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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
問題児騒乱
93/303

英雄。戦いの休息をする。

 ヴァシキ。いや、“獅子盗賊団”との戦いから翌日。

 俺は風紀委員本部の医務室で横になっていた。ヴァシキとあれだけ戦えば、治療しないといけないのは分かってた。

 でも、その治療をクルーウがしてくれるとは思わなかったな。

「医者にでも志望してたのか?」

「まあね。お父さんとお母さんが医者だったから。それでね」

「医学に興味があったわけか」

 これはビックリだな。クルーウにそんな才能があったとは。こいつは収穫収穫。

「一つだけ聞く。医者の卵からしたら、俺の傷はどうなんだ?」

 彼女から見た目で俺の容体を見てもらいたい。

「見たところ、聖帝レイン様の加護で傷が塞がってるけど、念には念だけど、あと二日は寝ていて」

「まあ、この大嵐じゃあ、おちおち外に出られないからな」

 俺は外に目を向ければ、未だ、風が吹いていた。

 大嵐、“テュポン・サイクロン”の中でよく戦えたってのが無理な話だ。

 いくら、身体が強靭化していても、劣悪な環境下では風邪を引いてもおかしくない。

 現に下っ端の何人かは風邪を引いて寝込んでる。

「嵐が過ぎ去るまで治療に専念しよう。皆にもそう伝えてくれ」

「分かったわ。包帯は時間ごとに取り替えるから」

「ああ、助かる」

 クルーウは取り替えた包帯を回収して医務室をあとにする。


 俺はベッドから起き上がって、自分の状態を確認する。

 強靭化していく身体に比例して、回復力が高くなっているように思える。鍛えれば鍛えるほど、回復するなんてあんまり聞いたことがないがな。

 こんなの治癒魔法を研究している講師が率先して俺をモルモットにしようとするだろうな。

 傷のほとんどはレインの加護で塞がっているが、保険を兼ねて、あと二日は安静することにする。

 でも、ベッドに拘束され続けるのは苦痛だな。非常に暇だ。おっと、そういや、今日は“両性往来者(トラフィックダイト)”の月齢期だったな。魔力循環系マギ・サーキュレートリ自体はもう問題ないけど、急激なホルモンバランスが崩れるのは苦痛だ。

 仕方ない。寝るとしますか。

 それにしても、包帯を取り替えた際、確認したんだが、かなりの傷を負っていたものだ。ティア殿下たちが挑んでも瀕死の重傷か死んでいただろうな。いくら、身体が頑丈な俺でもあの傷だった。“獅子”という男の規格外の強さなのが骨身に染みたよ。

「どっちみち、この天気じゃあ、動こうにも動けないからな」

 外の景色を見てから俺は目を閉じて、寝息を立てた。


 二日後、クルーウに言われたとおり、ベッドの上で安静していた俺は立ち上がり、軽く身体を動かす。

 身体を動かして異常がないと判断したところで着替え始めた。

 俺が着替えている間にクルーウは荷物を片付け、カルテを片手に「これで退院していいよ」と言って部屋を出て行く。

 そこにちょうど、入れ替わる形でカナメが現れた。

「もう大丈夫なの?」

「ああ、今日で退院だ。何かあったのか?」

「親衛隊のクレト中将らが来ている。本部前で待っているけど、どうする?」

「少しだけ待ってくれ、すぐに行く」

 戦いに来たわけじゃないだろう。だったら、とっくの昔に攻めているし。追い返した時点で捕らえてたに違いない。

 現に“静の闘気”で探っても戦意は見られない。

 俺は手早く、委員会服を着て、上からコートを羽織ってカナメと一緒に部屋を出て行き、風紀委員本部を出て行く。

 空を見上げれば、雲一つない晴れやかな空模様といったところだ。少しばかり、空気が冷えてるが、仕方ない。

 本部を出てすぐ近くにクレトとマヒロ、シン、グレンの四人が立っており、先にティア殿下がなにかを話しているようだ。

 いち早く俺のことに気づいたグレンは声をかける。

「よぅ、来たか。まさか、本当に“獅子”を追い返すとはな」

「信用していなかったのか。実のところ、俺も危なかったがな」

 あの時、偶然、雷が落ちなければ、ヴァシキに大怪我を負わせることはできなかっただろう。俺としても運に助けられたことは業腹だが、こればっかりは背に腹は代えられない。

 一方で話を聞いていたクレトは嫌そうな顔をしながら「雷か……」と呟いた。

「なんか、気になることでもあるのか?」

「“オクタヴィア”は耳長族(エルフィム)で風と雷系統の魔法を得意としている。射程範囲は知らないが、前に部隊が人影を捉えることもできずに落とされたことがあった。彼女の仕業といってもおかしくない」

「確かに耳長族(エルフィム)は目と耳がいいからな。俺たち人族(ヒューマン)では聞き取れない微かな音を聞き取れたかもしれん」

 聞こえる範囲に個人差はあるが数キロメル先まで聞こえる奴もいるから分からなくもないか。

 その“オクタヴィア”が生存しているんだったら、親衛隊が懸念しているわけもわかる。

 モンドス講師から聞いたが、かつて、“ロレックス”という男が背を預けた存在が、今なお、どこかに潜伏しているって話だからな。

 この際だ。連中の動向を探る必要性があるかもしれんな。それほどまでに危険な存在なら。

「俺の仲間、ノウェムのことが心配で遠距離から狙撃したと?」

「その可能性しか考えられない」

「バカバカしい。その“オクタヴィア”が俺との戦いに集中していて、ヴァシキが気づかないとでも?」

「あの女はヴァシキよりも強い。“ロレックス”がいない今、現在、最強の存在はあの女だ」

 そうかな。俺から見れば、“オクタヴィア”って奴もそれぐらいにしか思えないんだよな。


 でも、クレトは腕組みして吐き捨てるように断言した。シンやマヒロ、グレンすらも同じであった。

 これほどの人物たちが一目を置かせるほどの女は初めてだ。改めて思うとノウェムの母親は強いんだな。

 一度でも会ってみたいものだ。まあ、会えればの話だけど……。

「お前の部下。ノウェムってガキは会いたいって言ったのか?」

「言ってないよ。むしろ、自分をこんな風にした親の顔をぶん殴りたいだってさ」

 ざっくりとノウェムの代弁をする俺に、グレンは思わず大笑いした。

 ノウェムやカナメ、ヤマトといった“問題児”が極悪人共の子供というのが親衛隊にとっては驚きの話だが、その彼らが俺という下にいる時点なのも不思議な話だ。

 “問題児”とか不良生徒とか皇族とかがいる時点で風紀委員は曰く付きのたまり場になってしまっている。

 俺はそのつもりがなくても、世間体から見れば、そうとられてもおかしくない。

「で、お前らはこれからどうするつもりだ?」

「とりあえず、治療に専念させる。今回の戦いで課題が見つかったからな」

 俺が視線を向けた先には、本部の周りを走っているティア殿下たちがいた。

 基礎力強化しなければ、これからの戦いでも困ってしまうものだ。

「その辺りは俺たちが関知するところじゃない。だが、そうか……修行してくれるだけでも僥倖だな」

「なんかあったのか?」

「まあな」

 チラッとシンを見て、首を横に振られたのでクレトは言うのを止めた。なるほど、極秘扱いというわけか。それだけで大体は読めた。

 俺たち風紀委員いや白銀の黄昏シルバリック・リコフォスは学園の管轄だ。親衛隊もおいそれと介入ができないんだろう。

 っていうか、俺たちよりも優先しないといけない奴がいるみたいだし。あまり長時間留まることもできないとか。

 「大変だな」と俺は他人事のように言う。


「話は以上だ。今回は見逃そう」

 溜息を一つ吐き、クレトらは踵を返した。

 ここで俺を捕らえようと動けば、あちこちに尋常ではない被害が出る上に現状、他の作戦に支障を来すようだ。事前に決めたとおり、俺たちには手を出さないことにしたわけだ。

「なにかと、忙しいわけだ」

 肩を竦めて、本部に戻す俺。

 俺は意外とやっかいごとが作りに行く節があるし。巻き込まれる皆にも多大な迷惑だな。

 いや、それを言ったら、ティア殿下たちも同じか。

「俺たちは意外と似た者同士かもな」

 嘯いて、俺は中へ入った。




「さて、先の戦いで皆、それぞれ課題が見つかったと思われる」

 夜。大広間で皆、思い思いにくつろぎながら話し合いをしていた。

 窓を開けて、換気をしているため、夜風で肌寒いが、俺たちの熱気には関係ない。

 互いに喋っているが、俺は諫めながら続きを話す。

「戦闘に関してもそうだが、日常においての自分の得意分野が見つかったと思われる。自分の得意分野を深めるため、本を買うことが多くなるだろう。買うものでは資金がそれなりに必要になる。現状、宝物庫にある資産に手を付けないように」

「本に関してはジャンル問わずか?」

「自分の得意分野を深めるため、ジャンルはバラバラになるだろう。ただし、気分転換にいかがわしいものはなしだ。買った者がいた場合はペナルティーをかけるから覚悟しておけ」

「具体的には?」

「一週間、飲まず食わずで過ごしてもらう」

 俺が提示したペナルティーに皆、黙りになった。

 一週間、飲まず食わずは身体的にも精神的にも相当くるものだ。

「仮にペナルティーを喰らって、規定を破ったら、追加するから覚悟しておけよ」

 俺はニコッと含み笑いすれば、皆、ゴクッと息を呑んだ。


 なお、資金の出所は宝物庫にある資産だけじゃない。“獅子盗賊団”の下っ端どもが持っていた微々たる金品だ。盗賊だけあって、相当な貯蓄があった。多少奪っても問題ないだろう。おかげで俺たちの懐が温かい。無茶が利くというものだ。

「それに皆の食べ盛りで食費を見直すことにした」

「なに!? 僕たちが育ち盛りなのが悪いのか!!」

「別に悪くない。腹が減っているだけマシだと思えば、御の字だしな」

 食べ物に関して、俺がギャーギャーと言っている中、他の皆はアハハハッと笑い合っていた。

 追い返したとはいえ、俺たちは“獅子盗賊団”を勝ったのだ。祝勝会しても文句は言わんだろう。現に今、俺たちは食事にありつけてるからな。

 俺が視線を向ければ、皆の得意分野を話し合って、「えぇ~!? お前ってそんなのが得意なのか」と熱が入ってる。

「クルーウって医者になりたかったの!?」

「意外だぜ……」

「なによ、私が医者になって悪いの!」

 だったり。

「メイアとギリスが考古学者を目指してるとは……」

「てっきり、科学者を目指してると思ってたぜ」

「意外だね」

「うるさいわよ、サル! ガル! ヴァン!」

「知識を追い求めてなにが悪いんだ!」

 だったりと、各々、ああだったり、こうだったりと次第に得意分野の話から外れて宴会になっていった。

 夜遅くまではしゃぎ続き、さすが、寒くなったので窓を閉めてははしゃぎ続けた。次第に皆、はしゃぎ疲れて眠っていた。




 翌朝。

 夜遅くまではしゃぎ続けたにもかかわらず、俺は疲れた様子もなく、本部を出た。

 そのタイミングでレインが俺の隣に降り立った。

 その手には数枚の紙を持っていた。朝の冷える空気を浴びつつ、俺はレインに声をかける。

「おはよう、レイン。そっちも夜まで騒いでいたのか?」

「ええ。リズさんや貴方のお姉さんたちと一緒に女子会していたわ」

「そうか。新しい報告書か?」

「そうよ。一昨昨日のことがようやく、公表したわ」

「ようやくか」

 俺はレインから数枚の紙を受け取り、中身を読む。

 俺の予想でも昨日か今日辺りに掲示か情報紙に公表すると思っていたが――予想が的中したな。


 ――“獅子”のヴァシキ、“白銀”のズィルバーと激突!

 先日の戦いが情報紙に大きく取り上げられていた。

 帝国指名手配の一人、ヴァシキの勢力を削ぐつもりなのか、十歳の少年、ズィルバーから敗走と書かれている。

 まったく、これでは、ヴァシキを狙う冒険者が出るんじゃないか。

 なお、情報紙にはティア殿下やジノたち、ノウェムたちのことも取り上げられている。

 これはこれで一気に有名になったな。あと、学園の宣伝にもなっただろう。

 “獅子盗賊団”を追い返した風紀委員って。

 まあ、学園の宣伝になり、うちへの志願者が増えるならいいが、はてさて、それなりの卵はいるのか否か。


 情報紙には皇家や親衛隊も俺たちのことを一目置き始めている。帝国指名手配に対する抵抗勢力として有効だと。はて、どこまでが脚色なのやら。

 できるかぎり有利な状況を作って戦ったとはいえ、盗賊界では幅を利かせている盗賊団の提督と正面からぶつかって撃退したのだ。連中がおれたちに興味を持つのは当然のことだ。

 俺からしたら、どうでもいいけど。

 数枚の紙、情報紙を読み終えた頃には、皆、目を覚まして起き上がっているだろう。

 はしゃぎすぎたのか部屋中が汚くなっていることに気づいたのか後片付けをしてる者もいるだろう。

 俺も手伝うとしよう。

「しばらくは平和でいたいものだ」

 呟くも昨日のクレトたちが言っていた急用というのが気になる。

「こういう嫌な予感ってのは早々に来るからな」

「得てして当たるものだから、仕方ないでしょう」

 レインは言いながら、俺は彼女と一緒に本部に戻っていく。




 情報紙が帝国中に渡ったとき、第二帝都、親衛隊支部でのことだ。

「その情報は本当か!?」

「はい! 隊員が見たので間違えないかと!」

 クレトはアイオからの報告を聞き、頭を抱える。

「あまりにも早すぎる! ヴァシキが何者かの強襲を受け、瀕死の重傷だと!?」

「所管としてはどこかで観察していて奇襲したと考えられます」

 アイオは先日の戦いをどこかで観察していたと言及する。

 クレトもその考えには同意するも不可解なことがあった。

「先日の戦いの日は“テュポン・サイクロン”の日だったんだぞ! あの大嵐の中で戦ってられるのだって難しかったのに、さらに遠くから観察していたと? そんな話があってたまるか!!」

 クレトは予想外の事態に暴言を吐く。

 クレトは椅子に座り、詳しいことを聞く。

「襲撃者の特徴は?」

「ライトグリーンの髪で銀の軽鎧を着込んだ美丈夫。使用していた得物は槍。他には……」

「どうした、続きを」

 クレトは続きを聞こうと訊ねるもアイオの口から言った言葉に驚きを露わにする。

「報告した隊員の話だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っていました」

「それはおかしい。確かにヴァシキはズィルバー(あのガキ)との戦いで負傷したとはいえ、逃げれるだけの実力は持っている。そんな奴が傷一つ負えなかった。なんの悪い冗談だ」

 あまりの出来事に頭を抑えるクレト。

「現状、本部はその襲撃者の足取りを追っています」

「そうか。“女王”と“魔王”はどうした?」

「昨日、本部の大将を始めとした多くの戦力の投入。撃退に成功し、両団ともに砦を捨てて、周辺を彷徨っている状況です。私の推測では」

「ここ。第二帝都だな」

「はい。大なり小なり傷ついたとはいえ負傷した彼らに追撃をかけようとしましたが、上層部はしっぺ返しを喰らうのを恐れ、追撃案を却下されました」

「追い出しただけマシだ。本拠地に戻られてはたまらん」

 クレトは現状、本部の対応が正しいと認識した。


 そして、“女王”と“魔王”の一団はその足で最初から狙っていた標的がいる街――第二帝都を目指す。


 次の日、情報紙に記載された内容を見て、ある二人が動きだした。

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