激突×竜種×使徒_2
かの者たちの計画。
その計画に欠陥があるのをアルトゥールも今になって気づく。これは創造神も気づかなかった。
欠陥だったのだ――
「まさか、その欠陥、って……」
「そのとおりだ、姉様。地方全域に及ぶ魔法陣を展開するのもそうだけど……その維持コストが半端ない」
「維持コスト……負担、か……」
「うん。彼が死んだのは間違いなく戦いすぎた果の死であることは変わりない。
だが、彼の死には別の要因があった。それをアルクェイド姉様だけが気づいてしまった。
姉様いわく、死因は魂の疲弊。魂を運用するだけの“闘気”……つまり、内在魔力が失われてしまった」
「肉体でも精神でもなく魂の死……たしかにこればかりは私たちでもどうもやってもできない。
でも姉様はどうして計画を急ごうと……」
アルトゥールはアルクェイドの狙いがわかってもその段取りが見えてこない。見えてこないからこそ、計画を急がせようとする真意が読めない。
その真意はアルザードたちにしかわからない。否、彼女たちも気づいてしまったからだ。
かの者たちの計画の欠点を、欠陥を――
「魔法陣の維持コスト……それは発動者の命そのもの。つまり、発動者の魂を運用するだけの“内在魔力”が失われたら計画が頓挫する」
「そうなる前にかの者たちの血族を高次元に進化させる必要がある」
「高次元……まさか、姉様と同じ……」
「違うわ、アルトゥール姉様。
アルクェイド姉様が言うには創造神の次元にたどり着けるのは、創造神と魂融合したかの皇帝の後継者のみ。
姉様が言うには“原初”や“始原”の次元に至れば……おそらくは――」
「…………」
(原初……)
その領域へ至るのがどれだけ過酷なのかをアルトゥールは理解させられる。
しかし“原初”や“始原”の領域へ至る人間なんて聞いたことがない。
そもそも、人間ごときが世界最高峰の頂きに到達した記録なんて存在しない。
むろん、創造神と魂融合した彼の血族ならば可能だが、基本は無理だ。
なぜなら、魂の強度が異常だからだ。
異常な魂に人間の魂が耐えきれるはずがない。だからこそ、真人間に憑依した際、肉体のみならず魂までも変成して“魔族”の原点――“獣族”や“天使族”が誕生したのだから――。
「だけど、彼女は真人間と耳長族の……」
「アルトゥール姉様。姉様が最初に魂融合した彼女は生まれながらにして特別だったのを忘れたのですか?」
「…………」
アルフィーリングに言われてアルトゥールも彼女が特別だったのを思い出した。
「アルトゥール姉様。あの時代、かの者たちに起きた悲劇……たしかに残酷な運命を押し付けられた……ですが、その残酷な運命をかの者たちは乗り越えてきたのを姉様だってご存知のはず……」
彼女が言っている意味をアルトゥールも知らないわけではない。故に、彼女は告げる。
「アルクェイド姉様は魂融合した彼がすでに喰らった悪魔――“原初の銀”がかの大英雄の魂を一次元押し上げてしまった。そこへ“守護神”と“軍神”の“真なる神の加護”が与えられた」
「――!」
アルトゥールはアルフィーリングが言わんとしている意味を理解する。
「まさか、彼の死は進化の代償!?」
アルクェイドは彼を強くさせる方法を見出した。その方法が“進化”。ただし、その進化させるに至る代償。それが死への恐怖であったのだ。
命が消え失せ、魂が消えていく恐怖を髄まで味わわせる必要があった。
奇しくも、彼女の企みは幸か不幸か死への恐怖に匹敵しうる恐怖を髄まで染み込ませた。
その恐怖が功を奏したのか。彼らを次なる領域へ進めさせたことに変わりない。
「アルクェイド姉様は彼の死をそう捉えている。でも、そのおかげで彼らに恐怖を味わわされ、進化の兆しを与え……幾星霜の時を経て、その子孫が進化の兆しを見出した。
芽吹き出した力の芽……それがどういうものか知っていますよね?」
「精霊、神、悪魔、そして竜種……そのすべての力が開花の兆しを――」
「いいえ。進化の土壌が覚醒したのよ、姉様」
アルフィーリングは進化の土台が完全にできあがったのだと教える。
そう。真人間として血筋が残り続けることとなった。しかも、彼女に関しては半血族の特徴よりも異能が完全に継承される。
そして千年の時を経て彼が転生する形で復活を果たした。
しかも、その時にはすでに彼が“真なる神の加護”を完全に我が物にしていた。
アルクェイドが考えた理論。否、仮説は正しいと踏み切り、彼の進化を導かせる方針を固めた。
むろん、それに彼おろか相棒も気づいていた。
『しかし、アルクェイドは時折恐ろしいことを平然と考える。俺をさらなる次元に立たせようと考えるなんてさ』
(あら、私の考えに不服を申し立てるの?)
アルクェイドはウロボロスの使徒と刃を交えながらズィルバーへ文句を言う。
彼も彼女に嫌味を言っているわけじゃない。ただ――
『違います。キミのおかげで俺は“原初の赤”の……悪魔の内在魔力を浴びたことで俺の魂と溶け合った“原初の銀”の力を自分のものにできた。あとは天使の力だけだ。
さすがに“七大天使”を相手にしたいとは思えん。どうやって天使の内在魔力を浴びるべきか……』
悩ましそうに告げるズィルバー。
彼はすでに精霊の力、悪魔の力、神々の力、そして竜種の力の種が芽吹いてしまった。
つまり、人族の枠を完全に超越している。
世間体で言えば、超越者とも言える領域に足を踏み入れている。
元々、“竜種”は精霊、神、悪魔、天使の力を持っている。力と言えば語弊がある。言い換えるとすれば素養を持っていると言えよう。
“竜種”と悪魔、精霊、神の力を引き出されているズィルバー。しかし、彼はその力を用いた戦い方を知らない。
なんせ前人未踏の道を突き進んでいるからだ。
その道はかの二人も進みもしなかった道なのだから――
「――、――、――――!!」
禍々しい“闘気”を、内在魔力を放ちつつ雄叫びを上げ暴れまくるウロボロスの使徒。
しかし、アルクェイドは悪魔のみが扱える属性――“獄炎”たる獄炎詠唱をもって捌き続けている。
本来、相反する属性であり種族である精霊と悪魔。なのだが、ズィルバーの魂の中で多かれ少なかれ仲良くしているのだ。
(悪いわね、レイン。無理やり“獄炎”をまとわせて……)
『いえ、アルクェイド様。私はそこまで気にしていません。ズィルバーの中で共存しているのなら問題ありません。
そもそも、私は“原初の銀”のことを知りません、ので……』
(あら、そうなの。それもそうね。“原初の銀”は変わり者だったから。“原初の赤”とは違った意味で変わり者だった)
『確かに俺の魂に変質させようとしたときも変わり者だった感覚はあった。もしかしたら、創造神も同じ感覚を赤い悪魔に感じ取ったのだろうか』
ズィルバーはふと思ったことを吐露する。アルクェイドはさすがに創造神の真意を理解することができない。しかし、“原初の赤”を認めていた事実に変わりないのも確かだ。
『あなたがそう言うのなら“原初の銀”も変わっているのでしょうね。でも銀系統の悪魔が変わり者なのは事実だけど、赤系統の悪魔は傲慢一色なのは事実だと思います。
そもそも、悪魔も天使も精霊も色や属性ごとに性格が異なっています。その分だと迷惑を被りませんか?』
レインはアルクェイドに性格の問題で頭を痛めたのを今でも憶えている。
『私たち“五神帝”でも性格に難があります。喧嘩することも多々ありました』
『多々あった、と言うけど俺からすればちょくちょく言い争っているよね?
レイン。そのせいで俺やアイツらがどれだけ頭を痛めたことか……』
『うるさい、ズィルバー!
それを今言うことじゃないよね?』
ギャーギャー喚き散らすレイン。ズィルバーは「あぁ~、はいはい。落ち着こうね」となだめ始める。
アルクェイドはズィルバーにレインを任せて自分のことに優先する。
今、彼女は悪魔の特徴――“獄炎”たる“地獄の業火”を“煌星の剣”にまとわせる。しかも、“動の闘気”を織り交ぜてまとわせている。
“聖剣”には聖属性本来の特徴を“動の闘気”と織り交ぜてまとわせる。
今、アルクェイドはズィルバーと違い、“守護神”の“真なる神の加護”を全開にしている。
守護神の権能は最強の盾――防御力を得る。身体能力の向上。そして広大かつ俯瞰的な視野を得る。
向上した身体能力を駆使して悪魔と精霊の力を最大限に引き出す。
引き出された力が肉体への負担を大きく軽減する。そもそも、相反する力を一つにまとめあげるアルクェイドの手腕にズィルバーはゾクッと身震いする。
『恐ろしいことを平然とやってのける……』
『さすが、アルクェイド様……』
二人して彼女の手腕に怖気が走る。
彼女は今、悪魔の“獄炎”に、聖属性精霊に、“守護神”の“真なる神の加護”に、そして彼女本来の権能を二振りの神器に織り交ぜてまとわせている。
「フッ!!」
ズィルバーの身体で振るわれるきらめく剣閃。斬り裂かれて吹き出す赤き液体。
彼女は今、ウロボロスの使徒の目を追いかけられないほどの速度で駆け続ける。
これこそ、レインの加護たる“神速”の本来の使い方である。
「これが……」
「ズィルバーの、戦い方……なの?」
「人間の動き、じゃない……」
「まるで怪物じゃない」
彼の動きを間近で見たハルナたち。彼女らは自分らと彼との差が天と地ほど隔たっているのを見せつけられる。
それもそのはずだ。
今のズィルバーの動きは平面的ではなく立体的、多角的に動きまくって常人の感覚を追い抜いてしまっている。
っていうか、常人の“静の闘気”では補足できない速度を出しているからだ。
「――!」
しかし、“神速”で神速を行使し続けるのは至難の業である。走り続けるからだ。
走り続けていたらどこかで肉体に異常を来す。それを聖属性の治癒能力で緩和したり、竜種の強靭な肉体と再生能力を駆使したりして負担を軽減している。
「さて、見せてあげましょう。彼の剣技を――」
彼女は彼の肉体で彼が編み出した史上最強の剣技を披露する。そもそも、史上最強の剣技は彼だけにしか扱えない剣技でもある。
「我が剣は舞うことによって完成する」
彼女が口走る。
「舞う?」
「踊る、ってこと?」
「それは一体……」
顔を見合わせるハルナたち。だけど、かの剣技を知るノイやキララは驚愕の表情を浮かべる。
「まさか……!?」
「使う気か!? “神剣流”を!」
ノイが言った“神剣流”。それは神の剣技のことであると同時に、神の領域でなければ行使できない剣技でもある。
「さあ、ご照覧あれ。人が神に至ろうとする剣技を!」
煌めきだす“煌星の剣”と“聖剣”。
「“神剣流”・“双剣ノ型”・“紫雷電・改”!!」
部位破壊に特化した剣技だが、使い方を間違えれば肉体が自壊する危険極まりない剣技。しかも、双剣での行使だ。
“紫雷電”は先程も言う通りに部位破壊技。双剣ともなれば威力も速度も破壊力も倍増される。
しかし、倍増されるということは肉体への負荷も倍増されることを意味する。
だが――
「――、――!!」
ウロボロスの使徒の咆哮を上げる。悍ましい雄叫びが鋒の軌道をズラされる。
「――!?」
(まずい。ズレ――)
僅かなズレが生じると肉体への負荷が尋常ならざる痛みとなって押し寄せてくる。
のだが――
『ったく、慣れない剣技をしようとするからズレが生じる。ほら、俺が調整するからしっかりと仕留めろ』
ズィルバーが自身の肉体を支配してアルクェイドの動きを矯正する。
そもそも、自身の身体だ。矯正するな、というのが無理な話だが、主導権が今、“聖霊竜アルクェイド”である以上、動きに変な癖ができては困るので彼が修正に入る。
『いいか。アルクェイド。この剣技は俺だけの剣技だ。僅かなズレでも生じると肉体が崩壊する剣技だ。
人が神に至ろうとする意味では同意だが……リヒトやレイとは違った答えに至った剣技だ。
そして、人類史上最強にして天下無双の剣技である!』
(――!?)
ズィルバーの迫力を前にしてアルクェイドは一瞬だけたじろいだ。
「故に勝手に俺の身体で“神剣流”を使うんじゃない!」
きらめく剣閃がウロボロスの使徒の頸と四肢を両断する。しかし、敵はウロボロスの使徒。再生能力に関しては吸血鬼族並である以上、速度は半端ない。振るわれる凶爪がズィルバーへと伸びていき、成長中の身体を貫いた。
「――!?」
「――、――!?」
ゲホッと赤い液体をこぼすズィルバー。でも、ウロボロスの使徒の表情がおかしかった。
凶爪は間違いなく彼の身体を貫いた。にもかかわらず、感触がなかった。
「“神剣流”・“十ノ型”・“水影鏡”」
彼の身体が霞のごとく透けて消えていく。
「――!?」
「え?」
「消え、た……」
「どういう理屈!?」
使徒と同様にハルナたちも驚きを隠せない。使徒の視界から消えたズィルバー。しかし、実際は敵の懐に入るためにその場でしゃがみ込んでいただけだ。
「“神剣流”・“十一ノ型”・“胡蝶乱舞”!」
きらめく剣閃が流星群のごとく繰り出されて使徒の身体を穴だらけにした。
飛び続ける赤い液体。ズィルバーは“煌星の剣”と“聖剣”を手放して丸腰で使徒に突っ込んでいく。
誰もが危ないと思う中、ズィルバーは臆することなく構える。
「“神剣流”・“十二”・“双骨絶壊”」
大きくまとった“動の闘気”に、悪魔の“獄炎”に、“守護神”の“内在魔力”をまとった両拳がウロボロスの使徒へ叩き込まれる。
叩き込まれた一撃。
叩き込んだ一撃でウロボロスの使徒の肉体が崩壊する。
しかも、粉々に――
木っ端微塵に――
塵芥に砕け散っていく。
「粉々に砕けた……」
「嘘、でしょ……」
「丸腰で……ユン以上の体技を……」
「あの、男……一体どこまで……」
「まさしく……怪物――」
改めてハルナたちはズィルバーの強さを目の当たりにする。化け物に思えたウロボロスの使徒を一撃にて倒してみせた。否、殺してみせた。
しかし、相手はウロボロスの使徒。吸血鬼族並に再生してくることだろう。
だが――
「再生、していない?」
「いえ、復活してこない?」
アルザードもアルフィーリングも驚きを隠せない。なぜなら見たことない技だった。
ズィルバーが今、何をしたのか。二人にはわからなかった。
でもアルトゥールは聞いたことがある。
否、彼女から聞いたことがある。かの大英雄は“魔力循環系”を破壊する技を体得していると――
(噂……いえ、彼女から聞いていたけど、あの“血の師団”の首魁も第二始祖も恐怖を抱かせたという大英雄の破壊技。
体内の魔力路をズタズタにさせる、という技……かの皇帝とかの媛巫女のみに明かしたとされる大英雄きっての邪悪技!)
フーっと息を吐くズィルバー。
彼は今、拳の感触を確かめる。
(久しぶりに使ったな、邪悪技)
『邪悪技!?』
『ほんとに久々に見たわ。あなたが編み出した邪剣……その技は使用を誤れば自分にも負荷がかかるのを忘れたの?』
(いや、忘れていない。そもそも、この技を編み出した経緯は吸血鬼族を滅するため……上位始祖もこの技に恐怖を抱かせたものだからな)
『そもそも、吸血鬼族の首魁にも恐怖を抱かせた時点でおかしいのよ』
レインのツッコミにアルクェイドが大きく反応する。
『吸血鬼族の首魁!?
まさか、ウロボロスの第一の使徒!?』
彼女が動揺するのもわかる。
なぜなら、この世で初めて天使族に変生した上で“魔族”に成り下がった輩だからだ。
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