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観測都市 死にたがりの観測者  作者: 笹木夕
4章 死にたがりの観測者
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「まったく、シンと連星の問題を解決できたと思ったらアインの連星もとは。つくづく人騒がせな連中だ」

 最上階の玉座の間から地表まで降りてきたベートが、ぼやきながら聖杖の先でコンとアインの頭を叩く。アインとは旅の間それなりに長い時間を共有してきたが、(大体いつもシン()の方が先に気絶または爆睡していたので)眠るアインの顔を見る機会はほとんどなかった。旅立ちからずっと纏わりつかせていた陰りや焦燥のないあどけない寝顔は年相応に少年らしく、今しがた死のうとした人間にはとても見えない。

「地下聖堂での大魔戦の後、アラタ──少年シンを、自分のせいで死なせるところだった、実際死なせたようなものだ、と深く悔いていました。……『死ぬなら自分の方だ』とも。魔王を倒すという目的を果たし、糸が切れたのでしょう」

 ベートに続いて降りてきたラメドは、藍川へ対するよりはもう少し柔らかい語調でアインを気遣う。その言葉にふと思い出すことがあった。

「ラメドが──接続してない方だけど、言ってた。“生きようとしないのは、生かしたいと思う者を苦しめる”って。俺と少年シン(俺たち)のあの時の行動がアインを苦しめて、傷つけてたって……自分がそっち側になって、やっと分かったよ」

「──そう、でしたね」

 連星の記憶を思い起こしたラメドが静かに微笑んで、座り込んだままの新の目線に合わせて膝をつく。

「アラタ。貴方がこの先、どこでどのように生きていくとしても。生きる意志を、生を楽しむことを、忘れないでください。──誰かを生かしたいのなら、まずは貴方がしっかり生きなければ」

「うん……」

 ラメドのガーネットの瞳を見返しながら、ひとつずつの言葉を大事に飲み込む。

「そうそう。生きにくさを感じたなら、生きやすい場所を見つければいい」

 ベートが黒曜石の髪を揺らしてひょいと肩を竦め、歌うような調子で軽やかに言う。

「地球でも、観測都市でも。他のどこでも。キミが生きやすい場所は必ずある。生きていたいと思える場所が、理由が、キミを待っている。それをキミ自身で、いくつだって何度だって見つけていくんだよ。……観測者というものは、永すぎる時間を生きていくのだから。どうせなら楽しいものを、素晴らしい景色を、たくさん観なくてはね」

「……アインにも、あるかな……」

 失った故郷に代わる、これからの居場所が。魔王を倒した後の、これから先を生きていく理由が。

 新も含め、観測者たちの星辰はもう間もなくこの創世世界を離れる。新はあくまで少年シンのからだを借りただけで、正しくアインの幼馴染とは言えない。言えないけれど、こんな姿を見てしまってはアインのこれからがどうしても気がかりだった。

「今はなくとも、これからいくらでもできるさ。それは連星自身が見つけるべきものだけれど──キミが命を救ったことで、時間だって十分できた。……我々はここまででお役御免だ」

 それじゃ、観測都市に帰るよ。ベートが片目を瞑ってみせて、ラメドもそれに頷いた。

「私たちの連星の筐体は、一足先に理国に転移させておきましょう。それでは観測都市で、また」

 それぞれに聖杖と聖弓を一度掲げてから、今はすっかり更地になった森の転移陣の方に向かっていく。

「ありがとう、お疲れ様ー!」

 新も聖錫を持った手を振って、ふたりの背が見えなくなるまで見送った。

 ラメドとベート、観測者の方にはまた後で観測都市で会える機会もあるだろうが、この創世世界のふたりとはここでお別れになる。

 結局創世世界のベートとは一度も話さずに終わってしまった。コミュ障の自覚がある身としては一から人間関係を構築しなくて済んだのは大変助かったが、ちょっとだけ、連星の方のベートとも話してみたかった気もする。

 

『アラタ、あなたもそろそろ接続解除を……』

 やや強い風が吹き始めた頃、メムがそっと告げてくるのへ、考えていた言葉を返す。

(その前に、アインと話がしたい)

『……各観測世界において、観測者の接続によって生じた観測都市に関する記憶と記録は、接続解除後には順次改竄と消去の処理が行われます。──観測者アラタの言動はすべて連星である少年シンのものとして認識され、適宜修正されます。ですから、これからあなたが話す言葉がどれほど彼の記憶に残るかは、……』

 これから新がアインとする会話には意味がないだろうことを、躊躇いがちに遠回しに教えてくれる。しかしアインの中に本当に何も残らないとしても、新にとっては違うのだ。

(うん。……悲しいのとか、苦しい気持ちに折り合いをつけて乗り越えていくのは、連星のアインとシンたち本人だってことは分かってるんだけど。単に俺が、俺のために言いたいことがあるだけ)

『……それならば』

 無意味でも、自己満足でしかなくとも。人と関わるのは苦手で、言葉で伝える気もなくて、いつだって希薄な関係性しかつくって来られなかったけれども。

(藍川の連星だからじゃなくて。俺と一緒に旅をしてくれたアインに、──言わなくちゃ)

 そのうちにアインの頭が重たげに揺れて、億劫そうに目を瞬かせる。

 終わりゆく黄昏の中、血と土埃に塗れていても、アインの金髪が微かな光を受けて輝いているのを眩しく思う。惨劇も、旅立ちも、黄昏の中でこのアインと一緒に乗り越えてきた。

 黄昏を見ると死にたくなった新は、ダアトの村が焼かれたあの日の黄昏の中で、初めて死ねないと思った。アインを死なせたくないと思った。

 今も同じ光に包まれて、けれど生きたいと思える。かえりたい、と思っている。新と、このからだの少年のシンと、そして新の星辰──星核を形作った観測者のシンが強く抱いた願いも一緒に、ぴたりと重なり合っている。

「……帰ろう、アイン。シン()たちの村に」

 藍川と違って皮肉気な表情なんてほとんど見せてこなかった金の瞳が、ひどく苦しげに歪む。

「……“帰る”って。どこにだ? 誰のところに? 村はもうない。親父もお袋も(カイン)ももういない。村の皆も。誰も助からなかった。助けられなかった!!」

「──だから、死んでもいいって?」

 アインが弾かれたように顔を上げ、焦げてほつれたグローブの両手を突き出してくる。避ける間もなく胸倉をきつく締め上げられて息が詰まった。

「“お前”に、何が、分かる……。頭ん中掻き回されるみたいに、ぐちゃぐちゃだけど。“お前”は“シン”じゃなかったくせに!」

 すぐ間近でぎらぎらと揺れる黄金が、憎しみを滾らせて炎のように燃えている。強い負の感情をぶつけられているというのに、その瞳が“新自身”にくっきりと向けられていることが、少しだけ嬉しいと思ってしまう。

「……うん。そうだよ。俺は、村で生まれ育ったお前の幼馴染のシンそのものじゃない。でももうすぐ、ちゃんと元に戻る。ダアトの村のアインと、シンに」

 だから。

「抱えてるもの、今のうちに全部吐き出しちゃえばいい。今の俺に──本当のシンじゃない、俺には」

 それだけはどうしてもアインに言っておきたかった。観測者の概念は新にもまだうまく説明できないし、してもそれこそ無意味だろうが、幼馴染だと騙したままで去るような真似はしたくなかった。そして、だからこそできる話があると伝えたかった。アインとシンがこの会話を覚えていてもいなくても、言葉で吐き出すことにはきっと意味がある。

 力を込めすぎて白くなった拳をぽんぽんと叩いてやれば、腕から少しずつ力が抜けていく。時間をかけて指が離れていって、そのままふらりと座り込んだ。

「…………全部……ぜんぶ、終わったら、何もなかった。何にもなくなったんだ」

「うん……」

「オレを駆り立ててたのは。動かしてたのは、魔王を殺してやりたいって、憎しみだけだった。それしか、やれることが思いつかなかった。オレの勝手な復讐にシンまで巻き込んで。命を懸けさせて、何度も死なせかけて。……地下聖堂じゃ、オレのせいで本当に死なせるところだった……!」

 平坦な調子で話し始めたアインの声は、徐々に熱が籠って早口になっていく。否定したい部分もあったが、今は頷くだけに留める。

「そうまでしたのに。終わってみれば、何もなかった。何も。憎しみも、苦しみも、何ひとつ変わらない。喪っただけで、何も戻ってこない」

 ただ、頷く。アインの中に激しく燃え上がった火は、けれど燃やすものを見失ったように急速に小さくなっていく。

 憎しみで埋めていた傷に、後回しにして追いやっていた痛みに、向き合わなければならない時が来たのだ。

「……煤になって呆気なく消えてった魔王の向こうに、あの日みたいな夕日を見て。こんなに虚しいなら、苦しいままなら。オレも、あのまま村で、……一緒に死んでおけばよかったんじゃないかと思った……」

 掠れきって風に拐われそうに震える言葉に、アインの裡に隠され続けてきた悲痛に、耳を澄ませる。聞いているだけで胸を引き絞られるようだった。

 家族を亡くす悲しみを、新はまだ知らない。しかしアインと同じくあの日に家族を奪われた少年シンが、からだの中で同じ痛みを抱えて叫んでいる。

(──“死なないでほしい。生きてて、ほしい”)

 アインを死なせたくないと願い、生きていてほしいと祈るこころに突き動かされるまま。

「頑張ったよ、アインも……シンも」

 ただ“思う通り”に、アインの金髪を抱え込んだ。血で固まった縺れを避けて、軽く梳く。

「……“なくしたものは戻らない。戻らないから、また、つくるしかない”」

 新にはまだ持ちえない言葉が、願いが、からだの内側から溢れてくる。

「“帰ろう、アイン。帰って、また、俺たちの生きる場所を、新しくつくろう”……って、シンの気持ちだよ。──アインはひとりじゃないし、シンをひとりにしないでやってくれよ……」

「…………ッ……」

 俯いたままのアインの表情は分からない。ただ微かな震えを、胸にもたれかかる頭から感じる。

 死にたいと思う気持ちは、死の先に救いを見る気持ちは、新もよく知っている。それがどうしようもなく甘やかな誘惑であることも。

 それでも、死なせたくない、生きていてほしいと願う気持ちも、何度も何度も思い知らされた。目の前のアインに、教えられた。

 黄昏の最後の残光が山の端にふつりと消えていく。今のアインが黄昏を見て死にたくなるなら、見なければいい。ただ、死なせたくないと願う人間が“ふたり”ここにいることだけは、知っておいてほしい。

 アインの拳が力なくぶつけられる。痛みはなかった。繰り返すたび、カン、と音がする。アインの左手首にはめられた腕輪が、新の右腕にはめた腕輪にぶつかった音だった。互いの無事を祈って、アインが選んでくれたものだった。

「腕輪、ちゃんとご利益あったなあ。……この腕輪があったから、アインの手を掴めた」

 無事に帰るという願いの込められた腕輪は、どちらもひしゃげて傷だらけになってしまったけれど、しぶとく残って今もまだここにある。

 

「……お前、ずるいな。結局シンなのか、そうじゃないのか、何なんだよ……」

 短いような長いような間があって、アインがようやく口を開く。

「俺もあんまよく分かってないんだけど。別の世界のシンみたいなもので、シンのからだを借りてて、でもシンの心もちゃんとここにいる……って感じ?」

 ざっくりと、しかしそこそこ分かりやすく説明したつもりだったが、ふ、と呆れたようなため息が聞こえた。

「何だそれ。……でも、お前はシンじゃなかったのに、オレと一緒に戦ってくれたんだよな……」

「……それはこっちの都合みたいなもんだよ。魔王を止めるために、お前の復讐心を、利用したんだ」

 アインにとって苦しいばかりだっただろう旅へ、聖剣の勇者として発たせた。光国の王都に行けばそうなると知っていて、あえて止めなかった。

「そう言うなら、オレだってお前を利用したようなもんだろ。シンだけどシンじゃない、お前を。──……シン以外の名はあるのか?」

「新。真並、新。観測者、ってやつらしい。……覚えなくていいんだけどさ」

 名前の響きも、存在ごとどうせすぐに記憶から消えてしまうものだ。

「アラタ……」

 そんな風に噛み締めるように呼ばれるとかなり面映い。陽が沈みきって黄昏色が消えたのを確かめて、抱え込んだままでいたアインの頭を解放してやった。隣に寝転んで見上げれば、広い空の上から紺青の帳が下り始めている。

「俺、アインがいなかったら、死んでた。──ずっと死にたいと思ってたし、何度も諦めかけた。今俺が生きてて、生きたいって思えてるのは、アインがいてこの旅があったからだ」

 腕輪を抜き取って空に掲げる。歪な輪の向こうに、輝き始めた星がある。

「この世界のアインが俺のことを忘れても。もう会えなくても。新しい居場所で、元気に生きててほしいって、アインにも生きたいと思ってほしいって、願うよ。……願っても、よければ」

 アインの腕輪が新の手の中の腕輪にカン、と軽やかにぶつけられる。身を起こすと、同じく起き上がったアインが手を差し出してくる。照れ混じりに握り返せば、少し痛いほどの力が込められた。

「……ありがとう、アラタ。……とりあえず、シンと村に帰って、……墓参り、して。それから……また、考えてみることにする」

 迷いつつ、考えつつ話す横顔はどこか遠くへ向けられているが、もう危うさは感じられない。

「そうだった。シンと、もっぺん美味いもの巡りしろよ。行ったことない場所にも、食べたことないものにも、これからいっぱい出会えるんだからさ。死ぬかどうかは、それから考えれば」

「っはは。……お前、呑気で図太いところ、やっぱりシンと同じなんだな」

 そう苦笑したアインの表情に、少年シンの記憶に残るいつかのダアト村での自然体の笑顔が重なる。

「……そうかな。そうかも……?」

 呑気で図太いとは初めて言われたが、アインがそう思っていたのなら、藍川にも思われていそうだ。──自分のことも、友人のことも、まだまだ知らないでいる。そういうことも、これから知っていけたらいいのかもしれない。

「えーと、それじゃ、元気で。……いつか死ぬ日まで?」

 もっとましな言い回しはなかったのかと自分でも思うが、自然と出てきた言葉がそれだったのだから仕方ない。

「変な挨拶。でもそれ、いいな。……いつか死ぬ日まで、どうか元気で──アラタ」

 最後の最後でくしゃりと笑ってみせたアインと向かい合っているのが気恥ずかしくなって、さっさと背を向ける。

(お待たせ、メム。俺たちも、帰ろう)

 長らく待たせたメムに脳内で呼びかける。

『ええ、帰りましょう。──接続を解除します』

 土の匂いが、風の音が、からだの感覚が、ひとつずつ切り離されていく。

(さよなら、アイン、シン。元気で)

 できればずっとずっと遠い未来の先まで、元気で。

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