激突×竜種×使徒_3
ズィルバーが使用した技――“双骨絶壊”。
邪剣技。つまり、邪剣の類であり、呼吸や流れを乱して自分の優位に運んで見せる技術である。
呼吸や流れ……そう。“魔力循環系”を乱すことに特化した剣技なのだ。
そのため、使用者にも繊細で緻密に“闘気”を制御しなければならない。
むしろ、“闘気”を掌握しなければ到達し得ない技でもある。
そして、“魔力循環系”をズタズタにされたウロボロスの使徒は二度と蘇ることはない。否、復活することはない。
砕かれてしまったのだ。
何を?
魂を――
“双骨絶壊”とは確かに異種族にとって最も重要な“闘気”の循環を司る経路――“魔力循環系”を完全に破壊し、戦士としての再起を完全に断ち切る危険極まりない技。
かつて、かの二人によって使用を禁じられた邪悪技である。
「さて、あとはユウトのバカが起きてくるのを待つ、ば――!?」
その時、“ギーガス山脈”全体で大きく揺れることとなった。
しかも、それはかつてないほどの危険を指し示していた。
「――――」
そこは誰もが立ち寄らない忘れられた禁足地。否、安息の場所――
闇夜に支配された土地でもなければ、燦々と太陽が照りつける大砂漠でもない。
そこは常に極夜であり、常に夜闇が世界を支配している禁足地である。
周りに極寒の冷風が吹きすさぶ禁足地。
北海の最果ての地にて吸血鬼族の根城――“血の師団”の居城が存在する。
居城の一室にて一人の好青年が夜空を眺める。走らせる羽ペンを止めて外を見やる。
「――――」
彼は目を細め、世界の流れを肌で感じとっている。
「…………そう。アシュラとクルル……奴の手に落ちたのね」
彼は思わず感じ取った機微を口にした。彼の心の変化に二人の青年が反応する。
「アシュラとクルルが……奴にやられたのですか?」
「ウルド。そう問わなくても気づいているだろ?
キミなら……」
「スターグ。ふざけている場合ではない」
褐色肌の吸血鬼族。第二始祖の一人――ウルド。彼が自分をからかう黒髪白人の吸血鬼族――スターグを叱責する。
ウルドはスターグの指摘どおりに気づいていた。アシュラとクルルがやられたのを――。
「どうする、ウルド? ここは僕らが――」
「言われなくてもわかっている。ここは俺らが対処すべ――って、貴様が俺に指摘する」
「見事なボケツッコミで助かったよ」
「余計なお世話だ!!」
華麗なボケツッコミもそうだが、痴話喧嘩まがいを繰り広げているウルドとスターグ。むしろ、スターグがウルドをからかって楽しんでいるような気がするも……
「やめなさい、二人とも」
「「――!!」」
今まで黙っていた始まりの吸血鬼族にして、“血の師団”の首魁。
その名は“シカドゥ”。吸血鬼族の真祖にして千年以上も生きる怪物。
見た目は彼? ないしは彼女? どちらでもいいが、シカドゥは吸血鬼族の頂点に君臨していることに変わりない。
その側近の立場にいるウルドとスターグ。彼の言葉で場の空気を変えられた。
変えられた空気に二人も大人しくなる。
「申し訳ございません」
「シカドゥ様の気を紛らわそうとしました」
(あれが気を紛らわそうとしていたのか……?)
ウルドはスターグの言い分に目を細める。しかし、突っ込むことはせずに淡々としていた。
「それにしてもあの男……よくもアシュラとクルルを精霊にさせたな」
「精霊化……“精霊文字”を使用しましたか」
「たしかに、あの男なら“精霊文字”で精霊化をすることができる。かつて、鬼族を精霊化させた話を耳にしました」
「厄介ですね。“精霊文字”による精霊化なら契約者を見つけなければ解放することもできない」
「そもそも、奴の場合だ。どこかに隠している可能性が高いな」
ウルドとスターグもアシュラとクルルを助けようと検討した。ヘタをしたら、このままでは他の第三始祖も二人と同じ結果をたどる可能性があるからだ。
「しかも、忌々しいことに“竜種”が完全に覚醒した」
目を細め、憎らしく告げるシカドゥ。ウルドとスターグもかすかに目を見開く。驚きを隠せないようだ。
「“竜種”……厄介な連中が……」
「まためんどくさい輩が現代に復活しましたか。先日の“原初”といい、“始原”といい……まるで……千年前に逆戻りですね」
ウルドは“竜種”の厄介さを舌打ちし、逆にスターグは世界が逆行しているかのように嘯く。
シカドゥもそれを否定しない。
「しかも、面倒なことに“ギーガス山脈”地下迷宮……あそこから憎らしい奴の気配と同時に、怨敵の気配を感じる……」
「「――!!」」
彼の苛立ちに二人が機敏に反応する。
「怨敵……奴が……」
「憎らしいですね、ウロボロスの使徒が?」
「あぁ、なりたくもない吸血鬼族を生み出した元凶の気配がな」
激しい苛立ちを吐き散らすシカドゥ。
ウルドとスターグも察する気持ちを抑える。二人も憎らしくて仕方がなかった。
「ウルド様! スターグ様! 失礼します」
急ぎの用事なのかレスカーが部屋へ入ってくる。彼はシカドゥがいるのに気づき、頭を下げる。
「失礼しました。ここにおられるとは思いませんでした、シカドゥ様」
「なにか気になることでも?」
シカドゥはレスカーを見ずに問いかける。
「はい。すでにお気づきかと思われますが、アシュラとクルルが……」
「あぁ、精霊になった。忌々しいことにあの男にやられたようだ」
事実だけを述べるシカドゥに、レスカーは納得する。
「そうですか。かしこまりました。では、次の要点ですが、下っ端共に暴走の兆しが見られます。
まさかと思いますが……」
「そうか。兵士共が暴走を?」
「はい。現在、下位始祖が取り押さえています。距離がある分、上位始祖は問題ありませんが……」
「下の連中が暴走の兆しを見せている、か?」
「はい。ウルド様。そのとおりです。このままだと暴動が起きかねません。
そうなれば――」
「そうなると計画に支障をきたすわけ、か。さすがにアシュラとクルルが抜けた穴は大きい。あの二人は第三始祖の中でも上位に部類する強さ……まとめ役がいなくなるのはキツイな。そこへ暴走の兆し……となると――」
「はい。真祖様の目的が成就できません。いかがなさいますか?」
レスカーはシカドゥに対応を求める。彼も彼で処罰は考えている。考えているが上の決定に従うのが“血の師団”の、吸血鬼族の性である。
「レスカー。キミの考えは?」
「フラストレーションを晴らすべきだと思います。下っ端を含め、一個中隊規模で暴走の兆しを見せています。ならば、五小隊に分けて中央と地方に仕掛けるのはどうでしょうか?
今、あの五人の子孫は今、西方にいます。ならばゲリラを仕掛ければ五大公爵家もライヒ皇家も都市防衛に力を回さなければならないかと……」
レスカーの考えを聞くウルドとスターグ。シカドゥも彼の考えを聞く。
「たしかに血が疼いている者を落ち着かせるのにうってつけだね。でも……」
「おっしゃるとおり、地方も中央も“風紀委員”を称した自警団が組織されています。将来性がある強者がいます。
何より――」
「“聖霊機関”……そして、七大天使、ね」
「はい。天使族の最高位がライヒ大帝国の防衛に回る可能性があります。しかも、受肉している対象が――」
「元“媛巫女騎士団”の騎士だからね」
「彼女たちは歴戦の猛者……かつて戦場で相まみえた。強敵であることに変わりない」
ウルドの意見にスターグも頷く。彼も彼で“媛巫女騎士団”の面々が“天使族”となって“始原の天使”として相手をするのは分が悪いと考えている。
「シカドゥ様。私もそうですが、第三始祖も勘を取り戻しておきたい、と考えております。つまり――」
「陣頭指揮を取るということね。来たる日に向けて予行演習、と?」
「はい。計画外の予定になりますが、演習と称して経験を積ませようと思います。
シカドゥ様。この案を実行しようかと思いますが……」
レスカーは今作戦の総大将として陣頭指揮を取ると提案する。
「一応聞くけど、東西南北には?」
「東にはノノヤを――
中央にはラアドとスカトラを――
南にはルーチェを――
北にはビアンコを送ります。
西には自分が向かいます。ルークを副官につれていき――!?」
このとき、一同は感じ取ったこの世で一番厄介な怪物が覚醒したというのを――
「これは!?」
「うわぁ~、噂に聞く……」
「間違いない。これは……」
第二始祖と第三始祖の三名が鈍い表情を浮かべる。シカドゥに至ってはフフッと不敵に笑みを浮かべた。
「懐かしい。まさか、あなたまでもそこにいるのね。ノイ……」
シカドゥは懐かしい気配を西方から感じられた。
「ノイ、ですか。またあの島ですか」
ウルドは数年前の“ドラグル島”でノイと再会したのを思い出す。
その際、自分に戦いを挑んだ少年少女らを思い出す。
「そういえば、ノイは今、シノアという皇族親衛隊の少女と精霊契約をしていたな」
「へぇ~、彼が……意外だね」
「意外でもないだろ。あのキララがユウトという少年と精霊契約をしていた。未来ある少年少女に精霊契約をしていてもおかしくない」
ウルドの返しにスターグも「確かにそうだね」と納得する。
「しかし、この気配はまさかだと思いますが、あの少年がまさか――」
「ええ、“ドラグル・ナヴァール”の子孫……いえ、“転生体”ね。まさか、千年の時を経て転生体が誕生するとは思えなかった」
シカドゥですらそう言うのならウルドやスターグが気づけないはずだ。
「では、シカドゥ様。いかがなさいますか? このまま静観するか。もしくは僕の提案を快諾してくれるか」
二択を突きつけられ、シカドゥが告げた答えが――
「はっ、かしこまりました」
回答を聞き、レスカーはただ頭を下げて返答するのだった。
ウルドとスターグは無表情のまま話を聞いていた。
レスカーの提案が回答され、席を外す。
残ったウルドとスターグはシカドゥに語りかける。
「しかし、あの少年が“竜皇女”の……」
「運命とは粋なことをする」
フフッと微笑するスターグ。
逆にウルドはこのあとの展開を考える。
「“竜皇女”に、“竜種”が復活した今、連中の計画も佳境を迎えるというもの。しばらくはゲリラ戦を仕掛けるべきかと思われます。こちらとしては下の連中のストレスを発散させつつ、向こうは疲弊をし続けられる。疲労回復速度はこちらのほうが上。なおかつ……」
「ゲリラによって民衆が皇家や五大公爵家並びに諸侯貴族へ怒りを向く。そうなればこっちの思い通りに民意を操作できる」
「ああ、シカドゥ様。しばらくはレスカーにゲリラを続けるように要請しましょう。皇族親衛隊も“聖霊機関”も疲弊を――」
「ウルド。キミの考えは正しい。僕もそう考えよう。でもゲリラ戦は最初だけで十分」
「十分、ですか?」
シカドゥはウルドの作戦を認めつつ容認しなかった。彼はカチャッとチェスの駒を動かす。
「千年前、あの男が死んだ理由は過労死、とライヒ大帝国はそう宣言した。僕らもそれなりに調査をして事実だと認めた」
「確かに、当時は部下からの報告を聞き、無理やり納得しました」
「うーん。僕も納得するしかなかった、って感じかな」
ウルドとスターグも当時の報告を聞き、半ば納得していた。しかし、シカドゥはここ数年になっていささか拭えない疑問があった。
「だけど、数年になって違和感が憶えた。それはキミたちも同じでしょ?」
彼に振られて二人も頷く。
「おっしゃるとおり。僕も今になっていささか疑問が残る。本当にあの男の死因が“過労死”なのか」
「僕もウルドの意見に賛成です。あのときは無理やり納得していましたが、どう考えても“過労死”で死んだとは思えない。何かしらの要因があったと考えるべきです」
二人してかの男の死がおかしかったからだ。
その疑問は正しくシカドゥは一つの仮説に行き着いた。
「僕の仮説では奴の死因は国土魔法陣による副作用だと思っている」
「副作用、ですか」
「それはどのような副作用ですか?」
二人の問いに対し、シカドゥはこう答える。
「地方の領主たち……つまり、公爵家初代当主が晩年で死に絶えたことだ。僕は彼らの死因が魂の疲弊だと踏み切る」
「魂の疲弊……」
「なるほど。国土魔法陣は使用者の魂と連動している。だから、彼らの死後ライヒ大帝国はいくつのも苦難が押し寄せてきた。確かに説明がつく」
「しかし、なぜ魂が疲弊を……まさか――!?」
ウルドはシカドゥと同じ答えに至る。
「シカドゥ様。仮にそうだとしても全ては奴の策略どおりという可能性も……」
「ウルド。それはまだ口にしてはいけない」
「……は、はい」
「スターグ。キミも答えに至ったとしても口に出さない。これはまだ仮説の段階……確証がないからね」
という、シカドゥの弁にウルドとスターグは何も口にできなかった。
「たしかに、確証のない事実を前にして議論するだけ無駄かと」
「うーん。この件は僕で調査しておきましょう。国内に張り込ませた間者に使いを送らせておきます」
「いいよ。確証ない事実を確実のものにすることは悪いことじゃない。ただし、見つからないようにね」
「はい。仰せのままに」
スターグは部下を使って再度、ライヒ大帝国を調べ直すことにした。歴史の闇に葬られた真実を追い求めて――
動き出した。
「では、僕は各地方の歴史を調べ直してまいります」
「地方の?」
「はい。初代当主の奥方は特異な血族が多かった。特に顕著だったのがシーヴァ一族」
「シーヴァ一族。あぁ、西方に位置する“カッディラ高原”に住まう遊牧民。そういえば、ラニカ公爵家現当主の奥さんはシーヴァ一族の姫君らしいよ」
「なるほど。先祖の再来……いえ、先祖を越えているというわけですか。しかも、シーヴァの血筋は必ず身体の何処かに赤い入れ墨が浮かび上がるという話……」
「そもそも、シーヴァ一族は数多の風を従える一族。アルブムがシーヴァの姫君を娶ったのも真の意味で風を理解するのが目的だった、と聞く。
あぁ~、なるほどね。ウルド。キミは特異な血族を調べて対策を講じようというわけね」
「おっしゃるとおりでございます。時間はかかりますが必ずや血脈を明かしてみせます」
ウルドは自分の為すべきことを見出す。行動に移し始めるのだった。
ウルドとスターグ。
第二始祖が行動を開始する中、シカドゥだけは一人チェスの駒を動かす。
「あの男は何を企んでいる?
あの“竜種”は一体何を企んでいる?
どこまでがシナリオなのかしら?」
彼は展開が読めずにいた。ここまではシカドゥでもおおよその展開は読めていた。
千年前、かの者たちが死に絶えてからライヒ大帝国は幾百の苦難が襲いかかってきた。にもかかわらず、その苦難を乗り越え続けてきた歴史がある。
ライヒ皇家と五大公爵家は千年も存続し続けてきた。
数多くの貴族や商家などが没落しても皇家と公爵家のみだけが没落することなく存続できた理由――
五つの家は守られてきた。偉大なる大精霊――“五神帝”が守り続けてきたのだ。
来たるべき時が来るのを待って――。
ライヒ皇家に至っては“聖霊機関”ならぬ“媛巫女騎士団”が千年も守り続けてきた。しかも、天使族が人間の国家を守ることなんざ異例のことである。
それも――
「“始原の天使”が自らライヒ皇家を守ろうと画策し始めた。これは明らかに異常……異常。そもそも、かの者たちの計画はどこから変わり始めた? いつから変わり始めた?」
(かの者たちと“竜種”が魂融合したときから?
かの者たちが“原初”を喰らったときから?
かの者たちが戦場へ初陣したときから?
まさか、あの男が死んだときから?)
すべてのもしも、可能性を考察し結論に至った。至った回答にシカドゥは身震いする。
(やはり、恐ろしい怪物だね。“竜種”というのは僕らの想像の遥か上をゆく。この壮大な計画は一つのミスも命取りになる。最初から綱渡りの道を歩いているようなもの。それを平然と歩ききっている。五大公爵家の末裔もどうかしている……そして、竜種との子どもも異次元の怪物であることに変わりない)
「本当にすら恐ろしい計画を打ち立てたものよ。こんなの僕らが目論んだ計画よりも壮大じゃないか」
(しかも、何より恐ろしいのは“オリュンポス十二神”ですら“原初の悪魔”ですら気づかせない恐ろしさ。いえ、“原初の悪魔”は気づいていてもおかしくない。何しろ、悪魔は魂を見て、その者の本質を見抜くことができる。
なら、あの男の死因に気づいていてもおかしくない。今になって動き出したのも説明がつく)
シカドゥはようやく世界が動き出したのだと身を以て実感する。前々から歯車が動き出し、世界の流れが狂い出したのを――
「いずれくる。
強者たちだけの世界が……世界の覇権を巡る大きな戦いが……しかも、それがライヒ大帝国……“ティーターン学園”で起きようとしている。
誰も予想のつかない展開で――」
そう。かつて千年前に繰り広げるはずだった大きな戦いである。
それは同時に誰もが経験のしなかった激しい戦いとなることだろう。
まぎれもない事実を前にして、シカドゥは息を呑むのだった。
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