきた人物に抱きつかれる。

はあっ、はあっと肩を上下する男性。

私の冷えきった体にじわりと伝わる、あたたかい体。

くしゃ、と髪をかきまぜられる。

「よかった…水響…無事でっ…!」

ああ、私は何で、京真さまが来てくれないと思ったんだろう。

目をうるませ、頬と耳は赤く、汗のしずくをしたたらせている。

「ばかっ…何で朝起きたら、いないんだよっ…水響っ…」

ぎゅうっと強い力で抱きしめられる。

私のブラウスに、彼の涙がしみをつくる。

「京真、さま…手錠を外してくれませんか…?」

彼は鼻をすすりながらも、他の男性に命令し、手錠をはずしてくれた。

そして私はそっと…彼の首の後ろへと手をまわした。

「み、水響…」

私の行動は予想してなかったのか、京真さまの手が中途半端な位置で止まる。

「どうしてここに警察が…?」

「ああ、俺が電話した。昨日から探していたんだけど…ごめん、遅くなった。水響がいないから、夜も眠れなかった」

ねえ、あなたはどんな顔をしているの?

「会いたかったあ…」

どんどん視界がにじんでいく。

私、あなたのいつもの、笑う顔が見たいのに。

外の光がまぶしい。騒々しい、朝の街中の音。

手をのばして、救ってくれる。あなたは、光だ。




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