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観測都市 死にたがりの観測者  作者: 笹木夕
3章 観測都市
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20

 新が見下ろした金色の頭は、創世世界でのアインとまったく同じ色で、遠目では区別がつかないだろう。けれど近くでこうして顔を見ればはっきり分かる。軽薄そうなにやにや笑いを貼りつけているくせに、どこかが痛むような目をするのは、今まで何年も隣で見てきた藍川そのものの表情だった。

「……話だけ聞くとさ、こういうのって、当事者たちでもっと話し合ってりゃよかったんじゃないのって思うけど。特にシンとホドがさ」

 何をどう言えばいいか迷いつつ、思ったままをひとつずつ言葉にしてみる。シンがホドに、失いたくないと言えていたなら。

(──いや。たとえば俺だって、もし親からガンになったって言われたら。完治が難しいって聞いたら。何か言えるか? 言ったってどうしようもないって、困らせるだけだって分かってることを)

 そんな想像だけで、石を飲んだように腹が重くなる。

「……メムも、星冠の継承はそういうものだって当たり前に思ってたって言ってた。だからやっぱりどうしようもなかった、んだろうし。そもそも、もう起こったことにとやかく言っても、それこそどうしようもないもんな……」

 新なりに色々と考えてそう言ったのに、藍川はへらりと口の端をゆがめて肩を竦めただけだった。

「ご高説、痛みいりまーす」

「茶化すなよ。難しい問題だな、って俺だって思ったし……」

 観測者が、星径という立場にあるものがどれほど途方もない時間を過ごすのかうまく想像できないが、それでもこういう“普通の人間みたいな”悩みからは逃れ得ないものなのか。

(もっとこう、超越っていうか、超然としてそうっていうか。──だってそうじゃなきゃ、ものすごく生きにくそうだ)

「あんまムズかしく考えんなよ。シンみたいな考え方をするヤツも、唆されたって本当に実行しようとするヤツも、実際できちまうヤツもそういない。だから問題になってんだ。……理解しようとしなくていい」

 藍川のその言い方は、シンのようにはならなくていい、と言っているように聞こえた。

(なら、何で)

「最後にひとつだけ、聞きたい。──俺は、シンの代わりだった?」

 どうして新を、“シン”と呼んでいたのか。

 藍川の顔を見ていることができなくなって、どこか遠くの方へ視線をうろつかせる。

 死にたがる新をいつも文句も言わずに助けていたのも。ジェネシスに関係のない、ゲームや漫画の話で一緒に馬鹿笑いしていたのも。失いかけている友人の影を重ねていたからではないのか。シンがホドになるように、新もシンになることを、望まれていたのではないのか。

 ──理由はどうあれ、そういう藍川に新が救われ続けてきた事実は、変わらないのだけれども。

「バカだな」

 ぐに、と頬を引っ張られて、無意識のうちに唇を噛んでいた歯を緩める。

「分かたれた星核は決して元には戻らない。最初から、お前はまったく別の星として生まれたんだ。シンとも、力の源たるホドとも、星核に触れたオレとも、全然違うものになった。……生まれる前から見てきてんだ、いやでも分かる」

 そのまま、耳の後ろや首の、脈の打っている辺りに触れられる。今触られているのは体だけれど、こころ、星核、星辰とやらの輪郭を確かめられているようだと思った。

「お前は間違いなくシンとは別個の存在の“真並新”だけど、シンとは双星って関係で結びついちまってる。オレがお前をシンって呼んでたのは、どうせならシンの輝度にあやかって星辰が早く安定すればいいと思ったんだが……星辰が近づいていくうちに、希死念慮みたいなもんまで引き摺られちまうとは思わなかった。あー、それとゲームのアバターネームなんかでも使ってたから、創世世界の連星に接続した時も違和感少なかっただろ」

「い、意外に色々考えてたんだな……」

 茶化した藍川を嗜めておきながら、予想以上に返ってきた言葉の数々につい自分もやってしまう。

「……じゃなくて。それならまあ、いいんだけど……」

 骨張った指は離れていったが、藍川はまだ座り込んだままでいる。

(俺、は、それでいい。けど……)

 藍川が多弁な時は、後ろめたい時や隠し事がある時でもある。藍川の後悔の一部が軽くなるかはわからないが、この際言いたいことはすべて言っておくことにした。

「……えーっと……俺が、死にかけたのは。死にたがるのは、シンとお前に原因があって。お前らが悪くないなんてのは全然すこしも思わないんだけど。でも、俺だけ全然悪くないっていうのも違う、と思って」

 一度息を吸って吐いて、藍川の顔をもう一度正面から見返す。新が向き合おうとしてこなかったから、藍川とも話さなかったことだ。藍川が今まで触れずにいてくれたことにも、救われてきた。

「死にたくなるのは本当に嫌だったけど。生きたい、って、はっきり思えたこともなかったから。だから、死んじゃっても仕方ないって、どっかで諦めてた。……でも、お前はずっとそんな俺を死なせないようにしてたわけで」

 自分でさえ諦めていた自分を、藍川は何も言わずに助け、生かそうとしていた。新が知る前から、新が知らないまま。

「創世世界でも、アインもラメドも、俺が死なないようにって願ってくれた。俺も、あいつらを死なせたくないって、願ってた。今も願ってる。──死なせたくないって思ってくれる人がいるなら、そのために生きてもいいのかもって、ちょっとずつ思い始めたんだ」

 藍川がひとつ瞬きをした。いつも何かしらを隠していた瞳が、ただまるく新を見返してきていた。

 藍川の、アインの“嫌いな”ホドの力を切り分けてつくった新のことを、どんな思いで見てきたのだろう。新が死にたがるのを、どんな思いで止めてきたのか。

 ──少なくとも新の人生の時間分、この男がそんな風に贖罪を続けてきたのだとしたら。それは新にとっては十分すぎるほどの時間だ。たとえ観測者(藍川)にとっては、星が瞬くような時間でしかなかったとしても。

「だから、いいんだ。お前がやらかしたことも、シンが願ってしまったことも、俺は許すよ」

 贖罪そんなものは、もういらない。藍川とシンのせいで散々迷惑を被ってきた人たちには必要かもしれないけれど、少なくとも新と藍川の間には、必要ない。

「許して、ちゃんと止めてやる。俺は俺で、真並新で、お前らのやったことの結果で生まれて、これからは自分の意思でちゃんと生きていこうって思ってる」

 だから“死にたがりの真並新”は、もうここで終わりにする。今ここからは、死ぬことよりも、生きることを考える。ならば勝手に償う男ももう、いらない。

「俺は俺のために、俺がこれから生きてくために、シンを止める。……創世世界のアインたちも、助けたいし」

 藍川こっちとは違って、あっちのアインは純然たる被害者だし。言いつつ、藍川の腕を乱暴に引っ張って立たせる。

(お前が勝手に背負わなくていいんだ。俺のことは、俺が自分でこれから考えてくから)

 立たせるというか、単に腕を引いただけになったが、藍川は引かれるままに立ち上がった。

「……お前はほんっとー……に底抜けのお人好しだな。観測都市の事情も、創世世界のことも、全部他人事って切り捨てて、元凶に全部おっ被せときゃいいだろうに。……どっからどうなって、こんな風に育ったんだか……」

 本当に、誰とも違う、と呟いてくしゃりと笑った。

「だからお前が育てたみたいな言い方……」

 悪かった。

 藍川が、風に紛れて小さく零す。何に対してか、本当は“誰”にそう言いたいのか、曖昧な謝罪を狡く思う。思うが、蕩けるような金色を風に遊ばせる、子供の頃から変わらない拗ねた横顔を見てしまえばもう何も言えなかった。

(本当に悪魔みたいなやつだよ、お前は)

 自分の欲望の赴くまま、シンと新の運命を歪めた。創世世界と観測都市の多くの人の運命も引っ掻き回しただろう。そのくせ自分だって苦しんで──自分の連星である創世世界のアインまでも、残酷な運命に巻き込んで。

 それらを知っても尚、新にはこの男を見捨てることも、嫌うこともできない。


「アラタ、こんなところに……アイン! あなたはまだ謹慎中です!」

 すっかり夜が明けきって、人の動き出す気配もし始めたと思ったらメムがやってきた。こんな風に声を荒げるのは珍しい、と思って眺めていると、気まずそうに咳払いする。藍川は肩を竦めてひとりさっさと歩き出した。

「こいつに……新に全部話した。今日の査問会にも出頭する。地球世界と創世世界のこれまでの観測記録も、全部渡す」

「な……」

 それでいいだろ、と手をひらひらと振って逃げていく藍川に、メムと顔を見合わせる。

「……たぶん、事の経緯は全部聞けた……と思う。後で、メムたちも話を聞いてから、確認する?」

「…………いえ。全ては査問会であの者自身が詳らかにすべきことですから。観測記録があれば、虚偽があってもすぐに分かります。それよりも、アラタ。あの者と二人だけで会話をすることは推奨できかねます。あの者はシンを唆し、観測都市に多大な混乱を齎しました」

 部屋に戻りましょう、とメムが先に立って廊下を歩き始めるので、おとなしくついていく。

「……アインと観測者のシンのことは、アインだけが悪いんじゃないってメムたちももう分かってるんだろ?」

 事の発端はアインの唆しだが、シンの協力がなければそもそも星鏡の隠匿は叶わなかったし、星核を割るなんてことも不可能だったはずだ。シンにも非があることは状況証拠からも明らかだろう。

 ひとつ、頷きだけが返る。

「……私にとって、シンは憧れの……ようなものでした。私が目指すべき、規範とするべき星だと、そう思っていました」

 だからホドが星冠を降りる日がくれば、当然にシンが受け継ぐのだと信じて疑わなかったのだとメムが小さく呟く。

「あの人が……シンが日々何を感じ、願い、行動していたのか、私は知ろうともしませんでした。アインだけが、それに気づいた。しかしたとえシンの願いを知っても、私ではアインのようには動けなかった……」

 力も、意志も足りなかったのだと、メムの言葉に悔やしさが滲む。朝の眩しい光の中にいながら、暗がりで彷徨っているような声だった。

「もしも。シンがシンのまま。ホドが煌々と輝く星のままで。失われるはずのものを、もしも失わずに済むのなら、と。……私も、願いたくなってしまったのです。観測者の、星径の在り方としては間違っているのに」

 足を止め、悔恨と隠しきれない願いを羞じるように胸元を押さえたメムの前に立つ。ずっと新を助けてくれていたメムの願いを、初めて聞けた。だから新も、メムに約束する。

「俺、創世世界にもう一度行って、シンを連れ戻してくる。だから、メムがシンに直接怒って、引っ叩いてやって」

 死なせてしまったと思った新の連星、少年シンのからだはホドが助けてくれた。星鏡が破砕されて創世世界へはもう行けないと言ったメムの言葉は、新のための嘘だった。偶然と縁の積み重ねで生かされてきた新には、今できる、やりたいことがある。

「……虚偽を伝えたことは謝罪します。ですが、アラタ。本当にあなたがこれ以上傷つく必要はないのです。──救えるかも分からない兄星シンのために、弟星アラタに負担を強いるなど、間違っています……」

 兄と弟の間に立たされたメムの声は、いつになく掠れて弱々しかった。

「メムが俺のことを心配してくれてるって、ちゃんと知ってる」

 そんなメムに、メムの優しさに、何かを返したい。──シンを、返してやりたい。

「俺は、他人のためだけに頑張ったりするような聖人じゃないけど、自分のためだけにも頑張れないような中途半端な人間だから。俺自身のための理由も、ちゃんとあるよ」

 シンを助けて、自分の星辰を安定させる。そうして“死にたがりの真並新”をきちんと終わらせなければ、メムの顔さえ、夕焼けの瞳さえまともに見られない。ホドの持つ黄昏よりはましでも、魂が──星辰が、その色と向き合うことを恐れてしまっているから。

(黄昏が大丈夫になったら。メムとも、ホドとも、ちゃんと目を見て話がしたい)

 重たげに顔を上げたメムに、拳を握ってみせる。メムは膝をついて、新の拳をやわらかい力で包んだ。

「……アラタ。生まれたばかりの、私たちの兄弟星。今はまだか細い光でも、きっと強い輝きの可能性を秘めている。あなたが生まれたことも、もしかすると星の定めだったのかもしれません。──あなたに〈栄光〉の星の導きがあらんことを」

「定めっていうのは、まだよく分からないけど。俺にできることがあるなら、頑張ってみたい。……魔王のシンは倒して、観測者のシンを、取り戻そう」

 新も、シンも、アインも、ホドも。誰かが犠牲になるのではなくて、全員でハッピーエンドを目指そう。

 メムは何も言わず、ただ祈るように新の拳を包んだままの手に額を寄せた。


 それから翌日の昼をいくらか過ぎた頃、メムが「待たせてすみません、アラタ」と部屋に来た。その顔はだいぶ疲れているように見える。

「お疲れ、メム。査問会、の結論は出た?」

「……ええ、一応は。創世世界への再接続の許可が降りました。星鏡の間に行きましょう」

「わ、本当!? もっと時間かかるかと思ってた」

 慌ててベッドから降りて靴を履く。

「星径の星辰異常、及び大改編への過干渉という緊急事態への特例措置です」

「なるほど……」

 昨日、事の経緯を新に話した藍川は、そのまま査問会とやらに向かった。今まではばっくれたりだんまりを続けていたと言うから、メムたちの苦労を思うと胃が痛むようだった。新は観測都市の方針が決定するまでは部屋で休養しているようにとメムに言われるまま、自動で用意される美味しい食事を食べ、暇を持て余して昼寝もして、夜もぐっすり寝てと存分にごろだらしていた。藍川は査問会には新の席がないことを分かっていて、わざわざ先に話しに来たのだろう。いいかげんなようでいて妙なところで律儀だったりする奴だ。

「……しかし、再接続にあたりひとつ問題が……」

 メムが苦虫を噛み潰すような顔をしたと思ったら、部屋を出てすぐの廊下に「はー、肩凝った」とわざとらしく首を鳴らす藍川がいる。

「……誰のせいで、誰のための査問会だと」

 メムの声が怒りに揺れる。

「はいはい、オレオレ~」

「うざ」

 藍川は全く反省していなさそうな顔でケラケラ笑いながらついてくる。昨日の今日でこの態度はさすがに腹が立って、藍川の脛の辺りを蹴飛ばしてやったが硬くてびくともしなかった。

「アラタ、公共の廊下ではしたない行いはいけません。アインなどのためにあなたの品位を落とす必要はありません」

「分かった、次からは人目のないところでやる」

「それがよろしいかと」

 メムと頷き合っていると、藍川はうげろと舌を出した。

「だーいぶ仲良くなっちゃってまあ」

「まじうっっっざ。……俺は家族は大事にする主義なんだ」

「……ふーん、それで生き別れの兄貴も助けてやる気になったって?」

 星鏡の間に続く転移陣の前で藍川を振り返れば、想像通りに意地の悪い顔をしている。

「悪いかよ」

「いんや? ……お前はそれでいいんだろうよ」

 オレとしても観測都市としても助かっちゃうし~、と外れた調子で言うのへ、いいかげん付き合うのが面倒くさくなってきてため息をつく。

「そもそも藍川はなんでいんの? 冷やかしはいらないんだけど」

「いやいや、オレも行くからだよ」

 あっさり言いながら、新の横を通り抜けて転移陣に踏み込んだ。

「え」

 新も急いで後を追って、一昨日にも来た大きな星の扉の前に転送される。この扉の先が星鏡の間だ。

「マジで言ってる?」

「マジマジ」

 数瞬遅れて転移してきたメムも重々しく頷く。

「……遺憾ながら、事実です。本来ならばアインは星径剥奪の上、観測資格も無期限停止になるところですが。──星径の星が新たに生まれるためには、星冠の力とそれなりの時間が必要です。星冠と星径の星々が大きく揺らいでいる今、犯罪者といえど使えるものは暫時使うべきという判断が下されました」

 アインの接続には監視と制限がつくとメムが新に向かって説明してくれる。

 星鏡の間に入ると、薄青い少年、ダアトが片手を上げて迎えてくれた。

「やあ、アラタ」

「えーと、こんにちは? ……ダアトも行くの?」

「ぼくは、ただの見守り。アイン、接続するから」

「あ、そういうこと」

 ダアトがアインの監視につくのだろう。星径の力を悪用して好き勝手な観測をしていたアインを、有効活用はするが野放しにはしないというわけだ。確かに、この男には首輪をかけているくらいでちょうどいいと思う。

「アイン、接続するからには心してアラタの筐体と星辰を守るように」

「できないなら、行く意味、ないもんね」

 メムだけでなくダアトもアインに対して中々に辛辣だ。相変わらず無表情で淡々と喋るけれど、しっかり棘が含まれている。

「わーかってるって。……言われなくとも」

 うざったそうに手を振りつつ、藍川は星屑が集まってつくられた寝台にどっかりと寝そべる。それにならって新も恐る恐る寝台の上に上がってみた。手をつけば、どうしてもちくちくしそうな見た目に反してふんわりと柔らかくあたたかい空気に包み込まれる。

「それでは、アラタ。目を閉じて、気を楽にしてください。──再接続を開始します」

 アナウンスめいたメムの声を少し懐かしく思ううち、耳の奥から響く声に従って意識が沈んでいく。

(もう一度、創世世界へ)

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