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観測都市 死にたがりの観測者  作者: 笹木夕
4章 死にたがりの観測者
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 雪山の山頂近くに広がる大雪原で待っていたのは、氷の風を操る大魔、風鷹だ。目に見えるほど濃い魔力の風を纏い、雪空を自在に滑空していたものが、新たちの魔力を感知して降りてくる。建築物などの比較対象がないので分かりにくいが、両翼を広げれば数十メートルはあろうかという巨鳥である。

「大きいね。焼き鳥にでもできればいい肴になったんだろうけど」

「創世世界の魔物は倒せば煤になりますからね。始末も楽でいいですが」

「いーからさっさと落とせ」

 ベートの呑気なコメントにラメドがさらりと返して、珍しく藍川がツッコミ役のような形になっている。

 この大陸に災いをもたらす魔王の手先たる四体の大魔、その最後との戦闘だというのに、正直今までで一番緊張感が薄い。

(思えば最初の炎狼がいっちばん大変だったんだな……)

 ゲームでも、クライマックスの戦闘なのにパーティのレベルを上げすぎていたためにあっさり終わってしまって呆気なかった、という話はやり込み系プレイヤーあるあるだけれども。かくいう新も、ラストダンジョンに挑む前にできるだけレベルを上げ、サブイベントをすべて回収したい派だ。

 最後尾に控えた新は盾の術で自分とパーティの荷物を守りつつ、一応攻撃力を上げる補助術も三人へ投げる。道中でベートに散々治癒術を使わされたからか、ほぼノータイムで術を使えるようになった。ゲームだと無詠唱だとか詠唱キャンセルと呼ばれるものだ。

(けど、たぶん必要なさそ〜……)

 緑の瞳でこちらを見据え、排除すべき敵と認識した風鷹が氷の嘴を大きく開ける。本来は雄叫びと共に氷の羽を撒き散らす広範囲攻撃、の予備動作だったのだが、雄叫びを上げるはずの嘴はラメドの放った矢に貫かれて上下に縫い止められた。次いで漆黒の炎が、巨大な槍の形を取って翼の付け根に突き刺さる。黒はベートの魔力の色だそうだが、禍々しいほどの威力なのでどちらが魔王の陣営で勇者なのだか分からなくなりそうだ。

 くぐもった苦鳴と共にどす黒い血の雨を降らせながら高度を下げてくる風鷹の胸部へ、悪魔の羽で飛翔した藍川が聖剣で容赦なく斬りつけて叩き落とした。

 (まだ死んではいないが)完全にオーバーキルで、なんだか風鷹が哀れですらある。

「今のは首を落とすところだろう? 鈍ったのかい」

「まさか。誰かさんに見せ場を残してやったんだよ」

「おや、それはどうも」

 ……などという前線の気の抜けたやり取りもメム経由で聴こえてくる。

 雪原に堕とされた風鷹は小山ほどにも大きくて、本来ならば最後の大魔戦に相応しい死闘が繰り広げられるはずではあったのだが。

(まあ、無傷で倒せるんならそれに越したことは……)

「それじゃ、期待に応えてひとつ派手なのをお見せしようか」

 気を抜いた新の前方で、ベートが聖杖を空へ高く掲げているのが遠目に見える。風鷹の放っていた強大な魔力の圧は消え去りつつあるのに、ベートの上空で黒雲が──濃密な魔力が渦を巻き始めた。唯一露出している顔の皮膚がピリピリと痺れる感覚。

「盾の準備!!」

「えっ? わっ?」

 一足飛びに後衛の新のところまで退がってきた藍川に、肩の上に担ぎ上げられたのだと遅れて気づく。

『発動準備開始!』

 メムの声とともにからだが動いて聖錫で魔力を練り上げていく。みるみるうちに遠ざかっていく大雪原の中央部で、息もできないほど膨大な魔力が集まっていくのを呆然と眺める。

「目ェ閉じて口は開けとけ!」

「は、え、」

 何をどうすればいいのかよく分からないうちに、何かで頭部全体を覆われて視界が塞がれた。両耳のあたりも押さえつけられる。数瞬後に体中からごっそり魔力が持っていかれて、相当量の魔力を注ぎ込んだ分厚い盾の術が発動したことを理解する。

 おそらく外套だろう厚手の布と、閉じたはずの瞼をも透かして、閃光が見えた気がした。

(これは──やばいやつ)

 ゴ、だかドン、だかの轟音を、耳ではなく内蔵の震えで感じとった。遅れて酷い耳鳴りがする。

 やがて雪の上にうずくまっていたからだの上から重しが退いて、軋む背中を動かして起き上がる。青白い光が点滅する視界の向こうで、ベートと藍川が何か言い合っている。

「…………、……」

 近くに来ていたらしいラメドが貸してくれた手に捕まって立ち上がった。全身がびりびり痺れていて、力が入りにくい。ラメドは口を動かして何か言っているようだが、音としてはうまく聞こえなかった。手に握らされた魔力回復の水薬をとりあえず飲み干す。

『治癒術を発動します』

 メムの声は正しく聞き取れたことに安堵しているうちに、回復したばかりの魔力をまた根こそぎ持っていかれて全体回復の術が発動した。

「な、何が……」

 ようやくはっきりしてきた意識と視界で辺りを見回せば、雪山の大雪原だったはずの景色が一変していた。新とラメドが今立っている十数メートル四方を残して、広く黒い岩肌が剥き出しになっている。曇り空もすっかり晴れて青空がよく見える──雪原の奥に見えていた山頂の峰が消失して、大変見晴らしが良くなっていた。

「ごめんよ、少しやりすぎてしまった」

「は、はあ……」

 こちらへ歩いてきたベートがぺろりと薄い舌を出して謝るのへ、何と返せばいいか分からずに曖昧に頷く。

「少しどころじゃねーだろバカ、地形変わっちまったじゃねーか」

「キミがけしかけたんだろう?」

『大魔、風鷹の完全消失を確認。付近の魔物も一掃されたようです』

 言い合うベートと藍川は無視してメムが報告してくれたが、一目瞭然の事実でもあった。

「そうだなー、何もなくなっちゃったもんなー……」

(オーバーキルのレベルが違ったわ……)

 何はともあれ、これでこの大陸の四体の大魔はすべて討伐できたことになる。風鷹は呆気ないほど簡単に倒せてしまったが、規格外のふたりに更にもうひとり規格外を足したのだから、当然の結果ではあった。……ここが余人の寄りつかない大雪原でよかった。そうでなければうっかり巻き込み事故で死人が出ていたかもしれない。

「新人クンも転移陣も無事だったのだから、何も問題ないだろう?」

「オレの機転だっつーの」

「ええ、……良い判断でした」

「珍しく、って態度が隠しきれてねーんだよ」

 新が不運な犠牲者にならずに済んだのは、藍川が新を退避させつつ(メムに)盾の術も指示してくれたおかげだった、ということだ。振り返った背後、無事な地面の上には転移陣もあって、藍川が間に合わなければこれも地面ごとなくなっていただろう。

 風鷹がいる間は作動できなかった転移陣が動き始め、複雑な紋様が光の線を描き出す。

「……これでついに魔王城に行けるんだな」

 様々な思いで感慨深くそう言った新へ、

「いいや、まだだよ。その前にひとつ大切なことをやり残しているからね。ホラ、こんなところに長居は無用だ。乗ったのった」

「え、え、え?」

 ベートはしんみりした空気をあっさり笑い飛ばし、ぐいぐいと背中を押して転移陣に入らせる。多くの転移陣は“先に進む”または“前に戻る”のふたつの行き先があり、ここの転移陣も魔王城と理国の両方へ繋がっている。そしてベートが指定した移動先はやはり魔王城ではなく、理国の街中だった。

「まずは祝杯を上げなければね」

「いや、そりゃ食事は大事だろうけど……」

「メム、この辺で一番評判いいとこ」

『周辺一帯の住民の会話及び人の流れを観測──二区画先の大衆食堂が適当かと』

 藍川はメムの提示した店へもう足を向けている。最後の良心、真面目代表ラメドを伺えば、「理国は蒸留酒と煮込み料理が評判ですが、未成年には飲酒は勧められませんね」などと困り顔で言う。

(え、これ、ほんとにメシ食う流れ?)

 理国に入ってからすぐに大魔退治に向かったので、てっきり先を急ぐものだと思ったのだが。

「観測最大の楽しみは食にあると言っても過言じゃあない! 食事は欠かせない娯楽さ。食べることを楽しみ、そのために仕事をする。そして仕事を終えたらきちんと美味しいものを食べる。──そうやって、観測者は連星の筐体と共に生きている感覚ごと味わう。とても大切なことだよ」

 今まででいちばん表情が生き生きしているベートが歌うように告げて、新へ向かってちょいちょいと手招きをした。

 

「さあ、たんとお食べ」

 大衆食堂の黒く艶のある木のテーブルの上に、所狭しと料理の皿が運ばれてくる。煮込み料理や炒め物など、どれにもごろごろと塊の肉が入っていてとても美味しそうだ。どれから食べるか迷っていると、ラメドがいくつか取り分けてくれた。

「この肉は理国の雪山にのみ生息している猪のものだそうですよ。臭みも香草で上手く消されています」

「へえ、ありがとう」

「食文化の情報収集は特に大事だぞー。観測都市の食堂にもちゃんとフィードバックされるから、やった分だけ美味いメシが食える」

 黒っぽい色のスープを飲みながら藍川が言って、「ビーフシチューみたいな味付け。普通にウマい」と解説してくれたので新もおっかなびっくり一口啜ってみる。

「ほんとだ、美味しい。……肉も見た目より柔らかくて食べやすい」

 ベートもラメドも、ついでに藍川も、それほどがっついているようには見えないのだが、テーブルの端には着々と空の皿が積み上げられていく。

「ホラホラ、キミこそ遠慮せずに食べなさい」

 驚くべき速さでいくつか皿を平らげたベートは新にも肉にパンにサラダにとぐいぐい勧めてくる。近寄り難いミステリアスキャラだと思っていたのだが、意外と世話焼きなのだろうか。

(親戚にもいたな、こういうひと……)

「食いたい分だけ食やいい。ベートは食うのも飲むのも底無しだから付き合わんでいい。こいつの上司、星冠のビナーからして田舎のばあちゃんみたいなところあるから」

 持て余しそうだった骨つき肉を藍川が半分持っていきながら話す。

「それを言うならアインだって“兄貴ぶって”いるじゃあないか。メムもラメドもすっかり保護者のようだし」

 小さなグラスに注がれた金色の酒を飲み干して、ベートは薄い唇を舌先で舐めてにやりと笑う。

「貴方もアラタの前で張り切って大稲妻を落としたでしょう」

 ラメドも黒いビールっぽい見た目の酒を手に微笑んでいる。新は酒を飲むことにはまだ興味がないが、彼らが酒の席でリラックスした様子なのは何だかいいなと思う。

「はは、悪かったって。──生まれた経緯はどうあれ、新しい星というのは可愛いものだろう?」

 出会った時から余裕ある微笑みばかりを浮かべていたベートが、どこか照れくさそうに苦笑いをしたのが印象的だった。

『私は先達の星(あなた方)にされたことをアラタに返しているだけです』

 言葉こそ素っ気ないが、メムの声もいつも以上に明るくやわらかい。

 観測都市のことも観測者のことも、新自身のことも、どう考えればいいのか先送りしたままだが、新が思う以上に受け入れられているようなムードが観測都市側にあるのは救われる気がする。

「……まさかこんな形で、二十二から星径が増えるなんてねえ。いや、星径の数自体は結局変わらないのかな? まあ、そんなのはどっちでもいいんだ。しかし、アインは昔から色々あれこれ大小やらかしてきたけれども、シンが乗っかるのは意外だったな」

「るせえな。……食い終わったから隣の宿取っとく。お前も魔力使いすぎてんだから早めに寝とけ」

 藍川は後半は新に向かって言い、半ば逃げるように食堂を出て行った。ベートが頼んだ甘い花蜜がたっぷりかかったケーキの相伴に預かりつつ、先程の会話を思い返す。

(『シンが乗っかるのは意外』、って……メムも藍川も、ラメドも皆同じようなことを言ってたな……)

 シンがそうするとは思わなかった、と口を揃えて言うけれど。

 シン本人とはまだたった一度、“魔王”として顔を合わせただけだ。それでも、ホドのためにと凶行に及ぶ気持ちが分からないでもないと思うのは。やはり同じ星核を、星辰を持っているからなのだろうか。

(まあ、シンとは直接話すとして)

「……その。ベートもラメドも、星径が勝手に増えて困るー、とかそういうのはないんだ?」

 新が生まれたての弱々しい星ならば、いっそさっぱり消してしまってなかったことにしよう、という展開もあってもよさそうなものだが。

「そんなことがあり得るとは、という驚きはありますが、忌避感の類はありませんよ。──これもまた、星の定めです」

「そうそう、星の定め、ってね。……大概それで全て片付いてしまうんだ。星が生まれる時も、死ぬ時も」

「星の、定め……」

「……だからね。定めに抗おうとしたシンのことを、憐れにも、羨ましくも思うよ。……永く存在しているほどに、受け入れ(諦め)方ばかりが上手くなっていくものだから」

 唇を少しだけ笑みの形にして、ベートはテーブルの上のランプを細い指先でつつく。あたたかな橙の炎がゆらゆらと揺れた。

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