英雄。“ゲフェーアリヒ”を叩き潰す。
俺が“ゲフェーアリヒ”に向かおうとしたのは夜が明けて数分後。
この時間帯に出れば、レインやティア殿下たちに止められることはないと踏んだからだ。
俺が“ゲフェーアリヒ”に到着する前のことだった。
夜は明ける前。
“ゲフェーアリヒ”の林の奥にある広場にて。
槍を手にしたノウェムと、金棒を手にした女の子と睨みあいしている。
槍と金棒が交じり合う度にバチバチと火花が散る。
「なぜ、私を狙う。ヤマト!!」
「だまりな、ノウェム。勝手にここを抜け出した罰は重い。と…キミは何度も一緒にいる彼女たちのために食べ物を集めているようだが……弱者に施しなどいらぬ!!」
ヤマトかと言う彼女は金棒を振り回し、ノウェムを槍ごとぶっ飛ばした。
吹っ飛ばされてゴロゴロと転がる彼女。
ノウェムは槍を杖代わりにして立ち上がり、構える。
「弱者に施しなどいらぬ、ね……それは違う」
「なに?」
ノウェムの言葉にヤマトは訝しげる。
「ルアールたちは私にとって守るべき者。今なら、私は自分に嘘をついていた」
ハアハアと肩から息を吐きながら、ノウェムは持論を口にする。
「私は覇道を志し、強くなりたいと願った。でも、彼は教えてくれた。覇道を志すのは足がかりに過ぎない……」
「足がかり、だと?」
「大切な友のために命を張れる。それが本当の強さ……前の私やここにいる皆がほざいていることは、ただの強がりってね。言われたのよ」
ノウェムは前にズィルバーに言われたことを口にする。
「それは弱い奴が言う言葉だ。僕たちが誰かのために命を張っていると思うか!!」
「本当にそうかしら?」
「なに?」
「私たち、皆、そう。なにも背負わないで一人きりで戦うのは誰だってできる。でも、友のために強くなり、戦う。その方が格好良くない?」
ボロボロになりながらも不敵に笑うノウェム。
そんな彼女が気にくわんのか。ヤマトは金棒を肩に乗せる。
「見苦しいよ。ノウェム。キミは僕のことを理解できると思っていた。キミの言っていることは絵空事だ!!」
「だったら、試してみれば……言っておくけど、今の私はさっきよりも強いわよ」
「ほざきな!!」
ノウェムとヤマトが再び、ぶつかり合った。
夜が明け、広場には多少なりとも傷ついたヤマトと地に倒れ伏したノウェムがいた。
両者ともに血を流しており、生々しさが目に見えて分かる。
ハアハアと息を吐くヤマトは地に倒れ伏したノウェムを見る。
「参ったよ。まさか、ここまで強いとは思ってもみなかった」
(確かに、彼女の言うとおり……誰かのために振るう強さは強い。しかも、強い意志が篭もっていた。僕に足りないものかもしれん)
ヤマトは自分とノウェムの差を改めて、実感した。
「だけど、ここまでだ」
彼女は金棒を振り上げ、ノウェムをどつこうとする。
そのタイミングで――。
「へぇ~。こんな場所があるんだな」
何者かの声が聞こえてきた。
ヤマトは振り向いてみれば、銀髪の少年がそこにいた。
広場みたいな場所に来た俺。
そこは空気が淀み、魑魅魍魎が跋扈しているかのごとく、誰にも手を付けられない場所。
その場所は手に負えない“問題児”が覇を競い合っていた。
そこに乱入するは俺、ズィルバー・R・ファーレン。
そのものを倒そうと彼らは躍起になる。
彼女は俺の顔に見覚えがあるのか、振り上げた金棒を下ろした。
「へぇ~、噂の“迷宮”攻略者が、僕と同じ一年だったとは驚いた」
「そうか?」
「僕からしたら、キミを倒せば学園一番になれる」
彼女は気前よく言い切った。
彼女の言い切りに林の陰からうじゃうじゃと“問題児”がわんさかと出てきた。
対する、俺は“天叢雲剣”を手に構えない。
「窮屈だな」
呆れた言葉を吐く。
「なに?」
「だから、窮屈だと言ったんだ」
自然体。身体の力を抜いた状態。油断している。舐め腐っているのか思うほどの立ち振る舞い。
けれど、俺から“闘気”ならぬ殺気は強大だと悟った。
幾星霜の戦いを経て、研鑽を積んだ者にしか至らない極致。
よもや、それを一年生が放つとは驚嘆に値しよう。
世界広しといえど、同い年または年下からという事実に彼女を含めた誰もが驚愕する。
「…強いね」
「そうか? 俺はまだ未熟者だ」
俺の才能は天賦の才または天稟の才ともいえる強者だ。
そんな俺に“問題児”の視線という視線が突き刺さる。
視線が交差する。
血が滾る闘争。いつぶりか。これこそが俺が求めていたものだ。
「ここは人が住めるところじゃない。こんな穴蔵にいるより、世界を見た方がよっぽど楽しいと思うが…今は楽しもうじゃないか!」
俺は両腕を広げ、“天叢雲剣”に“動の闘気”を流し、視線を、彼女を含めた全員に向けた。
俺の圧倒する“闘気”を前に彼女は臆さず言葉を発する。
「ここに入ったからには僕たちの掟に従ってもらおう」
「掟だぁ?」
なんだよ、掟って……変なことを決めているな。
「ここから出ることは許さない。特に強い者は!」
薄ら笑いをする“問題児”。
俺は彼らに視線を回しつつ、言葉を言う。
「さっきも言ったとおり、ここは窮屈すぎる。人が、生徒が安心して暮らせる場所がじゃない!」
「笑わせるな! キミはもうここから出られない。いや、出るな!」
出るなと来たか。
「生憎だが、俺はその掟が一番嫌いだ!」
「ここでは僕たちが掟だ! 皆、かかれ!」
彼女の号令とともに“問題児”は一斉に俺に襲いかかってきた。
俺に襲いかかってくる“問題児”たち。彼ら全員。自分の得意な武器を手にして、俺の首を取ろうとしている。
襲いかかってくるにもかかわらず、俺は不敵な笑みを浮かぶ。
「笑止。この程度で俺の首を取ろうとは……気合いが足りないぞ! 我流――」
俺は吼える。
ここにいる“問題児”を蹴散らし、目的を成し遂げるために――。
「――神剣流――三ノ型、“流水円舞”」
“天叢雲剣”を右手に持ち、左脚を軸に弧を描く。
“動の闘気”を乗せた斬撃が描いた弧に沿って放たれる。
“闘気”を乗せた斬撃。その斬撃だけで“問題児”の半分を一掃する。
一掃すれば、俺は地を蹴って、金棒を持つ女の子に斬りかかる。
“動の闘気”を流した魔剣と金棒が衝突する。
「へぇ~」
と、俺は感心する。
“動の闘気”を流した俺の剣と張り合うなんざ。そうそうない。
こいつは――
「アキレス・J・オデュッセイア以来だ」
「僕の名前を知っているのか?」
「あぁ? キミたちのことを調べたんだ。知っていて当然だ」
「そうじゃない。なぜ、僕の名字、オデュッセイアを知っている」
あぁ~。そういうこと。
それは簡単な話だ。
「その昔、そいつと戦ったことがあるんだよ!」
力と力では五分五分。
彼女。鬼族の割には人間味がある。
まさか!?
「キミも半血族か!?」
俺が彼女の立ち位置を呟いた途端、目を見開かせ、ビキビキと力が増大する。
「僕を…ヤマト・J・オデュッセイアを…さげすむな!!」
彼女、ヤマトは増大した力で金棒を振り切った。
このまま、力で拮抗していてもいいが、鬼族は比較的、体躯で怪力が有名だ。
ヤマトって彼女も怪力の持ち主のようだから。力で拮抗するより、押し飛ばされた方がいいな。って思い、俺は後方へ跳躍してダメージを最小限受けた。
くるりと宙を舞って、地に降り立つも俺はヤマトの言葉を思い出す。
『僕を…さげすむな!!』
さげすむか…。相当思い詰めているようだな。
「さげすむ、と言っても俺は半血族を悪いように思っていないけどな」
と、口にするも、今の彼女じゃあ納得しようがない。
だが、それにしても、ヤマトって奴。やけにボロボロだな。さっきまで誰かと戦っていたかのようだ。
聞こうと思えば、聞けるけど、聞かなくてもわかる。
地に倒れ伏してるノウェム。彼女も血を流しているところを見ると、彼女と戦ったのだろう。
ノウェムとて。それなりの強者。
その彼女が彼処までするとなれば、ヤマトはそれなりの強者ってことになるな。
「これは面白くなりそうだ」
ますます高揚感に浸る。
ガキンッ、ガキンッと魔剣と金棒がぶつかり合う。
「“雷鳴撃墜”」
雷が迸る金棒の一撃。俺は“静の闘気”による先読みで頭に叩き込むのが分かった。
金棒が俺の頭に向かう。俺は臆することなく、左手を突き出し、“動の闘気”を纏わせる。
纏わせた左手に金棒が襲いかかる。
雷が迸る金棒と“動の闘気”を纏わせた左手で衝突する。衝突した際の衝撃波で林が揺れる中――
「なに!?」
ヤマトは信じられない光景を目の当たりにして驚愕する。
なんと、彼女の金棒を俺が左手で受け止めたからだ。
もちろん、力だけで受け止めていない。先も言ったとおり、“動の闘気”を纏わせて受け止めたのだ。
だけど、受け止める俺も内心、驚いている。
信じられん。そいつ…力だけでこの威力か。“闘気”を使っている痕跡がない。むしろ、“闘気”を知らない。それでも、拮抗するか。
ここに来て、種族的な差が出ているな。
俺は左手に“動の闘気”をさらに流し込み、ヤマトを金棒ごと弾き飛ばした。
「うそ!?」
驚愕しながら、ヤマトは弾き飛ばされた勢いでゴロゴロと転がり込む。
転がり終え、すぐさま、立ち上がったヤマト。
「僕の“雷鳴撃墜”を受け止めるなんて思いもよらなかった」
ふむ。こいつもこいつで伸びしろがあるな。
「まあ、今回は大人しく負けてもらおうか」
と、俺は手でクイクイッと手招きする。
その際、俺は好戦的な笑みを浮かべていた。
ズィルバーが“ゲフェーアリヒ”でヤマトと戦っている中、ティア殿下たちは馬車で学園へ送ってもらい、学園に着き次第、走って“ゲフェーアリヒ”へと向かった。
「全く、ズィルバーったら!」
「怒るよりも急ぎましょう!」
彼らは走る。
“ゲフェーアリヒ”に通ずる出入口が見えたところでジノは叫んだ。
「見ろ! 門が開いている!」
手で手招きする俺にヤマトはギリッと歯を食いしばる。
「舐めるな! “雷鳴撃墜”」
再び、雷が迸る金棒を振るう。
かかった!
と、俺は彼女を誘わせたと内心、笑みを零す。
「我流――」
左手を三本爪にし、“動の闘気”を纏わせる。
「――神剣流――六ノ型、“竜の爪”」
お互いに地を蹴り、爪と金棒が衝突する。
バリバリと雷が迸り、衝撃波が巻き起こる。巻き起こる衝撃波が再び、林を揺らす。
爪と金棒。又もや、両者の力が拮抗する。いや、拮抗していない。徐々にだが、金棒に亀裂が入っていく。
「なっ!?」
ヤマトは金棒に亀裂が入り始めたことに驚く。
「俺の指は“竜の爪”。相手の自信と心を打ち砕く…爪だ!!」
俺は自分の指いや爪の恐ろしさを明かした途端、ビキビキ、バキャァンッと金棒が砕け散った。
「なに!? 僕の金棒が!?」
と、ヤマトは驚く中、俺は“天叢雲剣”を一度、鞘に納め、右手に“動の闘気”を流し込む。
「我流――」
俺は突きの構えをする。
「――帝剣流、“一骨豪蓮突き”」
ヤマトの土手っ腹に突きを叩き込んだ。
しかも、“動の闘気”をより大きく纏わせた超硬化の突きのため、彼女の内部までダメージが浸透する。
浸透されたダメージにガハッと口から吐血するヤマト。
「ク…ソッ…」
俺がその場から退けたら、ヤマトはその場で膝を突き、倒れ伏した。
ヤマト・J・オデュッセイア。彼女を倒したことで“問題児”の中で多少たりとも動揺が走った。
「ヤマトを倒しやがった!?」
「わぁ~、すご~い」
さまざまな声が飛び交う中、広場に出てくる八人。
どいつもこいつも“問題児”の中で強者と位置づけられた者たち。
その全員が出てくるとは……予想だにしていなかった。
「おぉ~、俺に対して、全員で来るか」
「ヤマトを……姉を倒されては私たち姉弟の面目が立たないじゃない」
ヤマトと同じように角を生やし、髪を束ねる女の子が腰に携える剣を向いた。
どいつもこいつも国から渡されたリストに書かれていた“問題児”。
つい先ほど、剣を向いた彼女、名はムサシ・J・オデュッセイア。
隣にいるのが弟のコジロウ・J・オデュッセイアだな。
フードを被り、鎌を持つ彼女。おそらく、リストに載っていたヒロ・P・クシャトリヤ。
蛇の鱗を持ち、黒髪を肩まで伸ばした女の子。リリー・U・マート.
ドロッとした身体で人の形をしているが、姿形を変える所を見ると、彼がリエムだな。
倒れているノウェムに駆け寄る女の子。一部が羽毛な特徴を見ると、彼女がコロネ。
最後、俺と同じ人族でありながら、かなり強い“闘気”を感じる。
しかも、女の子だ。もしかしたら、彼女が“ゲフェーアリヒ”の実質的な長かもしれんな。
俺は人族の彼女に問いかける。
「キミがここのリーダーか?」
「私はリーダーじゃない。“ゲフェーアリヒ”では九人の強者によって掟を定めている」
「そうか…」
俺は彼女がリーダーじゃないのか、と息を吐く。
とりあえず、俺が話しかけた彼女。リストを見たときは驚いた。俺と同じ種族が“問題児”に入っているとは……名はカナメ・Q・ジャクソン。
「さて――」
俺は“閻魔”と“虹竜”を抜き、“動の闘気”を流し込む。
「さっさと倒して、朝ご飯でも食べようかね」
「ほざきな! 私たちが定めた掟を壊れてはたまったものじゃない。大人しく捕まりな!!」
「断るよ、そんなに捕まえたければ、力尽くで捕まえてみな!」
「言われなくても!」
今度はカナメたち強者共との戦いだ。
「俺を楽しませてみろ!」
吼えながら、俺は地を蹴って突っ込んでいく。
ティア殿下たちが“ゲフェーアリヒ”へ通ずる出入口に辿り着いた。
その時、なにかの衝撃と戦塵が立ち上るのが見えた。
「あれを見て!」
「彼処ね」
「急ぐぞ」
彼らは“ゲフェーアリヒ”に入っていく。
林の中、走る。
「ズィルバー!」
ティア殿下が叫ぶ。
そして、行く手の先に広い場所が見えてきた。
「ズィルバー! 加勢に来たわよ!」
手助けに来たティア殿下たちが林を抜け、広場に出たら、彼らが目にしたのは――
――倒れ伏している“問題児”。
砕け散る武器。飛び散った血。まだ、周囲に漂う血の臭い。
そして、その中心にいたのは多少なりとも傷を負った俺、ズィルバーの姿があった。
俺は“閻魔”と“虹竜”を手にしたまま、駆けつけてきたティア殿下たちに声をかける。
「悪いな。ついさっき、終わったばかりだ」
息を吐いているも、さほど、疲れていない。
「夜が明けた辺りから、ずっと戦っていたからな」
告げておく。
すると、地に倒れ伏すカナメが顔を上げる。
「さっさと、私たちを締めなさい……どうせ、見え透いた未来……未練なんてない」
ってなことを叫ぶ。
ティア殿下は顔を上げている彼女の顔を見て、言葉を漏らす。
「これが、“問題児”の一人……カナメ・Q・ジャクソン」
「おい、ノウェム。いつまで寝ている。さっさと起きろ」
俺は最初に地を伏していたノウェムに声を投げる。
俺の声に反応して、ノウェムは「痛てて」と言葉を漏らしながら起き上がる。
「ついさっきまで気を失っていたのよ。人使いが荒い」
「生きていればなんぼのもんだ」
俺は言った後、ティア殿下たちの方を向く。
「おい、キミたち。聞くまでもないが、ついてくる気があるんだろう? キミたちの力を貸せ! 俺はこのどうしようもないバカ者どもの王になる」
言い切った。
この言い切りが後に学園、大帝国を巻き込むほど組織へと成長するきっかけとなった。
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