英雄は不機嫌な婚約者を宥める。
精霊基礎学科の授業を終えた後、お昼となり、俺はティア殿下、ニナ、ジノと一緒に食べる。レインはというと――。
「美味しいわね」
と、学園食堂の食事にありついている。
女らしからぬ食べっぷりにティア殿下、ニナ、ジノらは頬を引き攣って引いている。
俺は、「全く・・・行儀が悪い」と、いう感じで頭を悩ませている。
「あぁ~、美味しかった。こういった食事を食べるのは千年ぶりね」
「えっ? レイン様はいつも、豪華なお食事を食べていたんじゃあ・・・・・・」
ティア殿下は自分の想像、妄想でレインが千年前から豪華な食事をしていたのかと口にする。
「当たらずも遠からずかな・・・・・・千年前は――」
レインが話そうとしたところで俺が彼女に手巾を渡す。
「レイン。まず、口元の汚れを取りなさい。みっともない」
俺は指摘かつ注意する。
「わかったわよ。ズィルバーは変なところで世話焼きなんだから」
レインは手巾を受け取り、口元の汚れを拭う。
汚れを拭いとった後、彼女は魔法で手巾の汚れを洗い乾かす。そして、きちんと綺麗にたたんで俺に返してきた。
「はい」
俺は手巾を受け取るもレインに注意する。
「手巾を綺麗にしてくれたのは嬉しいが、もう少し、行儀よく食べろよ。もし、彼女たちに見られたら赤っ恥だぞ」
「・・・ッ!?」
レインは俺が言う彼女たちを想像したのか。言葉を詰まらせ、若干だが、顔を真っ青にする。
ティア殿下たちは俺が言った彼女たちが誰なのか分からない。だけど、レインの真っ青ぶりから、相当危険な人なのかと想像してしまう。
レインはコホンと咳払いした。
「そ、そうね。彼奴らに見られたら、一生の恥ね」
「言葉遣いも気をつけろよ」
「・・・なんでよ」
言葉遣いの指摘にレインは反問する。
「これでも、レインは聖属性の精霊の頂点に立つ。聖属性の精霊からは崇拝を持たれている。今のレインだと幻滅され、いつの日にかは頂点の威光が失いかねないぞ」
俺の指摘にレインは精霊たちから見放されてしまうのを想像したのか。顔が真っ青になる。
「そ、そそ、そうね・・・・・・こ、ここ、これからは・・・た、態度を改めないとね・・・」
冷や汗を流しつつ、言葉を言う。
俺の使役ならぬ教育にティア殿下たちは少なからずの感銘を受けていた。
(ああやって、手懐けるのね)
(精霊の関係をよくするにも日頃からの手入れが必要・・・)
(勉強になった)
精霊に対する意識を改め始めた。
俺がレインへの配慮ならぬ教育に感銘を受けていたティア殿下ら。ここでニナがレインに二時間目の授業で言ったことを尋ねる。
「レイン様。先の授業で精霊には属性が存在すると言いましたが、本当なの?」
レインは真っ青から慌てて様変わりする。一度、気を落ち着かせてから答える。
「本当よ。精霊にも魔術と同じように属性が存在する。火、水、風、雷そして聖。これらが基本属性。中には闇、剣とかもあるけど、これらの場合は人族では習得しにくい」
「どうして?」
「端的に言うなら、種族ね」
「種族?」
レインの答えにニナだけじゃなく、ティア殿下そしてジノも首を傾げる。
「今の時代に耳長族や魔族という異種族がいるかは知らないけど、闇、剣とかの属性は異種族特有の属性」
「異種族特有の属性・・・」
「それよりも耳長族とかいたの!?」
ティア殿下たちは耳長族つまりエルフがいるという事実に驚いている。
「今は知らないけど、千年前にはいたわよ。耳長族とか魔族とか・・・・・・いろんな異種族がいたよ」
「皇族でもエルフの存在は知られていない」
ティア殿下は皇宮で学んだことを思い出す。
「それもそうよ。耳長族は人族を酷く嫌っているもの」
「酷く嫌っている?」
「ティアちゃんやカズくんたちには話したと思うけど、千年前は異種族差別主義が風潮だった。私たち精霊や耳長族なんかの異種族は捕まえられ、奴隷として扱われた。リヒトの話によれば、その昔は魔族に支配されていた。だけど、魔族を追い払ったのが人族。これで人族による覇権を修めると思っていた」
そう。そこからが人族同士の醜い争いが始まった。
異種族同士の争いだったら、まだマシだ。一番怖いのは同種族同士での争い。
当時は王国というのは名ばかりの都市国家。国家同士で覇権を争い合い。時には奪って領土を大きくしていき、時には併合して領土を大きくした。
やがて、争いが激化し、治安が悪化。貧富の格差が大きくなった。
しかも、貧富の格差による望まれない子供。捨てられる子供。
遺伝として持たされてしまった異能ともいえる体質、症候群。
負の連鎖が世界中に蔓延した。それに終止符をつけたのがリヒトだ。
リヒトは英雄だった頃の俺を含めた戦士を集めて、長く続いた戦乱に幕を下ろした。
「戦乱の世。人族同士の覇権争い。それに巻き込まれた異種族や精霊。木を切り、森を焼き払い。拉致されたりと殺されたりと悲しいことが多かった」
レインの口から語られる異種族差別。
話を聞いていたティア殿下はともかく、ニナとジノには信じられないことだった。
「信じられないでしょうけど、それが事実よ」
レインは本当のことを明かした。
俺は今でも未だに異種族は俺たち人族を憎んでいるかもしれない。
敵意を持たされているかもしれない。なんせ、あれだけ不遇で非道な扱いを受けたのだ。互いを認め合おうというのは無理な話だ。
だが、耳長族はそうでもなかった。
何しろ、レイがいたから耳長族から精霊との関係を深めることができたのだからな。
俺は、当時のことを思いだし、心の中でレイに感謝をしていた。
お昼の後、午後の授業が始まる。
午後の授業は身分による学科分けの授業を受けた。
俺の場合は貴族学科。
貴族における礼儀作法を基礎中の基礎から教えられた。
授業終わりの鐘が鳴ったところで今日の授業は終わった。
終わった後、俺は後ろの席に座っているティア殿下に話しかける。
「ティア殿下。二時間目の授業前に話していなかったことを話そうか」
いつまでも不機嫌です、という感じで見られるのは酷だしな。
ティア殿下は俺からの誘いをどう思っているか分からない。だが、蟠りを抱え込む性分ではないことを信じて話しかけた。
「え、ええ、そうするわ」
ティア殿下は俺の誘い、提案に承諾してくれた。
「それじゃあ、教室じゃ不味いし。学園の広場で話そうか」
「人気のつかないところで話さないの?」
ティア殿下が聞き返してくる。
「確かにそうだけど・・・・・・それほどの問題じゃないよ」
「そうなの」
「ああ、ティアが気にしているのは俺の異能のことだろう。だったら、さほどの問題じゃない」
俺にとってみれば、さほどの問題じゃない。むしろ、気にしていたら、気が滅入ってしまうからだ。
「そ、そう。分かった」
と、ティア殿下も納得してくれた。
俺はティア殿下と、お話しをするために学園内の通りにあったベンチに腰を掛ける。
「さて、ティア殿下が気にしていることを話そうか」
「う、うん」
ティア殿下は頷いた。
「殿下が気にしているのは俺の異能のことですよね?」
「え、ええ、そうよ」
ティア殿下は俺の問いに応えてくれた。だけど、緊張しているのかオドオドしている。
「そんなに畏まらなくてもいい。ティアが緊張されているとこっちも話しづらい」
俺が知らない間にティア殿下のことを呼び捨てで呼んでいることに彼女は胸が高鳴り、オドオドしていたことを俺は気づいていなかった。
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