第四話 塗り分けられた桜花寮 上
あの後、事件現場を離れた双子は、そのまま自分達が配属された仕事場へと向かった。
日向隊と月花隊に与えられた隊舎で、名称を桜花寮と言う。
桜花寮には会議室や食堂、訓練室や資料室等、仕事で使う諸々の設備が整っている。ここを拠点に、荒事専門の前衛を担当する日向隊と、情報収集及び後方支援を担当する月花隊は協力しあって活動していた。
もっとも協力に関しては『仲が良い頃は』と前置きがつくのだが。
聞いた話によると評判の悪さもそうだが、どうやら両隊の仲もすこぶる悪くなっているらしい。
実際にどのくらい仲が悪いのかとか、仲が悪くなった経緯等の詳しい事情はホノカ達も知らない。前任者が作成した引き継ぎ書を読んでも「二度とやりたくない」という感情が伝わって来る以外は、今一つ要領を得なかったからだ。
なのでとりあえず顔を合わせて様子を見てみようとホノカ達は考えていたのだが……。
「それで、ここで合っているはずだよね、ホノカ?」
「ええ、そのはず……なのだけど」
双子の弟からそう聞かれたホノカは、腕に抱えた黒猫を撫でながら歯切れ悪くそう返した。
二人が困惑しているのは桜花寮を見たせいだ。
これからしばらくの我が家となる桜花寮が何故か真ん中から白色と黒色でぴったりと色分けされていたのである。何と言うか周りの風景から浮いている。
「……これはもしかして、片方が日向隊で、もう片方が月花隊って感じなんですかね」
「っぽく見えるよね……。仲が悪いとは聞いていたけれど、隊舎まで塗り分ける必要なくない? 僕、こういう遊戯盤見たことあるよ」
ヒノカが桜花寮を見上げて、指で頬をかきながら苦笑する。
隊舎は向かって右側が黒色に、左側が白色になっていた。よく見れば建物を飾る桜の紋章も、情緒の欠片もなくそれぞれの色に染まっている。
外観と色合いが合っていないので、元々はどちらの色とも違う色合いだったのだろう。
「ねぇヒノカ。元の色は何だったんだと思います?」
「白はアリだけど、この様子だと違うだろうなぁ。合いそうなのは薄い桜色か……あ、帝都駅みたいな臙脂色とか?」
「ああ、それは合いそう」
ホノカは軽く頷いて頭の中で臙脂色に塗られた桜花寮を思い浮かべる。資料を探して元々の色が分かったら、改めて塗り直しを提案したいものである。
そんな話をしながら二人が桜花寮を見上げていると、その玄関が開いて女性が一人現れた。
艶やかな長い黒髪の、眼鏡姿の美人である。ホノカ達もよく知っている人物で、名前を御厨シノブと言う。彼女は双子の上司である浅葱ミロク司令の補佐官だ。
「すみません、お二人とも。お待たせしました!」
「あっシノブさーん! こんにちはー!」
「こんにちは。私達、今、到着したばかりですよ。お世話になります、シノブさん」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。ヒノカ隊長、ホノカ隊長」
「シノブさんからそう呼ばれると、何だかくすぐったいですね」
「ふふ。お二人とも、立派になって。嬉しいです」
照れくさくなってそんな事を言えば、シノブはにこっと微笑んだ。
それから彼女は心配そうな表情を浮かべて、
「……でも、本当に良かったのですか? その、もう見て分かると思いますけれど、ここはあの塗り分け通り真っ二つで。しかも隊員達にも問題があって、来る隊長が悉く辞めてしまっているんです」
と言った。シノブがここまで言うのだから、やはり相当問題のある状態なのだろう。
「一応、大体の話はミロクさんから聞いているし、前任者の報告書も読んで来たからね。それに僕達、打たれ強いから大丈夫大丈夫」
「ちなみにシノブさん。あの建物の色はもしかして……?」
「ええ……。あの子達、許可を強引にもぎ取って、自分達でやってしまったんですよ」
「行動力がすごいと言うか何と言うか……強引かぁ。よく許可を出したねぇ」
二人がぎょっと目を剥くと、シノブも困ったように肩をすくめた。
塗装だけでも結構な労力になるだろうに、業者も頼まず自分達でやるとはなかなか根気と体力があるものだ。もっとも、業者に頼むための費用が出なかったからだろうけれど。
ホノカは「あらまぁ」と驚きながら再び桜花寮を見上げた。これはなかなか骨が折れそうである。
「こういう事にはやる気が出ると。なるほど、なるほど。シノブさんは日向隊と月花隊とは長いんですか?」
「ええ。ここは浅葱司令の管轄ですから。……以前はもっと落ち着いていて、喧嘩はありましたが和気藹々としていたのですよ」
シノブはそう言って目を伏せた。その以前というのは、恐らく御桜ミハヤが生きていた頃だろうな、というのは何となく察する事が出来た。
ミハヤが亡くなってから日向隊と月花隊はガタガタになったと聞いているし、それがきっかけなのだろう。ホノカが軽く頷きながらシノブの話を聞いていると、
「ま、何とかなるよ。それにさ、僕達の隊長就任に関しても、ミロクさんの提案がサクッと通ったんでしょ? 僕達もお偉いさん方にとっては目の上のたんこぶみたいなもんだし。だからさ、ちょうど良かったんじゃない?」
ヒノカがそんな事を言い出した。