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観測都市 死にたがりの観測者  作者: 笹木夕
4章 死にたがりの観測者
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 バルコニーから魔王城内へは、石とも鉄ともつかない重々しい灰色の扉で隔てられている。複雑に絡みあう蛇が彫られたそれが堅く閉ざされている様は、何者の侵入も拒む頑ななこころそのものに思える。

 ゲームでは当然に正面の大門から一階ずつ制覇していくことになるわけだが、今は裏技的ショートカットのおかげで既に最上階だ。おそらくこの扉の向こうはラストバトルのマップ、玉座の間に繋がっているだろう。

 ひとつ息を吸って吐いてから頷くと、ラメドとベートも頷き返してくれる。

「そんじゃまあ、お待ちかねのご対面といきますか、っと!」

 藍川が鋭い呼気と共に扉に向かって聖剣を数度振るう。新の目には黄金の輝きを帯びた白銀の剣身を軽く滑らせた程度にしか見えなかったが、最後に藍川が扉を蹴飛ばせば、ズン、と地響きを立てていくつかの塊に断ち割られていた。

 力技で破壊された扉の先は、夜がわだかまっているようにべったりと暗い。息が詰まりそうに濃い闇に踏み込むにつれ、理国ほどではないにせよ気温が下がっていく気がする。

 最奥に据えられた玉座には、暗がりの中にぼうと蒼白く浮かぶ顔がある──魔王のシンがそこにいた。

 灰色の髪は古木の根のように玉座と痩身を覆い、隙間から濁った黄昏が見え隠れする。地下聖堂で見た時と同じ、否それ以上に疲れ果てて澱んだ目つきだった。自分に似た系統の顔が窶れ果てて荒んでいるのを見せられると、鉛を飲んだ心地がする。

(なんか、バッドエンドの未来の自分を見せられてるみたいだ……)

 乾いた喉に唾を押し込んだ新に向かって枯れ枝のような指が突きつけられ、肩が勝手に跳ねる。

「消えるべき星。何故、消えていない」

「……、」

 正直にホドに救われたと答えていいものか躊躇う間に、藍川が更に数歩前に出て不穏な黄昏を遮った。

「随分待たせちまったな、シン。……今までで一番魔王って感じじゃねーか」

 言葉の調子こそ普段通りの軽さだが、その背には戦意が、あるいはもっと獰猛な殺気のようなものが張りついている。

「──そうだ、待っていた。お前を待っていた。お前に殺されるのを。お前を殺すのを。待っていた」

 シンの声はひどく掠れて皹割れているのに、音に、言葉に、心臓が竦む重さがある。藍川が聖剣を握り直す音が静寂の中に落ちる。

「ああ。オレはお前を何回も殺し、何回も殺された。それも今回でようやく終わりだ」

「終わらない。終わらせない。……未来永劫、輝くべき彼の光。……終わらない、終わらせない、終わっては、ならない……!」

 藍川の言葉に被せるように、一段と大きくなった声が終わりを否定する。耳と肌に音が突き刺さる錯覚を覚えて、押し潰されそうなプレッシャーに抗うために縺れる舌を必死で動かした。

「……星、だって。変わるし、終わっちゃうんだろう。──終わらないものなんてない。だからあんたは、俺をつくったんだろう。自分を、終わらせるために」

 しかしシンはもう新を見てはおらず、言葉もまた届いていない素振りで緩慢に虚空を仰ぐ。

「──見えない。彼の星が、見えない。ただひとつの星。私の観るべきもの。……観ていたかったもの。何も、観えない。何も、観たくない」

 輝かしい星。それをただ観ていたかっただけなのだと、けれどもうどこにも観えないのだと。玉座の間の闇にか細い言葉たちが彷徨っては滲んで消え、いっそう昏く深くなっていく。

「シンの星辰がこれほどまでに翳り、澱んでしまっていたとは……」

 変わり果てた姿が痛ましい、とラメドが呻いて首を振った。

「……“シン”であることすら捨てようとして、筐体の星辰と混ざり合って。──(ホド)の星も自らの星も観えない道行は、さぞや昏かったろうね。……いい加減に終いにしようじゃないか」 

 ベートの声にはシンへの憐れみと労りが混じっていたが、それでも隙なく聖杖を構える。

「終わらせなど、するものか。……終わると言うのならば。終わるべくは、シンの星。お前(シン)は既に消したはず。何故未だここにある? ──否、幾たびとて、消せばいい。この世界ごと」

 会話がループしたように、再び新へと鋭い敵意が向けられた。何か来る、と分かっても強張りきった体が咄嗟に動かない。

「終わらなくてはいけないのは、変わるのはキミだ、シン」

 ばづんと首の後ろが怖気立つ音と黴臭い匂いがしたが、それだけだった。網の目状に広がった黒雷が新の身を守っている。

「一応訊くけど、メム。接続の強制解除はできないんだね?」

 ベートの最終確認に、苦しげなメムの声が答える。

『……繰り返し試行しましたが、地下聖堂と同様に不可能です。これほどの距離と時間、対象の星辰に接触していてもできないということは、……』

「随分長いこと、連星の魔王の星辰と分離できないほど複雑に混ざっちまってる。ここにあるのはもう純粋なシンの星辰とは言えない、変質した何かだ」

 藍川が正眼に構えた聖剣へ黄金の炎を纏わせながら吐き捨てた。

「──私は悪魔の囁きを聞いた。我が身の裡の悪魔が、それに応えた」

 座したままだった灰色の影がゆらりと立ち上がる。おこりのように震えた手足がぶくぶくと膨れ上がった。灰の獣毛に覆われていく指先からは鋭い爪が伸びる。捻れた角が天を衝き、黒翼は背を突き破って鮮血を滴らせながら拡がる。こめかみからも生えた一対が、澱んだ黄昏の目を覆い隠す。足は撓んで引き伸ばされ、太く蟠を巻く蛇の尾になった。

(……蛇の、悪魔……)

 ゲームのグラフィックにもなかった、歪に継ぎ接がれた悍ましい姿への変貌だった。──どこまでも自分を貶めているような、誰よりも自身を憎んでいるような有様に思える。

「……ハ、〈悪魔〉はオレの専売特許だっつーの……。お前を悪魔にしちまったのは、オレだ。お前の中に悪魔をつくったのも、オレだよ」

 藍川の声もさすがに掠れて揺れていた。

「堕ちたる〈審判シン〉が、審判を下す──〈審判〉の星よ、消えよ。滅びよ。星辰、星核、一片も残さず」

『盾を!』

 メムの鋭く飛ばされた指示と共に、からだが軋みながらもどうにか動き始める。ベートの黒雷の障壁と藍川の剣閃、ラメドの一矢で威力を削がれて尚、雨のように降り注いだ黄昏の光は容易く盾を貫通し破壊した。

「うあ……ッ」

 腕に、足に光の槍が突き刺さる。ラメドに抱えられるまま入り口まで後退し、水薬を煽って治癒術を全員へ全開でかけた。前線に残った藍川とベートがシンの注意を引きつけているうちに、防御と攻撃の補助術を配って立て直しを図る。

『……〈審判〉の星が自らを否定するという〈審判〉を下しました。あの者はもう観測者の、星径のシンではありません。──あの者の星辰は筐体諸共完全に破壊しなければなりません』

「そんな、メム……!」

 冷たく硬い、感情のない声で『これは峻厳の塔の総意、そして〈栄光ホド〉の意志でもあります』とメムは続ける。

「何ということを……シン、貴方はそこまで……」

 ラメドがつがえた矢を僅かに下げたが、躊躇ったのはその一瞬で、すぐに次の一射に移る。

「……知ってたはず、だったんだがな」

 蛇の尾の強烈な打ち払いに合わせて下がってきた藍川が、ひとつ咳き込んで血混じりの唾を吐いた。

「いやってほど知ってた、アイツが頑固だってことは。誰かの──オレのせいにできないってのも、知ってたのにな」

 治癒をかけた側から、食い破られた唇の端に血が滲む。

「……ッ、後悔はあと! とにかく止めて、──助ける方法、考えるぞ!」

 曲がった背中を聖錫でどついて、重ねて治癒と素早さの補助をかけてやる。

「ってて。……お前、あんなになったのを見てもまだ、諦めねーんだな」

 言うほど痛くもないくせにわざとよろけてみせた藍川は、横顔で下手くそな笑顔をつくった。

「……確かに、今まで見たラスボスの中で一番やばそうではある、けど。だからって観測者(お前ら)の諦めは早すぎるんだよ!」

 さっさと行け、と攻撃と防御の補助も突っ込んでやれば、「へーへー」と気の抜けた返事をしながらも聖剣を握り直して再び疾駆する。

 観測者のメムが、あれはもうシンではないと言った。星辰と筐体の破壊が、観測都市の判断だとも。ラメドも、藍川さえ、きっともう無理だと、助けられないと分かっているのかもしれない。

(でも、倒して──殺して終わりなんて、そんな雑で救いのないエンディング、俺は嫌だ……)


 距離を詰める藍川へ衝撃波で迎え撃とうとした魔王の口を、ラメドの矢が牽制する。振り上げられた鋭い爪にベートが魔術の氷をぶつけ、軌道を変える。空いた懐に藍川が飛び込んで、──息の合ったコンビネーションだったが、魔王は動きの先を知っているかのようにすんでのところで躱してみせた。

(知ってるみたいに、じゃない。実際知ってるんだ)

 観測者の藍川やラメド、ベートの戦い方を知り尽くしているのだろう。魔王と混ざり合っていても、あれはやはり観測者のシンで、シンとしての思考があるのだ。

「やっぱり、手強いね……!」

 魔力切れで一時後退してきたベートが、相殺で痺れたらしい手を振りながら苦笑いする。魔力回復の水薬を渡してやりつつ、治癒と補助をかけ直す。

「シンって、無駄に真面目……熱心に観測していたからね。物静かに見えて、戦闘能力も馬鹿高いんだ」

 黒髪を耳にかけつつ唇をひと舐めして、長い詠唱に入った。

 濃密な魔力がベートに集まっていく。それに気づいた魔王の攻撃が向けられそうになるのを、ラメドが連射で食い止める。

 ベートへのサポートで攻撃の手が弱まった隙に、太く重い蛇の尾が振り抜かれて藍川を壁へと叩きつけた。

「ぐぅ……っ」

「藍川!」

 即座に滑り込ませた盾はしかし追撃の槍に砕かれ、藍川の腕に足に、腹に黄昏の光が突き立てられる。全力で治癒術を送ったが、藍川の体は一度大きく跳ねて血を吐いた。咳き込むたびに血の塊を零しつつ、無理矢理立ち上がろうとするが。

「……戦闘では、オレが、いつも勝ってた、けど。……お前、ホントは、勝てたんだろうな……」

 ラメドの矢が幾本刺さろうが構わず、魔王の腕がろくに動けない藍川の首を捉えて吊り上げていく。藍川はその腕に聖剣を突き立て、……何故かこちらを見てにやりと笑った。

『ベート、魔術を! ……アインの指示です!』

 メムの声に遅れて意図を悟り、新も慌てて魔力を聖錫に押し込み始める。──パーティ全員分の蘇生のために、全魔力を。

(あのバカ!)

「……悪いけど遠慮はしないよ……!」

 時間をかけて練り続けていたベートの最大威力の大黒雷が、誰も避けようもない至近距離で轟音と共に炸裂した。光と音と衝撃が何もかもを飲み込んでいく。

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