英雄は地下迷宮の実習を知らされる。②
翌日。
俺はティア殿下たち、姉さんたちと一緒に朝食を食べ、学園に登校する。
登校時間は昨日より早めに登校する。ニナたちの準備がある。学園に着き次第、俺はティア殿下と一緒に教室へ向かい、ニナたちは一度、寮に帰って授業の用意を取りに向かう。
教室へ向かう際、いつもだったら、そこにいない顔があった。
「おや、ズィルバーくん。ティアさん。おはよう」
当たり前かの如く、表情を浮かべ、剣術基礎学科の担当講師が挨拶する。
「おはようございます、先生」
「おはようございます」
「どうして、此方に?」
講師に用件を聞く。
「ああ、ズィルバーくんに用があってな」
「俺にですか?」
「ああ、お前さんに用がある」
「分かりました」
俺はティア殿下に目配せすると彼女の意図が分かったのか。
「分かったわ。私は先に教室に向かってるわ」
「そうしてくれると助かる」
ティア殿下は講師に軽く会釈しつつ、先に教室へ向かう。
ティア殿下が行ったところで講師は俺に目を向く。
「それで俺に聞きたいことは?」
「ああ、昨日の模擬試合のことだ」
「模擬試合」
やはり、気になるか。
「模擬試合の際、何を使用した。刃のない剣同士が交わって剣が折れるなんざ聞いたことがねぇ」
当然だよな。昨日の模擬試合は誰もが気にする。作業員が用意してくれた刃のない剣同士が交わって、剣が折れるのはまずない。
何かしたのか考えに至るのが必然。
ここで嘘をついてもいいが、あの講師。昔は超一流の冒険者。俺の嘘を見抜けるはず。ここは嘘をつかないのが得策だな。
「実は――」
「いや、無粋だったな」
「え?」
事情を話そうとしたところ、講師は問い詰めなかった。
「フッ、まだ一年生を問い詰めるなんざ烏滸がましい。まあ、ニナたちが油断して負けたとしておこう」
「いや……せ、先生……」
「一つだけ言っておく」
と、ここで講師が俺になにか言う。
「彼奴らは世話をかくと思うが、共に切磋琢磨してくれ。元冒険者からのお願ぇだ」
「分かりました」
微笑しつつ、俺は講師が述べたことを真摯に受け止めた。
俺は講師に軽く会釈した後、教室へ向かう。
俺が教室に入ったのを見届けた講師は職員室へ足を向ける。
職員室へ向かう際、彼は独り言をぼやいた。
「まさか、あの歳で闘気を扱いこなせるか。いや、彼が異常なだけか」
彼自身もズィルバーが闘気なる技術を会得しているのは気づいていた。問い質す際、誰に教わったのか聞くべきだったと後悔する。
「まあ、彼奴らも彼と関わることで大きく成長するだろう」
(道場に篭もって腐らず、広く世界を見て回ってほしいものだ)
親みたいな感情でニナたちの将来を案じた。
(ズィルバーは生粋のトラブルを引き寄せる男だ。それはそれで波瀾万丈の人生だな。いやはや、講師というのも大変なものだ)
講師は如何様なことを胸中に抱きつつ、職員室へ向かう。
俺が教室に入れば、いつもと違った光景があった。
「おはよう」
「おっす」
当たり前かの如く表情を浮かべ、ナルスリーとシューテルが挨拶する。
「おはよう。ナルスリー…シューテル…キミたちはどうしてここに?」
「話したいことがあったからよ」
「同じく」
「なるほど」
確かに話をするための移動は手間がかかるのは仕方ない。
俺は席に座り、後ろの席に座るティア殿下に声をかけた。
「おはよう」
「おはよう。って、一緒に来たのに挨拶する意味があるの?」
「形としてな」
「そう。それでさっき、先生とはなにを話していたの?」
「あぁ~…実は――」
俺は講師と話し合ったことを話した。
講師と話していたことを話し終えるとティア殿下が――。
「それで昨日、剣になにを纏わせたの? 私は見様見真似でやってみたけど、貴方のように出来なくてね」
「いや、見様見真似でできる代物じゃないけどな」
俺は改めて、ティア殿下の才能を思い知る。
「あっ、私も気になる」
「僕も…」
と、いつの間にかニナとジノも席について話に割り込んできた。
「私も…」
「僕もな」
ナルスリーとシューテルも彼らと同じことを尋ねる。
俺はう~んと一度、話すべきかと悩むも、話していいかと思いいたる。
話さなくてもいずれ、技術を体得するからな。
「昨日、模擬試合で使用したのは“魔力操作”っていう技術」
「“魔力操作”?」
「聞いたことがねぇな」
と、聞いたことがない技術に首を傾げるニナたち。ティア殿下だけは――、
「あれって“魔力操作”って言うんだ」
呟く。
ふむ。もしかしたら、衛士たちから近しい技術を教えられたのか?
「まあ、その名は地域によってバラバラだからな」
「え? そうなの?」
ニナは意外そうに呟く。
「剣士だったら、“闘気”とか言われていないか?」
俺の聞き返しにニナたちは「あっ」と思い出す。
「そう。“魔力操作”とは言うなれば、内在魔力いや魔力を自在に扱いこなす技術」
「魔力を……」
「……自在に扱いこなす技術」
初歩的なことは知れたようだな。じゃあ、次だ。
「剣士の間で知れ渡っている“闘気”も魔力の別称っていうのは知っていると思う」
ニナたちは“闘気”というのがなにか知っている。
“闘気”は魔力の別称だと言ったな。体内の魔力。つまり、内在魔力を使い、自身の身体能力を向上させる。刀身に纏わせて、鉄以上の硬さを持つ鎧を斬ることができる。
“魔力”“闘気”は人間の身体に流動しているのも特徴。
「昨日、俺がしたのは魔力を刀身に纏わせて、鉄以上の硬度にさせていたんだ」
「なるほど」
ふむ。少しずつだが、理解しているようだな。感心感心。
「魔力というのは人間の身体を血流と同じように流れてる。この技術は使用者の鍛錬度合いで決まるから。鍛錬をすればするほど、魔力を扱う技術が向上する」
「要するに人は鍛え続けなければいけねぇってわけか」
「平たく言えば、そうだ。そして、“闘気”には二種類に分けられる。それは知っているな?」
「当然よ」
「…剣を学ぶ際…父さんから教えてもらった」
しっかりと学ばれているな。
「身体能力を向上させ、剣の硬度を強化させる“動の闘気”。相手の気配いや殺気を感じとり、いなす“静の闘気”の二種類があるのを知っているな」
「あぁ~、知っているぜ」
「…で、“闘気”もそうだが、魔力も使い方次第で大きく変わると話したな」
俺はニナたちに聞いたことを確認する。彼らも聞いたと頷く。
「“闘気”は極めれば極めるほど、戦闘のバリエーションが増える」
「極めれば、戦闘のバリエーションが増える?」
「ああ、あと、“闘気” は極限の集中化でさらに開花する。強敵と戦う度に人は強くなれる」
ここで俺は“闘気”の重要なポイントを教える。
「極限状態? 強敵と戦う?」
ティア殿下は俺が言った重要ポイントの意味が理解できず、首を傾げる。
「ふむ。“口で言うがやすし”とも言うが……難しいな」
これは俺も頭を悩ませる。
う~ん。これはどう説明させればいいんだ。
うむ。と、頭を悩ませる。そうだ。ここで俺は千年前の自分の武勇伝を交え、話す。
「キミたちが知る[戦神ヘルト]。彼は幾多の戦場を経て、誰もが認める英雄となったとされている。彼も“闘気”を扱いこなせた。そして、戦場を戦い抜き、無敗伝説を後世に残した。それは知っているな?」
「もちろんよ」
「[戦神]様の伝説は剣を扱う者にとって知っていて当然よ」
ティア殿下とニナが危機迫る形で詰め寄り言ってくる。
思わず腰が引けるな。一度、咳払いをし、話を再開する。
「戦場には弱者もいれば、強敵もいる。彼は強敵と戦う度に驚異的な進化を遂げた」
俺は昔の自分。千年前の自分を思い出しつつ、語るように教える。
今までの教えを聞き、ティア殿下は自分なりに解釈し頷く。
「つまり、“闘気”は鍛錬と実戦で極めるしかないということ?」
「その解釈にいい」
もっと、わかりやすく言えば、自分より格上の敵でしか強くなれない。
「なるほど」
とティア殿下たちは納得した。
すると、続々と教室にクラスメイトが入ってくる。
「そろそろ、始業時間だ。二人は自分の教室に戻った方がいい」
「あっ、本当」
「じゃあ、しゃあねぇか。それじゃあ、話の続きは昼にでも聞かせてくれ」
「おう」
と、ナルスリーとシューテルの二人は自分の教室へと戻っていく。
ちょうど、そのタイミングで担任講師が入ってきて、始業開始の鐘が鳴る。
講師が教卓まで来て、声を発する。
「皆さん、おはようございます。今日は授業にある実習ですが、職員と協議した結果。学園の地下迷宮における実習を行います。急なことではありますが、心して取り組んでください」
ん? 学園に地下迷宮? 聞いたことがないな。
もしかして、千年の間にできた迷宮なのか? それにしてはニナやジノ、クラスの皆。動揺が激しくないか。“そんなに驚くことなのか?”と俺は胸中で疑問符を浮かべる。
「皆さんも知っているかと思いますが、“迷宮”は危険極まりない場所だと言われています。かの[建国神リヒト]様の時代から存在し、数多の人命を犠牲に攻略されたと言われています」
と、講師は“迷宮”の説明をしているが、少し違うな。千年前から存在していたんじゃない。千年以上前から存在している、だ。
そもそも、“迷宮”とは神々が生み出したとされる場所だ。もちろん、トラップも魔獣が地上とは打って変わっていた。
ある人は、彼処は“天国”であり、また、ある人は、彼処は“地獄”と口にする。
その所以は、かつて、多くの国が“迷宮”に挑戦し、無残に人命を失った。
ある人は言った「迷宮には膨大な財宝がある」と――。
その噂が世界中に知れ渡り、多くの人間が挑みに挑んだが、誰も帰ってこなかった。かろうじて、生き残った者が恐怖に震えつつも証言した。
『彼処は……“迷宮”は……地獄……俺たちの常識なんて通用しねぇ……もう、あんな所行きたくもねぇ……』
その者が証言の後、国中の国王たちは“迷宮”へ挑戦することが少なくなった。でも、逆に“迷宮”は裏の世界の者たちにとって格好の隠れ家と様変わりし、悪党共は国の目から逃れ、暗躍を続けた。
何故、こんなに詳しいか、だな。それはその昔、俺も“迷宮”に挑戦し、トラップいや試練を乗り越え、莫大な宝を手に入れた。
確かに“迷宮”には莫大な財宝がある。でも、“迷宮”の試練は常識が違う。千年前の常識でも通用しなかったのだから。今の常識でも通用しない。俺はそう考えている。
昔を振り返っている最中、講師は重要なことを言った。
「協議した末、地下迷宮の実習は一日かけて行います。始業後、各自、準備をした後、地下迷宮の入り口に集合してください」
と、担任講師は言って、教室を出た。
講師が出てすぐ、クラスの皆がざわめきだした。俺は聞き耳立てる。
「どうしよう、迷宮の実習だなんて……」
「僕……怖くなってきた」
恐怖に怯える人もいれば――。
「ようやく、“迷宮”の実習。いつか、“迷宮”を踏破してみたい!!」
「僕も!」「私も!」
“迷宮”踏破への好奇心に溢れる人もいる。
人それぞれ意識が違うな。
後ろの席に座るティア殿下に目線を向ければ――、
「いよいよ、“迷宮”の実習。怖いけど頑張らないと……」
意欲十分って感じだ。
「気合いが入っているな、ティア」
「当然と言いたいけど、本当は怖いよ」
「キミのことだから。“迷宮”なんかも果敢に挑戦すると思ったけど?」
「そんな無謀なことはしないわ。本で読んだもの。初代皇帝も挑戦を禁ずるほどお布施をしったって言うし」
ふむ。しっかりと学の研鑽をしているな。感心感心。
「そうだな。「勇気と無謀ははき違えるな」って親から口を酸っぱく言われているからな」
仕方ないと言えば仕方ない。
「まあ、幸い、今日の実習が一日で助かったと言っておこう。“迷宮”で囚われ、帰ってこなくなるってのはザラにある」
俺としては学園側の意図が分からない。講師陣も協議に協議を重ね、決定したことだろう。学園長の一声でできることじゃない。
何かしらの陰謀があってもおかしくない。
「俺としてはなにごともなく、平穏に実習が終わってほしいものだ」
「それしか言えないわ」
ティア殿下も俺と同じ気持ちであった。
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