激突×竜種×使徒_5
フラルが告げる驚愕の事実を前に顔を見合わせるセイら。彼女たちからすればライヒ大帝国が世界の中心にして、すべての元凶であることを明かした。
ライヒ大帝国がした行いを許さないとは言えない。何しろ、すでに多くの犠牲を孕んだうえで成り立っているのを彼女たちも若くても理解している。
英才教育で歴史の一端を勉強している。
「ライヒ大帝国闘争の歴史……」
「その歴史に終止符を打とうとしている」
「でも、どうして千年の年月が必要だったの?」
ミリスの疑問は正しくここにいる誰もが抱く疑問だ。
「千年……なぜ、千年も必要だったのか……それは簡単。力がありすぎた……」
「力が、ありすぎた?」
ユナンがフラルに聞き返す。彼女はコクリと頷いた。
「フラルは千年前、偉大なる媛巫女様に仕える騎士……今もなおライヒ皇家に忠誠を誓うため、天使の力をこの身に宿した愚か者……今思えばカルネウスが正しい道を選択したかもしれん」
フラルは自らの行いを恥じ入る。同時に同胞が取った行動を称賛している。
今もなお、西へ急ごうと疾駆しているからだ。
「はっ――!!」
雷鳴が轟くかのように槍と大盾を手に、西方の果へ急ぐ一つの気鋭。
「…………」
その顔は険しくとてつもなく心配な面持ちをしている。
「チッ……」
(全く、あの人は彼女の身に何があったらどうすると言うんだ。しかも、この非常事態を前に何を考えていやがる。
それにこの感覚は間違いねぇ……)
一つの気鋭――カルネスは風属性魔法の一つ“飛翔”で“ドラグル島”へ急ぐ。
急ぐ最中、主君が帯びる気配に見覚えありまくりだった。
(“竜種”……間違いねぇ。“彩虹竜アルトゥール”がティア様を介して復活した……もともと、あの方もそうだった。あの方の場合は人々の幸福を願い、自ら“竜種”と魂の融合をしたと聞く)
「とにかく急がなければ――!!」
カルネスは“闘気”が多少消耗しても変わりないと踏み切り、“高速飛翔”に切り替えて“ドラグル島”へ急ぐ。
カルネスが急いで向かっているのをフラルは“静の闘気”で感知していた。
「今もなお主と主君を守るために馳せ参じようとするその気構え……姫騎士にふさわしい……全く、心が強くなった……」
フラルは告げる。
しかし、リズたちからすれば誰のことを指し示しているのか皆目見当がつかない。
「あの……あなたが言う彼女とは一体……」
「それに偉大なる媛巫女様、とは一体……」
ミウとスズは“彼女”と“偉大なる媛巫女様”が誰なのか見当がつかずにいる。それはヒルデたちも同じである。
しかし、“媛巫女”というキーワードに心当たりがある。
ライヒ大帝国の歴史上、人が神に至ったのは三人。
[始神]、[女神]、[戦神]
その中で、“媛巫女”とくれば一人しかいない。
「もしや、それは[女神]――様のことですか?」
「あれ?
リズ。今、誰のことを言おうとしたの?」
「え? 私は今、女神様の御身を……あれ?」
リズは今まで口にできた名前を口に出せなくなっていた。それはなぜか。今になって起動し始めてしまったのだ。
世界そのものが偉大なる方たちの名前を口にできないのを――
「リズ様。失礼いたします。皇家並びに五大公爵家の皆さまが偉大なる方たちの名前を口にできないのは烏滸がましいことでしょう」
フラルが彼女らの前に立ち、手をかざす。
手をかざした瞬間、カチャンとなにやら呪から解かれた感覚があった。
「これなら口にできる。偉大なる方たちの名前は血縁のみに口に出すことが許されています」
「それって、初代様のことですか?」
「ええ、五大公爵家の初代当主のことを指し示します」
リズは今頃になって偉大なる方たちの名前を口にできなくなったのか疑問になる。
「フラル殿。なぜ今まで名前を口に出せなかったの……」
「あの方たちの名前は偉大すぎる上に口に出せません。国の歴史を勉強する際、教師らは呼称や異名で口にしていますでしょ?」
「そういえば……」
「でも私たちは……」
「先程も申しましたが、あなた方は偉大なる方たちの血縁者。名前を口にすることが許されています。
偉大なるあの方たちの血を引いていることがどれほど優れているのかを実感できる」
「ちょっと待ちなさい。先ほどから偉大なる、と言うけど、初代様たちはそれほど偉大なる伝説を残したというの?
皇宮図書室に収蔵されている真実は本当だと言うの?」
リズは鋭い剣幕でフラルに連続で問うた。連続の問いかけなのにフラルは冷静に答えた。
「はい。皆様は皇宮図書館に安置されている書物以上の伝説を残しています。それは書物では書き残せない伝説を――」
フラルが口で言い切れないほど残し続けた伝説――
その伝説を一介の女子学園生には推し量ることなんぞできない。
その伝説の一つがフラルの口から語られる。
「偉大なる方たちは我ら天使を対等に話し合い、共闘をもちかけた方たちにして……精霊との対話を行い、精霊契約という友に至る伝説を残した方たち……私らには遠くも及ばない。当然それは……」
「私たちも遠く及ばない。それは重々承知。でも過去は過去。いつまでも過去の偉人が現代にのさばれていては人が成長しない」
そう。リズの言う通り、偉大なる方々が今もなお現代に生きていると若人らの成長する意味がなくなる。
それをフラルがわからないはずがない。
「おっしゃるとおり……だけど、初代皇帝の魂は今もなお生きている。そう。エリザベス・B・ライヒ。
あなたの中に初代皇帝の魂が、力が転生され、継承され、その身に宿っている。それは他の五大公爵家の跡取りも初代五大将軍の魂が、力が転生され、力が継承された」
フラルに言われてリズは自分が初代皇帝と同じ力が継承されているとは思わなかった。
同時に初代皇帝の魂が転生されているとは知らなかった。
「私が、初代様の……」
「はい。ですが、魂と言われましても人格ではなく、偉大なる創造神の意思があなたの魂と同化……いえ、融合していきます。
否、今すでに魂の融合が始まっている」
「…………」
(魂の融合……それって、まさか、私が人という枠を超えてしまうということ!?)
「しかも、五大公爵家の皆様方も次期跡取りが“竜種”と魂融合を果たした今、血の系譜に連なる方々は、その進化の恩恵を受けてしまう」
「え?」
「進化の、恩恵?」
ミウとスズが口にしたタイミングでドクンと身体に違和感が憶え始める。
「あ、れ?」
「身体が……妙に……」
今までは異様に身体が重く感じていたのに、急に身体が軽くなったように感じてしまった。
突然の変化でも些細な変化に等しい。
その変化をフラルは“静の闘気”で機敏に感じ取る。
「身体が異様に軽くなったのを感じていませんか?」
「「――!?」」
「どうしてそれを……」
「言わなくてもわかります。些細な空気の変化だけで気づけます。ですが、さすがは五大公爵家の皆様といいましょうか。
些細な変化ですら大きな変化となっています」
「え? 些細な変化が大きな変化?」
「とてもそうには見えませんが……」
ヒルデとエルダにはそう感じている。なのに、そこまで大きく変化している感覚がなかった。
「それもそうでしょう。進化というのはあくまで肉体の進化。魂の進化。その両方です」
「肉体の、進化?」
「魂の、進化?」
ユナンとミリスは自分らも進化の恩恵を受けている。
だが、進化の恩恵はリズより幾ばくか落ちる。
しかして、進化の恩恵の規模は計り知れない。
その規模とは肉体とか魂の進化というのではなく、“闘気”の上限下限が飛躍的に向上されていた。
むろん、“闘気”は量を増やすのと同時に質をあげなければならない。
質というのは“闘気”を掌握させるという意味である。
だが、規模は別の意味が含まれている。
そう。進化の恩恵は血の系譜のみならず。絆の系譜に連なる者にも対象で進化の恩寵を受けてしまった。
その変化に気づいたのは西方に位置する『剣峰山』。
“剣蓮流”の総本山。道場にて力を磨いていたジノとニナそして、“白銀の黄昏”の面々。
「……ジノ様!」
「ニナ様!?」
「これは……」
動揺を隠しきれない部下一同。すぐに上官に確認を取らせるが、ジノとニナはおおよその見当がついた。
もとより、二人の“静の闘気”でようやく感じ取れた次第だ。
「あぁ~、アイツの力が俺らに流れ込んでくる……」
「末端とはいえ、微々たる量といえど、私らには壮大な恩恵を受けているのと同義ね」
ジノとニナは誰からの恩恵なのかを正確に把握している。
むろん、二人がわかるのなら……残りの二人も気づいておろう。
「ん?」
「あん?」
同時刻、北方と南方へ帰省していたナルスリーとシューテルの二人。彼らも部下を連れて修練に励んでいた。
励んでいた最中のことだった。
突如、急激に力の増大を感知したからだ。
「……おい、シューテルさんよ……コイツは……」
「アルス。オメエは気づいたか?」
「ああ、ライナあたりも気づいていると思うぜ。これはまさか……」
「あぁ~、間違いねぇ。ズィルバーの力だ」
(あのヤロー。どこまで強くなれば気が済むんだ?)
「ナルスリー様! これは……」
「静まりなさい、カナメ。これは彼の力よ……」
「まさか、総帥の……」
「ったく、どこまで突き進む気でしょうかねぇ?」
(困った人……それに……)
ナルスリーは奇しくも道場へ足を運んでいた“漆黒なる狼”の面々を見る。
面々と言っても幹部勢。彼らも自分らの変化に動揺を禁じ得ない。
「これは……カズの力か……」
「カルラ様! ヘレナ様!」
「静まりなさいな。どうやら“白銀の黄昏”も同じのようだし」
「そのようね。北の狼も気づいたということは……東の蛇も……南の鷹も……西の馬も気づいているはずよ」
「東に、南、西……はっ、地方公爵家!」
「各公爵家の跡取りが強くなったことで……」
カルラとヘレナは憶測とはいえ結論を導き出す。
「おそらく、ね」
(こうなると、東へ向かっているヤマトやノウェム、ヒロあたりは気づいているかも……)
ナルスリーは直感する。気づいている者は気づいていると――。
その直感は正しく、東の蛇――豪雷なる蛇”の下へ遊びに来ていたヤマトらも身の内に感じる力の増大を感じ取った。
「おい、ノウェム!」
「どうやらズィルバーの力が私らに恩恵を与えている」
ヤマトに聞かれるまでもなくノウェムが淡々と答える。
「うーん。これって……ねぇ、ノウェム。どうして私らが急に強くなったの~」
コロネがのんびりとした口調で聞いてくる。ノウェムもやれやれと頭を振りつつ答える。
「言ったろ。ズィルバーの力が私らに恩恵を与えている」
「えぇ~、アイツが~」
「コロネ。さすがにズィルバーを“アイツ”呼ばわりは止せ」
コロネの頭の悪さにいつもいつも頭を悩ませるノウェム。ヤマトもハァ~と息をついた。ヤマトやノウェム、コロネなどの“九傑”並びに“八王”、“虹の乙女”らも気づいている。
ならば、“四剣将”ですら気づいている。同時に東西南北の風紀委員あるいは自警団の面々も気づいている。
東の場合だと、“豪雷なる蛇”の面々。
特にユンの右腕――タークらあたりは気づいていてもおかしくない。
「…………」
(これはユンの……)
彼はユンの恩恵を受けている感覚を味わいつつも「チッ」と舌打ちをした。
「ったく、総大将が強くなっちまうと俺らが強くなった感を味わえねぇだろーが……バカヤロー」
嫌味を言っちゃうターク。
「……とか言いつつ、本当はユン様の無事を感じて嬉しいくせに~」
ユキネがからかい出す。
「…………」
ピキッとこめかみに筋を浮かべるターク。チャキチャキと両手に片手鎌を持つ。
「――あれ?」
ユキネは今になってまずい状況に陥っているのを実感する。
「あの~ターク?」
「よぅ、ユキネ。選ばせてやる。俺に切り刻まれて死ぬか。俺に首を刈り取られて死ぬか。
どっちかを選べ!」
「殺す気満々じゃない!?」
いやー!
逃げおおせるユキネに、後を追いかけるターク。ナギニたちはやれやれと頭を振ったりため息を吐いたりして見届けていた。
「それにしても、急にユンがいなくなったときは驚いたけど、無事ならそれでいいわ」
「……だな。タークも気が気じゃなかったしな。右腕ってのは気苦労に堪えないでしょうね」
「それを言うなら、ユキネちゃんもよ。側近とはいえ、ユンの左腕。大将を盛り立てないといけないことに変わりない」
「その点、“白銀の黄昏”はしっかりとしているな。リーダーがいなくても自分らの意思で行動できるから」
ナギニはエルラと会話しつつノウェムらに話を振る。話を振られるノウェムもそこまで気にしていないといえば嘘になる。
「いや、さすがの私らもズィルバーの力を感じれば多少なりとも驚く。だが、驚いていたらたまったものじゃない。何しろ、ズィルバーだぞ?
アイツの変化に驚いていたらこっちが疲れる」
ノウェムの達観した顔を見るあたりナギニとエルラは理解する。
「お互いに気苦労をかける」
「リーダーがしっかりものじゃないと落ち着かないわね」
笑い合う彼女たち。しかし、ノウェムは別の意味で悩みのタネがあった。
「そちらはまだ規模を大きくしていく段階だからいいほうだ。
こっちはすでに規模も大きくしすぎたから。後処理とか大変で大変で……」
「あぁ~、なるほど」
「でも、優秀なのが上に立っていると助かるんじゃない?」
エルラの問い返しにノウェムは答える。
「うちは実力主義。実力が伴わなければ意味がない。だが、腕っぷしだけでは部下が好かん」
「でもみんなに好かれているじゃん」
「それはズィルバーがしっかりとルールを設けて“白銀の黄昏”を制御しているからだ。
いざアイツがいなくなれば瓦解するのは目に見えている」
ノウェムはコロネを撫でつつ話し続ける。
「良くも悪くも私やコロネは我が強い。しかし、ズィルバーや“四剣将”はそれ以上に我が強い輩。だから、うまく制御しきれている。
“四剣将”に関してはズィルバーを頂点にするよう導いているからだいぶマシな方向へ進んでいる」
「なるほど。私たちも他人事じゃない、というわけか」
「確かにユンとシノちゃんに任せっきりにしておくのも忍びない。私たちがきっちりと盛り立てないといけない。大変ね」
「そう大変だ。まあそれよりも互いの主が強くなった恩恵を受けたということは……向こうでも何かあったのだろう」
ノウェムはすでにズィルバーたちがどこで遊んでいるのかが容易に想像できる。否、どこかで問題に首を突っ込んでいるのが容易に想像できるが正しい。
「全く、地方公爵家の跡取りはトラブルメーカー体質なのだろうか、と疑いたくなる」
「それはどうか~ん!」
「それは言えてる」
「うんうん」
ノウェムがポロッとこぼした言葉にコロネもナギニもエルラも同意するのだった。奇しくもここにいる全員が同じ気持ちを抱いた。
「とりあえず、この状況を中央にいるズィルバーにでも伝えるか」
ノウェムは席を外して手紙を送る算段を立てる。
一方で、コロネは“闘気”で思念を飛ばせないかと変なことをしでかす始末。
それを止めるヤマト。
ナギニとエルラは理解する。上よりも同じ仲間同士で気苦労をかけているのだと理解するのだった。
東と南と北の各所で変化する状況を把握した自警団一同。
それを知らずに西方でも、特に“ギーガス山脈”内部にいる者たちだけは気づいていなかった。否、今頃になって気づいたのだ。
「あれ?
力が湧き上がるような……」
「ホントですわ。ですがこれは……」
「あぁ、ユージの力だ。ユージの力が私らに与えてくれている」
「でもさ、どうして急に力が湧いてくるの? 意味がわからないんだけど……」
リンからすれば理解不能と言える。
「おそらくだけど、ユージが試練を乗り越えた段階で僕らの力は増大していた。それを僕らが気づいていなかったかもしれない」
シャルルは今になって自分らの力の増大に気づかされた。そう。最初から進化の恩恵は受けていた。
ユージが試練を乗り越えた段階で、恩恵の土壌ができていた。それを一気に押し上げたのがユージと“裂空竜アルフェン”との魂融合が完了したことだ。
しかもまだ進化の恩恵は続いている。なぜならユージ否、五大公爵家の次期跡取り一同が一斉にして、人族という枠を越えて、真人間をも越えて、■■■へと完全進化を遂げようとしている。
しかもそれだけにあらず、魂融合ならぬ魂の覚醒は五騎士星も知らないことだし。同時にユーヤの部下たるリリィとマリリンも知らない。それはジノたちも同じであった。
もちろん、リズたちも知らないことだった。そう、フラルに言われるまでは――。
世界は今まで巨大すぎる力によって隠蔽されていたのだから――。
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