英雄は幼馴染みという皇女に会う。
次の日。
朝の日の出を浴びて、俺は目を覚ました。
窓から見える景色。大帝都の貴族街の景色。
本屋敷で見たとは違った景色だ。本屋敷は心が安らぐ木々が見えた。だが、大帝都の貴族街の景色はそれとは全然違う。
鳥のさえずり。朝市の活気が目に入る。
隣に目を向ければ、レインが気持ちよさそうに寝息を立てている。
言い忘れていたが、レインは俺のベッドで一緒に寝ている。契約精霊だから一緒に寝るとかではなく、ただ、単純に一緒に寝たいという我が儘だ。
俺はそんな彼女を無視して、ベッドからでて、窓の外の景色を見始める。
そのタイミングで本屋敷から付いてきたルキウスが起こしに来て、俺はレインを起こし、父さんたちと一緒に朝食を食べた。
朝食を食べて、一服した後、荷支度を整え、俺やレインを含めた家族は馬車に乗って、皇宮へと向かった。
馬車は緩やかな坂を上がっていくと馬車の高さの三倍はあろう鉄製の門が現れた。
先端部分は槍のように尖っており重厚感を思わせる鉄門だ。
馬車を見かけた衛兵が駆け寄ってきた。
「これはアーヴリル公爵閣下。本日はなに用でしょうか?」
「皇帝陛下へ定時報告だ」
「かしこまりました。どうぞ。お通りください」
衛兵は俺たちを乗せた馬車を通らせる。門を通り、広大な敷地内に踏み入れると、衛兵と思われる一個小隊が巡回しているのが見られる。
馬車が通っているのは薔薇園に囲まれた幅広い道だ。直進すれば大きな噴水があり十時に道が分かれている。
その際、父さんが皇宮について教えてくれた。
「十字路を中心にいくつかの区画に分かれている。南北を割る形で西側はライヒ大帝国の有力貴族の邸宅が並び、東側は衛兵たちの住居、訓練場が設けられており、北側はライヒ大帝国の国家中枢、皇宮クラディウスがある。鉄製の門は東西南北全てにある」
「なるほど」
そんな説明を父さんから受けて、俺は窓を見る。
薔薇園にある薔薇が綺麗に思えた。
そういえば、レイも薔薇を愛していたな。今更だが、レイにもこの薔薇園を見せてやりたいよ。
そんなことを思う俺は皇宮に辿り着いた。辿り着いた際、思わず息を呑んだ。
皇宮の美しさからではない、懐かしさが込み上げてきたからだ。
「久しぶりに帰ってきた気分」
レインは口にする。
それには、俺も同感する。
(この先、どのような困難が待ち受けても、俺は止まらない)
これが、俺の新たな物語。人生のはじまりの予感を胸に抱きながら、馬車は皇宮の出入口に止まる。
馬車を降りて、皇宮に入ると俺と父さんは衛兵、レインや姉さんたちは女官から身体検査を受けることになった。
貴族といえど、検査に抜かりがないのが伺える。
無事に問題がないと判断された後、父さんが前を向いた。
「迎えが来たようだ」
俺は父さんの前を見やると、一人の青年男性がやってきた。
「これはこれは、アーヴリル殿。よくお越しくださいました」
頭を下げた男性は顔を上げると、涼しげな笑みを浮かべる。
「うむ。ガイルズ殿もご健勝でなりよりだ」
父さんがガイルズという青年男性に挨拶をしている。
「ええ。それでは貴族の間に案内いたします」
ガイルズという青年男性の案内の元、俺たちは貴族の間へ向かう。
貴族の間へ向けて歩いている最中、通路の右壁には上部の円い窓が、富と権力を示すように奥まで並んでいる。
天井には五人の女性と三人の神の壮大な様が描かれており、かつての自分だと思われる戦士が敵勢に立ち向かっている姿もあった。
向かっている最中、父さんが教えてくれた。
「ライヒ大帝国は軍事国家の側面があって、[戦神]を信仰する者が多い。私や妻ももちろん、娘たちも同じだ。ガイルズも信仰している」
「ええ、私も[戦神]を信仰している身です。いえ、この国の衛士たち皆がかの御方を信仰しています」
「貴族の中には[建国神]や[女神]を信仰している者もいるが、大半が[戦神]を信仰している」
国のほとんどが前世の俺を信仰しているのか。それだったら、彼奴らの姿があってもおかしくないのに――。
俺はそう思った。
俺が言うあいつらというのは千年前、俺やリヒトと一緒に戦場で活躍した四人の英雄。ベルデ、メラン、アルブム、ルフスのことだ。
彼奴らと俺を含めた英雄が王国最強の戦士と言われた。
俺は各地の戦場で暴れ回ったが、彼奴らだけは違って、東西南北に分かれ、戦場で暴れた。
おそらくだが、各地の土地では俺の名よりも彼奴らの名が信仰しているかもしれない。
それから、歩いているとガイルズが立ち止まる。彼の前には両開きの扉があった。
ガイルズは慣れた手つきで押し開いて中に入っていく。
俺たちは彼に続いて中に入り、部屋にあったソファーに腰を沈めた。
俺の両隣には父さんとレインが座り、向かい側に母さん、姉さんたちが座った。
俺たちが座ったのを見計らって、ガイルズは
「それではお呼ばれになるまで、お待ちになってください」
それを告げて、部屋をあとにする。
彼が部屋をあとにした後、俺は口を開いた。
「父さん。今日の皇帝陛下への報告はなに?」
「些細なことだが、定時報告に近い。まあ、内容次第で話が長くなることもある」
「なにごともなければいいんだけど…」
俺としては何かあったとしか思えないんだよな。肩を竦めた。辺りを見回してあることに気づいた。それは、レインも同じで
「そういえば、貴族の間には誰も来ていないのね」
「ここは主に、皇宮の敷地内に邸宅を持っていない貴族が来る場所だ。だが、大半の貴族は遠慮して貴族街に建てた屋敷か宿屋で休憩する。だから、ほとんど、使われない部屋だ」
「ファーレン家も敷地内に邸宅があるんですか?」
「一応あるが、報告以外で大帝都に来ることがないから。来たとしても貴族街の屋敷で寝泊まりしているから使っていない」
俺たちは他愛のない会話をしていること半時後。
貴族の間に現れたのは、ガイルズではなく一人の少女。背丈は俺と同じぐらいの女の子だ。
濡れ烏の黒髪にポニーテールをしている女の子。高価なドレスを着ているところから皇族の人なのはわかる。分かるんだが…彼女の顔を見るだけで俺の心がグラついた。
「…………」
彼女の顔を見た。顔を見ただけで心がグラつくとは俺もまだまだだな。
いや、彼女の顔を見たら、嫌でもそうなるか。
俺はフッと鼻を笑わせる。
父さん、母さん、エルダ姉さん、ヒルデ姉さんも入ってきた少女を見て
「これはティア殿下。どうして、こちらに?」
「ズィルバーが来てるって聞いて急いで会いに来た」
お、俺? 俺に用があるのか?
「それでしたか。ズィルバー。行きなさい」
「は、ハァ~。行ってきます。父さん」
父さんに言われてしまえば、俺は言うことを聞かざるを得ない。
「レイン。キミはどうする?」
「私も行こうかな。でも、私もついていっていいかしら?」
レインはティアに言う。
「いいけど……」
彼女は了承してくれたけど、嫌なのか頬を膨らませている。
頬を膨らませる。まるでリスのように――。
意外と可愛げがあると俺は思ってしまう。顔はレイに似ていても雰囲気や性格は別だな、と、俺は思ったのはそれだった。
不貞腐れる彼女と女官とともに俺とレインは貴族の間をあとにした。
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