英雄は女の子の気持ちが全く分からない。
ティア殿下の胸が高鳴り、胸の内では心がときめいている。
だが、俺はティア殿下がオドオドしている理由が分からなかった。
俺とティア殿下がベンチで話しているのを木の枝から見ている小鳥のレイン。
彼女は俺がティア殿下の気持ちに気づいていないことにハアと溜息をついた。
「全く、ズィルバーは転生したとしても、中身はヘルトのままね」
と、ぼやいた。
(思えば、千年前もレイがお弁当をあげたり、添い寝をしていたり、街へ連れ込んだりしていたのをレイがヘルトのことを好いていたからだよね。それにヘルトもヘルトでレイのことが好きだった。でも、ヘルトって女の気持ちに非常に鈍いのよね。しかも、女に好かれてしまう天然体質。レイが「やきもち焼いてもしょうがないよ。ヘルトって全く自覚ないから」って言っていたぐらい。他の大将軍も「ヘルトは天然の女誑し」とか「引き寄せるだけ寄せては餌を与えない男」とか、色々言われていたものね)
レインは千年前の友との話を思いだしていた。
俺はティア殿下が頬を軽く朱に染めて、俺に目線を合わせてくれないことに疑問符を浮かべる。
何やら、顔が熱そうだったので、つい――。
「顔が赤いけど、熱でもあるのか?」
思わず、額同士を当てて、体温を測った。
俺に額を当てられているのか知らないが、ティア殿下はみるみる顔が赤くなり、熱が篭もっていく。
俺は熱くなっているのを感じとり――、
「熱があるようだけど…体調でも悪いのか?」
俺は彼女を見つめつつ、話しかける。
ティア殿下は俺に見つめられていることに恥ずかしいのか知らないが、さらに顔を赤くしていく。まるで林檎だな。
「……よ」
と、ティア殿下は俺に視線を合わせよう。顔を俯かせる。そして、何やら、小声で言葉を漏らす。
何を言っているのか聞こえないな。
「…じょ…よ」
「ティア。何を言っているんだい?」
俺は聞こえるよう話を促す。
すると――、
「大丈夫って言っているのよ!!」
彼女は声を荒げ、怒鳴ってくる。
これには俺もビックリする。でも、なんで怒っているんだ? と疑問が生じる。
「あ、あの、ティア。どうしたんだ? そんなに怒らなくてもいいんじゃないか?」
むしろ、怒っている理由が分からない。
「怒っていないわよ!!」
いや、怒っているじゃん。
ティア殿下は俺が自分の気持ちに気づいていないのと俺が何をしたのかにも気づいていないことに気づいた。
気づいたら、彼女が言うことは一つ。
「自分の行動を改めてください!!」
俺の行動を改めるよう叫んだ。
「え?」
俺の、自分の行動を改めろ?
「何を言っているのか分からないが……」
俺は思わず、本音を漏らすと――。
「だったら、自分の胸に手を当てて考えなさい!!」
叫びながら、ティア殿下は俺の頬にビンタされた。
バチンと綺麗に決まった。
俺の右頬には紅葉が綺麗に出来ていた。
「…痛い」
紅葉ができた頬を擦りながら呟く。
「知らない」
ティア殿下はそっぽを向き、立ち上がってその場をあとにする。
離れていく彼女を俺は呆然と視ていることしかできなかった。
小鳥の姿で状況を見ていたレインは心の中で溜息をついた。
「全く…本当に女の子の気持ちが分からないのね。ズィルバーは……ティアちゃんが可哀想よ」
(こればっかりはズィルバーが悪いわね。とりあえず、女の子の気持ちをくみ取れるようにしないと……)
彼女も彼女で使役者にして使い手の俺の教育をしないといけないと思ってしまった。
(まあ、教育するにしても、最低限、女の子の気持ちを察せるぐらいにはしてほしいものね)
レインは心の中で俺に対する本音を零した。
(とりあえず、ズィルバーのところに戻った方がいいわね)
なけなしに彼女は翼を羽ばたかせて、俺のところへと飛び始めた。
俺の右肩に降り立つ小鳥。
その小鳥は動物の姿に変えたレインである。
彼女は俺の右頬の紅葉を見て、呆れた目を向けられる。
「全く、貴方は本当に女の子の気持ちが分からないよね」
レインにまで文句を言われる始末。
「五月蠅い。分かっていたら、苦労しない」
「無理ね。貴方が女の子の気持ちが分かるはずないじゃない。だって、ズィルバー……鈍感だし」
「鈍感? 俺の何処が鈍感なんだ?」
俺はレインが言っていることが理解できず、首を傾げる。
「そういうところよ!! 全く、これじゃあ、私がしっかりとフォローしないといけないじゃない」
「なんだか、俺の品位を疑われる言い方だが……」
「実際、そうでしょう!! とりあえず、ズィルバーは馬に蹴られて死ねばいいわ!!」
「それは嫌っていうか。なんで、馬に蹴られて死なないといけないんだ?」
俺の切り返しにレインはハアと溜息をつかれた。
「これじゃあ、ティアちゃんが可哀想よ。ズィルバーの鈍感。唐変木。朴念仁」
彼女が俺に対して、酷い言いかがりを叫ばれる。
だけど――。
「俺って、そこまで鈍いのか?」
俺はレインが言う鈍感というのはなにに対しての鈍感なんだろう?
俺は未だに疑問符を浮かべつつ、頭を悩ませていた。
一方、その頃、ティア殿下というと――。
「バカ…バカ…バカ…………ズィルバーの馬鹿野郎!!!!」
彼方へと届かせるかの如く、鬱憤を晴らすかの如く。盛大に叫んだ。
端から見れば、変人に思われるのもいざ知らず――。
ティア殿下は積もりに積もっているのか。
「もう、ムシャクシャする。ズィルバーのバカ。いえ、バカズィルバー。私の気持ちぐらい察しなさいよ!!」
と、怒りをどこかにぶつけないと落ち着かないぐらいに積もっていた。
「私がどれだけ、貴方のことが好きだと思っているのよ!! いつも、そう。人の気持ちを知らないで!!」
支離滅裂。情緒不安定と言われても致し方ないぐらいで荒れ狂っていた。
「――――」
この時、彼女が叫んだ言葉は春風に乗って彼方へと消え去った。
だが、その言葉は後に俺が驚嘆する内容でもあった。
ティア殿下が、ある言葉を発した後のことだ。
ティア殿下のところに小鳥のレインが彼女の右肩に降り立った。
ティア殿下も自分の肩に乗った小鳥を見た。
「レインさん」
「ズィルバーのことはごめんなさい。彼は生まれながらの鈍感だから」
「そうなの」
ティア殿下は俺が全くの鈍感であることに悄げる。まるで、それは子犬のように――。
悄げる彼女にレインが励ましの言葉を言う。
「ズィルバーのせいで悄げるのも分かるわ。何しろ、あのバカは女の子の気持ちなんて全然分からないのよ」
「全然分からない?」
「ええ、まるで、先代の契約者、ヘルトにそっくりね」
(本当のことを言うと彼なんだけどね)
レインは建前を言いつつ、本音を隠した。
「ヘルト様も鈍かったのですか?」
ティア殿下はなにが鈍かったのかと言わずに今、話し合っている内容に合わせて鈍いと尋ねる。
レインも彼女の問い返しが分かっているからこそ、話の趣旨に合わせるよう答える。
「ええ、本当に鈍かったのよ。女性の気持ちなんていざ知らず。よく皆から「鈍感」、「唐変木」、「朴念仁」とか言われたわ」
「随分と酷い言いようね」
「レイですらヘルトには「馬に蹴られて死んで」って言ったぐらいよ」
「女神様から言われるなんて、私の[戦神ヘルト]様の偶像が……」
ティア殿下はヘルトへの意識が変わってしまうことに苛まれていた。
苛まれるティア殿下にレインはなけなしだがフォローする。
「ヘルトは確かに女性への配慮が足りない男だけど……こと戦いにおいて、愛する女性を傷つける人には容赦しなかった」
「女神様にも?」
「ええ。特にヘルトはレイに対する意識が高かった。レイに危害が及べば、戦場からすっ飛んでいくような男よ」
「女神様への想いが強かったんだ」
ティア殿下は[戦神ヘルト]が[女神レイ]に対する想いが強かったことを知る。
「ズィルバーも私への想いが強かったらいいな」
「自分を愛してほしい」という思いを込めた言葉を吐露する。
でも、「本当に愛してくれるのか」と疑心暗鬼に陥りそうになる。
だけど、レインはティア殿下に先人の知恵として教えることにした。
「大丈夫…とは言えないけど…」
「言えないの!?」
「だけど、ヘルトは一度、言ったことは有言実行する男よ。愛する人を守ると言えば、守り通すのがヘルトよ」
「……………………」
ティア殿下は[戦神ヘルト]が有言実行の男だと知り、俺もそうであってほしいと願ってしまう。
「まあ、でも……」
「でも?」
「ヘルトはよく、レイが口にした給水を平気で口にしていたり、悪気がなくてレイの裸を見てしまったりしていたから。大丈夫とは言えないけど……」
「余計に戦神様の印象を悪くしないで!!」
ちょっとばかしの女子トークをしていた。
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