エピローグ 英雄、痛みに藻掻く。
一応、第1章完結。
扉を開け放たれた先は地上。
あれ? 俺たち地下にいたよな? なんで地上にいるんだ。
千年前、俺が地上に戻ってきたときは自力で脱出したんだがな。
あれ? と、俺は内心で疑問符を浮かべる。
今、俺たちの目の前には学園の講師たちがいる。いや、正確に言うなら、職員か。
とにかく、学園の人たちがいるのは間違えない。
なお、困惑をしているのは俺だけではなく、ティア殿下たちも同じであった。
と、そこにキンバリー講師が講師と職員の間をかき分けてやってくる。
「お前たち! 無事だったのか!?」
涙ぐみながら俺たちの無事を聞く。
「こんな形ですが、大丈夫です」
俺はレインに背負われる形だが、無事を報告する。
「よ、良かった……」
キンバリー講師。俺たちが無事を聞いた途端、さらに泣き出したぞ。
まあ、分からなくもないか。
帰ってこない俺たちが心配で気が休まらなかったのだろう。
途端、ざわざわと講師と職員がざわめきだした。
彼らが二つに分かれ、その間を歩いてくる煌びやかな格好をした人がやってくる。
ティア殿下は煌びやかな格好をした人物を見た途端、
「お父様!?」
驚いた声をあげる。
ティア殿下の驚きに俺たちはさらに驚いた。
ティア殿下は皇族。その父となれば、皇帝のほかない。
まさか、皇帝陛下が自ら、出向いてくるとは思わなかった。
ふむ。皇帝陛下と言えるだけの気品があるな。というのが俺の印象だった。
「ふむ」
と、皇帝陛下は俺たちを一瞥した後、言葉を発する。
「貴殿らが、この“迷宮”を攻略したのか?」
「攻略したと言えば、そうだな」
皇帝陛下の問いに俺が答える。
陛下も俺が答えたことで視線を俺に向ける。
「この班でのリーダーは貴殿か」
「そうだ」
レインに背負われる形だが、俺は皇帝陛下を睨む。皇帝陛下は上から下まで俺を見てくる。
「ふむ。これがファーレン公爵家の跡取りか。面白い小僧よな」
「そりゃ、どうも」
俺はキッと睨みつける。しかも、殺気を乗せる。だが、皇帝陛下は俺の殺気を受けるも動じるどころか笑い出す。
「余に殺気を向けるとは剛胆な小僧よな」
「いきなり、やって来て、品定めされたら、相応のことはする」
「なるほど。モンドス講師が一目を置くのも納得する。それと……」
皇帝陛下は俺たちの向こう側の宝物庫を見る。
「あの部屋の中身はなにかな?」
「財宝だ」
俺は嘘を隠さず言い切る。
俺が答えた途端、講師や職員は一斉にざわめきだした。
俺は“静の闘気”を使用し、彼らの声を聞く。
『財宝!? おい、それって本当か!?』
『見た感じ、本物だぞ!?』
『どんだけの価値があるんだ』
『あれだけあれば、俺たち……』
と、欲深い声が聞こえてくる。俺は“静の闘気”を止め、代わりに殺気を乗せた視線を講師たちに向ける。
『……ッ!?』
ざわめいた声が、途端に収まった。
それもそのはず、俺が放つ殺気に誰もが背筋を凍らせたからだ。
「何奴も此奴も、財宝に目が眩みやがった」
この時の俺は自分でも想像がつかないほどの冷たい声音を出していた。
「あの財宝の所有権は俺たちだ。誰だろうと渡しやしないぞ」
今までに感じたことがない冷徹なる殺気と声音。講師や職員一同、ゾワッと恐怖が襲いかかる。
ある者は腰を抜かし、ある者は呼吸困難に陥り、ある者は意識が飛ぶ。
俺が放つ冷徹なる殺気に流石の皇帝陛下もタラリと冷や汗を流す。
「敵に回すとすら恐ろしい小僧だな。とりあえず、殺気を納めてもらいたい。貴殿らの財宝に手をださん」
「そうか」
皇帝陛下に言われて、俺は殺気を納めた。
冷徹なる殺気で一変した空気が静まり、呼吸困難だった者たちは一斉に新鮮な空気を取り込もうと息を大きく吸う。
皇帝陛下は彼らを無視しつつ、俺たちを見て宣言する。
「“迷宮”を攻略し、生還した貴殿らに功績を称えたいものだが、そのなりでは赴けないだろう。追って、沙汰を出す。沙汰が来るまで英気を養うがよい」
と、告げ、俺たちに背を向け、学園の方へと歩き出す。
皇帝陛下の宣言に俺たちは呆けてしまう。
功績を称える。つまり……
「僕たち、褒賞とかもらえるの?」
「そ、そう…じゃ…ない……」
「だ…ろう…な……」
「それしか…ないで…しょう……」
「だ…よね………」
ドサッと倒れ込むニナたち。
それも、仕方ない。なんせ、“迷宮”で神経を研ぎ澄ませ続けていたんだ。疲れても…しょうが…ない……
と、俺もどっと疲れがきたのか眠気が押し寄せてきた。眠気に抗えず、そのまま眠りこけてしまった。
「んっ ふぁあああああ――――!」
瞼を開けて、まず、最初に見たのは、屋敷の天井が飛び込んできた。
薬品の匂いが鼻につき意識を覚醒する。身体を覆う柔らかな感触。名残惜しいが俺は上半身を起こす。
辺りを見渡せば、やはり、屋敷の部屋であることがわかる。窓から差し込む日の光に照らされている。傍らにレインが幸せそうな顔で眠っているのに気づいた。
「全く…」
苦笑し、俺は近くにあった毛布を彼女の肩にかける。
ここで俺は状況を振り返る。
確か、皇帝陛下が来て、俺が久しぶりに本気の殺気を出して、褒賞をもらえるような宣言を受けて、そのまま気を失ったんだよな。
「あれから、どれくらいの時が経ったんだ?」
と、“迷宮”から帰還してからの日数が把握できなかった。
「とりあえず、起きるか」
と、俺は起きようとベッドから降りようとする。
しかし、床に足が付けたときだ。ビリッと電気が俺の身体を走った。
全身に痛みが走る。
派手な音を奏でて背中を打ちつけた。
「ッ!?」
い、痛ぇ!! 身体中に走る激痛に俺はベッドの上でのたうち回る。
「い……痛ぇええええええ――――――――!!」
全身の痛みでのたうち回る。
「ズィルバー!?」
レインが異変に気づいて目を覚ましたようだ。
しかし、俺に返事するだけの余裕がなかった。
藻掻く俺に駆け寄ったレイン。彼女は俺の腕を掴んで抑え込む。
「しっかりなさい! ルキウスさん!」
「レイン様!? お坊ちゃまは起きましたか!?」
声に反応していつものように介抱にきたルキウスが部屋に入ってきた。
レインを見て、俺を見る。すぐさま異常と判断し、外へと踵を返した。
「起きたけど、全身筋肉痛で苦しんでる。すぐに痛み止めを持ってきて!」
「かしこまりました!」
俺の腕を掴んでいたが、俺の頭を抱きかかえたレイン。痛みで藻掻く俺だったが、徐々に痛みが和らいでいき、落ち着きを取り戻す。
レインは布を取りだすと、汗を拭き始める。
「全く、無茶しすぎよ」
自業自得と言わんばかりにレインからお叱りを受ける。
「レイが言っていたとおり。貴方はいつも、そう。自分のことなんか鑑みず、無茶ばっかりする」
レインの言葉に俺は反論しようと反応を示す。
痛みで弱り切った目がレインを射貫くように捉える。
「全く…」
レインは呆れ返るも慈愛に満ちた目で俺を見つめてくる。
自分の弱さを誰にも見せない、と虚勢を張る俺を見抜かれ、呆れ返っている。それが無性に苛立つ。
「ねぇ、私は貴方に背中を預けるほどに強くなれたかな?」
さあな。まあ、でも……
「泣きべそ……を…かいた…キミが弱音を吐かなくなるほどに……強くなったと思う…ぜ…」
と、痛みで気を失う前に、それだけは言った。
地下迷宮を使用した実習から十日が経過した。
第二帝都、貴族区、ファーレン公爵家、ズィルバーの部屋。
ベッドに座り、背中越しに照らされる日の光を受ける。
日の光を受けつつも俺はグーパーを繰り返し、身体の調子を把握する。
「うん。問題ないな」
レインの加護が働いたおかげか。筋肉痛も完治した。
いや、分相応を度返しにした技を使えば、身体に何らかの障害が来るのは当然と言えば、当然だな。
今後の課題は体力強化と身体能力の向上だな。
ついでに、奴らの加護を開花させることだな。
俺の両の瞳の色。紅と蒼なのも奴らの加護を現してのものだろう。
とりあえず、紅の瞳。彼の加護を開花させるか。
彼の恩寵で身体能力が向上する。まあ、それでも相応の時間を要するが……。
「まあ、慣れと時間が必要だな。日頃から己の鍛錬を欠かさない。それが絶対条件」
自分自身に言い聞かせる。
「ズィルバー! 入るわよ」
ノックもせずにレインが部屋に入ってきた。全く、今の俺は両性往来者で女になっているとはいえ、言いたいことがある。だが、それを言っても彼女は改善しないと思うから。時間をかけて、もう一度、教育しよう。
「言ったところで無駄だと思うけど、デリカシーをもってほしい」
「悪いけど、私は――」
「自由気儘な女の子だもんな。全く、誰に似たんだか……」
「貴方でしょう?」
「それもそうだな」
フッと互いに笑い合う。
「じゃあ、ご飯を食べに行こうか」
「そうだな」
と、俺はレインと一緒に食堂に行くため、部屋を出た。
――それから三日後。
皇帝陛下からの勅命が俺の元に届いた。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークもお願いします。
ユーザー登録もお願いします。




