~番外編5~
「はあ〜っ、やっと終わった〜っ」
事務所のコタツでパソコンと向かい合ったまま伸びをするイブキを、通りすがりの白雪がジト目で一瞥する。
「…前から思ってたけど、イブキって今何の仕事してるの?情報屋やめてからは私はモデル一本だけど、あんたまさかむしょ」
「失礼なやっちゃなー。いちおー株やら何やらでこんだけ儲かっとんやで?」
両手をいくらか動かして示された数字に、ひゅっと息を飲む白雪。
「…そ、それって、そのまんまの意味…?」
「いや、万」
「万!?」
売れっ子モデルの私でさえそんなに稼いでないのに…!と内心大打撃を受ける白雪の目の前で、みかんの皮を剥くイブキ。
「…ほんっと、ハルくんってそつなく何でもこなせるんですね」
「いや?そんなこともないと思うけどなー」
「…で、今日はクリスマスだけど、また京真君たちのところに突撃?」
「ん、いや」
イブキはごくんとみかんを飲み込んでから、よっこいせと立ち上がった。
「今日は二人で過ごそ。チキンやらケーキやら買ってきてさ」
「えっ…二人…?」
「最近のイベントはずっと四人やったしな。あの二人“も“、二人っきりで過ごしたいやろ」
「も!?」
「も…?」
今日はイブキに振り回されてばっかりで、なんか調子狂う…!
内心、白雪はパニック状態になっていた。
そんなこんなでチキンやらケーキやらを買ってきた二人。
事務所のコタツに向かい合って座り、暗闇に灯されるろうそくの火を見つめる。
「クリスマスケーキも、ろうそくつけるんだったかしら?」
「いるか聞かれたから、せっかくならってもらったで」
「ふーん…」
去年京真と水響と食べた時は四人いたから、ケーキも大きなものを食べたけれど、今年はひとまわり小さいサイズのものだ。
「今年もあとちょっとで終わるなー。ほんま、一年ってはやいわ」
ろうそくの暖かな光に照らされる、好きな人の顔。
「やる仕事はちゃうのに結局ここに集まるし、行事ごとになんて関心なかったのに、毎年ちゃんと祝うようになったり。ほんま、白雪ちゃんと出会ってから、毎日楽しえーわ」
「……名前」
「え?」
「白雪とイブキって、本名じゃないでしょ?私たちもうこの名前を使う必要は無くなったし…」
「……」
「それと前から思ってたけど、イブキ、関西弁で喋るようになったのは、そういう自分を演じてるからだって。今もそれは変わってないけど、それってつまり、私の前でも、演じてるってこと…?」
ろうそくが揺れた。
空気が揺れた。
顔をケーキからイブキの方へとあげると、何だか少し、悲しそうな顔をしていた。
「この喋り方は、なんかもう癖になったからや。白雪ちゃんの前では一ミリも演じてへん」
「…ほんと?」
「うん」
なら、いいか…。少し赤くなってにやけた顔を手で隠していると。
目の前で、イブキがフーッとろうそくを吹き消した。
「!?ちょっ、急に消さないでよっ…」
真っ暗闇の中煙を手で払っていると、その手をパシッと握られる。
「!?」
「ちなみに、俺のなまえは—…」
視界が機能しない中、耳元で囁かれたその声に、神経が集中する。
そして手が離れたかと思えば、パッと部屋に電気がついた。
「…プッ、白雪ちゃん、顔真っ赤や〜ん」
「なっ、……っ!不意打ちよ!ずるいわ!」
「へいへい」
皿とフォークを戸棚にとりにきたイブキは、そのままガバッと地面に膝をついた。
「…あんな顔、すると思わんやん…」
ただのパートナーという関係から、進展を望んでいるという内容の白雪の言葉を、もう一度脳内で反芻する。
そして普段の勝気な表情とはまた違って、寂しそうな、悲しそうな顔を目にしてはーー。
「どっちが不意打ちだよ…」
白雪のそんな姿を可愛いと思ってしまった自分の顔を隠すため、わざとろうそくの火を消して、電気をつけるまでに取り繕ったけれどーー。
座りこむイブキの耳もまた、白雪と同じ色をしていたのであった。
「今年はお二人、来ないですね」
「そうだなー。まあ、あっちも二人っきりで過ごしたいんだろ。よっしゃ水響、パーティーの準備だ!」
「も…!?」
こっちはこっちで、何だか見覚えのあるやり取りをしていることは、当人たちしか知らない。
「お邪魔しまーす…」
「いらっしゃい、花鳥!」
「待ってたよ花鳥くん!」
同日、玲央と香穂夫妻の家の元を訪れたのは、花鳥だった。
「でも、いいんですか?今日クリスマスなのに、俺なんかもいて…」
「いいんだよ!俺と香穂の意見も合致したし。あ、年末年始はうちの家で盛大にパーティーするから、そっちもよろしくな!」
「ひえ」
「玲央も花鳥も、私の病院の入院代をずっと払い続けてくれたでしょ?だから、花鳥には感謝してるの」
「俺も、君のことは、本当の家族だと思ってるよ」
太陽のように笑う玲央に、あの貴堂家の長男の顔が重なる。
月のように微笑む香穂に、あの元殺し屋の水響の顔が重なる。
胸の中に広がる暖かなものを確かめるように目を閉じて。
「ありがとうございます、姉さん……義兄さん」
泣きそうな顔で、絞り出した声は悲哀の情を含んでいなかった。
二人は顔を見合わせた後で、さらに嬉しげな、花鳥の大好きな弾ける笑顔で笑ったのだった。




