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第七話 日向隊と月花隊 下


 ウツギが案内してくれた場所は桜花寮の左側――ちょうど黒色に塗られた方だった。日向隊はこちら側の建物を利用しているらしい。

 桜花寮は左右対称の建物であるため、中の造りや部屋の配置に関しては、月花隊が使っている側と同じになるそうだ。ちなみにホノカに宛がわれた部屋が月花隊側なのは当然の配慮だろう。

 設備に関しては訓令室と資料室、救護室と食堂の四部屋は時間をずらしながら共同で利用しているらしい。

 ウツギからそんな話を聞きながらホノカは日向隊の隊長室前までやって来た。


「ええと、御桜……ホノカ隊長」


 くるりとこちらに向きを変えるとウツギは微妙に言い辛そうな様子でそう言った。やって来た隊長の苗字が同じだと、今後どう呼ぶべきかを少し考えたのだろう。

 そんなウツギの姿に、事件現場で出会った阿良々木の姿が重なった。そう言えば彼も困惑していたなと思い出して、ホノカは小さく笑う。


「名前の方で呼んで頂いて構いませんよ。二人いるとややこしいでしょうから」


 なので同じようにそう言うとウツギは目を瞬いた。

 それから指で頬をかいて「それではお言葉に甘えて」と笑った。


「ホノカ隊長。桜花寮内の日向隊が利用している分は、今ご案内した分で全部です。月花隊はトウノさん辺りに聞けば教えてくれると思います」

「分かりました。案内をありがとうございました、嵐山さん。助かりました」


 お礼を言うと、ウツギも柔らかい表情で「いえ」と首を横に振る。


「あ、俺もウツギで良いですよ。うちは名前で呼び合う事が多いので、その方が咄嗟の時に反応がしやすいですし」

「そうですか。ではウツギさんと呼ばせて頂きますね」

「はい。……それにしても、隊長はあまり動じられていないのですね」

「と言いますと?」

「逆の隊に配属された事とか」


 ああ、その事かとホノカは呟く。

 ホノカだって、最初にその話を聞いた時は驚いた。けれどもそれがミロクの仕業ならば、きっと何かしらの意図があるのだ。彼は無意味にそんな事をするような人間ではない。ヒノカも同じように思ったはずだ。 

 だから驚きはしたがそれだけだ。事前に説明が欲しかったくらいで、それ以上の事は特に何とも思っていない。


「そうですね、驚きはしましたけれど。別に担当する隊が違っても、そもそものやる事は一緒ですからねぇ」

「一緒……ですか?」

「ええ。隊自体や役割分担の把握は必要ですが、隊長職で配属されるというのは分かっていたことですから。なので私が隊長としてここでやる事は、仕事内容に違いがあっても一緒です」


 ホノカがそう返すとウツギは軽く目を見張って、それから「なるほど……」と感心した様子で頷いていた。それから彼は少し真面目な顔になって、


「……でも、俺達の話はご存じでしょう?」


 とそう聞いて来た。名前の関係よりも言い辛そうな様子が感じられる。


「それは両隊の仲が悪いお話ですか? それとも、やる気のなさや命令無視などの行動を問題視されている事ですか?」

「ええと、はい……全部です」


 ホノカが淡々と隊の悪い点を挙げると、ウツギは正直に頷いた。

 怒りを露にしたり、変な誤魔化そうとしない辺りは好印象だ。彼の事はまだよくは知らないが真面目な人間なのだろうか。

 ならばちゃんと答えるべきだろうと、ホノカはウツギに自分の考えを話してみる事にした。


「そうですね。後者に関してはともかく、前者については仕事の時に足を引っ張り合わなければ、ひとまずはそのままで結構ですよ。趣味嗜好や好き嫌いは人それぞれですからね」

「結構……ですか?」


 するとウツギが目を丸くした。まさか仲が悪い事を「別にいいですよ」なんて言われるとは思わなかったのだろう。

 事実、ホノカ達より前にいた隊長達は、その事を厳しく指摘したようだ。特に前任者は生真面目な性格だった――というよりは隊員達の言動をだいぶ根に持っていたのかもしれないが、読んだ資料には隊員達の受け答えについて事細かに記載されていた。

 ホノカだって命令無視など仕事に支障が出る諸々に関しては「結構」とは言わない。だが仲の悪さに関しては、それこそ仕事に支障さえ出なければ今のところは構わないとホノカは思う。

 先ほどの挨拶の場でも仲の悪さは伺えたが、読んだ資料でも暴力沙汰になったという記録は一度もなかった。言い争いはあったとしても「手を出さない」という最低限のマナーさえ守っているのならば、とりあえずは良いだろう。これは事前にヒノカとも相談済みだった。


「ええ、結構です。無理に仲良くさせようとしても、どこかで爆発しますからね。こういうのは氷塊するのを待つのが一番です」

「……隊長はお若いのに、その」

「老けていますか?」

「あ、いえ。しっかりなさっているのだなぁと。意外でした」

「ふふ。つまり、舐めていましたと言う事ですかね」

「いや、えっと……」

「構いませんよ。そういう事には慣れていますから」


 言葉を詰まらせるウツギに、ホノカはにこりと笑った。

 そういう態度は上司や同僚から今までに何度も取られて来たので慣れている。もちろん気分が良いものではないのは確かだが。

 そういう手合いに対して、ホノカやヒノカはずっと己の実力と実績で、自分達の事を認めさせてきた。

 ……まぁ、そこが「生意気だ」などという悪感情に繋がりもするのだが、それはそれ、これはこれである。


「その辺りは、追々認めて貰えるように務めますので。よろしくお願い致しますね」


 認めさせますのでお覚悟を、という言葉を丁寧に丁寧に包んでホノカは言う。

 するとウツギはぱちぱちと目を瞬いた後、ややバツが悪そうな顔になった。


「……はい。試すような物言いをして、すみません」

「いえいえ。こちらも少々、意地悪な返し方をしてすみません」

「いえ、そんな。……あの、ところで。ホノカ隊長は――」


 それからウツギが何かを言いかけた時、桜花寮に設置されたスピーカーから、けたたましい警報が鳴り響いた。怪異因子の出現を報せるものだ。


『日向隊、月花隊へ出動要請。場所は帝都駅、複数体の怪異因子の出現が確認されました』


 スピーカーを見上げ、ホノカは目を細くする。 


「着任早々にこれとは、どうやら怪異因子にも、ずいぶん歓迎されているようですね」

「隊長」

「出動準備を。現場に向かいます」


 ホノカがそう言うと、ウツギは「了解です!」と敬礼で答えた。


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