“白銀の黄昏”。“獅子盗賊団”とやり合う。
交渉を終えてから、一週間の時が過ぎ去った。
その期間。俺たちは“獅子”と戦うための準備をしていた。
空は雲に覆われていないが、強烈な風で吹き荒んでいる。嵐が来る前の前兆に思えた。
いや、戦いの前兆かな。でも、戦う日にはお誂え向きだな、と俺は目を細める。
「いよいよだな」
「そうね」
ティア殿下も俺と同じように戦いの前兆を肌で感じていた。
「今更だが、逃げる気はあるか?」
「あるわけないでしょう。ここまで来て逃げるなんてさらさらないわ。とっくの昔に向こうは戦う気満々だし」
「まあ、そうだな」
俺とティア殿下も“静の闘気”で“獅子”の気配を補足していた。逆に言えば、奴も俺たちの気配を補足されているだろう。
ビビってるかと思いきや、戦う気満々な分。俺も俺で気がスッと落ち着くってものだ。
俺たちは既に第二帝都の外壁の外に陣取っている。外壁の向こうは貴族区。親衛隊の避難勧告が出て、貴族のほとんどが第二帝都から避難していた。
つまり、貴族区はほぼ無人である。なので、俺たちがドンパチしても誰も被害にあわないってことになる。
どうせ、ドンパチで外壁が壊れるのは目に見えている。修繕費ぐらいは俺たちが出してやるよ。
迷惑料として払ってやるとするか、と考えている。
程なくして、盗賊団を全軍率いた“獅子”が現れた。
距離はあるが、お互いの声が届くだろう。
俺の目的は親衛隊が近づいてくるまで時間稼ぎでもあるが、これから戦う相手と言葉を交わすのも悪くないと思った。
「――本当に逃げずに来るとはな」
「逃げる理由なんて端っからない。向かってくる敵は叩き潰すまでと判断したまでだ」
「ディイハハハハハ! 気の強ぇことだ。その口ぶりに似合う強さってのを見せてほしいもんだ」
敵の総数はざっと見積もって二百以上。ご丁寧に幹部まで連れてきていやがる。先頭に“獅子”の名を冠する“ヴァシキ”が立つ。
対する俺たちは見積もっても六十人ちょっと。明らかに戦力に差がある。
「最後の通告だ。俺の部下にならねぇか。“カイ”や“オクタヴィア”のガキ共を率いらせる奴なら、強さは保障されてるようなものだ。オメエが俺に手を貸せば、俺はこの国を取ることも不可能じゃねぇ!」
彼の言葉にピクッと俺は反応する。
俺と手を組めば、この国を取れる? この“ライヒ大帝国”を? 俺は鼻で笑う。
「アホ抜かせ。この国を取る? なに言ってるんだ。“ライヒ大帝国”はリヒトが建国した国だ。キミみたいなウスノロに取ることはできんよ」
「あ゛?」
「それに俺は弱い奴に従わんし。手を組む気なんて毛頭ない。手を組むにも頼み方があるだろう?」
「頼み方だぁ?」
「“部下にしてください”って言うべきじゃないのか?」
俺の物言いを聞き、プッと笑みを飛ばすジノたち。フフッと微笑むティア殿下。皆、俺の見下す態度に笑い零す。
ヴァシキも大声で笑い飛ばすも、唐突に止んだ。
「――つまり、それが遺言ってことでいいよなァ!?」
「首を狩られるのはキミの方だ。震え、呪い――懺悔するがいい」
互いに殺気を出し、冷たい声音と視線がぶつかり合う。
俺とヴァシキは同時に飛び出して地を駆ける。
ヴァシキは得物である二本の剣を持ち。
俺は得物である二本の魔剣――“虹竜”と“閻魔”を持ち。
暗雲が立ちこめ始めた平原の上で、お互いに初手から全力の一撃がぶつかり合う。
その衝撃は天を割り、地を荒れ狂わせ、戦いの幕開けを報せる号砲となった。
ビリビリと衝撃が肌に突き刺さる。
大人と子供。年齢の差。身長の差。経験の差があれど。両者、既に化物がぶつかり合うだけで離れた場所まで衝撃が響いているのだ。
それを感じとったクレトは、すぐさま、部下に指示を飛ばす。
「始まったみたいだな。急げ! 部隊を敵と第二帝都の間に回せ!」
民の安全を確保するため、最初に第二帝都への侵攻を抑える。
「残りはグレンに続いて“獅子盗賊団”の背後に回れ!」
次に“獅子盗賊団”の背後に回り、逃げ場をなくす。その後に下っ端どもに向かって攻撃、奇襲を仕掛けるという流れだ。
クレトは身体を軽く解し、剣を手に振るいだす。
「ギャアアアア」
と、呻き声を上げて、バタバタと倒れ伏していく盗賊団の下っ端。
「たわいもない」
「クレト。あまり、出しゃばりすぎるもいけない。あくまで建前上、“獅子”と“白銀”の抗争から民を守ることだよ」
「分かってる。それだけの領分は」
片側に入れ込みすぎると後々、面倒なことになるのはクレトだって分かっている。だから、彼は白けた様子で戦局を見る。
やることは分かっているが歯がゆさがあるの確かだ。
親衛隊と手を組むというのは国中に知られたら、拙いことだ。だからこそ、皇家は箝口令を敷かせるだろうとクレトは分かっていた。
分かっているからこそ、歯がゆいのだ。
「ガキ共を利用しておいて手を組んでいないと豪語する気はない」
「まあ、手を組んでいるとは言えないからね」
シンも皇家の目論見を理解し、“白銀”の目論見を理解している。だからこそ、お互いに手を組んでいるとは言い切れない歯がゆさがある。
あくまでお互いにメリットがあるだけで協定を結んでいるだけに過ぎない。
どちらかにデメリットが被れば、その時点で破綻する。
クレトやシンも悪は許さない。でも、貴族や皇族が創り上げた組織には興味がある。特にグレンを倒した少年――ズィルバーにはそれなりに気にかけている。
気にかけているだけだが。
「クレト中将。マヒロ准将から伝令です」
剣を片手に持ち、振るっている最中、クレトの腹心のアイオ・サーグル中佐が近寄ってきた。
マヒロがクレトに緊急伝令があるようだ。
「話せ」
「はい。「クレト。この嵐は単なる嵐じゃない。中央地域で発生する“テュポン・サイクロン”よ」とのことです」
「“テュポン・サイクロン”……厄介な奴だ」
「まずいね。中央地域でよく発生する超弩級の大嵐」
クレトとシンが悪態をついているわけ。
それは“テュポン・サイクロン”。
この大嵐は神代いや千年前、[建国神リヒト]と[戦神ヘルト]が討伐した“風雅テュポン”が巻き起こした大嵐である。
かの者は死後、国を滅ぼす呪いを込めて未来永劫、大嵐を巻き起こしたという逸話がある。
建物の中にいれば、問題ないが、外に出ていれば、大嵐に呑まれてしまう可能性は十分にあった。
「俺の方はともかく、マヒロやグレンのところはまずい。“危険だと判断したら撤退しろ”と告げろ」
「ハッ!」
クレトは腹心のアイオに指示を飛ばし、彼女はすぐさま、この場を離脱した。
「さて、あのガキはどうする気だ? “獅子”に関しては空に飛べるぞ」
「って言っても、飛べる範囲が狭めるけど」
ヴァシキは空を飛べる。ズィルバーは空を飛べるか知らないけど、対応する術はあると考える。そうでなければ、この大嵐を選ぶはずがなかった。
天気も徐々に悪くなっていく今、さっさと下っ端共を片付けて引き上げたいところだとクレトは思っていた。
「シン。“白銀”と“獅子”の戦い。お前はどう見る?」
「う~ん」
シンはクレトの質問を聞き、頭を悩ませる。
「確かに“白銀”の彼も強いけど、“獅子”が後れを取るとは思えない……この大嵐の規模によるけど、五分五分ってところかな」
「やはり、そうか」
「でも……」
ここでシンは一分の可能性を口にする。
「彼らがここで急成長したら、もしかしたら……」
「ないものねだりだな」
「まあね」
素の実力で正面からぶつかり合えば、ズィルバーに分が悪いだろう。
だが、それを見越して、親衛隊に交渉を持ちかけ、有利な局面を選び、互角に持ち込ませるのだから、すら恐ろしい。
まさに、英雄再来と思わせる戦況運び。思い切った行動は親衛隊でも目を見張らせる。
「シンの言うとおり、[戦神ヘルト]が目の前にいると思われても仕方ない」
「やけに実感がこもってるね。さっさと下っ端を片付けて戦線を引こうか」
「そうだな。この大嵐に呑まれて死にましたでは話にならんからな」
話を終えて、気合いを入れ直すクレトとシン。
場面を少々変え、“ティーターン学園”。
学園でもっとも高い建物の屋根の上から戦況を見守っている一人の耳長族。
金仮面をつけた黒髪の女性。
この大嵐の中、屋根の上から戦況を見る彼女――オクタヴィア・Y・アルア。
オクタヴィアは空を高速でぶつかり合うズィルバーとヴァシキの戦いを見ている。見てるなか、息を呑んでしまう。
「あのズィルバー……私が助言したとは言え、すぐさま、生かして戦いに転じる把握力と決断力。どっかで指揮官を経験しないと身につかない奴だぞ」
仮面で見えないが額から冷や汗がタラリと流れ落ちる。
「ヴァシキも強い。それは私も認める。だが、あのガキが放つ“闘気”……ここまで離れていてもわかる。あそこまでの“闘気”はロジャーでもロレックスでも放っていなかった。いったい、何者だ?」
オクタヴィアは長く戦い続けたからこそ、“闘気”だけで相手の力量を把握することができる。その彼女がズィルバーの“闘気”を肌で感じとり、背筋を伸ばし、鳥肌を立たせる。
自分以上の強者がいるとは思わなかったからだ。
だからこそ、オクタヴィアは生唾を呑む。
「ノウェムはとんでもない奴の下に就いたな」
達観の言葉を漏らす。
場面を変えて、第二帝都から数キロメル離れた高い木の上から戦況を観察してる男。
手には魔剣に匹敵しうる槍を持っている。
この大嵐の中、木の幹を背にし、戦況を観察する男もまた強者。
いや、死者にして大英雄。
統治派の手によって、現世に復活した男――アキレス・J・オデュッセイア。
かつて、ヘルトと三日三晩、互角に戦い抜いた大英雄。
「いや~。スゲぇもんだぜ」
男いやアキレスは魔剣を持つ少年、ズィルバーを見ている。
「ガキにしては上出来だ。いや、ガキにしては異常だ」
アキレスの目にはズィルバーを誰かと重ねる。
「あの動きに、剣の運び方……そして、大英雄級の“闘気”いや、見え隠れしてるが“加護”を感じる。あの加護から総合すれば、自ずと答えが出る、か」
アキレスはこれだけの判断材料だけで自ずと答えが導きだされた。
「フハハ――」
笑みを飛ばす。
「フハハハハハハハハハハハハハハハ――――――――ッ!!!!」
盛大に高笑いし、大気を震動させる。
「そうか! そういうことか!! 神々が俺を復活させた理由……わかったぞ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!! 神々よ、業腹だがお前たちに感謝しよう!! かつての仇敵と戦えるこの喜びに!! おぉ~、オリュンポスの神々よ!! これらの戦いに栄光と名誉を与えたまえ!!」
アキレスの叫びが大気を震動させ、世界にも震動させる。
未だ、かつて、誰も見たことがない戦いの前兆がここに記された。
場面を戻して、第二帝都付近。上空にて。
空を高速でぶつかり合う俺とヴァシキ。
天気も徐々に悪くなっていく。
はて、この大嵐。この魔力波長。どこか見覚えがあるな。
まあいい。この大嵐で奴の動きも精細さが欠き始めてる。
あの情報によれば、ヴァシキは風の精霊を契約している。風の精霊は風を起こして使い手を浮かせることができる。
ただし、精霊階梯によって、起こせる風にも限界がある。見たところ、この暴風下で体勢が整えないところを見ると上級、とすれば、この大嵐レベルは御しきれないか。
対して、俺はレインの加護で空を高速移動ができる。
レインは聖属性。本来の属性とはかけ離れてるが、精霊階梯は神級。この程度は些事に等しい。
まあ、休む間もなく移動する必要はあるが、ヴァシキほど大きな影響は受けない。
でも、それを抜いても奴の方が強いのは確かだけど。
「わざわざ、“テュポン・サイクロン”の日を選んで来たようだが、オメエ一人殺す程度ならさして変わらねぇよ。空中戦で俺に勝てると思ってんのか」
強まる雨と風の中で、こうも強気に出られるとは。
伊達に帝国指名手配になってるだけのことはある。
それにしても、“テュポン・サイクロン”か。また、厄介な大嵐が来たな。
「ハァ~、全く……厄介な奴を残しやがって……」
「なんだ? 今更、嫌みでも言うのか?」
「そうじゃないよ。この大嵐……テュポンの奴に文句を言ってるんだよ」
「あっ? なに言ってるんだ?」
奴には俺の言った意味が分かるまい。俺の文句は俺が倒した星獣に文句を言ってるのだ。
テュポンが起こした大嵐は魔力が篭もっている。しかも、現代にまで残し続けたってことは人を殺す気満々じゃないか。
雨風を浴びなければ問題ない。まあ、浴びても少量だったら、問題ない。でも、浴びすぎると魔力酔いを起こす。
時間をかけるのはまずいな。
って、ヴァシキの奴。呑気に葉巻に火を付けていやがる。余裕ぶっこいていやがる。
なんかムカつく。
おっと、強烈な“闘気”を纏った刃が俺の首を取ろうと迫ってくる。
俺は同じく“闘気”を纏った“虹竜”で防ぎきる。
う~ん。この身体での空中戦では向こうが有利か。でも、地上にやっても俺でも部があるかどうか。
無駄に考えるのはよそう。妙案が出るわけでもなし。
俺はハアと息をついて、雑念を殴り捨てた。ところで鍔迫り合いに押し負けて地へと叩き落とされる。
「この高さから落とされたら死ぬな――なに?」
俺が落ちた場所を基点に地面が蜘蛛の巣状に亀裂が入っていない。
ヴァシキは訝しげ、高度を落とし、様子を見る。
横に殴りつける雨で土埃が晴れれば、俺が無傷に立っていた。
「ば、バカな!? あり得ねぇ!?」
驚愕の表情を浮かべる。
おぉ~。驚いていやがる。俺が無傷なことに驚いてらぁ~。
まあ、あの程度の高さから落ちても死ぬことはない。レインの加護が働いたからな。
ちなみにレインは今、ティア殿下たちのサポートに入ってる。ヴァシキは俺だけで十分だと考えていたからだ。
にしても、お互いに斬撃の射程内に入っているな。
「おいおい、あの高さから落ちれば、普通、死ぬだろう」
「生憎と俺は史上最強の相棒を契約しているんでね。そう簡単に死ねないんだ」
「そうかい。ならば、加護ごとぶった切ってやるよ」
ニヤリと笑った奴は右手に持った剣を振り、離れた位置に立っている俺の身体を両断してくる。
“闘気”を纏った一撃か。レインの加護があっても傷は免れないな。
俺は“虹竜”と“閻魔”をクロスに掲げ、斬撃を受けきる。
――そして、受けきった際、土埃が舞い上がる。
「それで隠れたつもりか?」
無論、分かっている。ヴァシキが“静の闘気”を扱えることに。そして、“静の闘気”があるかぎり、逃れられないことも。
位置なんぞ、とっくの昔に気づかれている。
現に、剣を構え、一閃。移動した先の木々を斬り裂き、土埃が晴れ、俺の姿を捉えられる。
「――“斬月波”ァ!!」
両手に持つ剣を振るい、いくつものの斬撃が俺へと襲いかかる。風属性の刃を斬撃に乗せた技だな。受けたら、致命傷だな。と思い、俺は紙一重で避け、斬られた木を足場にしてヴァシキへと近づく。
クルリと回転しながらヴァシキの上を取り、剣を交差させて防ごうとするヴァシキへ俺が遠心力を使って力押しに魔剣を叩きつけた。
ビリビリと衝撃が撒き散らされ、勢いよく地面へと吹き飛ばされるヴァシキ。
地面に触れるどころか触れる寸前で体勢を立て直し、低空飛行をしながら地面を斬り裂いた。
「獅子――“旋風大地巻”!!」
斬り裂かれた大地は形を変え、いくつものの獅子となって落下する俺を狙い撃ちにする。
「“剣舞”」
俺は“虹竜”と“蛮竜”を振るい、飛び交う斬撃でバラバラに破壊した。
その一瞬でヴァシキは間合いを詰めてきて、俺を始末しに来た。
しかも、逃がす気がなく、ご丁寧に至近距離で俺の首を狙ってきた。
「“地獄谷”」
まさに、それはなにもかも細切れにするほどの猛烈な斬撃の連続。さすがの俺もこれは無傷では切り抜けられない。
いくら、レインの加護があっても、傷が残るな。仕方ない。
俺はいくつもの傷を作りつつ、斬撃を弾き、受け流すことで切り抜くことができた。
落下する形で地面に降り立ち、呼吸を整えながら俺は上を見上げる。さすがのヴァシキも今ので仕留めきれなかったことに気勢が削がれたように空中で溜息をついた。
「……これで死なねぇとは。たいしたガキだ。俺の部下にほしいくらいだ、まったく」
「諦めな。俺は誰かの下に就く気がないから」
俺が生涯、仕える主は一人しかいないからな。
大嵐の中に吹き荒れている雨が徐々に気温を下げていき、暴風は強く吹き荒れている。
ヴァシキの視線は下で幹部勢と下っ端共を倒れていく姿へと移り、幹部勢と戦っているティア殿下たちと下っ端共を倒していくクレトやグレンたちを見る。
「親衛隊を味方につけたらしいな。下っ端共が全滅。幹部勢は手負いにさせるたぁ……親衛隊を納得させたものだ。おまけに優秀な部下を持っていやがる」
「俺の自慢の仲間だからな。親衛隊もキミの首を獲りたいらしいよ」
「ハッ、くだらねぇな。“テュポン・サイクロン”だから俺に勝てるなんざ、夢見てんじゃねぇよ」
さすがに帝国指名手配ともなると、“テュポン・サイクロン”でもものともしないな。
手負いの幹部勢の回収も片手間にしてのける。
「図に乗るなよ、小僧。オメエの部下共の親は怪物だったが、俺たちはそれほど容易く負けるほど弱くもねぇ。生きてる時代が違う」
「くだらない。苦労して長生きしているから強いってか? ガキ一人倒せず、なに、息巻いてるんだ? 滑稽にしか思えないよ」
さらに吹き荒ぶ暴風でも俺は一切、気にした様子はない。
このまま放置すれば、俺やティア殿下たちが大嵐に呑まれて彼方まで飛ばされるだろうが――ここ一番の突風が直前に迫ったとき、俺は動いた。
「“我流”――」
――吹き荒れる暴風が一瞬で荒れ狂う。第二帝都を取り囲む外壁をも巻き上げる暴風。
今、俺は“テュポン・サイクロン”の荒れ狂う暴風をも従わせる。俺の間合いであれば影響は逃れない。
「――“帝剣流”――“神風龍滅壊風舞”」
刹那、荒れ狂う暴風から巨大な風の龍が現出する。
龍が咆吼を上げた途端、口から荒れ狂う暴風が斬撃の塊となってヴァシキに襲いかかり、龍そのものも口を大きく開けて呑み込もうとする。
ヴァシキは両手に持つ剣で斬撃の塊を斬り飛ばし、風の龍は一刀で両断されたが、荒れ狂う暴風に乗って、俺はヴァシキの前まで移動する。
振るわれる二本の魔剣はヴァシキの喉元を狙い、奴は紙一重で避け、俺に斬撃を見舞う。
一進一退の攻防が続き――“テュポン・サイクロン”はより強くなっていく。
「くそ、さすがに風が強ぇな……」
さすがのヴァシキも無視できないほどに風が強くなってきている。体勢が安定してない。おかげで斬撃に威力が乗っていない。
俺が吹き荒れる風を荒れ狂う暴風に変えてしまったために視界には根こそぎもってかれた木々や岩石が邪魔をする。
ここまで来たら、奴も無傷ではいられない。現に身体のあちこちに傷ができている。
「さすがにここまで荒れ狂うと……先に崩されるか」
対する俺も身体のあちこちに傷を負うもレインの加護で傷が癒えている。でも、傷ついた際、血を流した。
動きに支障がないけど、この先、傷ができ、血を流すと動きが悪くなるのは明白だ。あまり、時間をかけられないな。
俺とは違い、ヴァシキにはもう一方のことがあった。
このまま、俺を片付けても、親衛隊が控えている。手間取って体力を使われるのは酷だ。
俺を片付けて、すぐさま、逃げられればいいが、それでも荒れ狂う“テュポン・サイクロン”の中では味方を浮かせるだけの制御がおぼつかない。狙い撃ちでもされては面倒だとでも考えている違いない。
と、すれば、ここいらで潮時だと考えるのオチだな。
現にヴァシキの意識が俺から逸れ始めた。見逃すほど、俺はバカじゃない。
“虹竜”と“閻魔”を鞘に納めて、低く構える。
「余所見は感心しないな」
俺がヴァシキを睨みつけ、右拳に“闘気”を纏わせた。その瞬間、ヴァシキ目掛けて、雷が落ちる。
風を割り、空気を引き裂く爆音が響き渡り、奴の身体が焼け焦げさせた。
この大嵐の中、自然発生したのなら、そういうこともあるのだろうが、今の落雷は実にタイミングがよかった。
勝機と確信した。
俺は宙を蹴って、ヴァシキの懐に急接近する。
「――“帝剣流”――“一骨豪蓮突き”!!」
娘の隙を逃さず、俺はヴァシキを殺すべく、“殺気”と“闘気”を乗せた神速の乗った拳が最大の一撃となって奴の土手っ腹に叩き込む。
ほんの一瞬だけ意識が飛んだヴァシキの土手っ腹目掛けて、強烈な一撃が叩き込まれ、外壁まで吹き飛び、叩きつけられた。
「……――ゲ、ホッ……!!」
落雷による火傷と拳の一撃で外壁にめり込まれてなお、ヴァシキは意識を失わず、俺を強く睨みつける。
「今、のは……オメエの仕業か!?」
「雷のことは知らん。俺に雷を操る力などない」
本当に今のはただの偶然。
口から血を吐きながら、奴は激怒しつつも冷静に戦況を見極めていた。
盗賊団の幹部勢もティア殿下たちの手によって安静にしないといけない傷を負い、奴自身も致命傷を負っている。感触からして骨の二、三本は折れたはずだ。
このまま戦っても無駄に命を散らすのはヴァシキ自身。退くのが最善だと考えついていた。
自分で喧嘩売っといて逃げるなんざ盗賊の誇りはズタズタだな。でも、ここで死ぬよりかは幾分マシだな。まあ、それでも屈辱だけど。
「――クソォ、退くしかねぇか」
意識が飛んだ一瞬で叩き込まれた一撃だ。“闘気”で軽減していても、“殺気”すらも混ぜた一撃となれば、傷は相当深いはず。
幹部の部下を飛んで連れて行くだけの体力は残ってるはずだし。なにより、追撃を行おうにも親衛隊も荒れ狂う暴風で動けないだろうし。
「ここは退いてやる……次こそ、オメエを殺す」
確実に殺す宣言。
大方、奴に加担する盗賊団がいるんだろう。でも、せっかく、追い詰めた好機だ。俺と手易々逃がす気はない。
「一騎討ちを所望して逃げるとは、とんだ腰抜けだな」
「なんとでも言いやがれ。俺はここで死ぬつもりはねぇ」
幹部勢とともに上空へと逃げ出すヴァシキを相手に、俺は魔剣を抜いて追撃するも、ヴァシキが張り合って時間を稼いだ。
あれだけの傷を負ってなお、動けるとは恐れ入ったものだ。
ついには追いきれない距離まで離すと奴も速度を上げて、戦線から撤退した。
あの速度から追いかけても追いつかないと判断した俺は「引き際だな」と漏らして、地上へ降り立った。
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