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観測都市 死にたがりの観測者  作者: 笹木夕
4章 死にたがりの観測者
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 張りつきそうな瞼をこじ開ける。霞む視界で何度か瞬くうち、あらたは自分が非常に高そうな天蓋つきの巨大な寝台にいると気づいた。木造で、赤を基調とした内装や豪勢な寝具のつくりから、ここはきっと峻国しゅんこくで、しかもそれなりに身分の高い人間が使うような部屋だろうと推測する。

 よっこいせ、とだいぶ気合いを入れつつ起き上がり、体や手のひらを見下ろして、見慣れた元の十七歳サイズであることにひとまず安心した。

『接続と同期処理終了。筐体きょうたいは概ね正常に稼働しています。──現在地は峻国の王宮内のようです。付近に敵性体の反応はありません』

 すっかり耳に馴染んだメムのアルトが今の状況を端的に教えてくれる。

(王宮……? えーっと、地下聖堂の戦いの後、どうなって……?)

『アラタの連星(れんせい)の筐体は、〈栄光〉の星冠せいかんホドの力によって再生されました。この創世世界における認識では、“熱線に焼かれる直前に発動していた蘇生術でかろうじて命を繋いだ”ことになっています。筐体の記録では、アインとラメド両名によってここに運び込まれたようです』

(あれ、俺が接続してない間のことも分かるの?)

『今回は複数名の星径(せいけい)による不正観測と大改編(だいかいへん)への過干渉が発覚した特殊な事例ですし……あなたの再接続も予想できましたから。ホドと私の判断の元、観測都市での遠隔観測が継続されていました』

(そっか)

 すこし久しぶりに思える脳内説明を聞きつつ、ベッドから降りて体を動かしてみる。長く寝ていたような動かしにくさはやや感じるが、怪我や痛む箇所はない。棚の上の丸鏡を覗き込めば、予想通りの灰色の癖っ毛とアンバーの瞳の少年シンの顔が映る。──どこにも目立った火傷も裂傷もない。

「地竜に黒焦げにされたはずだけど、嘘みたいだな……」

「残念ながらウソじゃないんだよなあ~。……オレの連星(アイン)はめちゃくちゃ怒ってんぞ」

 ノックもなしに緩い口調で入ってきたのはアイン、でなく藍川あいかわだ。創世世界のアインのままの金髪金目にRPG的洋装という出立ちで、中身は地球から腐れ縁の藍川になったわけで、また一段とややこしくなった。

「って、そんなことお前に言われてもな……」

 少年シンと新が選んだ、地竜の熱線の盾になるという死ぬような(実際ほぼ死んでいた)無茶については、アインに直接怒られるならまだしも、藍川に文句をつけられる筋合いはないと思う。藍川は気にした風もなく、「まあそうだけど」と言って自身の胸元を軽く小突く。

「──コイツの旅は“失くした”ところから始まっただろ。だから自分の無力さとお前の無鉄砲さのダブルパンチで内心ぐっちゃぐちゃ。オレが接続してなかったら今頃盛大に拗れてたぞ。一応知っとくだけ知っといてやれ、ってこと」

「そっか……アインにはやっぱ、悪いことしたな」

 せめてアイン本人へ謝れたらいいけれど、その機会を持つのは難しいかもしれない。──藍川の接続が解除される時には、きっと新もまたこのからだを離れるのだろうから。

「ま、シンの介入もあったし、諸々不可抗力だろ。お前が気にすることじゃねーな、連星(コイツ)の“青さ”ってヤツだよ」

 と軽い調子で藍川は話を終わらせて、枕元の果物籠を勝手に漁り始める。

 これまで、創世世界に接続している間はずっとアインと藍川を混同しないよう気をつけてきたのに、ついに中身まで藍川になってしまった。更にアインならしなかったような粗雑な振る舞いをされると、どうしても脳が混乱する。

「……だめだ、すっごい違和感ある」

「んぁ、筐体か? ホドにクレーム入れるか」

「いやお前にだよ。……もっとこう、アインっぽくしないの」

 取り出した林檎に齧りつきながら、藍川はひとつ瞬く。

「つってもなあ。星径の力を使うにはオレが主導する必要があるし、今アインに主導権渡したら大喧嘩勃発だし。そもそも観測者ばっかなんだからフリすんのもサムい」

「え、ラメドは」

 違うだろ、と言いかけたところで。

「私も接続していますよ」

 部屋に入ってきたラメドが、艶やかな真紅の髪を肩から滑らせて優雅に一礼した。

「観測者としては初めまして、ですね。名は同じくラメド。観測都市では峻厳の塔、〈峻厳〉の星冠ゲブラーに属する者です」

「あ、どうも。シンの兄弟みたいなもので、真並新しんなみあらたです」

 見た目も丁寧な喋り方も創世世界で出会ったラメドと変わらないままで、物腰柔らかで落ち着いている様子もよく似ている。こちらはこちらでまた区別に困るというか、意識しなければ“観測都市の”ラメドだということを忘れてしまいそうだ。

「観測世界で育ったとあれば、戸惑うことも多いでしょう。同じ塔に属するよしみです。観測についての質問などありましたらどうぞ気軽に」

「あ、ありがとうございます」

 ガーネットの眼差しは深く理知的で、心なしか強者のオーラみたいなものも漂っているようで、騎士装ともあいまってより厳格そうに見える。

(教官が騎士団長になった……)

「は、観測なんざ実地でやってきゃ嫌でも慣れるわ」

 林檎の芯を窓の外に放り捨てながら藍川が毒づいたので、険のある言い方とごみの行方を嗜めようとしたのだが。

「生まれたばかりの星を庇護し、正しく導くのは先達としての義務です」

「正しく、ねえ。お前と観測都市にとってだけの〈正しさ〉って、ほんとに正義って言えんのかね。お得意の正義感を後輩にも早速押しつけようってか?」

「貴方の犯した過ちのどこに正義があったと?」

 ラメドが淡々と切り返して、藍川も唇を歪めて吐き捨てて、ふたりの間の空気はしんしんと冷え込んでいく。

(あの、メム、この二人ってもしかして……)

『ラメドは〈正義〉を司る星径です。アインの秩序と法を乱す振る舞いには、普段から苦言を呈しています。私もラメドの意見に同意します。それと、私からの通信は観測者ならば受信できますので、ラメドとアイン両名にも伝わっています』

(あ、はい)

 通信が伝わっているのにラメドにつくと宣言するメムの、藍川への冷ややかさは相変わらずだ。そしてラメドの方も相当藍川とは気が合わなさそうに思える。

 観測者の方のラメドが星鏡の間から一緒に来なかったのは、もしや藍川と顔を合わせたくないからだったりするのだろうか。

(そういや、創世世界こっちでも旅の始めにアインとラメド、ギスギスしてたっけな……)

 あっちの場合はアインが一方的に突っかかっていたようなものだったが、魂、星辰からして相性が悪かったのなら、致し方なかったのかもしれない。

「まったく、シンは何故このような〈悪魔〉となど……」

「あ、ラメドはシンと仲が良かった?」

 ラメドの言葉に観測者のシンへの親しみを感じて、話を逸らそうと質問してみたのだが、ラメドは「それは……」と言葉に詰まってしまった。

「ナカヨシ、ねえ。〈審判〉と〈正義〉のカタブツ同士、気が合ったんじゃねーの? 〈悪魔オレ〉なんかよりよっぽどよくつるんでたぜ。……ま、計画については何にも聞かされてなかったらしーけどなあ?」

「バカ、煽るな」

 金の瞳を輝かせて嫌味たっぷりに笑う藍川の横っ腹を肘で突く。地球でも昔から喧嘩っ早い奴だったが、自分に敵意を持つ相手にはそれ以上の敵意をぶつけていくスタイルはどこでも変わらないらしい。嬉々として相手をやり込めにいくからタチが悪い。

(まったく、精神年齢はバカ高いんだろうにガキと同レベルで喧嘩してたんだから、めーっちゃくちゃ大人気なかったんじゃん……)

 これは傍観していても悪化するばかりだと踏んではっきり間に入ることにする。

「全員、とにかく人を傷つける発言は一切ナシで。もー、俺は観測初心者なんだから、先輩たちにしっかりしててほしいんですけど」

 メムも含めて、と釘を刺す。藍川はへらりと肩を竦めて、メムは『申し訳ありません』とちょっとしょげてしまい、ラメドは目礼をした。

「……発言と態度を謝罪します。今は協力しあい、シンとアラタの星辰の保護を最優先にしなければならない時でした。非常事態といえど、アラタのような幼い星に大改編の観測をさせるなど……本来あり得ないことなのですから」

 すぐに謝罪してくれる辺り、コミュニケーション能力の高いとても仕事ができそうな大人という印象はあるのだが、同時に融通が効かなそうな生真面目さも窺える。そしてとてもちいさい子どもを心配するような目で見られて、むず痒い。後輩ムーブを出したのは失敗だっただろうか。

「その、幼い、って。俺としては星基準で言われても困るっていうか……確かに観測都市のからだは十歳にもならない感じだったけど」

『アラタ、あなたの観測都市での筐体は、あまりに幼体だと生活行動に支障が出ますので、星辰が適合できる限界まで成長を促進させた状態でした』

「ん? ……てことは」

「言ったろ、超未熟児の赤ん坊レベルだって。観測都市(保育器)から出すなんて論外なんだよガチで。こっちからすりゃはじめてのおつかいどころじゃないわけ」

「あなたの輝度はあまりに微かで弱々しく、いつ消えてもおかしくはないほどなのです」

 だから他の観測を切り上げて急遽こちらに合流したのだとラメドが話す。

「な、なるほど……それはまあ、やりにくいだろうな……」

「ま、地球世界の十七歳としちゃあ複雑だろうが、そういうわけだからさ。こっからは観測のチュートリアルみたいなもんだと思って、気楽に行きゃあいい」

「チュートリアル、か……」

 意気込んで接続したのでちょっと拍子抜けの感もあるが、この創世世界はジェネシスのゲームではなく、単純に強くなってラスボスを倒せばいいというものでもない。過程がどうあれ、観測者のシンの暴走を止め、この世界の一大事──大改編を終わらせられるなら何だっていいのだ。

(接待プレイとかって好きじゃないけど、藍川たち観測者からしたら“死なせちゃいけないお荷物同行者”みたいなもんだろうしなあ……)

「分かった。基本後ろでおとなしくしてるから、よろしく、先輩たち」

 藍川とラメド、脳内のメムに向かってそう言えば、

「おう」

「もちろんです」

『承知しました』

 三者三様の返事があって、一応話は纏まった。

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