激突×竜種×使徒
ハルナたちの動揺をよそにアルトゥールは下へ目をやる。
下では今にも怪物同士が戦い合おうとしている。
「…………」
(この感じだとアルクェイド姉様が動いてくれる。でも姉様といえど本気を出せば、この地下迷宮が完全に崩落する。そうなれば全員が生き埋めになってしまう。
それだけ絶対に避けないと……)
彼女は姉の実力を知っているからこそ……否、能力を知っているからこそ、肝が冷える感覚に陥っている。
アルクェイドの能力は“破壊”。
人体のみならず、ありとあらゆる構造を破壊する。否、構造というだけで言えば、語弊がある。概念だろうが何だろうがすべてを破壊する。
それがアルクェイドの権能――“破壊”。
アルトゥールとは別の意味で危険極まりなく厄介な存在である。
それこそが、“竜種”であり、それこそが、“聖霊竜アルクェイド”なのである。
「…………」
(本気を出すなよ、姉様。今、この場を取り仕切れるのは姉様以外にいない)
アルトゥールでも妹弟たちを制御しきれる保証がない。しかし、アルクェイドだけは違う。
“聖霊竜アルクェイド”。
彼女だけは創造神に匹敵しうる力を持ち合わせている。しかも、そこに全知全能に等しき智謀と知識を持ち合わせる怪物。
世界を見通せる視野を持つ彼女の瞳は、守護神と同様の瞳を持つ。否、そもそも、神々の権能の数々は竜種から賜った権能がある。
そして、そのすべてが今、彼女と魂融合をした大英雄は世界を見通せる視野に加えて、数多の策略を見透かす智謀を持ち合わせている。
その絶対的な力を持ち合わせる怪物。
しかも、その力が今、徐々に覚醒しようとしている。
そう。その名は――
否、その英雄の名は――
「さて、今の彼の身体でどこまで私は戦えるのかしら?」
感覚やら感触やらを確かめる銀髪紅と碧眼のヘテロクロミアの美少年――ズィルバー・R・ファーレン。
彼いや彼女は地下迷宮の最深部にてウロボロスの使徒と相対している。
いや彼だけじゃない。彼らだ。
ズィルバーだけじゃなくカズ、ユン、ユージ、ユーヤの四人もウロボロスの使徒と相対している。
「あいつは……」
カズが反応する。いや彼の身体を介してアルザードが訝しむ。
「知っているの?」
ユーヤことアルフィーリングが聞き返す。
「ええ、カズの記憶に残っているし。彼を介して見ていた。あれはフェリドリー、っていう吸血鬼族よ」
「吸血鬼族、ね」
「でもおかしいわ。あの吸血鬼族はアルクェイド姉様。あなたと融合した少年の手によって肉塊にされたと思うけど……」
アルザードは数年前にフェリドリーが殺されたのを憶えている。何より気になるのはどうして吸血鬼族が生きていられるのか、だ。
吸血鬼族は基本、死人と同然。成長することなんて一生にない。ただし、実力を高める方法があるとすれば、魂を強化する方法だが、これは危険なのだ。何しろ、肉体が魂強化に耐えられないからだ。
しかも、一度肉塊にされたのなら五体満足に戻るなんてことはない。なんせ“真なる神の加護”が吸血鬼族の特異性である再生を阻害する効果を持ち合わせている。
さらに言えば、ズィルバーは一度、肉体を完全に木っ端微塵にしている。阻害されているけども再生するのに時間を要する。もしくは意識が完全に失い、死を与えられてもおかしくない。
故に、アルザードはおかしいと踏んだのだ。
その答えをアルクェイドが答える。
「簡単よ。死に際にウロボロスが干渉したのでしょ。奴は使徒をどこにでも用意している。そもそも、“滅界竜ウロボロス”は紛れもなく“竜種”よ。私たちがカウントしていないだけでね。
かつて、異界に追い込ませて逃げたのは痛かったけど、因子をバラまいていることに変わりない。そのせいで使徒がいてもおかしくない」
アルクェイドはそう語る。
しかも――
「でも言えることがあるすれば、バラまいた因子がどのように、あの吸血鬼族に吸収されたのかは知らないけど……言えるのは他の吸血鬼族を食らって因子を取り込みすぎたのか……」
「ですが、姉様。その可能性は明らかに……」
「ええ、明らかに不可能でしょう。何しろ魂を強化しているようなものよ。竜種や原初の悪魔、始原の天使でもなければ耐えきることができない魂の強度と肉体を有していないとできない。
だから、アルフィーリング。あなたが言いたいこともわかるわ」
彼女はアルフィーリングの言い分も理解できる。理解できるからこそ、アルザードがアルクェイドに問いかける。
「姉様。さすがにおかしくない?」
「どうして?」
「どうしても何も大地や草花から因子があったとしても微々たるもの……あそこまでの使徒化になるのがおかしい」
アルザードがそう言う。でもアルクェイドは首を横に振る。
「それはおそらく――」
続きを言おうとしたタイミングで彼女は“煌星の剣”を呼び出して受け止める。
何を受け止めた?
簡単だ。
「随分と血の気が多いのかしら?
いえ、“ウロボロス”の因子が強いのかしら?」
「――、――、――――!!」
咆哮を上げて突貫してきた“ウロボロス”の使徒。その凶撃をアルクェイドは反応して軽々と受け止めてみせた。
「「「「「――!」」」」」
アルザードたちは見えていたけど反応できたかといえば、できなかっただろう。
それだけアルクェイドの実力とも言える。
「ここは私に任せなさい。アルザードたちはアルビオンを守りなさい」
「だ、だが、姉貴!」
「――!」
アルクェイドは左手に“煌星の剣”を持ち替えて右手に“聖剣”を手にして使徒の猛攻を受け流す。
「――、――、――――!!」
荒げて暴れ続ける“ウロボロス”の使徒。
「「「「「――!?」」」」」
「わかったでしょ?
今の肉体もそうだけど、魂の強度がまだ足りない。始祖の魂の質を引き出させないと本来の強さを引き出せない」
アルクェイドが急に口にしだした始祖とは一体誰なのか。
奇しくもアルザードたちは彼女が言わんとすることが理解できる。
「…………わかりました。姉様」
「……ですが、姉様も気をつけてください。長時間の戦闘は姉様でも無理です」
「ええ、わかっている。さすがに一気に勝負をつけ――」
続きを言おうとしたが、言えなかった。ウロボロスの使徒が詰め寄り、猛攻を続ける。彼女は煌星の剣”と“聖剣”で捌き続ける。しかし、防御し続けるのは限界が近い。
限界が近いなのだが、残念なことにアルクェイドと魂融合した少年……否、少女の魂は現代において世界最強かつ史上最強の大英雄――[戦神ヘルト]。
彼ないしは彼女は“両性往来者”なる異能を有している。
有する異能を駆使して捌き続ける。
思い出してほしい。
[戦神ヘルト]
かの大英雄は男にして女。女にして男、という異色の経歴ならぬ異色の伝説を数多く残している。
それこそが“両性往来者”の特性であり異能である。
その異能を前に数多くの英傑は夢半ばで散っていったのだ。
故に彼は最強なのだ。
世界最強の大英雄は多くの屍の上に立つ者の称号である。
その称号は誰にも成し得ていない栄光の証である。
故に彼は最強なのだ。
その最強の称号を背負う魂こそ“聖霊竜アルクェイド”にとってももっとも誇らしかった。
しかし――
(しかし、よく戦えるわね。この身体で限界を超えて死に体になりたいのかしら?)
つい本音を胸中でポロッとこぼしてしまった。
『うるさい、アルクェイド。そもそも、キミと魂融合した時点で俺は異種族の枠を超越しているだろ!
誰のせいだ!? 誰の!?』
罵詈雑言を吐いてくるズィルバー。彼は今でもアルクェイドと意識を交換しているだけで眠っているわけじゃない。ただただ経験値を蓄えているのだ。
“竜種”だけにしか戦えない方法を体得するために――
(あら、勝手に人の戦いを似させるだけで昇華させたあなたには言われたくないわ)
『…………余計なお世話だ』
お返しの言葉にズィルバーは言葉を濁す。いや濁すどころか奥歯に衣着せる、って雰囲気を醸し出す。
(あら、どうかした? 随分と顔色が悪いけど?)
『アルクェイドの気のせいでは?』
(でも――)
『気のせいだろ!』
無理やり話を終わらせようとするズィルバーに彼女は二の句が継げずにいた。
それよりもウロボロスの使徒は未だにアルクェイドへ向けて猛攻を続けている。
『……にしても、アイツ……攻撃が届かないというのにまだ攻撃を続けるのか……血気盛んというか、血の気が多いというか……』
やれやれと頭を振るズィルバー。むろん、意識だけで肉体そのものが頭を振っているわけではない。
今、意識はアルクェイドが肉体を支配している。故に、肉体の主導権はアルクェイドのままだ。
(それは私も同じ……だけど、それを口にしないでよ。私に被害が及ぶとあなたの身体が壊れちゃうから)
『縁起でも――いや、縁起でもないか。変なことをして肉体を壊したらただじゃ済まないから』
このままでは肉体が壊しかねないので釘を差しておくズィルバー。アルクェイドもさすがにそこまでのことはしない。
そもそも、“両性往来者”の特性を活かした戦法は彼が編み出した戦法であるため、アルクェイドではその戦法を活かせない。
ついでに言えば――
(私はあの異能を駆使した戦闘方法は好きじゃない。誰が好んで男にならないといけないのよ)
『ポリシーなんざ聞いていないよ。それよりもカズたちの意識はどうなっている? まさか……』
ズィルバーはありもしない読みにたどり着く。残念なことにその読みが的中するのだった。
(お察しの通り。今、彼らは魂の深部に意識を飛ばして始祖たちと対面しているわ)
『メランたちか。試練を乗り越えたとて。本当の意味で魂が強くなったわけじゃない。“オリュンポス十二神”に対抗し、原初の悪魔にも負けない強さを手にするには、この方法しかないのも事実だけど……』
早すぎないか、というのがズィルバーの本音である。
(確かに早すぎるかもしれない。でもそんな事を言っている場合じゃないのも事実。それはあなたもわかっていることでしょ?)
『…………』
アルクェイドは言わんとしていることがわからないほどズィルバーもバカじゃない。
(ズィルバー……あな――)
またもや続きを言おうとしたタイミングでウロボロスの使徒は標的を変更するかのように動き出した。
「むぅ~」
(私なんて眼中にない、ってわけ?)
『いや、これは生物の本能が働いたと考えたほうがいい。生き残る確率を上げるためなら弱い方へ向かうのは自明の理。だが――』
(だけど……)
「この私の前で背を見せるわぁ~。距離を取ろうなんてバカな行動を見せるわぁ~。
私の前で距離なんてそもそも、ない!!」
彼女はズィルバーの身体を使って距離を手繰り寄せる。否、グッと引き寄せる。
「――、――、――――!?」
グィっと引き寄せられるウロボロスの使徒。
キララの下へ近寄っていくアルザードたちを守るかのように無理やり引き寄せた。
引力――。
万有引力――。
などと捉えてもいいが、この場合は“聖霊竜アルクェイド”の存在感があらゆる物理概念を壊して引き寄せた、と言ったほうが正しい。
存在感とは時に引力を引き寄せる。
今回、アルクェイドがしているのは引力をもってウロボロスの使徒を自分の下へ引き寄せた。
本来なら、存在感で引力が生まれるなんてことはない。そもそも、引き寄せるだけの引力を出せるなんてことなんぞありえない。
ありえないのにあり得てしまうのはひとえに“竜種”。“聖霊竜アルクェイド”の存在感たるものだろう。
存在感とは“星”である。“竜種”本来の存在感は天空を照らす太陽か、この世界そのものの存在感を放っている。
その中で世界最高の存在感を放てるのは創造神のみ。今、その創造神がいない。ならば、必然的に次女・“聖霊竜アルクェイド”が匹敵しうる存在感を放っている。
むろん、彼女だけならば問題ないだろう。しかし今はズィルバーの肉体で本来の引力を引き出している。これは異常である。
人間と“竜種”。
見た目は同じ肉体の構造をしていても強度に関しては雲泥の差がある。にもかかわらずアルクェイドは人間の肉体で自分の存在感を放ち、引力で引き寄せようとしている。
これはもう奇蹟……いや、異常とも言えておかしくない。
過ぎた力は肉体のみならず精神にどのような影響をもたらすのかわからない。
にもかかわらず、アルクェイドは平気で敢行したのか。答えは簡単だ。
同じ次元……同じ肉体強度を保っていればできないほうがおかしな話とも言える。
そもそも、人間と“竜種”が同じ次元にいるというのがおかしいのだ。
そのおかしい現実を目の当たりにしているキララことアルビオン。
「本当にアルクェイド、姉様、ですか……」
(明らかに人間と“竜種”を超越している。まさか、あの話は本当だったの?)
キララは兄姉たちがすでに人間と魂融合を果たして超越者に至らせた、というのは――
「アルビオン」
「…………カズくん……いえ、まさか、アルザード姉様、ですか?」
見た目はカズだがまとっている雰囲気は自分に似た雰囲気を醸し出している。つまり、近づいてくるカズたちはキララが会いたかった人たちだったのだ。
「本当に……姉様たち、なのですか?」
彼女の聞き返しにカズことアルザードが怪訝そうに見つめてくる。
「何? アルトゥール姉様から聞いていないの?
さすがに末っ娘とはいえ、私たちに対してその言い方をされると虫酸が走るわ」
アルザードの物言いにビクッと背筋を伸ばすキララ。
見た目はカズでも雰囲気が完全に我が姉であることに間違いないと認めさせる。半ば強制的に――
「さすがアルザード姉様ね。アルビオンちゃんを無理やり納得させちゃった」
「だから、アルクェイド姉様やアルトゥール姉様が面倒を見る羽目になったというわけか」
「加減できない、という意味ではどっこいどっこい、って感じだな」
ユーヤ、ユン、ユージの三人がキララを前にして恐ろしいことを口にしている。その会話を聞いて彼女は理解させられる。
「アルフィーリング姉様……アルフェン兄様に、アルフォード兄様……なのですか?」
確認の意味を込めて聞き返すキララ。彼女の疑問にアルフィーリングが答える。
「あら、どうかしたの、アルビオンちゃん?」
ウフフとユーヤの風体で女言葉を発すると違和感を覚えるけども、言葉の端々から出てくる重みにキララはビクッと身震いする。
「あ、アルフィーリング、姉様……お、おお、お久しぶりです……」
急にテンパりだすキララ。アルフィーリングからすれば彼女なんて可愛い可愛い妹でしかない。
その妹に対して、あのような口振りをされるとムッとなってしまいかねない。しかしそこへ――
「やめときなさい、アルフィーリング?」
「――!? アルトゥール、姉様……」
急にタジタジになるユーヤことアルフィーリング。ユンとユージことアルフォードとアルフェンもビクッと背筋が身震いする。
カズことアルザードもビクッと背筋が強張る。
「あ、アルトゥール、姉様!?」
ビクビクと強張りだす彼らの背後にいるのはティアたち。問題はティアだ。
ティアの雰囲気ならぬ放っている“闘気”が怒気を帯びている。
「お久しぶりです、姉様」
「やっぱ姉貴。怖ぇ……」
ティアことアルトゥールの迫力の前に怯えきってしまう。
「カズ?」
「ユン?」
「ユージ?」
「ほんとにユーヤなの?」
ハルナたちは目の前にいるカズたちが別人のように思えて不思議でしょうがなかった。
「随分と早いご到着で……」
しどろもどろになるアルザード。
「そりゃ急いできたから。それよりもどうしてアルクェイド姉様がウロボロスの使徒と戦っている?
どうしてあなたたちが手を貸さない」
まとめてかかれば負けない相手でもない、と遠回しに言うアルトゥールに対し、アルフォードが答える。
「俺らは今、主の魂の強度を上げることで精一杯。他に力を回せる余裕がない」
「魂の強度? どうして今頃……まさか――」
アルトゥールはアルクェイドの狙いに気づく。同時に別の問題が発生したのだと――
「まさか、姉様はあの計画を完遂させようと――」
「おそらく、そうだと思う。すでに五つの魔法陣のうち四つの魔法陣が開かれた。残るは中央の魔法陣。しかし、魔法陣の覚醒並びに国土魔法陣を完成させるためには使い手の魂の強度を深めなければならない、という欠点に気がついてしまった。だから……」
「だから、急ぎで計画を早めようと――」
目論見に気づけばアルトゥールもかの者たちの計画に欠陥があるのを気づかされる。
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