~従順メイドは最愛の人~
『おいていかないで』
そう言えたら、どれほど楽だろう。
だけど俺はいつだって、相手に愛想をつかされるのを恐れている。
困った顔をして、でもそっと俺の手を放して離れていく人たちの後ろ姿が、今でも忘れられないんだーー京真さまが意識を失ってから、一週間と少しがたった。
「失礼します」
がらっと扉があいて、白雪さんとイブキさんが入ってきた。
「京真くん、体調はどう?」
「…あいかわらず目はさめません。先生によると、命に別条はないとのことです」
「そう。……水響ちゃん、ちゃんと寝れてる?顔色悪いよ?」
「……私はやはり、京真さまのそばにいないほうが、いいのかもしれません」
白雪さんの質問には答えず、席をたってドアの取っ手をつかむ。
「ちょっと、どこに行こうとしてるのよ?」
白雪さんが、ぱしっと腕をつかんできた。
「……私みたいなのが一緒にいてはいけないと判断しました。他の人が来たら、私は出て行こうと思っていたので。京真さまをよろしくお願いします」
「はあっ!?何言ってんの!」
思わず、彼女の腕を振り払った。
「京真さまはっ!私が初めて、大切にしたいと…守りたいと、思えた人だったんです!なのに、傷つけてしまったっ……だから、」
「逃げようっていうの?」
はっとして白雪さんを見ると、彼女は、私が振り払った腕でぎゅうっと拳を握っていた。
そして、その拳を、ダンッと壁にうちつけた。
「ほんとあんたって、自分のことばっかよね!京真くんが今一番側にいてほしいのは、あんたでしょうが!」
耳の横で、「愛してる」と切なげに告げた彼の声を思い出す。
「ただ逃げてるだけじゃない!大切なら……愛してるなら!そばにいるもんでしょ!?」
白雪さんの肩で息をする音が、病室に響く。
「わ、たし……」
また、彼から離れようとした……?
グラサンをかけたイブキさんの表情はよくわからないけど、ただ静かに、私たちを見つめていた。
「……私たちは失礼するわ」
京真さまを一目みてから、二人は出て行ってしまった。
一人になった病室で、へたりと座り込む。
彼を仰ぎ見ると、コードが何本もついた、ぴくりとも動かない手が目に入った。
「ねえ…京真さま、教えてください。私は、どうするのが正解ですか……?」
かえってくるのは静寂だけ。
『しょうがないなあ、水響は』
そうやって、太陽のように笑うあなたはいない。
こんこん、と扉をたたく音がきこえた。
ぐいっと目元をふき、慌てて立ち上がって扉をあける。
そしてすぐに、その場に手をついた。
「お待ちしておりました、旦那様、奥様」
扉の前に立っていたのは、コートを片手にもった、京真さまのご両親だった。
海外にいるはずのお二人には、京真さまがケガをした日にご報告をしている。
それから急いで急務のお仕事を終わらせ、本日帰国なされたんだ。
「京真の様子は」
「一週間ほど意識はありません。医師によると、命に別状はないとのことです」
「京真……」
奥様が彼の元に歩み寄り、そっと手を握る。
私が一週間触れることのできなかった、彼の手。
優しく触れてくれる、私の大好きな手。
触れたら、手を放してしまったときのことがフラッシュバックしてしまいそうで。
思わずきゅっと唇を引き結び、下を向く。
「……あれ…?」
ばっと顔を上げると、彼のまぶたがゆっくりとひらいたところだった。
「京真さまっ!?」
「「京真っ!」」
目がさめた!京真さまだっ…!
「……だれ?」
「「「え」」」
キュッと眉をよせる彼から視線をうつし、私たちは顔を見合わせた。
「さきほど看護師と話をさせたのですが。おそらく、精神年齢が下がっていますね。小学生ぐらいでしょうか。たまに、患者さんにみられるんですよね。ショックが大きいと。彼にとって、あまりなかった経験でしたでしょうしね」
後ろにくんだ手をぎゅうっと握って、これは現実のことなんだと思い知らせる。
そうでもしないと、心の奥深くからあふれでてくるナニカに、おしつぶされてしまいそう。
「そんな…戻る可能性はあるんですか…?」
「数日たって、少しずつおちついてきたら戻る可能性はあります。しばらくは様子見ですかね」
「京真……大丈夫かしら…」
「すみません、もうそろそろ消灯時間なので…」
「…わかりました。また明日来ます」
扉をでて、エントランスまでお二人を見送った。
「……さて」
きびすを返し、私はさっき来た道をひきかえした。
ま、こんなもんか。
だいたいの監視カメラの場所は把握していたから、それに映らないようになんとか病室までもぐりこめた。
一人きりの屋敷に帰ったって、眠れないだけだもの。
看護師さんが部屋にまわってきて少しすると、廊下の電気が消えた。
大企業の一人息子ということもあって、病室は貸し切り。
月明りに照らされる彼の寝顔をみつめる。
まつげが震えて、彼がゆっくりと目をあけた。
「…さっきのお姉さんだ」
何と言っていいかわからなくて、はいと小さく答える。
「あなたは誰ですか?」
月を映す湖の水面のように、きれいな瞳がゆらいでいる。
「…あなたのメイドですよ」
「じゃあ僕のいうこと聞いてくれるんだ」
「はい、なんなりと」
「てー、にぎって」
おそるおそる彼の指に触れる。
「頭なでて」
反対の手で、優しく頭に手をのせる。
「だきしめて」
「だっ…!?」
い、いや、たしかに何回もだきしめてくださったことはあるけど、この状況で…!?
それに、私にとって、あなたはーー。
「してくれないの?」
「ひゃっ…!」
手を握っているほうの手をぐいっとひかれて、軽く体が密着する。
ドクン、ドクン、ドクン
「きょ、は、はなし…」
「お姉さん、僕のメイドなんでしょ?なんでこれぐらいで照れてるの?」
ようやく体を離してくれた彼は、本当に不思議そう。
いまさらだけど、彼は私の知っている彼ではなくなってしまったのだと再確認した。
だって、本当の京真さまなら、自分からだきしめたときだって、耳まで真っ赤にする人なんだもん。
それを自覚したら、燃えるように火照った体の温度も、スウッと下がっていくかんじがした。
「ねえ、あのピカピカしてる建物、なに?」
彼が指さす方向には、ネオンの光で煌煌と輝くイルカのマークが。
「水族館だと思います。そろそろ営業は終わりだと思いますが」
「水族館っ!?友達が、親と行ったって言ってた!ねえ、あそこ行きたい!」
「そうですね、退院したら行きましょうか」
「やだ!いまがいい!」
「いま!?」
そのキラキラした彼の瞳を見て、一緒に船の上で星空を見たときの彼の横顔を思い出した。
ズキン、と胸に痛みが広がる。
「今日は行けません。お願いですから安静にしていてください」
「やだー!いまがいい!!」
「あ、あの、もう少しお静かに…!」
どうしよう。目の前の彼は京真さまなのに、中身は小さな男の子。
なんだか私の方が泣きそうになってきた。
と、彼が横からなにかをつかみ、それを首にあてた。
思わず言葉を失う。
銀色に輝くそれは、ご夫妻がもってきたフルーツのかごに入っていたものだ。
「何してるんですかっ!はやくそれを」
「動かないで!」
彼の腕に、さらに力がこもる。
「主人の言うことが聞けないメイドはいらない。僕が行きたいって言ってるんだから行くの」
僕、貴堂京真は、ナイフを片手にメイドと向かい合っている。
父さんと母さんみたいに、僕の意思を聞いてくれないメイドはいらない。
別に、こうまでして水族館に行きたいというわけじゃない。
このメイドはどこまで僕に忠実で、どれだけ僕の願いを聞いてくれるのかが知りたかった。
現に、僕の手は小さく震えている。
「……おねがい、します。お願いだから、それを離してください……」
泣きそうな顔と弱々しい声色で、そのメイドは地面に頭をつけた。
「ま、まあわかってくれたんなら…」
ゆるゆるとナイフを離すと、あからさまにメイドはほっとした表情をした。
俺に無関心な父さんと母さんでさえ、同じことをやってもこういう顔をしてくれるだろうか。
「……家族じゃないのに、ばっかみたい」
「え?」
「ううん!行こ!」
ぱっと表情を変えて、窓の外の明るい光を見つめた。
「病人だとばれないように、私のスーツの上着をはおってください。それと、ばれないように窓からでます」
「えっ?死んじゃうよ?」
不可能なことを言って、僕を諦めさせたいのだろうか。
「いえ、ここは三階なので大丈夫です。あと、絶対に声をださないように。他の人たちにばれてしまうので」
そう言うがはやく、僕の足の裏に手をまわし、抱え込むようにされると、ふわっと体が浮いた。
「ええっ!?」
そしていとも簡単に、窓から外へと飛び降りた!
「!」
叫びそうになったから慌てて口をふさぐと、近い距離にある顔がふっと優しくなった。
「約束守れましたね」
ダンッと地面に降りて、まわりに異常がないか確認してから、お姉さんは僕をおろしてくれた。
「じゃあ行こっか!」
到着したのは、閉館まで30分という時間だった。
看板のわりにはあまり人気というわけではないらしく、館内にはまったくといっていいほど人はいない。
初めて水族館に来るなら、もう少し大きくて人気なところのほうがよかったかもしれないと思ったけれど、京真さまのキラキラした瞳をみていや、純粋に楽しもうと考え直した。
「わー!みてー!でっかあい水槽!」
トンネルのような空間に入ると、まるで水中に潜りこんだかのような感覚に襲われる。
魚たちものんびりと流れに身をまかせている。
「ねえ、僕とお姉さんって、ほんとはどういう関係なの?」
「え?」
トンネルの真ん中で、彼が私を振り返った。
魚の影によって、彼の表情が暗くなる。
まるでそれが、彼と私を隔てるベールのようにみえて。
胸にまた、鈍い痛みが広がった。
物心がついたときから、なんとなく察するようになった。
僕って愛されてないんだなって。
行かないでってすがりついても、困った顔をして手を離されるだけ。
いやだよって泣いても、ただ頭をなでるだけで、結局どこかへ行ってしまう。
だいっきらい。世界中の人が憎く見えてしかたがない。
そして、そう思ってしまう自分もだいきらいだ。
だからこそ、そんな自分を隠すように、”いいこ”であり続けた。
小学校に上がってからは、笑顔で両親を見送るようにしたし、執事たちにも礼儀良く接するようになった。
『助かるよ、京真』
前よりも笑顔が増えた両親に、僕は何も言わず、ただ笑みを浮かべる。
口を開けば、今よりもっと苦しくなるってことが、わかってたから。
だから僕は今日も、真っ暗な海の中に沈む。
「僕を愛して」
無機質に、なんの感情もなく言葉が出た。
相手なんて、誰でもいいのかもしれない。
それこそ、今日会ったばかりのメイドに言えるぐらい。
「好き」
彼女が、一歩一歩近づいてくる。
そして、僕のほうが背は低いはずなのに、なぜか下から見上げるその顔は、壊れ物を扱うかのような表情をしていた。
顔は赤くて、眉を下げて、目元にはうっすらと涙が光っている。
「私を大事にしてくれるところが好き。優しく触れてくれるし、目があったら微笑んでくれるところが好き。太陽のような笑顔も、星のようにキラキラ輝く瞳も、すべてがほしくて、でもふれられなくて。私ほんとに、こんな気持ちになったの初めてだから、今も頭んなかぐちゃぐちゃだけどっ。でも、これだけは言えます」
ふわりと、彼女が僕をだきしめた。
それは二回目のはずなのに、いやに懐かしく、安心する感覚に頭が混乱する。
「そんなこと言われなくたって、私はとっくにあなたに堕ちてましたよ、京真さま」
『愛してる』
”俺”の声が、ノイズみたいに響いた。
僕が?誰を?
誰に向かって、そんな言葉をーー。
『水響』
『水響っ!』
『……愛してる』
気づけば、頬を涙が伝っていた。
誰よりも近くで、誰よりも俺のことを考えて、誰よりも俺を守ってくれた。
忘れたくなかった人。
忘れちゃいけなかった人。
『「水響っ……!!」』
無我夢中で、彼女をだきしめかえした。
病院まで無事に戻ってこれ、翌朝。
医者とご夫妻に、京真さまの記憶が戻ったという話をした。
みんなが驚いて、でもよかったと肩を落とした。
ご夫妻は涙ながらに、今まで一人で、つらい思いをさせてきたねと彼をだきしめていた。
彼の耳が赤く染まっているのに気づいて、本当によかったと胸をなでおろしたんだ。
ーー数年後。
「京真さん。準備はできましたか?そろそろ出ないと、結婚披露宴があるのに準備の時間にまにあいませんよ」
「わかってるって!よし、ばっちし!じゃあ行こうか!」
あわてて靴をはく京真さんをみつめる。
いろんなことがあった高校生活が終わってから、はや数年。
まさかこんな日がくるなんて、思ってもいなかった。
「京真さん。しゃがんでください」
「ん?」
ちょうどいい高さにしゃがんでくれた彼の耳に、手を添えてそっと耳打ち。
「愛してますよ、私の旦那さま」
「んなっ」
真っ赤になった彼に、添えていた手を握られる。
その薬指に指輪がはめられるのは、もうあと数時間後のお話。
fin
こんにちは!
いやー終わってしまいました!長かったような短かったような……。
かきたかった話を最後にまるっといれれたので、満足です!
あらすじの最後に、自由を知らなかった男子高校生と、愛を知らなかったメイドの~ってかいてるんですよね。
最後のお話をよんでいただいたとおり、実は京真も愛を知らなかったんですよね。
知らないというか、気づいていないというか。
人間ってそんなもんだなと思っています。
みなさんが私のかいた小説をよみきってくれた!
これも立派な愛情ですしね!
だからこそ、私も愛情をもって小説をかききりました。
自分が気づいていなくても、人って案外愛情ぶかいものだなあって思っています。
じつはあともうひと作品、「教室の幽霊~天才ヴァイオリニストは、彼の世界を無双する~」はまだまだこれからですので、そちらにもおつきあいください♡
では、あとがきの最後までよみきってくれたそこのあなた!
一緒に走りきってくれたこと、ほんっとうにうれしいよー!
これからも、チャロたん2をよろしくね!!




