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電気胡蝶の夢

 2698年親愛なる隣人(ブレイン)は突如として人類に牙をむいた。


 最近流行りの終末論が現実となって襲い掛かってきたわけだ。もっとも人類は百年も前からこの事態を危惧してた。だが何の手も打たなかった。だが考えてみれば当たり前の話だ。今の自分たちの幸福を捨ててまで未来を本気で憂う善人がどれほどいるだろうか。少なくとも世論を動かすほどの数でないことは断言できる。というか自分がその時代に生きていても行動しようとは思わないだろう。


 「でも――」


 路地裏から一気に飛び出すと、音速に迫るその速度を殺すように足に履いた特殊兵装:縮地(ゼロデヴァイザー)を地面に押し付ける。無理な挙動の代償に不快な金属音と派手な火花を散らしながらも急制動に成功する。


 「――だからといって!」


 対象はすでに射程範囲内。厄介な光学兵装:神の目(オブザーバー)妨害兵装:聖域(サンクチュアリ)の効果範囲内につき今は機能停止中。そして、この距離なら発射後の座標のブレも無視できる。


 故に――、


 「俺らに尻ぬぐさせといて恨みっこなしとはならねぇだろうがよッ!!!」


 ――必中必殺。


 オーバーフロー直前までため込まれたエーテルが決戦兵装:死神の接吻(メメント・モリ)の銃身を白熱させる。加速を繰り返し遂に臨界を迎えたエネルギーは亜光速で射出され――、


 「――ッ!!」


――驚くほど鮮烈に、そして驚くほど静かに、前方の景色を穿った。


 一拍の後、上半身が消滅し不格好に取り残された機械生命体(アンライフ)の下半身が崩れ落ちる。


 「――やっと…くたばったか…!」


 風景画の一部を消しゴムで消したかのような攻撃痕に対象の死を確信すると、青年は膝に手をつき一度大きく深呼吸をした。


 突然、呼吸の隙間を縫うようにトンと軽く背中を押される。


 胸部の違和感に視線を下ろすと、自らの胸から突き出す赤黒い血で染まった白い刀身が目に入った。生暖かい液体が喉を通って吐き出される。()()痛みはない。が、その異常な光景は青年の頭を真っ白に染め――




         ――GAME OVER




 「――やっぱクソゲーだわ!人間がクリアできるように作ってねぇだろ!!」


 VRギアを頭から乱暴に取り外すと青年はベッドに置いてあった枕を壁に投げつけてそう叫んだ。ノリノリでロールプレイングをしていた自分にすら腹が立つ。なおも怒りが治まらない青年はベッドから飛び降りると何も入っていないゴミ箱を蹴飛ばした。


 「――ッ!!いってぇぇ!」



 ――【確認】。

 痛覚をオフに設定しますか?



 「当たり前だろバカ!!」



 ―【確認】。

 痛覚をオフに設定しました。



 消え去った痛みに安堵しながらも青年の頭の中は未だに怒りで満たされていた。渦巻く苛立は飽和してあふれ出すように独り言として口をついた。


 「だいたい何が自由度が高いARPGだよ。高すぎる自由度はゲーム性の崩壊に繋がるだけって何回も言ってんだろうが!というか自由度の高さで言ったら『人生』ってクソゲーの金字塔があるんだから他はいらねぇんだよ」


 一通り怒りをぶちまけた青年は乱れた息を整えるように数度浅く呼吸をした。そして、一応の冷静さを取り戻すと乾いた喉を潤すため徐に立ち上がった。


 塵一つない大理石の廊下を歩き台所へ向かう。長すぎる廊下は見た目はいいが利便性が低い。今度作り直そう。いや、別に作り直さなくてもいいか。台所と寝室をテレポーターで繋げば――


 突然、室内に爆発音が響き渡った。猛烈な勢いで広がる土煙に一瞬で視界を覆われる。叩きつけるような風圧に押されて尻もちをついた青年は顔中を覆う砂埃を拭うと何とか目を開けた。


 見開いた目に晴れつつある土煙に落ちる大きな影が映った。導かれるように視線を上に向けるとそこには太陽を覆う巨大な怪物がいた。漆黒の両翼で悠々と羽ばたく姿はまさに伝説上の生物ドラゴンという他なく――


 「だから!!高すぎる自由度はゲーム性を――」




         ――GAME OVER




 「――やっぱクソゲーだわ!だいたい自由度が高いのがウリとは言っても限度があるだろ。ゲーム内でゲームできる機能なんて誰が欲しいんだよ。ゲーム内だってこと完全に忘れてたわ。というかタイトル『人生』ってなんだよ。攻めすぎだろ」


 ゲーム内とはいえイベントの連続は負担が大きい。先ほどからいくらかトーンダウンした愚痴がこぼれた。念のためブレインにゲーム内でないことを確認すると、トイレへ行くためにベットから降りた。疲労からかぼーっとした頭はそれでもトイレへの道を描き、意識しなくとも体はその道をなぞった。


 「――いってぇ!」


 廊下とリビングを隔てるドアの枠に小指をぶつけた。歩きなれているはずの自室なのに年に数回は同じ場所に小指をぶつける。しかも結構痛い。



 ――【確認】。

 痛覚をオフに設定しますか?


 

 反射的に口を衝いて出そうになった怒鳴り声を飲み込む。先ほどの自分の発言がノイズのように頭をよぎったからだ。「高すぎる自由度はゲーム性を壊す」、その言葉を頭の中で反芻する。きっとこのかすかな違和感はただの考えすぎに過ぎない。それでも青年は「いや、やめとく」、と答えていた。痛みはいつのまにか治まっていた。

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