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~会いたい~

「ん……」

うっすらと目を開ければ、チカリと太陽の光が目にまたたく。

そうだ、今日はクラスの皆さんとプールに行く予定だった。

ベッドから起き上がって、私はバッグの中に詰め込んでいた水着をてにとった。

誰かが自分のために選んでくれたものって、なんでこんなにも愛おしく感じるのだろう。

水着をひとなでしたとき。

ガタンッッ!

気が緩んでいた私は、反応が遅れてしまった。

気づけば手で防ぐよりはやく、鼻に布を押さえつけられていた。

薄れてゆく意識の中、私は反対の手を動かし、相手の首をうった。


「おーい水響、朝食食べようぜー」

ガチャッと水響の部屋のドアを開けても、当の本人の姿が見当たらない。

俺が昨日水響に渡した黄色の水着が、白いベッドの上にぽつんと置かれている。

「水響…?」

いつもならすぐに返事をくれるのに。

静寂の中、不自然に開け放たれた窓からの風によって、カーテンがはためいていた。


「う……」

頭が痛い。

ここはどこ?

鈍い痛みが走る頭で考える。

目をこじあけてみれば、かたい木の床で寝っ転がっていることに気づく。

そして、なぜか手を拘束されていることにも。

「えっ?」

なんと隣には、意識を失っているフウゲツまで転がっている。

「ちょっとフウゲツ…!起きて!」

話しかけても、びくともしない。

小さなオレンジの光がてんてんとつづいている廊下。

私と廊下の間は柵で区切られてる。

今は夜?

ここは監禁部屋?

なんで拘束されてるの?

京真さまは?

ぐるぐると思考がかけめぐっていたとき、たんっと目の前で、黒い革製の靴が立ち止まる。

「久しぶりだな、ナツネ」

ドクンッと心臓が嫌な音をたてた。

聞き間違えるはずがない。

私がずっと、言われるがまま従ってきた声だ。

「…社長、なぜここに……?」

なんとか顔を上げ社長をにらみあげるけれど、社長は余裕の笑みを浮かべたまま。

「お前とフウゲツがやめてからどれぐらいたっただろうな?会社としては若者のツートップがやめてしまって、あまり仕事がうまくいっていないんだ。どうだ?今からでも遅くはない。そこにいるフウゲツも説得して、殺しやをまた続けてみないか?」

大きな体を小さくして社長はしゃがみこみ、近距離で目が合う。

「私もフウゲツも、生活を支えられていた殺しやをやめてまで、現代社会になじもうとしてるんです。もう過去のことです。私たちのことはそっとしておいてください」

体勢がきついからしゃべりにくいけど、しっかりと社長の目を見て言えた。

「えー?なじむ?社会に?正気で言ってますう?」

ぴょこっと、社長の後ろから高い声がきこえた。

長い髪をひとつに三つ編みした女の子。

殺しや時代には見たことがないこだ。

「一ヶ月ほど前に新しく雇ったんだ。お前の一つ下だが、なかなか使えるぞ」

「えへへ、社長にほめてもらえてきょーしゅくですっ!…てゆうかあ…“私たち”みたいな人間が、社会になじめるわけがないじゃないですか。カタギの人間とわかり合える日なんてきませんよ。恋とか、友情とか。そういう関係になっても、対等な関係にはならない。私たちは罪人で、汚れてるんだから」

純粋なはずの中三の子の瞳には、希望という文字がなかった。

まるで昔の私みたいに。

このこをこんなにも狂わせたのは、この会社だ。

殺しやという仕事だ。

若い子供がお金目的で殺しやをやらなければいけないほどの貧困の現状を理解していない、この国だ。

「…おかしい…」

ミシッと、拘束道具が音をたてる。

「え…?ナツネさん?社長?」

後ろでフウゲツが起きた気配がしたけれど、それどころではなかった。

「会社の利益だけが目的なら、こんなに小さい子を雇わないで!お金と自信を得たところで、あとに残るのは自虐心と孤独なんです!こんなの、間違ってる!!子供が笑って、希望をもって、自由で。そんな世界が、今求められてるんです!若者を、殺しやのような労働と利益の材料に使わないでっ!!」

はぁーっ、はぁーっ

普段大きな声を出さない分、慣れないから心臓がはやく脈打ってる。

女の子とフウゲツは、何も言わない。

ただ、女の子の瞳の奥が、ゆらりと揺れた。

「…お前はずっと、俺の最高の“道具”だった。だが、意思をもった“道具”はやっかいだな」

社長が立ち上がった。

と、ぐいっと柵越しにブラウスの首元をつかまれ、ばきっと頬を殴られる。

突然のことに、かはっと声が出た。

「ナツネさんっ!!」

そしてぱっと離され、勢いよく地面にぶつかる。

げほっ、げほ、がはっ

さっき社長の目……人を殺る(や)目だった。

社長は自分の拳をみつめた後で、きびすを返し去って行った。

「お前らがうなずくまで、飯はなしだ。この部屋も、この鍵がないと開かないようになっている。ああ、防犯カメラもあるから、逃亡も不可能だぞ?」

今度はあざ笑うような顔で、吐き捨てて。


「困りましたね…小さい窓はありますけど、これじゃ届かないし。拘束されてるし」

私とフウゲツの手には鎖がまかれている。

よじのぼることも無理か。

「フウゲツはどうしてここに…」

「寝込みを襲われました。俺たちの住所を事前に調べたんでしょうね」

私は小さい窓からのぞく小さな月を見て、ためいきをつく。

「今日、ほんとは京真さまとプールに行く予定だったの」

「ナツネさんがっ?プールに?」

すごく驚いているフウゲツにうなずき、壁をせもたれにしてつぶやく。

「京真さま、今頃どうしていらっしゃるのかしら。……いや、カタギの京真さまにとって、“汚れてる”私は、どうでもいい存在なんでしょうね」

「そんなことっ…!」

「もう寝ましょう。今日は遅い。明日、脱出案を考えましょう」

フウゲツは押し黙ったあと、反対の壁をせもたれにして、私をみつめた。

「ナツネさん、あなたはどうでもいい存在なんかではない。それに…相手の感情ばかり考えて優先するのではなく、たまには自分の気持ちを声にだして言ってみてください。口にすれば、気づけることもあるかもしれません」

しばらくして、うつむいていた顔を上げれば、フウゲツは寝ていた。

もう一度、月を見上げる。

声に出してみる、か。

自分の気持ちなんてどうでもいいと思ってしまう。

だけど、今、無性に。

「会いたいです……」


声に出してみた。

声が震えて、部屋に響かなかった。

                 続く




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