英雄。親衛隊との激戦になる。
両者共に増援が到着した。
そして、血の海に沈んでいるユウトを見て、軍服を着た陣営、“親衛隊”に動揺が走る。
「おいおい、マジかよ」
「……最悪の状況だ」
青ざめる上官と思える男二人。
対して、ティア殿下はというと。
「全く…少し見ない間に、どうしてこんな状況に陥るのよ」
俺に対して、あきれ果てる。
「見たところ、死んでいないけど……生きてるの?」
「ほぼ、虫の息だ。応急処置はしたが、それ以上のことはしない。こいつとて男だ。男の勝負に負けた奴に不用意な優しさはかえって惨めになるだけだ」
俺は真剣勝負を理解している。
勝者が敗者に情けをかけてはいけない。それが鉄則。だけど、俺はこれからの好敵手のことを案じて、応急処置したまでだ。
気を取り直して、俺は増援に来た親衛隊に目を向ける。
「さて、せっかく、援軍として来てくれたのはいいけど、すまないが、そこにいる彼らを連れて、撤退してくれるか。このまま、そこの少年を見殺すのは忍びない」
この場において、必要最低限の慈悲を言う。
「ハッ、慈悲なんざ言うんじゃねぇよ。ユウトを平気で殺す餓鬼が慈悲なんざ言うなよ」
「殺していないっての……こいつの拍動すら分からないのか?」
「あぁ? なに、言ってるんだ?」
ふむ。どうやら、彼らは“闘気”いや魔力の扱い方を知らないという感じか。だったら、ここで矛を交える必要がない。
俺たちは、な……。だが、向こうは本気で俺たちとやり合う気満々だ。
俺は剣を強く握る。俺が握ったのと同時にティア殿下たち全員が自分の得物を手に取る。
俺たちが得物を手に取ったのを見て、親衛隊の彼らも武器を取る。
「一応、聞くが、ここで俺たちを捕らえる気か?」
「捕らえる。バカだが、ユウトを殺されてはこっちのメンツがつぶされっぱなしだからな」
「だから、殺していないって……」
もういいや。“闘気”すら扱えない奴らと御託を並べる意味がない。
納得せざるを得ないか。力尽くで納得させるしかない、か。
俺はハアと息を吐いた後、“天叢雲剣”を鞘に納める。
「レイン」
俺の右手人差し指に降り立つ虹色の小鳥。
「汝は我が剣。我は汝の腕なり」
詠唱とともに輝きだし、右手に一振りの剣が握られる。
血腥さが風に混じって鼻腔をくすぐらせる。
俺の手に握られる一振りの剣。神々しくも透き通った白銀の剣は目の前に太陽かと思わせるぐらいに輝き続ける。
天に掲げ、いや、天に向けられた白銀の剣を見て、ティア殿下、ニナたち、ノウェムたちの意識が剣に向く。
剣先が照らされる太陽の光を浴びて、虹色に変化する。
「力の差を見せつけろ」
美辞麗句を使わずに、淡々と目的だけを告げる。味気のない、素っ気ないものだ。声も取るに足らない。
とても、仲間たちの耳に届くものではない。しかして、その声は皆の耳に聞き届いていた。
一人一人、武器を掲げ、声を張り上げ始める。
千年前、俺が号令をあげただけで兵士たちの心を一つにさせた方法。
たったそれだけ――。それだけで、皆の心を掴み、奮い立たせた。
かつて初代皇帝リヒトは、[戦神ヘルト]のことをこう評した。
曰く、俺は戦いの申し子。
曰く、俺は戦場の超越者。
故に、俺は語らずとも、存在するだけで味方の心を奮い立たせた、と――。
俺が奮い立たせたことでティア殿下たちの雄叫びがさながら、龍の咆吼へと大気を震わせる。一糸乱れずに突撃した。
皆が突撃する中、俺はフゥ~ッと軽く息を吐く。
久々に号令を上げたな。まあ、形は違うが、仲間たちの闘志を滾らせるにはちょうど良い。
せっかくだ。親衛隊相手に修行の成果を出さねば、自信もつかないからな。
まあ、それでも、緊張してしまったものだ。うまくいったか?
『大丈夫よ。ティアちゃんたち。皆、気合いが入ってるわ。それだけ、うずうずしていたんでしょう』
そっか。と、俺は胸を撫で下ろす。レインも久々の俺の号令に大満足のようだ。
安堵はするも、気を取り直して――。
「俺も行くか」
皆に倣って突撃した。
ズィルバーが号令をあげた途端、彼の仲間たちが声を張りあげ始める。
咆吼とも思える雄叫びに親衛隊陣営に戸惑いの波紋が広がる。
「不味い」
と、状況を見て、こっちが不利だと感じるグレン。
「どうする、シン少将」
「このままやり合ってもこっちが不利なのは間違えない。戦線を下げつつ、迎え撃つぞ」
「よし。分かった、オメエら! 迎え撃て!」
グレンが号令をあげた途端、部下たちは声を張りあげて、迎え撃った。
突撃する中、ティア殿下は先陣で立ちながらも指示を出す。
「ムサシとコジロウの二人で左右から切り崩して!」
「おうよ」
「任せなさい」
「コロネは上から攻めて!」
「はぁ~い」
「リリーとリエムは撹乱!」
「うむ」
「おう」
「ヤマトとノウェム、カナメ、ヒロは仲間とともに背後から強襲」
「うん」
「いいわよ」
「了解」
「任せな」
「ニナ! ジノ! ナルスリー! シューテル! 分かってるわね?」
「私たちは強そうな奴を叩くんでしょう」
「おあつらえ向き」
「そんなの分かってるよ」
「リーダーが頭を叩くのが常識じゃん」
至極当然という感じで皆、ティア殿下の指示で動きだす。
ちょうど、そこに――。
「ありがとよ、ティア。キミは、あの少将さんを相手にしな」
「言われなくても」
と、二人はそれぞれの敵に向かって地を蹴り、突撃した。
「…ッ!?」
「おらっ!!」
ガキンッと剣と剣が衝突する。
衝突する際、爆風が発生し、一瞬だけ、親衛隊の動きが止まる。
「キミがリーダーかな?」
「そうだと言ったら……」
「じゃあ、とりあえず、大人しく引き下がれるよう頑張っちゃおう」
俺は“聖剣”に“闘気”を流し込み、力を上げる。
「オラァ!!」
力任せに“聖剣”を振り下ろす。振り下ろされた剣が地面に叩きつけられ、土煙が舞う。
男は地を蹴って、後ろへ退くも、ピクピクと痺れる腕を見る。
「チッ、バカ力にもほどがあるだろう」
「子供に対して、ひどい言い草だな」
「事実だろう。力任せに剣を振りやがって」
反問するも男は俺が持つ剣に意識が向けられている。まあ、気になるか。もの凄く力を放つ剣を気にするのは至極当然。
「気になるのか、聖剣を?」
俺は“聖剣”を肩に担ぐ。
「ああ、気になるね。さっきの小鳥が剣に変わるなんざ聞いたことがねぇ」
「へぇ~。そうなんだ」
ふむ。精霊が武器に変えるのを知らない。となれば、精霊の認識が変わっているようだな。
「だが、その剣だけは見たことがある。お伽噺の類だがな」
「じゃあ、お伽噺が眼の前に出たら、どうする?」
「どうもこうもねぇよ。ただ、オメエを斬る。それだけだ」
と、男はそう言って、剣を構える。俺は話を聞きつつ、肩に担いだ聖剣を下ろし、構えずに突っ立っている。
「あん?」
男は俺が構えずにいることに違和感を覚え、眉を顰める。
「どうした、構えねぇのか? だったら、こっちから……なっ!?」
男は動こうとしたが、できなかった。それもそうだ。覚悟を決めた俺が放つ殺気に強烈な悪寒が背中を走り抜けていったからだ。
男は慌てて、ギリッと歯軋りしつつ、構えを強める。
構えを強める男、グレンの頬を冷たい汗が流れ落ちていく。
俺は構えを強める男。いや、グレンと言ったか。いやはや、そんなに構えを強めるな。
構えを強すぎると――
「隙だらけになりやすい。肩の力を抜け」
刹那の一瞬でグレンの懐に入り込み、彼の肩にポンッと手を置く。
にしても、背が高いな。子供の俺だとつま先立ちしないと届かないとは……。う~ん。もうちょい、いろんなものを食べて、身体を鍛えて、身体を成長させないといけないな。
まあ、成長期だから。知らないうちに背は伸びるだろう。
俺が胸中に抱いたのと裏腹にグレンは俺が肩に手を置かれたのを数秒遅れて気づき、咄嗟に剣で薙ぎ払う。
剣で薙ぎ払うも俺は既にそこにおらず、最初の定位置に戻っていた。
グレンはハアハアと肩から息を吐きつつ、俺を見てくる。その目は化物を見ている目だ。俺は薄らと凄惨な微笑を浮かべる。
「どうした、化物を見る目をして……そんなに怖いか」
俺の呟きが鼓膜を震わせたとき――グレンの腹部に衝撃が走り抜けた。
吹き飛ぶグレンから視線を外して、俺は戦況を見る。
ふむ。戦況はこっちが優勢。向こうは撤退しようとするも背後からヤマトたちの強襲で逃げようにも逃げられない状況。
このままだと、大帝都にあるとされる本部から増援が来るかもしれない。戦況をしっかりと見極めないとな。
俺は彼の方に振り向く。
「痛ぇな、オメエ……」
起き上がったグレンが近づいてくるのを見て、俺は知らず知らずのうちに不気味なほど笑みを深めた。
「フゥ~ン。同じ人族のわりに頑丈なんだ。だったら、これはどうかな
ッ!」
風紀委員専用の服の裾が宙に踊り狂い、半身を捻った俺は聖剣の刃を力任せに叩きつける。
「ぐぅ!? マジで力任せに振りやがって!」
剣速が遅いため、彼に軽々と弾かれた。
俺は地に足を付け、フゥ~ッと息を吐き、雑念を取り払った。
「ハッ!」
次いで正確な軌道を描き、鋭い刃が彼の急所を狙う。
これも躱されてしまうが、彼の肌を浅く斬り、血を噴かせることに成功する。
彼が反撃するも俺は難なく躱す。盾に振り下ろされた剣は鼻先を通過するだけで終わる。驚愕する彼に俺はすかさず、剣の猛威を振るう。
「やぁッ!!」
「チッ!?」
緩急をつけてバランスを崩し、翻弄させる。しかも、気を抜けば一瞬で首を刎ねられてしまう。彼も必死で応戦してくる。でも、それだけだ。いいねぇ。こうも死線を潜ろうとする度、血が滾る。
俺は思わず、好戦的な笑みを浮かべ、彼の頬面に強烈な蹴りを叩き込む。
蹴りの衝撃と勢いでゴロゴロと地に転がるも、すぐに立ち上がる。しかし、彼の口端から流れる血を拭って俺を睨みつけてくる。
「ここまでとは思わなかったぜ……」
男は汗で張り付いた前髪を鬱陶しそうに掻きあげる。
「つくつぐ、俺はついていねぇな。運に見放されてる」
構えてくる。
対して、俺は身体の力を抜いた自然体。対峙している男から見ても、周りで戦っている者たちから見ても、油断しているのか隙だらけの構えだ。
けれど、彼は感じとっている。俺の身体から迸る強大な“闘気”を。
幾多の戦いを経ても届かず、さらに研鑽を積んだ者だけが到達しうる“闘気”。
それをまさか、まだ子供の俺が放つとは夢にも思うまい。
「ふふっ、ははははっ……こいつは天稟の才って奴かッ!」
笑うほどか。俺ほどの猛者を戦ったことがない。あるいは子供の俺がこんな“闘気”を放つことに笑いが絶えきれないか、だな。
彼は剣を振るって、肩に担ぐ。
空気を唸らせ、土煙を巻き込み、俺へと突貫してくる。
俺は“聖剣”を持ち上げるだけの小さな動作で対応する。
ガキンッと剣と剣が衝突し火花を散らす。火花を散らしつつ、俺は聖剣を滑らせて受け流す。
「やるじゃねぇかッ!」
受け流されたことで男に隙を与えそうになる。
だが、俺は持ち手を変えて、逆手で男の首を狙う。
「“流水”・“逆撫”」
逆手で振るう剣が男の首を狙う。狙うも男は前に転がり込む形で回避する。
反撃が失敗し、大きな隙が生まれた。これが常人だったら、“好機だ”と思い飛びつくだろう。だが、彼は誘いだというのを気づいていたようだ。
「チッ!? 厄介な餓鬼だぜ」
男は右腕を見ずに嫌味を吐いた。分かっていたからだ。このまま突っ込めば、右腕が斬り飛ばされていたことに――。
「まあ、誘いに乗らなくて助かったぜ」
ぱっくりと裂けた傷口から、ポタポタと血が滴り落ちる。
苦悶の表情を浮かべつつ、視線を俺に向ければ、俺は一閃で土煙を振り払った。
男の額から滑り落ちてきた汗が頬を伝う。左肩を上げて拭ってから男は口端を吊り上げた。
「ガキにしては感服だ。何をすれば、ガキ風情で武の極致に至るんだよ。しかし、感心ばかりしても意味がねぇ。オメエを倒さなければ、流れが変わらねぇ」
俺と男の視線が交差する。
互いに一手先を読み、二手先を読む。相手の手の内を読み切った者が勝者となる。
ここで俺は些か、疑問がある。
このグレンは明らかに階級に見合っているのか。彼の肩にある星の数から佐官クラスなのは分かるが、それに見合う強さとは思えない。事情は知らないが、本来なら、将官クラスになり得る実力を持っている。まあ、それでも、大国の大英雄には程遠いがな。
おっと、よそ見はいかんな。
まあ、現状、お互い、安易に動けない状況だがな。神経すり減らしても初手をとることに集中している。
「ははっ――こいつは良いぜ。これほど、血肉を踊る戦いは久しぶりだ。こうじゃなきゃいけねぇ! 生死を分ける戦いは楽しくて仕方ねぇ! 心の底から勝利を欲してしまう!」
男は武者震いでもしたのか。身体中が歓喜で震わせている。
「心ゆくまで殺し合おうぜ! おい、ガキ! 最後まで立っていた奴が勝者だ。単純でいいだろう! 俺は親衛隊中佐、グレン。尋常に勝負を申し込むぜ!」
男は乾いた唇を割ってから身体を捻る。すると、剣の鋒がレンガに突き刺さった。
俺は一瞥し、肩を竦めた。
「尋常に勝負、か。おいおい、キミたちは撤退を決め込んでるのになんで、勝負を挑もうとする。今の俺に殺し合いは全然興味がないんだ」
しかし、言葉とは裏腹に壮絶な笑みを俺は浮かべた。
十歳の子供とは思えず、不釣り合いな表情を浮かべた。それを聖剣越しに見ているレインが脳内に話しかける。
『全く、戦闘狂なところ、全然変わっていないじゃない。言葉と本音が逆よ』
ヴッ!? そこを言われると、流石に心が抉れるな。
『だから、本音が漏れているんじゃない』
レインに注意されて、俺は内心、気まずくなる。とりあえず――
「あのユウトを斬ったことで少しだけ落ち着いたが、まだ苛立っている。ある程度、怪我をする覚悟してもらおうか」
次いで俺の心の中で無が支配される。かつて、戦場での感覚。止めどない深淵に身体を沈み込ませ、余計な感情、雑念を一切合切削ぎ落とす。
俺は右腕を胸の高さまで持ち上げ、聖剣を水平にして鋒を男に向けた。
刹那――俺と男の間に火花が散る。甲高い剣戟音が戦場と化した空間に木霊する。
競り合おうとせず、ひたすらに急所を狙い続けている。而して、両者の間に力の差が如実に表れ始めた。グレンが俺の速度に後れを取り始めた。
このままでは不味いと思ったのか男は地を蹴って距離を取り、体勢を整えるのを選んだ。
それが死路だとも知らずに――。
「マジでなんだよ、聖剣……巧みに隠しているが、圧倒的な力の奔流が剣を通じて分かるぜ。だが、その剣は伝説の産物だ。神話の産物をここで再現されても困るぞ」
眉唾物だと信じ込みたいという思いで心胆を射貫くような眼光を男は向けてくる。
「もう一度、聞くぜ、ガキ、オメエが持っている聖剣はなんだ?」
「ほぅ~。此奴の力の奔流が分かるか。それを見抜けるだけでも大したものだ。だが、神話に語りつがれる“五大精霊剣”には必ず、精霊の加護がもたらされる。同じ加護は存在しない。それぞれの特性を活かした加護が与えられる。ここまで言えば、自ずと答えは分かるというものだ」
俺は隙を見せずに慧黠を思わせる面を続けた
「だからこそ、ここでそれを見せてやろう」
息を軽く吸ってから“聖剣”を天にかざした俺は地を蹴った。
「なん――だとっ!?」
グレンが驚くに暇を与えず、光の斬撃が彼に襲いかかる。
超高速いや神速から繰り出される激烈な猛攻。“聖剣”にもたらされた“神速”は人の目から、いや、戦場から、いや、世界から音を置き去りにする。
男は凌ぐために剣を身体の前に出したが、左腕が血を噴いて跳ね上がった。
激痛に苦しむ暇を与えさせず、男に次なる剣光が襲いかかる。
止めることもさせない。避けることもさせない。男の身体が流血で染まっていく。
「オラァ!!」
男は声を荒げ、反撃も試みる。
「無駄だ。姿の見えない敵に当たるはずもない」
ましてや。“静の闘気”すら扱えない敵に俺の位置を特定することはできぬ。
だが、それでも、男は懸命に剣を振り回し、俺の残像を追いかける。しかし、それを嘲笑うかのように俺が繰り出す斬撃の勢いが増す。
増え続ける斬撃に男の身体には斬り傷が増え続けていく。
「このままだと、失血で死ぬぜ。無駄に命をはる必要もないと思うがな」
「なめんじゃねぇ!!」
男は渾身の一振りをするも、空を斬るだけで余計な意識を割いてしまった。
「残念、後ろだよ」
男の背後に回った俺は彼の背中に向かって強烈な蹴りを叩き込む。
吹き飛ばないだろうと思っていたが、俺の力が強かったのか吹き飛んでしまい、空屋敷の外壁に衝突する。
ドコンッと壁に激突する音が戦場に木霊する。
ガラガラと崩れ落ちる瓦礫。誰もが気にする中、親衛隊の者たちは壁にめり込む人物を見て、動揺が走る。
「グレン様!?」
「グレン!?」
「グレン様が…そんな…」
動揺し、意気消沈になっている部下たちだが、俺は壁にめり込む彼を見続ける。
まだだな。“静の闘気”を使って、男の拍動を感じとる。彼はまだ、気を失ってはいない。
「ゲホッ!?」
咳き込む音がする。やはり、まだ気を失っていないか。
男はめり込む壁から脱出し、血だらけかつボロボロになりながらも荒い呼吸で眼光は俺を睨み続ける。
「おい、情けねぇ声を出すんじゃねぇよ。俺が負けるわけねぇだろうが……!!」
叫ぶかの如く、声を荒げ、男は朧気な足取りで俺のもとへ歩み寄っていく。
俺の間合いに入らずも対峙できる距離まで来た彼は剣の刃で舞う土煙を斬り払う。だが、俺は迫る前に“静の闘気”で彼の動作が分かっていたので既に跳躍して回避していた。
「ハッ! 空中じゃあ逃げ切れねぇだろ!」
この時を待っていたと言わんばかりの言い草だな。現に彼は俺に向かって剣を突き出してくる。
「残念だが、宙に浮こうが俺は動けるよ」
俺は足に魔力を流し込み、足元に外在魔力を固める形で足場を作る。
「“我流”――」
足場を作り、空中で体勢を整える。
「――“神剣流”・二ノ型、“流星”」
猛烈な勢いで“聖剣”で突き出し、突貫する。
彗星の如く、放たれる突き技。そこに“神速”が合わされば、もはや、誰にも止められない最強の一撃と化す。
「――チィ!?」
一転、男は攻撃から防御や回避へ、切り替えることを余儀なくされた。
しかも、上から突き刺さる突き技は流石に防御できないと踏んだのか、横に地を蹴って回避する。
まあ、回避して正解だと褒めよう。
ドゴンッと地面が放射状に亀裂が入っていく。それだけでもすさまじい一撃なのが目に見えてわかる。
男は防御していたら、剣が折られ、心臓貫かれていたと想像して額から滑り落ちてきた冷や汗が頬を伝う。
「冗談じゃねぇぜ……こんな化物は初めてだ」
「人生分からないもんだぜ。自分の想像を超える強敵と相手取るのは、な!!」
俺は地を蹴り、“神速”を駆使し、変幻自在な剣戟を縦横無尽に暴れ狂い、男を翻弄させる。
剣を止めれば拳で殴る。拳を避ければ蹴りが炸裂する。蹴りを止めれば首筋を狙って剣を振るう。
「クソッ!? ちょこまかと!」
苛立っているな。“静の闘気”を使わずとも顔色を見れば手に取るように分かる。
まあ、悪態を吐きつつも必死に食らいつこうとする努力は買うが、空を斬るだけでは意味がない。
この時期の暑さは体力だけじゃなく、集中力の蓄積が早い。ましてや、戦場かでの激しい動きは余計に体力の消耗が速い。
幾ばくも経たないうちに、大量の汗と共に斬り傷から血を流した男は、ついに限界を向かえたのか膝を突いた。
荒々しく呼吸するも未だに俺を睨んでくる彼に目を留めて、俺は“聖剣”の鋒を地面に向ける。
「……もういいだろう」
「巫山戯んな。まだ終わってねぇぞ!」
即答されては流石の俺も呆れ返ってしまう。
「力の差は嫌ってほど分かったはずだ。このまま、部下も負傷し、俺たちが優勢戦況へと変わる。まだ、策があるならいいが、もうないだろう。増援が来たとしても俺たちはまだ戦えるだけの余力は残っている。大人しく降参しろ。まだ死ぬには惜しい命だからな」
横面に流れる汗を拭いつつ、俺は呼吸を整え戦況を見定める。
「ハッ!」
「ぐぅ!?」
ティア殿下たちの勢いが増し、雄叫びを上げつつ、敵を倒していく。
当初、親衛隊の勢いはあったが、今となっては無為に等しい。完全に戦況は俺たちが優勢だ。
「確かに俺たちは子供ばかり。実戦経験も少ない。キミたちは修行に注ぎ込んだ時間も実戦経験も俺たちより上だ。だが、それだけで戦場での勝敗は決まらない。人族は可能性に満ち溢れている種族。しかも、全種族共通で戦う度に人は強くなる。成長性という観点で見れば、俺たちはさぞかし脅威だろう」
「確かにな。だが、それだけでも勝敗は決まらないぞ」
「決まるさ。歴史に名を残す英雄は不可能な状況を乗り越え、勝利を収める。リスク承知で博打をしなきゃ心身共に強くなれないよ」
俺は勝ち誇ったとは言わないが、流れはこっちにあるのは分かりきっていた。
血の臭いが風に混じって鼻につく。
地獄とも思える場所から、目を逸らした俺は男に告げた。
「このまま、降参し、撤退するよう告げろ。そうすれば、俺たちは追撃をしない」
という嘘を吐きつつ、今後の展開次第でまた、親衛隊と敵対しないといけない。それをバカ正直に言うのは野暮ってものだ。逆に意固地になって無駄な損害を出すだけ。それじゃあ、お互いにとってメリットがない。
まあ、彼は俺の嘘を見破ったのか定かではないが、大人しく頷くことはしなかった。
「力尽くでやってみろ。オメエならその程度、容易いことだろう」
そう言うと思っていたから次なる手を出す。それは彼らの闘争心を挫くことだ。
そのためにも揺さぶりが必要になる。
「いいのか。このままじゃあ、あのユウトの命が無駄に散らすだけだぜ」
男は無表情を貫いていたが、ここでピクリと反応する。
「なんだと?」
「魔力…“闘気”が使えないようだから。教えてあげるけど、今の彼は風前の灯火だ。まだ生かしてある」
「オメエ。殺したもんだろ」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は正当防衛をしたまでだ」
「白々しいことを言うんじゃねぇ。殺したことに違ぇねぇだろ」
ここまで言ってもユウトが死んでいると思っているのか。息をしているのも気づかないとはな。オマケに感情を露わにし、怒りの感情で俺を睨みつけている。
「仕方ない」
俺は瞬時に思案して声を張った。
「おい、そこにいる女」
「え?」
俺は紫色の髪にプラチナメッシュをした女の子に声を飛ばす。
「聞こえないのか、キミだよ!」
と、リーダーと思わしき女の子に声を飛ばす。
「は、はい!」
「すぐに血溜りに倒れ伏しているユウトの拍動を調べろ。生きているのをはっきりさせてやれ」
言葉にすると、シノアは少年の下へ駆け寄り、脈を測る。
「え?」
彼女は驚く声をあげる。フッ、ようやく、気づいたか。
「グレン中佐!? ユウトさん……生きてます!!」
「なに?」
「だから、ユウトさんが生きてます!!」
彼女から告げられた言葉にグレンは目を大きく開き、動揺が走ってる。
「言っただろう。生きてるって……」
いや、正確に言うなら、生かしたが正解だな。あそこで死ぬには惜しい命。あのユウトは頭こそバカだが、こと戦闘においての直感力に冴えているところがある。まあ、今は無自覚だがな。それを差し引いても、あいつの素質は上々だ。死なせるには惜しい。いずれ、俺と渡り合うことになる。本来なら、早めのうちにつぶしておくに越したことがないが、それじゃあ、面白みもないからな。精々、生かしておき、その首を取った方が面白みがあるってものだ。
「さてと、彼が生きていることが判明したことだし。改めて、降参してくれるか? このまま戦えば、キミはユウトを見殺すことになるぞ」
「チィ!?」
状況は俺たちが優勢。この戦いでも俺が優勢。
大局的に見ても、俺たちが有利なのは変わりない。だが、既にここでの抗争は学園側にも親衛隊側にも伝わっているはずだ。
今、援軍でも来たら、いくら未発展途上の俺たちも耐えられない。
俺たちへの印象操作のためにもこれ以上の損害はごめんだ。
そのためにも目の前の親衛隊を降伏させるのが先決。撤退させ、不用意な損害を出さないようにする。
「さあ、選べ。大人しく、敗北を選ぶか。俺が力尽くで敗北させるか」
二択を迫らせる。男は二択を迫られても俺に睨み続ける。応じるどころか、むしろ――
「力尽くで止めてみやがれ!!」
男は俺に突貫してくる。“聖剣”で剣を受け止めつつも言い放つ。
「ユウトが死んでも構わないと?」
「ユウトは戦った上で敗北した。だったら、その仇を取らずして、どの面下げて、あのガキ言わせるんだよ!」
火事場のバカ力なのか無意識に放出した“動の闘気”をまとった剣で弾き飛ばした。
こいつはビックリだな。
「俺を力尽くで降参させるなら、両腕を斬り落とすことだなッ!」
俺は突撃してくる男の脇に潜り込む。
「だったら、そうさせてもらうとしよう」
男に肉薄した俺は彼の顔に拳を打ち込む。背を仰け反らせた男の首を掴んで、引き寄せたら膝を腹に打ち込み、身を翻らせると、そのまま勢いよく彼の首に踵落としを叩き込む。
「お、ごぅあッ」
よろめく彼の顔を掴んで張り倒す。血が大量に舞い上がった。土埃を振り払うように足を振り上げて、“動の闘気”を一点に集中させた足を男の鳩尾に叩き込ませた。男の身体はレンガが敷かれた地面に沈んだ。
俺はフゥ~ッと軽く息を吐きつつ、男の容態を見る。もちろん、“静の闘気”を使ってだ。
“動の闘気”を一点に集中させた踵落としを喰らったんだ。内蔵の方にも相当なダメージを負っているはずだ。
しばらく、戦線復帰は見込めないだろう。拍動がするから生きていることは間違えない。
とりあえず、気を失った男を横目に俺は近くにいた親衛隊に声を張りあげた。
「リーダーを倒した! このまま、戦いを望むのなら、俺たちは全力をもって相手になる。だが、これ以上、戦う意志のない奴は負傷兵を連れて、さっさと退け!」
“聖剣”を強く握り締め、抵抗し続ける親衛隊に俺は鋒を向ける。
「ヒッ!?」
「ッ!?」
グレンが敗北したのを見て、親衛隊は大いに震え上がっている。
中には逃げ出そうとする者もいたが、混戦となりつつも包囲されている状況で逃げることすら敵わない。
俺は手を挙げ、仲間たちに“これ以上の追撃する必要がない”と制止させる。
「どうする、これ以上、戦う気がないのなら。俺たちは追撃しない。ただし、上にはこう報告してくれる。「俺たちとやり合うなら、それ相応の覚悟を要する」とね」
ニッコリと微笑み、親衛隊の一人が「分かった」と言いつつ、頷いた。
ここでシンがここにいる親衛隊に撤退すると叫ぶ。
「負傷兵を連れて、撤退しろ! 支部に衛生兵を大量準備を連絡しろ!」
男の叫びに応じて、動ける親衛隊は負傷した仲間を連れて、戦場となった貴族区をあとにする。
彼らが撤退するのを見つつ、俺はティア殿下たちに指示を出す。
「俺たちは本部に帰るぞ。煤と汚れを落とす。行くぞ!」
俺の号令とともに皆、声をあげて応じた。
両者が撤退し、残ったのは血と土埃が入り混じる戦場となった貴族区だけだった。
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