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レアチーズケーキ幸福論

 いつもと同じ電車で登校し、代り映えのない授業を受け、休み時間に友達と流行のファッションについて駄弁り、一秒の狂いもない到着時間で最寄りの駅に帰り着いた。

 なんのトラブルもなく異変もなく繰り返される毎日。社会科の伊藤によると、この状態を『平和』と呼ぶらしい。何もない状態に名前を付けるなんてなんの意味があるのだろうか。――なんて、()()()()ことを考えてみる。難しい言葉を使うのはなんだか自分が賢くなったみたいで気分がいい。



 ――【訂正】。

 『柄の悪い』……人となりが粗野に思われる様。また、その場所が危険の多い場所である様。


                   ↓


 『柄でもない』……身分や性格に相応しくない様。



 脳に直接情報を刻みこなれるような不快感。何回体験しても慣れない『ブレイン』の()()()()に顔をしかめる。高揚していた気分が一気に萎えた。やはり、『柄でもない』ことはするものではない。


 ――そういえば、今日は22日、『神の生誕祭』の日だった。


 伊藤いわく、人類史上最も重要な日の記念日らしいがそんなことはどうでもいい。今日は見なければならない番組があるのだ。『神の生誕祭』について歴史を振り返る番組なのだが内容はともかく推しのアイドルが初めてMCを務める特番だ。録画してあるから見逃すことはないがやはりリアルタイムで見たい。

 振り返ると交番の上空に投影されている巨大モニターには16時の表示。少し速足で歩けば余裕で間に合う。

 

 視線を前に戻し、いつもより賑やかな商店街に向けると行きつけのケーキ屋が目に入った。いつもより豪華な外装と大きく書かれた『神の生誕祭セール』の文字が目に入って――






 玄関を開けるとリビングから推しの声が聞こえてきた。どうやらすでに番組は始まっていたらしい。

 こんなことになるならレアチーズケーキは諦めればよかったと少し後悔するが、めったにセールをしないあの店がなんと20%オフを掲げていたのだ。見逃す手はない。妹はレアチーズケーキは酸っぱくて嫌いだというが、私に言わせれば何もわかっていないお子様の意見だと言わざるおえない。あの酸味こそが甘味を引き立てているのだ。なんの刺激もなく与えられる甘味に意味などない。酸味を知っているからこそ甘味の価値を正しく評価できるのだ。

 滑るようにリビングに駆け込むとごねる妹を無視して録画していた番組を最初から再生した。


 「――2293年、人類はあらゆる未知を解明し、既知へと塗り替えた。この世の全ての事象に解答を与えた人類は正確に全知と全能を定義し、統合AI(ブレイン)を生み出した。そして、その瞬間世界は完全になった。(ブレイン)による個人単位の完全な管理と完全な予測は不幸を駆逐し、真の幸福を――」


 ナレーションの内容に興味がなかったので推しが出てくるところまでスキップをする。伊藤の授業みたいな意味不明なナレーションを飛ばせたことを考えると少し遅れてちょうどよかったのかもしれない。それにしても、MCをしている推しはいつにもましてカッコいい気がする。


「――お姉ちゃん、『幸福』ってどういう意味?」


 いつもは鬱陶しい妹の質問だが今日は気分がいい。姉として完璧な答えを教えてやろうと息巻くが、自分もまた『幸福』の意味をよく知らないことに気づいた。授業で伊藤が説明していたはずだがどうにも要領を得ない説明で全く覚えていない。きっと伊藤もあまり理解していないのだろう。


 「分かんない。ブレインに聞けば?」


 「ふぅ~ん、お姉ちゃんも知らないんだ」




 ――【解説】。

 『幸福』……心が満ち足りていること。幸せ。






               ――不幸の対義語。







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