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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
問題児騒乱
95/302

英雄。伝説と戦う。

 ――迸る一条の閃光は、まっすぐに第二帝都の外壁へと突き刺さる。

 今、オクタヴィアがいる位置から第二帝都の外壁まで距離がある。壁まで突き刺さるほどの威力とリーチの長さにはアキレスと死闘を繰り広げていたズィルバーですら驚嘆する。

「おぉ~。すごいなぁ~」

 並大抵だったら、蒸発しかねないほどの熱量。現に外壁が熱でドロドロと溶け出している。

 空気を引き裂き、雷鳴を轟かせた。これにはズィルバー、連合軍。両陣営の誰もが言葉を失った。

 すぐさま、動きだしたのはリンネンとカイと長く伝言板をしてるシュミート。

 連合軍を代理で指揮していた彼は、外壁まで突き刺さったリンネンの傍へとすぐさま、駆け寄り、声をかける。

「リンネンさん! 大丈夫か!?」

「うぅ~……クソ、あの女、なにが“加減しない”だ……!」

 悪態を吐きながら起き上がったリンネン。雷撃による火傷で大きなダメージを負うも動けないほどではない。生来の頑丈さもある。

「カイもやられた。このまま、お前までやられると戦況は一気に苦しくなる」

「なんだとォォ!?」

「目的を忘れな! お前の目的は、あの少年だろう」

 シュミートはアキレスと死闘を繰り広げているズィルバーを指さす。

「関係ねぇ……! 今はオクタヴィアを殺すことが優先だァ!」

 でも、リンネンはシュミートの話に聞く耳を持たない。

 この数年間、まともに戦っていないオクタヴィアと今まで戦い続けた二人の差は鈍っているか否かだ。

「オクタヴィア……! 生きていたのか……!」

 再び、剣を持ち、まるで王のように堂々と戦場をまっすぐに歩いて近づいてくる。

 ティア、ニナ、ジノ、ナルスリー、シューテルは“静の闘気”を使い、自分らとの差を知り、警戒を強める。

 オクタヴィアは自分との隔絶の差を理解し、警戒を強めるティアたちに視線を見やる。

(どうやら、今の自分との力の差を理解してるか。ノウェムたちの上に立つだけのことはある。伸びしろがあるな。十歳の子供が“闘気”も使えるとは驚きだがな)

 ティアたちの将来性を内心、褒めつつ、視線を戻して外壁前で足を止め、リンネンとシュミートを視界に入れるオクタヴィア。

「シュミートか。久しいな」

「ええ、お久しぶりですね。オクタヴィア……会いたくありませんでしたけど」

「ふふふ……随分と嫌われたものだ。リンネンはともかく、お前の扱いはさほど悪くなかったはずだが」

「これでも今は情報屋として名を売っていてね。お得意様の二人を蔑ろにされて媚びへつらうのは情報屋以前に男として名折れなんでね」

 シュミートは“教団”時代、情報を集める係をしていた。主に皇家や親衛隊の情報を集めていた。

 解散後は情報屋として名を売り、生計を立てている。お得意様のリンネンとカイを貶められてヘラヘラするほど、落ちてはいない。

 剣を手に冷や汗をかきながら、リンネンと並んでオクタヴィアに刃を向ける。

「ほう、二人がかりか。構わんぞ。私も久しく戦っていなくて勘が鈍っていたところだ――錆を落とすにはちょうどいい」

「言ってくれるじゃねぇか……!」

「リンネン! 大丈夫だ、お前は強い! 冷静になって戦え!」

 口ではリンネンを鼓舞するも、シュミートは冷静に戦力を分析していた。

 ズィルバーたち、子供の集まりなんかを相手取るなら傭兵団と合わされば、向かうところ敵なしだったが……オクタヴィアとアキレスが現れたという事実だけで戦力差は容易くひっくり返される。現にカイはアキレスの前に沈んだ。

 アキレスはズィルバーと相手取っているから助かったが。

 しかも、どういうわけかオクタヴィアは殺意がないのが謎だが、それでも相手取るのは困難だった。

 できれば退けたいのがシュミートの本音。

 しかし、頭に血が上ったリンネンに、殺すつもりがなくても戦うつもりのあるオクタヴィア。二人の状況から鑑みて、逃走っていう考え事態が不可能だ。

(せめて、死ぬことだけは避けてくれ、リンネン、カイ。お前らが死ねば、俺にはヴァシキしか情報が流せないんだ)

 左腕が完治せず、長らく戦いから身を退いていたオクタヴィアと今の今まで戦い続けてきたリンネンとシュミート。

 これでようやく、対等に近い状況だった。しかし、勝敗は明白だった。




「それでどうする、ティア?」

「この状況で戦うの?」

 ニナとジノはこの場を取り仕切っているティアに話しかける。

「そうね。この場から退散してもいいけど、向こうは大人しく逃がしてくれないと思うのよね」

 オクタヴィアとアキレスの参戦で戦場は大いに変化した。

 悪魔団の幹部の数人がオクタヴィアに排除されたのもいる。奇しくもニナとジノが相手にしていた敵だ。

 戦う相手がいなくなって手持ち無沙汰の二人がティアに話しかけた所存。

 かと言うティアも相手がいなくなり、欲求不満になっている。

「連合軍はこっちより数が多いから。相手に困らないけど……」

「対等以上に相手ができるかと言えば……」

「難しい」

 これまで、ティアたちが相手にしたのは強敵ばかり。しかも、自分よりも格上だ。格上を倒して、爽快感を得ていたし。強くなっている感覚があった。なので、今、自分より強い敵と戦っている他の皆が羨ましく思う次第。

「ズィルバーの加勢もいいけど……」

「加勢できるって次元じゃない」

「なにより、彼が納得しない。やるからには思いっきりやらせるのがいいのよね。私たちは彼の邪魔をしないこと」

 ティアたちとてバカじゃない。分を弁えている。だからこそ、リーダーの邪魔をする気がない。

 仕方なく、ティアたちは適当に倒しておくかと結論づけ、動こうとしたとき、ティアたちをの話できないと考えたのか、三つの影が近づいてきた。

 悪魔団の幹部勢、ファンルドとフォルノそして、ファーロである。

「お前たちは野放しにはできない……!」

「ここで死ねぇ!!」

「八つ裂きにしてやる!!」

 精霊の使い手であるファンルド、フォルノ、ファーロは精霊の力を十全に活かしてティアたちへと襲いかかった。

熱の拳(ヒートスタンプ)!!」

「螺旋突き!!」

烈風斬(ヴィンドル・レッパー)!!」

 フォルノの熱の拳はニナを強かに叩きつけ、フォンルドは腕を強く捻ってドリルのように回転させた強烈な突きをティアの顔面へと突き刺し、ファーロは風で形取った魔神の大矛の両断をジノに叩きつける。

 ――だが、攻撃を受けたティアたちは身動ぎ一つもしない。

 フォルノの拳はニナに叩きつけており、フォンルドの槍は明らかにティアの顔面を突き刺さっており、ファーロの大矛はジノに叩きつけている。

 なのに、手応えが全くなかった。

「これが“女王”――リンネンっていう女の子供、ね。母親ほどじゃないわね」

「――なっ!!?」

「――ぐっ!!?」

「――ニッ!!?」

 叩きつけた拳も、突き刺さった槍も、叩きつけた大矛もティアたちは魔剣でしっかりと受け止めていた。

 しかも、魔剣一本で受け止めてる。もう一本の魔剣を抜いて斬り返すもファンルドたちは咄嗟に離れて、難を逃れた。

 フォルノは歯軋りしながらティアたちを睨みつける。

「あのガキ……どんな反射神経してるんだよ!」

「落ち着け、フォルノ。ここで熱くなったら、奴らの思うつぼだぞ」

「だがよ、ファンルド。俺たちが相手にしなきゃ。他の奴らには荷が重いぞ」

「確かに……」

 ファンルドは連合軍と白銀の黄昏シルバリック・リコフォスの戦況を見ている。

 数ではこちらが優勢なのに、レインの助力もあるが、白銀の黄昏シルバリック・リコフォス、個々のメンバーの力が増してきている。

 いずれ、戦況がひっくり返されてしまうのをファンルドは予期していた。

 それはティアも同じで。

「私たちよりも年上なのに負けてるなんて恥ずかしくないの? こっちは()()()()()()()()()

「なにッ!?」

 ティアの含みのある言い方にファンルドはゾッと背筋を凍らす。

 フォルノとファーロも同じで精霊と未契約なのに、この実力なのに驚嘆するのを尻目に、ティアはファンルドらを観察する。

 体躯こそは自分たちよりも何倍もあるが、実力的にみれば、ファンルドは問題児の中の強者(ノウェムたち)と互角くらい。ティナやビャクたちには及ばないくらいだろう。フォルノとファーロはそこから 

一つほど落ちる。

 ティアたちもモンドス講師から事情を聞いている。

 リンネンの子供ということもあって、実力もあるし。連合軍にいる傭兵団のメンバーもカイが選んだだけのことはあるし。ここまで実力を伸ばしているのだから賞賛に値すると言ってもいい。

 年下のティアがそれを言っても嫌味にしか聞こえないが。

「俺たちとそう年の変わらないはずだが……母さんとカイを正面からやり合えるお前らのリーダーは大したものだ」

「こっちだってそれなりに修羅場を潜り抜けてるのよ。そう易々やられたりしないわ――でも、退く気がないのね」

「母さんが戦うと決めている以上、俺たちが退くわけにはいかない」

「子供なのに反抗期しないの? 普通、私たちの年だと反抗期するのが普通よ」

 肩を竦めて困った顔をするティア。ニナとジノも同じで頷いた。

 退くならそれで構わないが、どちらかが全滅するまで戦い続けるならやるまでだ。

 今回はオクタヴィアとアキレスの乱入して引っかき回されたため、メチャクチャになっている。数の差をひっくり返すことは不可能ではない。

 カイがやられ、リンネンとシュミートもオクタヴィアと相手取り、アキレスはズィルバーが相手取っている。今、ティアたちを止めることは不可能に近い。

 白銀の黄昏シルバリック・リコフォスのほとんどは潜在能力面では将来性が非常に高いメンバーが集まっている。しかも、ティア、ニナ、ジノ、ナルスリー、シューテルの五人は地下迷宮で、ノウェムたちは“獅子盗賊団”との修羅場(戦闘)で強くなっている。

 今、彼らを止める術はリンネンとカイぐらいしかいない。カイが戦闘不能で、リンネンはオクタヴィアと相手している今、ティアたちを止めれる戦力がファンルドたちにはない。

 “それでも戦うのか”とティアは聞く。

「長の命令に従うのも組員の仕事だ。特に母さんが殺したがっている相手ならな」

「私たちは殺したい相手じゃないのに?」

「お前らは母さんが殺したい相手の仲間。除外する気はない」

「……そう。そう決めたのなら、仕方ないわね。混ぜ返すのも無粋だし」

 男が一度決めたことを止める権利は誰にもない。

 もっとも、勝てるかどうかは別の話だが。

「じゃあ、私たちもバラバラで戦いましょうか」

「そうだね、ニナ。ティアもそれでいい?」

「構わないわ」

「それじゃあ」

「行きますか」

 ニナとジノは互いに違う方向に地を蹴って移動し始める。フォルノとファーロも決めた相手の後を追いかける。

 フォルノとファーロが移動するまでの間、ティアは特に手を出すことはしない。

 ニナとジノも一対一(サシ)を望んでいるので止める気がなかった。

 そもそも、ティア自身も一対一(サシ)を望んでいたので止める気すらなかった。むしろ、自分から移動してくれたことに感謝すらしている。

「さて……」

 と、口にし、互いに得物を構えて魔力いや“闘気”を纏わせる。

「力を見せてよ。ズィルバーが相手にした二人以外なら貴方が一番期待できそう」

「なんとでも言え――俺は負けん!!」

 ビリビリ!! と“闘気”の激突が起こり、地面にヒビが走る。徐々に広がっていきながらファンルドに接近し、魔剣と槍がぶつけ合う。

(この女――なんて力だ!)

 得物がぶつけ合うだけで体勢が崩れかかる。今の今まで力を温存していたのか疑ってしまうぐらいに素の力が凄まじい。

 ファンルドは魔剣を押し弾いて拳を“動の闘気”で硬化させ、殴りかかる。

 ティアもそれに合わせるように素手を“動の闘気”で硬化させてファンルドの拳にぶつける。

「ぐっ……!!?」

 “動の闘気”一つとてレベルが違う。

 ファンルドが全力で“闘気”を込めた攻撃でも、ティアの防御を貫けない。

「言っておくけど、私やニナたちは人族(ヒューマン)よ。その下にノウェムのような異種族がいる。彼らに負けないために日々、鍛えている。しかも、私は親衛隊本部の人たちのところで鍛えた。地力が違うのよ!」

 押し返される拳にファンルドは思い知らされる。戦えば戦うほどに力の差を思い知らされる。

「さあ、行くわよ」

 四度、ティアは二本の魔剣を振るって斬撃を飛ばす。

 本来なら、彼女は居合のような一撃重視。それを抜いても常に日頃から剣術を一から鍛えている。

 鍛えている彼女の斬撃をファンルドはなんとか躱そうと精霊の力を駆使し、効率よく躱すも、完全には避けきれずに浅く斬撃を受けてしまう。

 それでも、ティアにとっては一撃必殺だったはずの攻撃。“よく躱せた”と賞賛に値すると言葉を送り、続けてファンルドを追い詰めるかのように連続して斬撃を浴びせかける。

 なんとか食らいつこうと斬撃を避けながらティアへの攻撃のチャンスを探るも……完全には避けきれなかった斬撃を浴びて、一瞬だけ意識が飛ぶ。一瞬だけ意識が飛んだ瞬間にティアの強烈な肘鉄が顔面に突き刺さった。

「ぐ……クソッ!」

「へぇ~、これでもまだ倒れないんだ」

 背中から倒れそうになっても、体勢を立て直し、クルリと一回転して着地する。

 傷だらけになり、徐々に追い詰められているのがわかる。しかも、年下の女の子という事実に。

 でも、ティアが本気で殺そうと思えば、もっと早くできたはずだ。ファンルドは、それだけが解せなかった。

「解せないっていう面持ちね。私が貴方を殺さないのか不思議って言わんばかりの表情ね」

「……よく分かったな」

「端的に言うなら、嫌いになれないのよ。貴方のような男をね」

 ティアがこよなく愛しているのはズィルバーだ。それは変わらない。でも、ファンルドはズィルバーとは違うものを感じた。

 刃を交えれば分かってしまう。

 ファンルドは激情に流されることなく、状況を俯瞰なく見渡らせるだけの視野と実力を兼ね備えられてることを。そして、まだ成長の余地があることも。

 今後、帝国指名手配や親衛隊、ズィルバー関連でいろんな奴らと戦う羽目になるとティアは本能的に直感した。だからこそ、白銀の黄昏シルバリック・リコフォスとしても戦力の補充は急務であった。

 リンネンの子供でもなければ、誘いたいがズィルバーがよしとするかは違う話だからな。

「俺は母さんを裏切らない。兄弟たちを裏切ることもな」

「筋を通す男は嫌いじゃないわ」

 クスッと笑うティア。

 ファンルドは年下の女の子に一瞬、見惚れるも、頭を振って戦闘に集中する。

 各所から血を流しながらも“闘気”は未だ衰えず、今なおもティアを上回ろうと洗練していく。

 “静の闘気”を見破らなければ、攻撃が当たらず。

 “動の闘気”を破らなければ、ティアの身体に真面なダメージが通らないし与えられない。

 先に動いたティアの魔剣の剣閃を紙一重で避けながら、なんとか一撃を与えようと思考を巡らせる。

「精霊の力を使って動きを止めたいのかしら?」

「――ッ!?」

 ファンルドがティアの動きを止めようと精霊に働きかけ、網を用意し始めた瞬間、それを見破ったティアが先ほどよりも鋭い剣閃を飛ばす。

 鋭く速い剣閃にファンルドは躱して難を逃れたが、その額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

 一歩間違えれば、真っ二つにされていたという事実。咄嗟に“静の闘気”と本能が警鐘を鳴らし、“躱せ!” と命じられなければ、確実に死んでいた。

 完全に動きが読まれている。その事実がファンルドの脳裏に過ぎった。

「“静の闘気”って不思議なものでね。私もレイン様から教えてもらったんだけど、“静の闘気”は鍛えれば鍛えるほど、一瞬先の未来が見えるのよ。方向性を変えれば、相手の感情なんて手に取るように分かるそうよ」

 レインの口でズィルバーも既に、その領域に到達している。

 ファンルドはその話を聞きつつ、肩から息をついている。

「……厄介だな、“静の闘気”は……!」

「今の貴方の“静の闘気”じゃあ、私に掠り傷一つもつけられないわよ」

 正直に言おう。

 “静の闘気”には一瞬先の未来を見る“未来予測”と相手の感情を手に取るように分かる“感情予測”がある。

 ズィルバーの場合は一瞬先の未来を見る“未来予測”を得意とし、ナルスリーの場合は相手の感情を手に取るように分かる“感情予測”を得意としている。

 口で言うのは簡単だが、これを会得するには夥しい修練が必要な上。それだけの“闘気”を扱える人が果たして、どれだけいるのかという話だ。

 ティアやナルスリー、ズィルバーは自分がなにかと特別だと思っていない。だが、多少なりとも、常識外れであるのは間違えない。

「“動の闘気”もそうよ。鍛えれば、単純な硬化だけじゃなく――」

 ティアは離れた位置からファンルドに向けて拳を振るう。振るわれた拳は不可視な“なにか”にファンルドは強かに殴りつけられ吹き飛んだ。

 春学期の頃、ズィルバーが模擬戦で使用していたのがこれだ。

 “動の闘気”をより大きく纏えば、衝撃を飛ばせるし、斬撃を深く食い込ませることも可能。現にオクタヴィアの鎧のように“纏わせる闘気”も可能。

「このように、ある程度は自分自身で制御することもできる」

 自分自身を守る鎧にもなれば、敵を斬り裂く斬撃にもなる。

 ティアはファンルドに教授するように説明する。吹き飛んだファンルドは血反吐を吐きながら転がり、なんとか立ち上がって槍を構える。

「無理しない方がいいわよ。かなりのダメージでしょう」

「お前をここで止めなきゃ、他の皆の所へ行くだろう……! それだけは、させねぇ!」

「兄弟思いかつ家族思いね……羨ましく思うよ」

 ティアの脳裏には異母姉妹のハルナ、シノ、ユリス、アヤの顔が過ぎる。

 そんなことを思いながらもファンルドを倒すために全力を尽くすことにする。あまり時間をかけすぎるとニナやジノ、ノウェムたちが疲弊する。

 人数差は覆らない。ならば、ティアのような強者が踏ん張らねばならない。

「させねぇと、言っている!」

「貴方に拒否権はない」

 ファンルドの猛攻を避けながら、地を蹴って至近距離まで近づき、ティアは一閃する。

 ――瞬きするほどの間で、ファンルドは肩から胴にかけて斬り傷が走る。

 フゥ~ッと息を吐き、ティアは地面に倒れ伏したファンルドに背を向ける。

「――貴方は強かったわよ。次、会うときまで強くなってることね」

 暗雲が広がっている。全力で戦うリンネンとオクタヴィア。そして、ズィルバーとアキレスの戦いを確認しながら、ティアは味方の援護するためにその場をあとにした。




 視界の果てまで突き進む地平線。

 なにもかも支え続ける母なる大地。でも、時には、その大地は人の手によって傷つけられてしまう。

「ハハハハハハハハ――――っ!!!!」

 戦場となった大地で笑い続ける男、アキレス。

 彼の相手をしている俺からしたら、鬱陶しいほかなかった。

「やっぱ、俺はキミのことが理解できないわ」

 アキレスの槍さばきを魔剣でいなしてる。いなしてるけど、笑うほどなのかと疑ってしまう。

「おいおい、こんなに楽しい戦いは早々にないぜ。この際、お前があいつ(・・・)だとしても関係ねぇ! 今、この戦いを楽しもうぜ!!」

 全部が渾身の一撃だからいなさないとかすったら致命傷だぜ。

 もしくは、ここで切り札(・・・)を使うか、だな。

 あと、一つだけ言えるのは。

「戦いを楽しみたい気持ちが分かる。でも、言わせてもらう」

「あっ?」

「俺は今の今まで、楽しい戦いをしたことないわ! アホ!」

 目一杯に振るって、槍ごとアキレスを吹っ飛ばした。

 吹き飛ばされるアキレスも「チッ」と舌打ちして、クルリと一回転して難なく降り立つ。

「相変わらずの馬鹿力いや怪力だな」

「見た目が華奢なのに、ってか? 本気で言ってるんなら斬るぞ、コラ!」

「いやいや、あの力(・・・)を使わずに、これほどとは思わなかったからな」

「そっちだって、硬さだけで、本気を出していないじゃないか」

 アキレスの脚の速さは俺が一番知っている。

「やっぱ、バレてたか」

「あれで気づかない方がバカだぜ。キミの速さは俺が知ってるかぎり最速だ。認めたくないが、この世界最速と言ってもいい」

「お前にそこまで言われると照れるな」

「そりゃ、どうも」

「それじゃあ、そろそろ、ぼちぼち本気で行きますか。そっちもそろそろ、本気で来いよ。じゃなきゃ、死ぬぜ」

「……そのようだな」

 俺は目を閉じ、カチッとスイッチを押す。

 途端、透き通る右目の碧眼から碧き魔力が洩れ出す。

「こっちも本気で征くとしよう」

 俺が本気になったのを“闘気”または雰囲気で感じとったアキレスはニヤリと口角を上げる。

「征くぜ」

 アキレスは足に力を、魔力を込め、地を蹴った。

 見た者はこう言う。“消えた”、と。

 実際、俺の目から見ても消えたと認識する。でも、“静の闘気”で位置がはっきりと認識できる。

 俺は身体を横に逸らしつつ、魔剣を添える。すると――。

 ガキンッと剣戟音と接触する音が木霊する。

 現に、槍の穂先と魔剣の刃が激突する。激突した際の衝撃が俺を横向け、広がっていく。

 ガリガリと穂先と刃でせめぎ合い、鍔迫り合い、火花を散らす。

「ハハハハハハハハ!」

 アキレスは今も笑い続ける。

「楽しい! 楽しいぞ! この俺の速度についてこれるのはお前だけだ!」

「そう褒められてもなぁ~」

 ムゥ~。身体能力では俺が不利。まあ、子供と大人なんだ。力の差があってもおかしくない。

 っつうか、さっきも同じことを言ったな。まあいい。

 一々、気にしてたら、虚しくなってきた。とりあえず、言えることは――。

「いつまでも笑ってるんじゃねぇ!!」

 今の笑うアキレスにブチ切れ、力尽くで押し返す。押し返されたアキレスは数歩たたらを踏ませるだけに終わる。

「キミの、その態度は敵を侮辱する行為だといい加減、気づきやがれ! ペンタルアイから呪詛吐かれるんだろうが!」

 戦士として見てくれないのは時として相手への侮辱行為。アキレスは死んでもそれは治らなかった。

「いや、そう言われてもこれが俺の性分だからな」

 なんか、照れくさそうに笑うのが無性に腹が立つ。

「あぁ~。もういい! とりあえず、キミをぶっ飛ばしてやる!」

「やってみろ!」

 俺とアキレスは地を蹴って激突する。

 俺たちの激突は爆散し、土煙が舞う。




 白銀の黄昏シルバリック・リコフォスと“大食らいの悪魔団”と“魔王傭兵団”の連合軍との戦いから数時間の時が経過した。

 オクタヴィアとアキレスの乱入もあり、混戦となった・だが、その一つの戦いに決着が訪れた。

 響き渡った雷鳴が収まり、そう思わせるほどの静けさが夕暮れの地平線に広がった。


 さすがのオクタヴィアといえど、リンネンとシュミート相手に無傷とはいかず、ところどころ傷を負っている。

 軽傷ではあれど、傷を負った本人は“随分と鈍ったものだ”と溜息をついていた。

 火傷、切り傷、打撲――数年前までは傷などつかなかったものだが、リンネンも数年で実力が上がっていることになる。

 “教団”が壊滅してから数年。

 ライヒ大帝国は一つの時代()が消え去った。

「……私も、既に過去の時代の亡霊か」

 オクタヴィアは自嘲するように呟いた。

 気絶して倒れ伏すリンネンへと視線を向ける。その横には血塗れのまま肩で息をするシュミートの姿もある。

「この場は帰るがいい。死ぬまで戦いたいというのなら構わんが――リンネンやカイが死なれるのはお前にとって困ることだろう」

「まあ……そうだな……」

 ライヒ大帝国は千年前の戦争で勝利し、覇を唱えてから他国との戦争が起こさなくなった。ただし、自国内での争いが激化していた。

 激化させる悪人はライヒ大帝国に数えきれないほどいても、帝国指名手配とまで呼ばれる強さを誇る者たち片手で数えられるしかない。

 “教団”が壊滅してから、皆、それぞれで目的を持って動いている。

 この場でリンネンやカイを死なれては困るというのもある。皇家や親衛隊にとって警戒すべき対象として存命したいというのがオクタヴィアの本音。

「……なにが目的か知らんが……見逃してくれるなら見逃してもらうぜ。命あっての物種だ」

「お前のそういうところは嫌いではない」

 シュミートの言葉にオクタヴィアは微笑み、リンネンの巨体を担いで連合軍に戻る。

 戻る際、倒れたカイの回収を命じ、撤退すると宣言する。

 そうしていると、ふと、背後に誰かが立った。

 悪魔団の長女、コンティートを倒したノウェムだ。

 互いに視線を交わすが、距離を取ったまま動くことはなく数分が経ち、ティアがノウェムのところへ駆け寄る。

 オクタヴィアはノウェムのところに駆け寄るティアを――人族(ヒューマン)を見て、自分とは違う道を進だと知り、静かに口を開いた。

「……こうして会うのは初めてかもしれないな。最後に会ったのは、まだ幼い頃だった」

「私の記憶にはない。両親の存在など、学園に連れてかれるときに知った」

「そうか。モンドスの奴め。次に会ったら、半殺しにしてやる」

 オクタヴィアはノウェムを連れ去ったモンドス講師に悪態を吐いた。

「安心なさい。ズィルバーは学園がノウェムたちに取った行動に激怒していたから」

 ティアがオクタヴィアにズィルバーが代わりに怒ってくれたことを話す。

「そうか……」

 ティアの話を聞き、“いいリーダーに恵まれたな”と口にする。

「……にしても、お前たちのリーダーは、あの化物を相手によく戦えるものだ。明らかに次元が違う」

 オクタヴィアの視線は未だに苛烈な戦いを繰り広げているズィルバーとアキレスを見ていた。

 オクタヴィアの目から見ても、明らかに自分よりも上だと。

「まあいい」

 言葉を吐いてからノウェムの方に目を向ける。

「知りたいことはあるか? 私に堪えられることなら答えよう。この国の歴史を、我々、異種族が迫害されたのか、知りたいのなら教えてやろう」

 もっとも、オクタヴィアが知る真実は“耳長族(エルフィム)の最長老がいつから生きていたか”だがな。

 耳長族(エルフィム)は長命な一族。“最長老が千年以上は生きているがな”と付け加えた。

 でも、ノウェムは首を横に振る。

「そんなものに興味はない。あなたに尋ねることはない」

「ふむ。――では、なにがほしい?」

「欲しいものはない。私は既に欲しいものを手に入れた」

 ノウェムは既に過去との訣別をした。

 自分を偽っていたのをズィルバーに救われた。対等として見てくれた。それだけでノウェムの心は満たされ、ズィルバーに忠誠を誓うことを決めたのだ。

 もし、母親が生きていると知ったとき、もしかしたら、こうなると踏んでいたが……今更、現れても、交わす言葉がない。いや、持ち合わせていない。

 理性はそう言っても、感情はそう言っていなかった。

「……今更、母親面なんてしないで!」

「そうだな。今更、親の面で語るつもりはない。その資格がないからな」

「…………」

「だが、ノウェム。お前は。いや、お前たちは、いずれ起こる嵐に否応なしに巻き込まれるだろう」

「嵐?」

「迫害された歴史。千年前、ライヒ大帝国の誕生。我ら(・・)教団(・・)を操った存在(・・・・・・)。お前たちは、その存在はお前たちに厄災となって襲いかかる」

 ――これは運命だ。

 オクタヴィアは告げる。

「……運命?」

「ちょっと待って、“教団”は操られて、どういうこと!?」

「知りたい、か。ならば、異種族の里、森へ向かえ。長く生きている長がいる。彼らから聞き、真実を知るのもいいだろう……時に、お前たちはなんのために戦う?」

 帝国指名手配や神代の遺物と戦ったティアたち。“ただ戦い続けるだけの生を送るのか”と、オクタヴィアは問う。

 ティアはノウェムの代わりに代弁する。それもオクタヴィアを睨みつけるように見つめながら答えた。

「……自分の大切な友達を守るためよ」

「友を守るため、か。いずれにしろ。お前たちには嵐が襲いかかる」

 “既に逃げることなど不可能だ”とオクタヴィアは告げる。

 ティアとノウェムはこの先、数多くの厄災が自分たちに襲いかかるだろう。それでも、前に進み続ける。

 臆してはならない。知りたい、生きていきたいという気持ちを胸に前に進み続ける。

「私たち“教団”は全てを相手取っても戦い続けたが……お前たちはそうではないだろう。好きなようにやるがいい」

 いずれにせよ。自分たちは世界のうねりから逃げられない位置にいる。

 オクタヴィアはそう言うものの、ティアとして、ノウェムとしては納得しがたい。気になることが山ほどある。

「知りたいのなら、耳長族(エルフィム)の最長にでも聞くのだな」

「……あなたはしないのか?」

「ああ。だが、ロレックスはそうだった」

 ――お前の父はロレックス・C・エールデだ。

「――……」

「うそ、でしょう……」

「想像していなかったようだな」

 確証がなかったのと、“教団”の教祖が誰だったのか知らないという口だった。

「……厄介なことを知った気分だ」

「その名を名乗りたければ好きにするがいい。それもまた自由だ」

 束縛するつもりがない。

 話を終えたのかと言わんばかりにオクタヴィアは背を向けた。

 金の仮面を外し、ノウェムにそっくりの顔をさらけ出す。

「いずれ、また会う日が来るだろう」

 翡翠の瞳が夕焼けを背に輝く。

 小さく微笑んだ彼女は、雷鳴と共に何処かへと消えた。

 ティアとノウェムは未だに戦い続けるズィルバーを見届けることにした。




 俺とアキレス。

 両者の死闘は夜まで続き、決着を迎えた。

「オォオオオオおおおおおお――――ッ!!!!」

「ハァアアアアああああああ――――ッ!!!!」

 魔剣と槍が激突しあう度に大地を引き裂き、土煙が舞う。

 土煙が舞うも、俺はアキレスと刃を交える。

 このまま、戦い続けてもいいんだけど、空模様が夕暮れから夜へと変わっていく。

 突貫する俺を槍で弾き返したアキレスは沈んでいく太陽を見た後、腕を下ろす。

「このままじゃあ、夜更けまで戦うことになる。俺はそれでもいいんだが、お前の仲間たちは少しばかし、ウンザリしているようだが」

 アキレスに言われて、俺は後ろに目を向ける。既に“大食らいの悪魔団”と“魔王傭兵団”の連合軍が体勢を立て直すどころか撤退し、ティア殿下たちも少々、傷だらけ。

 確かに、このまま戦うのは得策ではないな。

 俺もアキレスの案に乗り、“天叢雲剣”を払った後、鞘に納める。

「まあ、キミを倒すのはいつだってできるからな」

「ああ、俺も同じ気持ちだ。次こそは貴様の首を獲らせていただこう」

 アキレスは指笛を鳴らし、空の彼方から走ってくる軍馬を引かせたチャリオットがやってくる。

「あれは神獣のチャリオットか」

 やれやれ、それまで復活させてるのか。

「じゃあな」

 アキレスはその場で跳躍し、チャリオットに乗り移り、空を翔るかの如く、彼方へと消え去った。

 俺は彼方に消え去るアキレスを見届けた後、背を向け、第二帝都へと帰る。

 “大食らいの悪魔団”と“魔王傭兵団”の連合軍との抗争もアキレスらの乱入で有耶無耶になり、アキレスとの死闘もあいつの判断で有耶無耶に終わってしまった。

 煮え切らないところはあるが――これもまた、一つの結末だと思い、受け入れるしかなかった。

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