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王宮では玉座の間で峻国の王と対面するというイベントもあったが、峻王は御簾の向こう側でいくつか激励の言葉を発しただけで、対応はラメドがそつなくこなした。
「王の傍に控えていた王宮治癒士が、観測都市の〈峻厳〉の星冠ゲブラーの連星ですね。そしてラメドの叔父でもあるようです。我々の筐体の治癒は彼が手ずから行っていましたが、素晴らしい治癒術でした」
修復された装備やら追加の軍資金やらを受け取って、市街へ向かう道すがらラメドが説明してくれる。〈峻厳〉のゲブラーについては、峻国に入った時にもメムから少し聞いた記憶がある。
「ああ、ラメドは〈峻厳〉のとこのひとなんだっけ。で、シンとメム、と一応俺、が〈栄光〉。ちょっと覚えた」
『観測都市では、十一の星冠と二十二の星径がそれぞれ三つの塔に所属しています。三塔は峻厳・均衡・慈悲からなり、峻厳の塔の星冠は〈栄光〉〈峻厳〉〈理解〉です』
「あ、じゃあ俺たちも峻厳の塔所属ってことになるんだ。だからラメドは『同じ塔のよしみ』って言ったんだな」
「その通りです」
藍川に茶々を入れられたせいで聞きそびれていたことをラメドに確認すると、生徒を褒めるような微笑みが返ってきた。
観測都市で、新が何日かを過ごした場所が峻厳の塔で、外に見えていた二つの塔が均衡と慈悲の塔だとメムが補足する。
「三塔って、創世世界の三国みたいだな? 光国と峻国と理国」
「そーそー。この大陸の構図がまんま峻厳の塔と重なってたから、余計にシンとホドの星に干渉しやすかったってな」
話を聞いていないと思っていた藍川もしれっと混ざってくる。
「ふうん。で、お前の所属は?」
前を行く背中をつつけば、「オレは均衡の塔で、上司の星冠は〈美〉のティファレトってヤツ」とあまり興味なさそうに答えた。
「ティファレト……ってなんか聞いたことあるかも」
「あー、地球世界のゲームでもボスとか女神の名前とかで使われてたっけな。十一の星冠は、地球世界では生命の樹、セフィロトツリーで表されてた。二十二の星径は、タロットカードってヤツでも。……そもそも観測都市から観測できる世界っていうのは全部、どっかしらが近かったり重なったりしてるもんなんだ」
「ああ、この創世世界では三国が三塔と重なってて、王様が星冠のひとたちだったりするみたいにってこと?」
「そうそう。星冠は他の世界では神様だったり伝説の生き物だったり精霊だったり色々だけどな。世界観設定、的なものが近いっつーか」
「はー……」
生命の樹やタロットカードについては薄らとだけ知っている。ゲームや漫画のモチーフで使われているのを見ていたくらいだが。
(タロットカードの意味だかをもう少し知ってたら、星径の力、スキルっていうか必殺技っていうかがもっと分かったのかな)
ここにスマホがあって今すぐ検索できれば面白いのにな、なんて異世界転移もののお約束のようなことを考えた。考えて、地球では毎日当たり前に触れていたスマホのことを、ほとんど初めて思い出したことに気がつく。
(……そっか。前の接続の時は、異世界だーなんて思ったり、地球のこと思い出したりしてる余裕が全然なかったから)
今は新の事情を正しく知る人たちばかりに囲まれて、藍川と地球の話もできて、平和で賑やかな街中にいて、気を張る必要がない。
「……ってか街まで下りてきたけど、なんか更に賑やかっていうか、もしかしてお祭りやってる?」
王宮を出て、喋りながら二十分ほど歩いただろうか。市街に行くとだけ聞いていて、具体的な目的地などは知らされていなかった。
よくよく見なくとも、至るところに星の形を模した行燈が吊るされ、道端には以前通った時以上にたくさんの屋台がひしめきあい、色合いは違えど赤の飾り布が軒先から垂れている。
「ええ、三日ほど前から。地下聖堂の大魔がようやく討伐されましたからね。本来峻国の民は祭り好きの賑やかな国民性なのですよ」
穏やかに笑うラメドは、連星の気持ちを代弁するかのようにどこか誇らしげだった。
「規律と規範を尊び、己を厳しく律する中で、晴れの日には朗らかに祝い舞い踊るのです」
広場ではひらひらした薄赤い布地を纏って踊る子供たちがいて、手にした籠から赤い花びらを撒いている。ジェネシスのゲームではこんなイベントは発生しなかったので興味を惹かれた。
「行ったことないけど、中国とかアジアのお祭りっぽい感じがするなあ。ここ来たときも建物とか屋台見てそう思ったんだった」
広場を通過しながらせめて祭りの気分だけ味わえればいいかと思っていたら、
「じゃ、ちっと見物してくか」
藍川に腕を掴まれて広場の端の方の長椅子に座らせられる。
「え? でもどっかに向かってたんじゃないのか?」
「そちらはまた明日にでも。接続時に、祝祭や宗教儀礼に立ち会える機会は限られますから」
『多様な文化に触れ、情報を収集することもまた立派な観測ですよ、アラタ』
ラメドとメムにも交互に言われて、いつの間にか手には肉の串焼きも持たされていた。ちゃっかり藍川が買ってきていたらしい。
できたて熱々の肉に舌先を軽く火傷しつつ頬張ってみれば、甘辛いタレと肉汁が口いっぱいに広がってとても美味しい。たっぷりかけられた胡麻の風味が香ばしい。
「こちらの包み焼きも峻国の名物のひとつですよ」
今度はラメドから薄いクレープのような食べ物を渡された。白い粉のふいた皮の中身はしゃきしゃきした葉物の野菜と粗挽き肉で、鷹の爪っぽい赤い香辛料がいいアクセントになっている。
「私が周辺の観測をしてきますから、アラタには演舞の観測をお願いしますね」
「あ、はいっ」
よろしい、と学校の先生みたいに頷いたラメドは、民芸品の屋台の方へ向かっていった。
「アイツは言い方がいちいち硬っ苦しいだけで、つまりステージ見物してていいって意味」
今度は飲み物を調達してきた藍川が、木製のコップを寄越してくる。
『映像記録は自動送信されていますので、アラタ自身が詳細を記憶する必要はありません。ただ、祭礼の雰囲気、印象……そういったものは現地の筐体でこそより感じられる情報ですから』
「な、なるほど」
メムの補足にちょっと安心しつつ真面目に頷けば、藍川が「あーもーコイツらめんどくせ!」と首を振った。
「つーまーりー、海外旅行に来たと思って単純に気楽に祭りを楽しめばいいって意味だよ! ……外国なんか行ったことなかっただろ」
『…………』
それきりメムは静かになってしまったが、否定もなかったので、藍川の解釈で合っているのだろう。乱暴に長椅子に腰掛けた藍川はやけ酒のような勢いでコップを煽る。
「……ハァー。ったく、ラメドのヤツは新人の面倒を見たがってて、メムはそもそも実地の観測経験がまだない。加えてどっちもカタブツクソ真面目キャラってんでグイグイ来やがる。……オレも他人の世話なんてガラでもねーけど、テキトーに気ィ抜いてけよ。初めての観測ってのは、そこにいるだけで自分が思う以上に疲れるもんだからな」
「気楽に、って言われてもなんかなー……。ラメドは引率の先生みたいだし、メムも先輩って感じあるし…… でもメムは観測するにはまだ年数が足りない、んだっけ?」
「まだまだ新しい星だからな。つっても地球世界の人間で言やあ数百くらいは経ってるが」
「うわ、スケールが違った。……そりゃ十七の俺に対して過保護になるわけだ……」
藍川の言う通り、生まれたての立場に甘んじて、もう少しは肩の力を抜いてみても良さそうだ。とりあえず受け取ったきりだった飲み物を一口飲んでみれば、とろみのあるほんのり甘いジュースだった。味はライチに近いかもしれない。
「……だいたい観測ってのはさ、本来もっと娯楽的……エンタメなんだよ」
花火や爆竹で辺りがいっそう賑やかになってきた中で、串に刺さった果物を摘みながら藍川が言うのへ耳を傾ける。
「自分と違う連星、国、世界を知って、異なる文化を取り入れる。大改編でもなきゃ、海外旅行だとかVRの世界観光とまんま一緒だ。だから、──楽しんでいいんだ。新しいゲームをやる時みたいに。見たことない景色に、初めて食べるメシに、知らなかった風習に」
「──『ゲームだと思えばいい』って……もしかしてそういう意味?」
最初に創世世界に接続する前に藍川に言われた言葉が、ずっと引っかかっていた。ダアトの村を襲った惨劇も、魔物や大魔と対峙する恐ろしさも、家族を奪われたアインの悲哀も。少年シンの痛みや悲しみや絶望がまるで自分の身に起こったことのようで、何もかもがリアルすぎてゲームだなんて少しも思えなかった。“ゲームだと思うこと”は、現実の苦痛からの逃避のようにも感じられた。
(ああでも、メムも)
街のこと、暮らしのこと、食べ物のこと。折に触れては解説を添えてくれていたのは、新にそういう“観測”をさせようとしてくれていたのかもしれない。
『……いいえ、アラタ。私は私のやり方で観測を行っていたにすぎません。あなたの事情も心情も考慮しないまま』
「そんな、メム。……メムのそのやり方が、俺にはちょうど良かった。ちょっとずつ教えてくれたのがさ。メムのおかげで楽しめてたこと、たくさんあるよ」
メムのサポートと解説があるからこそ、前も今も観測ができている。敵の情報も、進むべき道も、街の特徴なども全部引っくるめて、新の置かれている状況を的確に把握して教えてくれるメムがいたから、安心して旅ができた。
藍川が自分の手柄のように「お助けAIがいてよかっただろ」なんてにやりとするのには爪先を蹴飛ばしてやったが。
「ゲームみたいに楽しんじまったモン勝ちだろ、人生だって何だって。ジェネシスをプレイしてた時と同じように、創世世界にいることを楽しめばいい。連星の運命だって、お前が背負い込むこたぁない。……それこそ、プレイヤーくらいに思ってさ」
観測者は、藍川は、連星のからだに接続する時はいつもそれぐらい割り切っているのだろうか。気の遠くなるような時間を観測者として過ごせば、新もいずれそう考えるようになるのか。
(……でも、俺は……)
舞台の方から爆竹の弾ける音がして、歓声が響いて、空からは花が舞って祭りは最高潮に達したようだ。鮮やかな赤い薄絹は炎が踊る様に似ている。
こういう地域に根ざしたお祭りの映像や写真なら見たことはある。けれど自分がこんな風に体験する機会があると思わなかった。それは村から出たことがなかった少年シンも同じで、胸の奥にぽうっと灯る熱は、きっとこのからだが感じているものでもあるのだろう。
「……確かに、ゲームみたいなものだって思って救われた部分もあったけど。誰かの生き死にも、何かと戦うってことも、俺には重すぎるから。でもさ、生きるのも死ぬのも、ほんとに重いことだから、ちゃんと重いままでいい。ゲームとか、物語とか、フィクションだと思って軽くしたりしなくても、いい。すぐには受け止められなくても、ちょっとずつやってくから」
少年シンもアインも、この世界で、この大改編の中で、細いほそい綱を渡るように生き残って、今ここにいる。そのからだを、自分と藍川が使わせてもらっている。
(そうだ、ジェネシスの少年シンはこのお祭りは観られなかったんだ──地下聖堂で、死んでしまったから)
右腕に嵌めた、高熱で歪んだのを直されたという金の腕輪に触れる。アインが見立ててくれた互いの無事を祈るまじないの込められたもの。いくつもの願いに生かされて、自分も少年シンのからだもここにいる。
(死ななくて、よかった。シンを死なせずに済んで、よかった)
風に流された赤い花が手の中に落ちてきて、ひんやりした薄い花弁を摘んで日に透かしてみる。──黄昏は苦手でも、陽光からは不思議と生を実感する。
「初めて観るお祭りに感動したり、こうやっていい天気の中で美味いもの食べたりすると、あー生きてるんだなって思う。……生きてていいんだなって、思う」
藍川の方を見る。整った横顔は演舞の舞台の方に向けられているが、何を思って見ているのかは読み取れない。
「観測とか、観測者とか、よく分かんないままだけどさ。俺がシンから分かれた──双星じゃなかったら、観測者じゃなかったら、このお祭りは見られなかった。このからだに、見せてやることもできなかった」
ゲームだと思わなくても、今この瞬間、ちゃんと楽しいと感じている。それは多分、生きることを楽しめている、と言っていいのだと思う。
「ゲームはゲームで、フィクションの、ゲームっていうこと自体を楽しむものなんだ。──それで、今俺がいるのはゲームじゃなくて現実だって分かった上で、楽しんでいきたい」
「小難しく考えすぎんな。楽しめてんなら、とにかくそれでいいんだよ」
「んむ」
藍川の摘んでいた果物を一切れ口に突っ込まれて、甘い果汁に咽せそうになりながらも飲み込む。ラメドが戻ってくるまで、飲み食いしながら打ち上がる花火をぼんやり眺めるだけの時間をゆっくり過ごした。




