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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
学園入学
68/302

英雄、ここに再来する。

 薄暗い広間に血が混じった風が吹き荒れる。いや、風が吹き荒れることはない。だけど、吹き荒れる。それは俺が手にする一振りの剣によるものだ。

 俺が詠唱して手にした一振りの剣。

 その剣は美しく輝く白銀の剣。薄暗い広間でも爛々と光を放ち続けている。

「あの剣って……」

「初めて見た」

「逸話でしか見ることができない“伝説の剣”」

 そう。ティア殿下たちでも本や逸話を耳にすれば知って当然。

 それが――かつて、“英雄の剣”とも“伝説の剣”とも呼ばれたことを。

 ライヒ大帝国が、かつて、王国だった頃、滅びを迎えようとしていた国を救い、周辺諸国を征服し、異種族を救った聖剣。

 千年の時が経ち、伝説となった剣は長い歴史に埋もれてもなお、人々の間で進行され続け、呼ばれてきた。

 ライヒ大帝国、[戦神ヘルト]。

 彼の伝承に記されている。

『全てを操りし英雄に一振りの剣あり。必ずや勝利を導き、もたらす無敗の剣なり』

 その伝承を知るものは目をキラキラと輝かせる。

 実際、ティア殿下たちも感動に打ち震えている。

 鍔も柄も純白で雪化粧が施されたかのように汚れ一つとしてなく、刀身は幾星霜にきらめく星が散るかのような、輝きを放ち、鋭い切れ味を誇っている。

 学園が支給された実習義を身に纏った白銀の美少年いや白銀の美少女が持つと、連想するのは月夜に集まり、煌めく星々だ。

 精霊剣の一振り。

 五神帝の武器にして最も美しいと言われた――、“聖剣(クラウ・ソラス)


 今、この世に再び、顕現した瞬間だった。


「ケリを付けるぞ、“アステリオン”!!」

 神気が立ち上るかの如く、聖剣から放たれる“闘気”いや魔力が凄まじく、遠巻きに見ているティア殿下たちですらも圧倒される。

「…凄い」

「肌から感じる…この魔力…」

「鳥肌が収まらない」

 息を呑む。

 ジノとシューテルは(ズィルバー)の背中を見て、ゴクッと生唾を呑む。

((ズィルバー(彼奴/彼)の下に仕えたい/てぇ))

 二人の意識は既に(ズィルバー)を主として認め始めてきた。


 聖剣を片手に俺は地を蹴り上げた。

 蹴り上げた瞬間、彼らの目には俺の姿が消えたのように錯覚する。

 それは“アステリオン”も同じで俺が消えたように錯覚し動揺する。

 俺は動揺する“アステリオン”との距離をいシュンで潰して肉薄する。

 気づかれる前に“聖剣(クラウ・ソラス)”を横に一閃。

「ウガァァアアア――――!?」

 腹を斬り裂いた感触が手に残っている。切り口からも血飛沫が舞う。返り血が頬に垂れるけど、俺はお構いなしに追撃を加えようとする。

 だが、俺はここで動きを止め、“アステリオン”を見る。

 グルルッと唸り声を上げるもどこか怪訝な表情を向けてくる。

 俺は斬り裂かれた腹を見る。やはり、浅いか。相変わらず、硬いな。だが、血の量を見るかぎり、死ぬほどの量じゃない。

「……ならば、何度も斬るだけだ」

 俺は聖剣の鋒を“アステリオン”に向けた。

 “アステリオン”は言葉を発するどころか雄叫びを上げない。だが、言えることは、ずっと俺を凝視している。

 俺を誰かと重ねているのか? まあ、大方、予想できる。千年前の俺だろうな。“聖剣(クラウ・ソラス)”もそうだが、立ち振る舞いが昔から変わっていないからな。

 “アステリオン”は俺を千年前の俺(ヘルト)を重ねたのか獰猛な笑みを浮かべた。

「ヘルトォオオオオオオオオオ――――――――!!!!」

 吼える“アステリオン”が戦斧を縦に振るった。

 俺は聖剣で受け止めると弾き返す。

 派手な火花が両者の間に散ったのは少しの間のこと。

 力負けして後退った“アステリオン”は、首を傾げ疑問符を浮かべる。

「不思議に思うか。何故、力負けしたのか? まあ、答えるつもりはないけど……」

 驚いているのこっちだ。相変わらず、怪物じみた膂力していやがる。押し勝ったものの、元の場所から一、二歩後退している。

「ウガァァアア――!」

 戦斧を頭上で振り回しながら、“アステリオン”は俺に向かって近づいてくる。

 俺は地を蹴る。奴の胸元に飛び込んで聖剣を劫界に横薙ぎにした。

 ガキンッと剣戟音が木霊するも、俺は苦悶の表情を浮かべる。

「ッ!?」

感触からして痺れが返ってくる。受け止められた。

まあ、一度、効き、二度、効くなんてことはない。しかも、“アステリオン”の顔に喜悦が浮かんでいる。


 俺が手強いのは確かだけど、速いだけだからな。

 ニタリと口の端を吊り上げると、“アステリオン”は力任せに戦斧を振るった。

 俺は聖剣で受け止め、押し返そうとするも身体が浮いてしまった。

「なっ!?」

 これには驚きを隠せない。奴の力がさっきよりも増しているからだ。

 この死合いを見ているティア殿下たちは俺が吹き飛ばされると思ったに違いない。

 しかし、俺は剣を横に走らせて力を受け流すと後方へ跳んで距離を開いた。

 仕切り直そうと思うも、視線の前方に向ければ、“アステリオン”が眼前まで迫ってきていた。

「ウガァァアア――!」

「チッ!?」

 腰を屈めた数瞬後に頭上を暴風が右から左へ通過していく。攻撃を躱し反撃を加えようとするも“静の闘気”で予測が過ぎり、受け止めにかかる。


 俺が過ぎった予測。それは――

“アステリオン”が戦斧を縦に振るい叩きつけた。

俺へと押し寄せてくる戦斧。俺は回避ではなく、受け止め、刃を走らせて受け流すことにするも、又もや、“静の闘気”で脳裏に予測が過ぎる。

「ッ!?」

 と、自分の身体を浮かせて後ろへと吹き飛ばされる。

 直後、俺がいた場所に戦斧が叩きつけられる。叩きつけられた爆風を利用して距離を置いたが目に見えて分かる。

 反応速度が上がっている。“静の闘気”で探っていたが、まだ、目覚めて間もない。

 今のうちに始末をしないと俺たちに待っているのは“死”だな。


 だけど、ようやくだが、()()()()()()()

「さてと――」

 フゥ~ッと軽く息を吐いて、身体の余分な力を抜く。俺は“聖剣(クラウ・ソラス)”に目を向ける。

「ボチボチいけそうか?」

 レイン(彼女)に問いかけると、「もちろん」と光りだす。

 彼女の返事にフッと笑みを零す。

「ウガァァアア――――!」

 俺が余裕こいているのがいけ好かないのか“アステリオン”は戦斧を振り下ろしてきた。

 白銀の刃で受け止めた俺は、競い合う形で奴を睨みつける。

「ぬるい」

 俺は力を入れ、戦斧を押し返した。押し返され、“アステリオン”は一、二歩後退される。

「行くぞ、“アステリオン”!」

 聖剣を強く握り猛る。


 この世界は“迷宮”を含め、神代から怪物は珍しくない。強さは様々なれど、凶暴な怪物となれば集団で討伐するのが常識。

 もし、一人で挑むとなれば、人々はきっと無謀だと嘲笑するに違いない。現代を生きる人たちなら誰だってそう言う。

 しかし、今は誰も笑う者はいない。ティア殿下たちも笑うことはしない。例え、知らないと言っても馬鹿にはしない。今、目の前に怪物、“アステリオン”に果敢に立ち向かう銀髪の美少年ならぬ美少女を馬鹿者扱いしない。むしろ、逆に心が惹かれ始めていた。


 攻防を繰り広げる一人の少年ならぬ少女。

 ズィルバー・R・ファーレン。またの名はシュバルツ・B・ヘルト・ライヒ。


 千年前、世界で[戦神]と讃えられた英雄である。

 彼が残した逸話は数多くあり。今では子供たちの憧れの存在。

 周辺諸国を支配し、異種族を救った後、過労()で息を引き取った。

 千年後の世界に転生された少年の手には白銀の剣が握られている。

 逸話や伝承に語りつがれた、伝説の剣。


 精霊剣の一振り――“聖剣(クラウ・ソラス)”。


 鍔も柄も刀身もなにかもが純白で雪化粧のように美しい。

 刀身は煌めく星々が散るかの如く、輝いている。


 俺の鼻先を拳が通過していく。風圧で前髪の何本かは空に舞う。俺は身体を捻って聖剣を無造作に振るった。

 “アステリオン”の腕から血飛沫が舞う。が、傷ができても奴は果敢に襲いかかってくる。


 もし、世界にどれだけ傷つけようとも死なない怪物がいた場合、どうする?

 並大抵の者は尻尾巻いて逃げ出すだろう。けれど、極少数だが、立ち向かう者たちがいる。

 俺もそうだが、後者の人間は他国から化物と称され、英雄と讃えられる。

 彼らには逃げる(・・・)という選択肢が存在しない。

 だが、今の俺には恐怖や焦りすらない。あるのは“苛立ち”。それだけだった。


(もっとだ。もっと速く! レイン! 俺に加護と力を回せ!)

 俺は彼女に命じる。

 だが、彼女は剣を明滅させて忠告してくる。

『いい! ヘルト! 今の貴方に昔の自分を再現するのは無理よ! 今だって、私の力と加護で身体の負担を軽減しているけど、それ以上となると、明日は必ず、全身筋肉痛よ!』

(それでも構わん。俺に力を回せ!)

 俺は渇望する。

 千年前の俺。全盛期の俺にはまだまだ程遠い。

 “アステリオン”の息の根を止めるにはまだ足りない。

「ハッ!」

 苛立ちを込め、聖剣を振るう。胸を斬り裂く。

 それは並大抵の者なら致命傷に等しいだろう。だが、相手は神代屈指の怪物、“アステリオン”。

 この程度の傷など――。

「グルァアアアアアアアアアアアアア――――――――!!!!」

 返り血が俺の顔に浴び、赤く染まるも俺は怯むことなく加速する。

「チッ!」

 子供に転生したから全盛期とは程遠い。全盛期に至るにもまだ時間がかかる。しかも、まだ()()()()()()()()()()()()()

 だからといって、言い訳する気はない。何故なら、今も千年前に培った経験と知識、技術が残ったままだからだ。

 無駄にするものか!

 俺みたいなバカでも命を託した彼奴らを生きて地上に返さないといけない。

 彼奴らを死なせるわけにはいけないんだ!! 心の中で猛る。

 身体の節々が悲鳴を上げる。歯を食いしばって俺は耐えきる。超人として芽吹いていない身体で超人的な動きをすれば、当然、ツケが来る。とっくの昔に俺の身体は限界を迎えていた。

 それでもまだ動けるのはひとえにレインの加護のおかげである。精霊には加護がある。いや、正確に言えば、契約すれば加護が与えられる。

 精霊に属性があるように加護にも属性によって異なる。

 俺が契約した精霊は聖帝レイン。つまり、聖属性だ。

 聖属性の加護は身体強化と治癒。聖属性は万能。万能だからこそ、治癒も可能というわけだ。

 精霊の加護があっても身体に痛みが走る。それでも俺は斬り続ける。

 白銀の閃光が“アステリオン”に吸い込まれるように消えていく。

 その度に怪物の血が地面を染め上げ、痛みを含んだ咆吼が空間を震わせた。

「見せてやる、“アステリオン”」

 貴様に見せたことがない“最強の剣”を!!


 俺が聖剣を抱えるよう掲げた。

「グギャア!?」

 俺から放たれる他を圧倒させる魔力に動揺する怪物を尻目に、聖剣に魔力を流す。彼女に魔力を流す分、彼女からの力が流れ込んでくる。


 かつての俺が残した“伝説”を今ここに再現しよう。


 俺は目を閉じ、息をフゥ~ッと軽く吐く。

 剣を抱えるよう掲げる俺は隙だらけ、まさに格好の的。“アステリオン”が戦斧で攻撃を繰り出してきた。

 全てを両断するかの如く、振り上げられる。

 当たれば、一撃必殺。即死は間違えない。だけど、当たればの話だ。そう、当たれば……。

 俺へ振り下ろされる戦斧。迫り来る戦斧。その合間に俺の瞼が開く。俺の紅と蒼の瞳は恐怖や焦りがない。あるのはただ、純粋なる覚悟だけだ。

「“我流”――」

 そして、俺の口から零れる言葉。その言葉は逸話、神話にも記されず、俺とレイン、リヒト、レイしか知らない。

「――“神剣流”――八の型、“桜蘭剣舞(おうらんつるぎのまい)”」

俺を信じて見守っている彼奴ら。

 どれだけの時が経とうと英雄は…力は…大切な者を守るためにある。

 俺が技名を口にする。

 彼女の力が満たされた。

 地を蹴った俺は――、姿が消え、光も音も何もかも置き去りにした。

 煌星が輝くかの如く、剣閃が恐ろしい速さで出ては消えていく。

 薄暗い広間に目映い光。空気すらも切り裂く音が木霊する。

「グガァアアアアアアァァァァァァァァァァ――――――――!!!!」

 音速を超え、光速を超え、神速の斬撃が“アステリオン”を襲う。肉を断ち、骨を斬り裂く。

「ガァアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――――――!!!!」

 目映い光が“アステリオン”を包み込み、呻き声すらも掻き消す。

 それでも目にも止まらぬ剣戟は止まらない。


 聖帝レインを契約せし者に許された加護。その中でも彼女が他の聖属性の精霊と有する能力いや加護。いわば、特権。

 迷いがなく、覚悟が決まった俺に、彼女の、聖帝レインの、いや、“聖剣(クラウ・ソラス)”の加護“神速(ラヴィテス)”の本領を発揮する。


 目でも、“静の闘気”でも、捉えられない不可視の斬撃。


 目映い光が収まったとき、置き去りになった音が轟音となって、ティア殿下たちの耳に入ってくる。

 俺は地を蹴って、最後のトドメに入る。

「ウォオオオオオオオオオッッッッ!!」

 猛る、その姿は、[戦神ヘルト]が目の前にいると幻視する。

 “アステリオン”の胸を刺し、そのまま貫いた。

 貫かれた音が空間を震わせ、同時に無数の剣戟の余波が、ようやく、地面を砕いた。

 胸を貫いた聖剣を抜いて、距離を置いたところで“アステリオン”の口から夥しいほどの血を吐いた。

 “アステリオン”は膝を突くかと思いきや、踏みとどまった。


 踏みとどまる怪物、“アステリオン”にティア殿下たちは警戒し、ボロボロの剣を構える。

 制止の手を挙げる。

「もう勝負は…ついた…」

 俺の言葉を聞き、俺に目を向けるティア殿下たち。


「ぐ…グル…ル……」

 怪物、“アステリオン”の目が霞み始めた。霞む瞳で俺を見てくるのが分かる。奴が俺のことをどう見ているのか分からない。分かることは一つ。

「ヘル…ト………」

 やはり、奴には俺が前世の俺を重ねているのかもな。

「また…負けた……おでは……また…負け…た……」

 ゆっくりと前のめりに倒れていく。

 血の海に倒れ、沈んでいく。


 怪物、“アステリオン”。かの者が息を引き取ったのを見届けた俺たち。

「終わっ…た…のか?」

 誰かが言葉を零す。

 荒々しく呼吸している俺は、一度、目一杯空気を吸い、吐いた。

「……終わった」

 俺は戦いが終わったと口にする。

「ズィルバー!」

 ティア殿下が俺に駆け寄って抱きついてくる。

 限界を超え、全力を出し切ってしまったせいか、受け止めきれず尻餅をつく。

 先の言葉を言った後、なにか言いたかったが、新鮮な空気を吸うことばかりで口が思うように動かせない。

「…終わった…のね」

「ええ…」

「これ以上は動きたくない」

「同感だ。もう戦う気力も湧かねぇ」

 と、ニナたちも気が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。


 ここで気を抜くな! って言いたいが、生まれてこの方、本当の生死の危機を味わったんだ。仕方ない。

 だけど、言うことは一つだけある。

「キミたち――」

 と、俺がなにか言おうとしたとき――


 ゴゴゴゴッ


 と、なにかが開く音が耳に入る。

 俺は無意識に音がした方に目を向ける。

 目を向ければ、目映い光が俺たちの目に入り込んできた。

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