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祭り見物の後は峻山近くの宿に泊まって、翌日は朝から地下聖堂に向かっている。本当は昨日行くはずだったが、大魔討伐を祝う祭りの最終日ということで祭り見物……もとい観測に予定変更したらしい。
地下聖堂はこのからだにとっても、新の気持ちとしても一度死んだ場所だ。少しばかり気は進まないが、置き去りにされたままの宝器の聖錫を回収するという目的があって、なおかつちゃんとした観測者の戦闘を見学できる初めての機会でもある。メムとラメドは入口で留守番していてもいいと言っていたが、自分の身の安全を最優先することを条件に一緒に中に入った。
「ったくよー、棒っきれ一本くらいちゃんと掴んできゃいいのによ」
「アラタの連星の生死がかかった状況で、瓦礫の下に埋まった宝器を探す余裕などなかったことは貴方も分かっているでしょう」
「うっせー」
かったるそうにぼやく藍川と、真面目に嗜めているラメドは、話しながらも地下道に現れる魔物をさくさく倒している。前衛・中衛の二人と後衛の新とではそれなりに距離があるが、メムを介して互いの声はクリアに届く。
一度目の地下聖堂ではザインの封印の効果で雑魚敵は出現しなかったのだが、元々ここはゲームでも強めの敵がわんさか出る面倒くさい難所だった。
しかし今のアインとラメドの戦闘力は、レベルカンストしたキャラと低レベル帯の魔物ぐらいの圧倒的な差がある。今までの旅では見たことのなかった技もガンガン出ている気がする。会敵したと思った直後にはだいたい魔物が煤になって消えていくところなので、新が補助術を差し挟む隙もない。当然治癒術も必要なく、本当にただの見学者として後をついていっているだけだ。
「強すぎてチートっぽい」
「チートもチートだよ、星径の力で筐体のステータスも持ってるスキルも全部底上げしてるからな。ゲームバランスも関係ねーし」
白銀の聖剣に炎を纏わせて、一撃で複数の蝙蝠やら蜥蜴やらを薙ぎ払いながら藍川が言う。
「まんま魔法剣士じゃん、ジェネシスにはそんなジョブなかったけど」
「〈黒魔術〉の幻覚の炎だが、コイツら程度にとっちゃほんとに燃えてるのと変わりない」
羽も生やせる、と黒い飛膜を背に広げて飛翔してみせて、高いところにいた巨大な蝙蝠型を叩き落とした。
「おお~……」
人型蝙蝠(藍川)VS魔物蝙蝠の絵面に思わず拍手したが、
『創世世界ではその形態は魔物と誤認される恐れがあります』
メムの声は完全に冷めていて、更にラメドの矢が藍川の羽すれすれのところを射抜いていった。
「っぶね!?」
「おや失礼。魔物かと思ったもので」
その矢の飛んでいった先には当然のようにまた別の蝙蝠の頭があって、見事に額のど真ん中を貫いている。
ラメドの弓も元々素晴らしい精度を誇っていたが、今は百発百中の上に更に全弾クリティカルのようで、なんなら一本の矢で二匹倒したりもしている。
「ラメドの弓もすごいことになってる」
「これは〈正しさ〉と〈正当な判決〉の力による補正です。この世界の理において、あの魔物という敵性生物に対してはこの筐体に正義があると判定されますから」
「へえー……」
星径の力というものは、新が考えていた以上に観測世界で優位に働くらしい。これは確かに新に出る幕はない。おとなしく観光気分で後を追うだけで、さっくり最奥の鍾乳洞まで辿り着いてしまった。
大魔が消失した後のただだだっ広いだけの空洞を見て、藍川もラメドも一度足を止めたが、何も言わずに瓦礫を撤去し始めた。
元々の腕力すらない新は、隅っこでまたも見守るだけである。剣や弓の一撃で腕を広げたよりも大きい瓦礫が吹っ飛ぶ中になんて、突っ込んでいく方がどうかしている。
(でも、あんな風に星径の力がバンバン使えてたって、筐体のからだを“借りてる”立場なんだよな)
先程藍川とラメドが立ち止まったのは、それぞれにもここに苦い思いがあるからではないだろうか。手よりも口が動くタイプの藍川がだんまりで作業しているのも、普段所作のひとつひとつが丁寧なラメドがだいぶ強引に瓦礫を砕いているのも、たぶんアインとラメドの連星のこころが少なからず影響しているように思う。ここに来たくないと思ったシンと同様に。
(そういえば、筐体が本当に望まないことはできないってメムは言ってたけど。それって筐体が強く願うことも、接続してる観測者の意識を超えて行動できたりする?)
『──状況によります。例えば、筐体が“どうしても殺したくない”と思う対象は観測者が接続していても殺害に至ることは難しいでしょう。同様に、“どうしても助けたい”と思う対象を、見殺しにすることもできません。それはつまり、連星の願い、意志が観測者の意思を凌駕することになります』
(そっか。“したくない”も“そうしたい”もおんなじ、願いってことだもんな。観測者って、勝手に連星のからだを使ってるような気がしちゃうけど、そうでもない……と思っていいのかな?)
地球にある新の筐体──新が生まれた時から十七年間接続し続けてきたからだも。新という観測者が勝手に他人の人生を乗り回していたのではなく、“共に生きてきた”と思っても許されるだろうか。
『ええ。あなたが連星の筐体に接続している間も、連星の星辰は変わらずそこに在ります。あなたが今その筐体で感じる感覚も感情も、すべて同時に連星が感じているものでもあるのです』
(観測者、っていう存在とか、在り方をぜんぶ受け入れられたわけじゃないけど。それを聞けて、ちょっとだけ安心したかも)
「お、あったあった」
しばらくして、声を上げた藍川が一本の杖を掲げてみせた。魔王と大魔に対抗できる唯一の手段、宝器のひとつをあっさりとこちらへ放り投げてくる。取り落としそうになるのを何とか受け止めた。
「バカ、投げんな」
橙の石が先端に嵌まった白い錫杖は、ここで地竜とやり合った時と同様に手にしっくりと馴染む。
「大魔戦では一応宝器は使えてたけど、それって遣い手になったってことで本当にいいのかな」
ゲームではないのだからシナリオをなぞることもないし、むしろ外れていく方が望ましいだろうとは思いつつ、いざ自分が宝器の遣い手になるというのは戸惑いがあった。
『アラタの星には、その宝器の遣い手に足る素質が充分に備わっていると考えられます。あなたとシンの〈審判〉の星が意味するものは〈復活〉と〈位置の変化〉、〈更新〉。それらはあなたの筐体が持つ治癒の力と相性がいい、という話をしたことを覚えていますか?』
「一応覚えてるけど……。それって俺にもやっぱり星径の力が使えるってこと?」
前回地下聖堂で使えた強力な治癒士の力は、特別アイテムの宝器が凄いからだとばかり思っていたが、星径の力も関係していたのだろうか。
『ええ。星径の星は、みな生まれ落ちた時から裡に輝かしい光を抱いています。シンからそれを分けられたあなたも、また同様に。──あなたという星が下す審判によって、生命は再び活力を取り戻し、在るべき場所に至る。そして新たな階へと踏み出す。その力があなたの内側にあることを、あなたの星辰はもう“知って”いるはずです』
しんしんとひとつずつ降り積もるようなメムの声に導かれるまま、あたたかい光を想起する。心の、魂の底に、ずっと大切にしまい込んでいた光があることを、確かに知っている。
(ホドの星と同じ色のひかり。俺の中にもちゃんとあるって、観測都市で教えてくれた)
泣きたくなるほどに優しく柔らかな、安らぎを連れてくる夕日の橙。一日を終えて家路に着く時間。──黄昏は、本当はきっとこんな郷愁を呼び覚ますもののはずだった。
地下聖堂には差し込まないはずの夕日の光が溢れて、あたり一面黄昏に染まっていくとともに、体に活力が満ちてくる。新は途中で目を瞑ってしまったが、それでも瞼を通して明るさは感じられる。
「わ……」
「いいねえ」
誰も道中で怪我も消耗もほぼしていないので回復量は体感しにくいが、おそらくゲームで本来のメインヒーラーだったザインが最後に習得する、蘇生と完全回復の治癒術だろう。
「これでアラタも正しく“宝器の遣い手”ですね」
新の肩をひとつ叩いたラメドが微笑む。
「しっかしオレ達にゃ多分必要ねーから、魔力は自分の防御と回復に回せよ」
「う」
せっかく覚えた最上級の術を戦闘でもかっこよく使ってみたいと思ったのがバレたのだろう、その前に藍川に釘を刺されてしまった。
「まあ、蘇生なんて使わないで済むならそれに越したことないもんな」
レベルもスキルも、装備までほぼほぼ極めたキャラクターで、強化パッチも当てて、更に敵の特性まで把握した状態で冒険しているような状態なのだ。このパーティで蘇生が必要になるまで追い詰められる場面はさすがにあってほしくない。
「もうこれで東の最果て、魔王城まで行っちゃっていいんじゃないか?」
現時点でも十分にオーバーキルできそうだと思って言えば、ラメドは軽く首を振った。
「北の理国でベートが待っていますから、合流します」
「あ、そっか」
「うげ」
そう言えば、最後に加入する仲間がもう一人いた。ベートは年齢不詳、性別も不詳とされている魔術士だ。口元の泣きぼくろがちょっと色っぽくて、新の個人的な希望としてはスレンダーな美女に一票入れたいところである。
「藍川のその反応ってことは、ベートももしかして観測者のひとが接続してたりする?」
「ええ。他の観測に出ていましたが、ちょうど私が接続する前に帰還してきまして。今回の事態を聞きつけて、是非とも自分も一枚噛みたいと」
「あー…………」
顔を手で押さえて唸る藍川はものすごく億劫そうで、ゲームのキャラクター設定以上に一筋縄で行かなそうなことだけ察した。




