英雄は模擬戦をする。
俺とレインは今、学園にある闘技場に来ている。
本来なら、剣術と武術における実習で使用されるのが多いらしい。
なので、新入生である俺が使用されることなどないに等しい。
そのため――。
「ダメですか?」
「はい。新入生が闘技場を使用する場合、引率の講師か上級生を伴わないと使用することが出来ません」
と、闘技場の受付員がそう切り替えした。
それもそうだよな。
俺のような新入生に闘技場が壊されてはたまらないものだよな。
「分かりました。お手数をおかけしました」
俺は受付員にお言葉を言った。
「レイン。行こうか」
「・・・わかったわよ」
レイン。ふて腐れない。
頬を膨らませない。子供かな?
全く、見た目は大人の女性なのに、中身は子供のままじゃないか。
これじゃあ、契約者である俺の品格が問われるな。
いや、千年前に一回だけ、レインに淑女として教育されたよな?
なんで、それが活かされていないんだか。
俺の頭を悩ませるな、レインは・・・全く・・・。
「コラ。これは学園の方針だ。我が儘を言っても無理だ。あと、神位の精霊なんだから。ふて腐らない」
「分かってるわよ・・・でも・・・」
「分かってる。言いたいことは・・・・・・」
こうなったら、人気のないところで特訓しないといけないな。
俺は考えていると、そこに――。
「受付員さん。私が許可するわ」
出入口の方から女性の声が聞こえた。
振り返ってみれば、エリザベス殿下が歩み寄ってきた。
「エリザベス殿下!?」
俺はビックリする。
でも、彼女は俺の頭にコツンと小突かれた。
「コラ。学園では生徒会長って呼びなさい」
「す、すみません。それで会長はどうして此方に?」
俺は思わず、ここに来た理由を問いかけてしまう。
「いや、なに・・・ちょっと、貴方とレイン様の模擬戦が見られるんだもん。見なきゃ損よ」
なんだ、開き直りっぷり。
なお、受付員はというと――。
「分かりました。学園の会長の許しなら、使用を認めます。それでは、署名を――」
「わかったわ」
と、エリザベス殿下は受付まで歩み寄り、紙に署名をする。
おそらく、使用許可の署名だろう。
なるほど。闘技場なんかを使用する場合は署名が必要というわけか。
だけど、エリザベス殿下が引率してくれるから安心してレインとの模擬戦ができるというわけだ。
でも、なんで、このタイミングで声をかけてきたんだ?
もしかして、覗き見されていたとか!? いや、ないな。もし、していたら、皇族としての振る舞いとかイメージが崩れてしまう。
「申請も終えたことだし。それじゃあ、行こうか」
「・・・・・・・・・・・・」
やけに元気はつらつだな。
なんか、ワクワク感を胸の内に秘めた子供のようだ。
「会長。やけに楽しそうですが?」
俺は思わず、彼女がワクワクなのか聞いてしまう。
「だって、伝説の時代に存在したとされる精霊との模擬戦だよ。人生において、見られるか分からないんだもん。それに明日から新入生は精霊との契約の日。今のうちに精霊がどのようなものなのか知るいい機会だと思ったまでよ。私たちはね」
ん? 私たち、だと?
どういうことだ・・・・・・まさか!?
と、俺は外へ通じる出入口に振り返ると物陰からコソコソと覗き込んでいるティア殿下らである。
これには俺も呆然として――。
「何をしているんですか? キミたち・・・・・・」
言葉を漏らすことしか出来なかった。
俺に気づかれたのか。ビクッと反応しては物陰に隠れてしまうティア殿下たち。
「隠れているのはバレバレですから。出てきてください」
観念して出てこい、という要領で言葉を飛ばす。
俺の言葉でようやく、観念したのか。
物陰から彼らが姿を現した。
だけど、姿を現した人たちに俺は思わず、顔を引き攣ってしまう。
何故なら、覗き込んでいたのはティア殿下、エルダ姉さん、ヒルデ姉さん。カズ、ハルナ、ユージ、ユリス、ユン、シノ、ユーヤ、アヤまでいる。
さらに言うなら、ニナやジノまでいるとは思わなかった。
俺は呆れかえるほかない。
「仕方ない。レイン。観客が多いけど、ほどほどに頼むぞ」
「ええ、善処するわ」
「いや、それってほどほどにする気がないと同じだからな」
これじゃあ、契約者の俺への品格が問われる気がする。
もし、ここにネル、フラン、レン、ヴァンになんて言われるかたまったものじゃないぞ。
あれ? あの時、レインがあの思いに耽っていたのは彼女たちのことじゃないか。
確かにレインを含めた彼女たちは俺やアルブムたちが人一倍大事にしていた。
彼女たちもお互いを親友のように仲が良かった。
だからこそ、彼女たちがどこにいるのか気になっているんだな。
まあ、俺も気になるな。
彼女たちは同じ時代を生きた戦友だからな。
だけど、今は――。
「レイン。模擬戦とはいえ、勝ちにいくからな」
「望むところよ」
俺は勝つ気満々な笑みを浮かべる。レインも同じように勝つ気満々の笑みを浮かべ返した。
俺もそうだが、レインも負けず嫌いだな。
いや、契約者と精霊は似た者同士なのが多い。
だけど、俺はレインほど、天然ではないがな。
使用許可をいただき、俺とレインは闘技場のメインリングへ向かうのだが、俺だけは受付で動ける服を借りて、控え室で着替えた。
着替えた後、俺はメインリングへやってくる。
受付から剣を借りることはできたが、不要と俺は認識した。
生半可な剣だとレインの前では折れてしまうだろう。
なので、俺は丸腰でレインの前まで来た。
観客席にはエリザベス殿下やティア殿下らを含めた学園の生徒が観戦している。
彼らの目から見ても、俺が丸腰なのに僅かばかり驚いている。
だけど、レインは俺が丸腰なのを見て、納得する。
「考えたわね」
「やっぱり、分かるか」
「当然でしょう。私は貴方の契約精霊だもの。貴方の考えなんてお見通しよ」
それって、前世の自分の手の内や考えを知っているんだから。当然だな。
「それじゃあ、始めよう・・・ッか!!」
開始の合図もなしに俺は火炎球を放つ。
しかも、至近距離から放つ。
エリザベス殿下たちから見れば、いきなりの不意打ち。もし、判決する審判がいれば、失格扱いするだろう。だけど、これは模擬戦。しかも、相手は神位まで上り詰めた精霊レイン。
彼女を相手に正々堂々で行くと相手にならない。だからこそ、不意打ちに近い搦め手が必要。これは勝つため。
それに・・・・・・この程度、レインには・・・・・・。
「相変わらず、先制攻撃に目眩ましをするわね」
効かない。
俺が放った火炎球はレインに直撃する前に霧散した。
俺はハアと息を吐いてしまう。魔術いや魔法がレインに通用しない。分かりきっていたことだけど、参るよな。
俺は分かりきっているけど、観客席で見ているエリザベス殿下たちは信じられない、と驚愕と動揺が走っている。
これは千年前から通じる常識。
神秘の格が高ければ高いほど、低い神秘は通じない。
「分かりきっていたけど、参るよな」
俺は簡略詠唱をして、聖なる剣を展開する。
レインも霧散して消していた翼を広げ、宙に舞う。
その姿はまるで、天使。
天からの御使いのようなものだ。
エリザベス殿下たちもレインを天使と崇めようとし始めている。
まあ、それは無視しよう。
さて、今は目の前のレインに集中するか。久しぶりに千年前の俺の戦い方で彼女に挑むんだ。
気を抜いてはいけない。
まあ、だけど、戦神ヘルトの全力を子供の俺がやれば、確実に全身筋肉痛だな。間違えなく――。
俺は後ろへ退きながら、『身体強化』の魔術を行使する。
魔術を行使した後、俺は足に力を込めて、宙に浮いているレインへと近づく。
今の俺の力がレインにどこまで通じるか分からないが、やってみる価値はあると俺は思っている。
「行くぜ、レイン」
「かかってきなさい」
一直線に向かって行く俺は一閃する。内在魔力で形成された刃もレインの翼に阻まれた。
「硬ぇな」
俺は力を込めているけど、押し返せていない。明らかに力負けしているのが嫌でも分かる。
こっちは『身体強化』の魔術を行使しつつ、剣を振るっているのに彼女はなにもせずに受け止めている。
俺が押している中、レインは簡略詠唱をして、聖なる剣を展開する。
翼で俺を剣ごと弾く。弾いたところで展開した聖なる剣で斬りかかる。
俺は宙に浮いているため、身動きが取れない。だけど、咄嗟に聖なる剣で構える。
咄嗟に構えるも彼女が振るう剣に俺の剣が耐えきれるわけもなく、半ば、剣を叩き折られ、地面に叩きつけられる。
「カハッ!?」
俺は地面に叩きつけられた衝撃で軽く血を吐いてしまう。
痛がりながらも俺は起き上がり、口から垂れる血を拭う。
血を含む唾を吐いた後、俺は折れてしまった剣を放り捨てて、再び、剣を形成させようとするも、ドクン、と血流が脈動する。
「ッ!?」
俺も言葉を詰まらせる。
間の悪いタイミングに来やがって!! と、俺は吐き捨てる。
不味い。両性往来者。性別の転換による自己魔力調整が狂いだした。
内在魔力が狂いだすと満足に魔術が行使できない。
苦し紛れだが、今、できることはやるか。
本屋敷で特訓していたときに男に戻った。だとすれば・・・・・・俺は自分の胸に触れる。
僅かな丸みだが、柔らかな感触があった。
今回は異性との接触じゃない。前回と同様に月齢によるものだ。
昨日が満月か新月。もしくは今日が満月か新月か、だな。
あぁ~。頭が痛い。気分が悪くなってきた。
これじゃあ、満足に魔法いや魔術も行使できない。思う存分に動けないな。
俺が肩から息を吐いているのを見てレインは溜息をつかれる。
「全く、自分の異能の把握を怠るなんて本末転倒でしょう」
「仰るとおり・・・ケホッ・・・」
彼女に説法されるとは、なんて屈辱。
悔しいったらありゃしない。
「呆気ない・・・幕切れ・・・だな」
座り込む俺。
俺が座り込んだことにエリザベス殿下たちは、どうしたの? と、首を傾げる。
レインは翼をはためかせて、観客席へ移動し、状況説明する。
「模擬戦に関してだけど、ここまで」
「どうしてですか?」
エリザベス殿下が終わらせるわけを尋ねる。
「今日がズィルバーの異能の月齢期。彼、それを知らずに私の相手をしてくれたの。せっかく、面白い物が見れると思ったのにごめんなさい」
説明しつつ、謝罪する。
「いいわよ。それよりもズィルバーくん。大丈夫なの?」
「そうよ!? ズィルバー!?」
エリザベス殿下は俺の隊長を気にかけ、ティア殿下は俺の心配し、観客席から飛び降りた。
っていうか、身体能力それなりにあるんですね。
これはビックリ。いや、彼女に心配させてしまったな。
全く、俺はいつになっても女の子から心配させてしまうな。
どうせ、この後――。
「ズィルバー!? 大丈夫なの!?」
俺に詰めかけてくるティア殿下。ここで大丈夫、と言っても大丈夫じゃない!! と、言われるのが関の山だ。
なので、言うことは――。
「ご心配をかけました。大丈夫と言えませんが、触らないでほしい。感覚がびんか――「だったら、急いで保健室に行かないと!!」――ひゃうッ!?」
急に俺の身体に触れるなッ!! 性別が転換する際、感覚が多少なりとも敏感になる。
ちょっとした刺激でも全身に走るんだ。
「だから、触らな――「でも、それじゃあ、運べないでしょう? ほら、肩を貸して」」
ティア殿下は俺を保健室に運ぼうとするも、彼女の手が服の上からでも刺激が走る。
そして、このタイミングでティア殿下は衝撃な感触を味わう。
「ひゃう!?」
てぃ、ティア殿下。貴方の手が俺の胸に触れているんだが・・・・・・。
俺の奇声と胸の感触にティア殿下は――。
「えっ・・・?」
呆けた声を出す。
ティア殿下は目を瞬きながらも俺を見てくる。俺は顔を引き攣る形で苦笑いを浮かべる。
「きゃあああああああ――――!!」
悲鳴を上げるティア殿下。
まあ、無理もないか。
自分の婚約者が急に女になったら、ビックリするわな。
ティア殿下が悲鳴にエリザベス殿下は駆け寄る。
「どうしたの?」
声をかける。
ティア殿下はワナワナと身体を震えながら、俺に指を指している。
彼女の顔には信じたくないのが浮かべている。
そのタイミングにエルダ姉さんとヒルデ姉さんたちもやってくる。
姉さんたちも俺の体調の悪さとティア殿下の指さしで大体と状況を察してしまった。
「リズ姉様。ズィルバーが女になっている!?」
ティア殿下が口にしたリズというのはエリザベス殿下の愛称。
ティア殿下が思わず、素で口にしたのだろう。
それよりも問題なのは――。
「えっ?」
エリザベス殿下は呆けてしまう。
ティア殿下の叫びにカズたちも目を皿にしている。
俺としてはバレてしまったというのもあるが、婚約者なら知っているんじゃないのか疑るんだがな。
あと、運ぼうにも運ばれず、尻餅ついた際の刺激が走り、全身が痺れる。
肩から息を吐いている中、レインが俺の背後に回り、手を背中に触れる。
「次は月齢期じゃない日に模擬戦しよ」
「そう・・・だな」
「今は内在魔力の流れ・・・自己魔力調整を体得するまで・・・身体を無理に酷使しない」
「・・・・・・難しいかな」
これは千年前に培った経験だが、あの時の俺は自己魔力調整を独学で体得いや無理矢理、身体に慣らした。
そうしなければ、あの時代を生き残れなかったからだ。俺の身体は異能だけではなく、人ならざる加護という忌々しい力を与えられていた。
異能と忌々しい力を身体に慣らすには身体を酷使するしかなかった。
そういった人生経験をしていた俺からしたら、身体を酷使するなというのが難しいかもな。
まあ、それもこれからの人生で変えていけばいい気がしたな。
「難しいと言わない。とにかく、まず、身体に慣らすこと。いいわね!!」
「善処するよ」
なんか、レインが俺の母さんに思えてきた。
俺はレインに『ヒーリング』を受けている中、エリザベス殿下が姉さんたちに事情を聞くことにした。
「エルダ! ヒルデ! ズィルバーくんが男から女になるのを知っていたの!?」
「姉弟だし。知っているのは当然よ」
「お父様が化物じみた異能で弟の人生を蔑ろにしないために公表しなかったの」
「アーヴリル殿が・・・」
なるほど。父さんの粋な配慮か。それは助かった。
俺の異能が知られれば、誰もが不気味がるからな。良い判断だと思うぜ、父さん。
「これには・・・父さんに感謝だな」
「そうね。両性往来者はあまりいい異能じゃないし」
「異能に・・・良しも悪しもない・・・」
俺は異能のことを悪く思っている。異能とは忌々しい力の副産物いや呪いみたいなもの。
だけど、この時代の人は異能のことを知られていない。それは良いことだろうな。
「両性往来者?」
「なに、それ?」
ティア殿下、エリザベス殿下を含めた誰もがレインが口にした『両性往来者』が気になった。
レインは話そうかと迷っている。何故、分かるかって? だって、彼女の眼が彷徨っているからだ。
俺はレインに念話で話しかける。
(レイン。殿下たちに話して構わない)
(いいの?)
(構わない。千年前では現代とどこまで不遇な世界だったのかを少しばかりは知れるだろう)
(わかったわ)
彼女は俺との念話で納得し、話すことにした。
「両性往来者というのは異能の一つよ」
レインは俺が持つ忌々しい力のことを話し始めた。
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