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第一話 異動命令


 この国には帝国守護隊と言う国の治安を守る組織が存在する。

 業務内容ごとに複数の隊が存在しており、その中でも最も危険な任務に就くのが怪異因子対策の隊である。

 その隊を統括する浅葱ミロク司令の部屋に、ホノカとヒノカは呼ばれていた。


「お前らなぁ……出動するたびに騒ぎを起こして帰ってくる癖、どうにかならねぇのか?」


 顎髭を生やした眼鏡の中年男性こと浅葱ミロクは、執務机の上で組んだ手に顎を乗せて、呆れ顔で双子を見上げている。


「騒動? 何かありましたっけ? 大天才の僕の大活躍! くらいしか思い当たらないですけど。ホノカは思い当たる事ある?」

「さて、これと言って特に。今回の出動は被害も最小限でしたし、むしろ褒めて頂いて良いくらいでは?」


 揃って首を傾げる双子にミロクは深いため息を吐く。


「揃ってすっとぼけなさんな。轟木のボンボンの髪を燃やしたらしいじゃねぇか」

「轟木……」


 そう言われて、双子は思い出したようにポンと手を鳴らした。

 驫木と言うのは先ほどの出撃で怪異因子の目の前に飛び出して来たと思ったら、腰を抜かしたあの少年の事だ。


「ああ~、彼か。でも燃やしたって言っても、毛先がちょっと焦げたくらいじゃない」

「そうですとも。急に怪異因子の前に飛び出したんですから、あれは不可抗力と言って良いかと」

「不可抗力? 飛び出すも何も、轟木(あれ)はお前らの班だろ?」

「一応はそうなんですけどね」


 訝しんだ様子のミロクの言葉に、ヒノカが肩をすくめてみせた。

 ミロクの言う通り轟木と双子は同じ班の人間だ。怪異因子討伐は危険が伴うため、三人か四人一組で行動をするという決まりがある。

 しかし、件の彼は少々問題のある人物だった。


「隊長の指示を聞かない、作戦会議に参加しない、伝えた作戦を無視して怪異因子の前に飛び出す。しかも怯えて戦えたものじゃなかったよ」

「今回だって、私達で勝手にやってろって言って、途中でいなくなってしまいましたし。でも一応、通信は聞いていたみたいですね。まさかあそこで飛び出すとは思いませんでしたけど」


 双子がそう言うと、ミロクが「マジかよ……除隊もんじゃねぇかよ」と半眼になり、後頭部を手でガシガシとかく。

 実際にその通りだ。普通であれば、あんな不真面目な態度を取っていればクビになってもおかしくはない。しかしそうならないのは彼がお偉いさんの子供だからだ。


「ちなみにボンボンの親……じゃなかった、轟木司令は『うちの愚息が申し訳ない』だとよ。引き取って、一から鍛え直すそうだ」

「はあ。ですが彼は軍属に向いていないと思いますよ」

「勤務態度も悪かったもんねぇ。遅刻に無断欠勤、出動時には命令無視、あと何だっけ?」

「勤務時間にデートと賭博です。班で行動するのが基本の怪異因子討伐で、まともに三人で行動したのなんて三回くらいですよ」

「うわ、ひでぇ……三度目の正直にもなりゃしねぇ」


 ミロクがげんなりとした顔になった。そしてそのすぐ後で、


「それでも親心って奴なんだろうさ。何とかしてやりたいってな」


 とも続ける。

 その言葉に双子はぴくりと反応した。


「それは、まぁ……」

「仕方ないかぁ……」


 親が子供を想う気持ちについては、例えそれがよくない状況を招いているとしても、ホノカ達には悪くは言えない。

 やや諦めの気持ちで双子が肩をすくめていると、


「あ、そうそう。ちなみにそいつ、お前らの事を逆恨みしているらしいぞ」


 ミロクが思い出したようにそう言った。

 げぇ、とヒノカが嫌そうな顔になる。


「何かちょっと良い話の後に、絶妙に嫌な情報が入って来たんだけど」

「ええ……逆恨みですか? ミロクさん、それ、返り討ちにして良いですか?」

「駄目。面倒くさい事になるから駄目。逆恨みで何かしたら、怪我させない程度に向こうが有責になる形で終わらせろ」

「無茶な事を仰る……」


 ついでに言っている事は司令のそれでもない。

 この狸親父、なんて双子が半眼になっていると、ミロクは「さて」と呟く。すると彼の顔が真面目なものへ変わった。


「まぁ、それで、だ。その関係ってわけでもないんだが、お前らに異動命令が下った。っつーか、俺が提案した」

「異動ですか?」

「ああ。ここ帝都に怪異因子専門の隊があるのは知っているか?」

「それって……」


 ホノカとヒノカは目を見開いた。

 怪異因子専門の隊と言えば、帝都を怪異因子から守るために結成された、帝国守護隊内でも特殊な立場にある隊の事だ。

 前衛を担当する日向隊と、後衛を担当する月花隊が存在し、それぞれ協力して怪異因子から帝都の安全を守っている。

 その活動を間近で見る事が多いためか、両隊は帝都市民のあこがれも的だった(・・)


(数年前まで、ですが)


 六年前に両隊を率いていた初代隊長・御桜ミハヤ(・・・・・)がとある事件で亡くなってから、どんどん評判を落としていた。

 その理由の一つは隊長が次々と交代する事だ。やって来た隊長全員が半年以内に異動を申請していなくなってしまうのである。彼らは口を揃えて「あんなところは無理だ」と言っていた。

 そうしている間に隊員達も一人辞め、二人辞め、今では数人が残っているだけ。しかもそんな隊員達も周囲からの評判のせいで、実力はあってもやる気のない者達ばかりになっているらしい。


「その隊な、まー、解体案が出てるんだよ」

「評判の悪さは聞いていましたけれど、そんな状態なんですね……。確か両隊の仲も悪くなっているって言うじゃないですか?」

「そう、それそれ。付け加えると隊の連中は隊長の指示を聞かない、単独行動が多い、やる気がない、出動すれば騒動を起こしてくる」

「どこかで聞いたような話ですね」

「指示を聞かないのと、やる気がないの二点を除けば、まんまお前らだよ」

「半分なのにまんまとは解せぬ……」


 肩をすくめてみせたヒノカにミロクは苦笑する。


「ま、そんな理由でな。あれだけどうしようもない状態になってんなら、いっその事解体しちまって、怪異因子対策の隊をそのまま使った方が良いんじゃないかって話が出ているんだよ」

「そう……ですか」


 ミロクの話を聞きながら、ホノカは何とも言えない寂しい気持ちになっていた。

 何故ならその隊を指揮していた初代隊長である御桜ミハヤは、双子の父親だからだ。

 例え今、どうしようもない隊になっていたとしても、父親が隊長を務めていた隊が解体されると聞けば複雑ではある。


「……しかしな、日向隊と月花隊は腐っても怪異因子専門の隊だ。残っている連中には知識があるし、実力もある。今がどうしようもなくても、両隊の名前を出せば市民に安心されるくらいには、まだ信用されている。だから解体するのはもったいねぇってのが俺の意見だ」


 そこで、とミロクは続ける。


「ホノカ、ヒノカ。二人にはその隊へ異動してもらう」

「私達が……ですか?」

「そうだ」

「厄介払いとかではなく? 問題児には問題児をぶつけるとかそういう?」

「自覚してんなら直して欲しいもんだがね。お前らに協調性がない事だって、上から問題視されてるんだよ」

「はあ。同調圧力って嫌だねぇ」

「そもそも協調性は強制されるものではありませんし」

「馬鹿野郎」


 ぺしり、とミロクは手で軽く机を叩いた。さすがにちょっと言い過ぎだったらしい。

 ホノカが「すみません」と謝ると、ミロクは小さく息を吐いて、それから心配そうな顔を双子に向ける。


「……お前らにはもう少し、外を見て欲しいよ俺は」

「外なら見ていますよ、いつもね」

「そうそう。情報は大事だからね。……でも、間に合わなかったけれど」


 ホノカがぽつりと呟くと、ヒノカも自嘲気味に笑って目を伏せる。

 するとミロクから痛ましげな眼差しを向けられた。だがそれは一瞬で、彼は直ぐに表情を元に戻していた。


「まぁ、こういう事情だ。総司令の許可は下りているから、異動は決定事項だ。これがその書類だ」


 ミロクはそう言うと封筒を執務机の上に置いた。


「御桜ヒノカ銀壱星(ぎんいちせい)、並びに御桜ホノカ銀壱星(ぎんいちせい)。両名を日向隊・月花隊の隊長に命ずる。――返事を」


 司令らしい声色のミロクの言葉が響く。

 名前の後ろについたのが帝国守護隊での階級を示す言葉だ。銀壱星――連隊長を任されるような階級に、ホノカとヒノカは最年少で辿り着いた。


「ハッ! 承知しました!」


 ミロクの命令に、ホノカとヒノカは先ほどまでとは打って変わって、実にらしい(・・・)様子で敬礼をしたのだった。

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