幕間_彩虹竜は歴史の一端を語る。
「「「「「だ、誰?」」」」」
シノアたちが口を揃えて言ったのがそれだ。
自分たちの前にいるティア。なのに目の前にいるティアが自分たちの知る彼女じゃないのをすぐに気づく。そこは長年の絆というものだろう。
しかし、そこへノイがシノアたちに告げる。
「シノア。今のティアちゃんは――」
事情を話そうとした彼だが、その前にティア? が自己紹介する。
「初めまして、ティア・B・ライヒの身体を介して自己紹介するけど、私はアルトゥール。この世で八体しかいない“竜種”の一人。“彩虹竜アルトゥール”よ」
ティア……否、アルトゥールが自己紹介する。
彼女たちからすれば誰となるが、頭が、身体が拒絶どころか受け入れようとしている。
「あれ? どうして……」
「初対面のはずなのに……」
「どうして受け入れようと――」
どこか納得感があるのだ。それもそうだ。
「そうでしょうね。先程まで私があなたたちを制御していた。だから意識が憶えなくても魂が拒絶しないでしょう。
それよりも――」
「いえいえ、それよりもじゃなく、どうして他人の身体を支配できるの!?」
「そもそも、どうしてティアの身体で話しかけます? ご自分の身体は?」
ユリスはティアの身体で語り続けているアルトゥールに尋ねる。
「私はすでにあなたたちの魂と融合している。だから肉体はあなたたちそのものなの」
「えぇ~っと、つまり?」
「つまり、あなたたちの肉体が私の肉体にもなる。だからこうしてこの娘の身体を介して話をしている」
アルトゥールからシノアたちに語っている。しかし彼女たちはそれで納得できるのか? 否、できない。でもアルトゥールは語る。
「そもそも、ライヒ皇家の血筋……いえ、彼女の血を引いている。そもそも、彼女の力を継承している時点で、私が顕現するのは目に見えていた」
「彼女?」
「誰ですか?」
シノとアヤが二人して聞き返す。ノイは誰なのかすぐに察する。
「あまり知らないほうが幸せよ。彼女は歴史上有名すぎる。下手に口にすれば彼がおそらく動きかねない」
「彼?」
アルトゥールが口にした“彼”が誰なのか。
ノイはすぐに気づいた。だけど、シノアもおそらくだけど口にする。
「もしかして、ズィ――」
「それ以上は言わないほうがいい。彼の名前は、彼女の名前以上に強力であり、彼女の魂を、血を色濃く継承している者以外に口に出すことすら憚れる」
「憚れる?」
「どうして彼の名前を言うことはダメなの?」
シノはズィルバーをいつも名前で呼んでいる。なのにアルトゥールはズィルバーを口にしてならないと言い放つ。
「いえ、彼の魂を呼ぶことが許されていない。それは彼女の兄と同様に許されているのは彼らの血を引いている者たちのみ」
「何よ……」
シノが何度も問い返す。
“彼”とは誰なのか?
“彼ら”とは誰らなのか?
“彼女”とは誰なのか?
そもそも、アルトゥールが言っている意味がぜんぜんわからない。意味がわからない。
アルトゥールもシノアたちの心境を“静の闘気”で読み取らなくてもわかる。わかるけども口にしなかった。
「本当なら説明したいけど……話は移動しながらノイに聞きなさい。もちろん、彼が言うかは知らないけど……」
彼女はそう言ってクイッと指を立てる。
「移動は私がするわ。ノイは彼女たちの治癒に回りなさい」
「かしこまりました、アルトゥール様」
ノイの敬意を払う言い回しにシノアはポカーンと唖然とした。
「ノイ、さん?」
「シノア。憶えといてくれ。この世で唯一無二の存在なのが“竜種”。それが絶対……」
彼はシノアに教える。教えたうえで難しい問題へ直面することだろう。だけど、それは遠くない未来の話である。
アルトゥールはそんな彼らをよそにパチンと指を鳴らせば、五体の“不死鳥”を召喚する。
ついでに言えば、床に倒れ伏しているメリナたちを浮かせた。
「移動は“不死鳥”に任せるわ。あなたたちも“不死鳥”の背に乗りなさい」
「え? “不死鳥”?」
アルトゥールに言われて気づくのだが、自分たちがすでに契約精霊と本契約をしていることに――
「これが私たちの契約精霊……」
「ほんとにきれい……」
ハルナとユリスは目の前にいる“不死鳥”にうっとりと見つめる。
「なんて凛々しい」
「なんて美しい」
シノとアヤは“不死鳥”の存在感に魅了される。
「…………」
“不死鳥”は帝級精霊。神級精霊よりも階梯が低いけど、その力は絶大だ。
絶大な力をハルナたちだけで受け止められる身体ができあがっていない。しかし、それを制御しているのがアルトゥールだ。
彼女が“収束”で力を集めさせて分配させていた。五体分の内在魔力が一気に押し寄せてくるのだが――
さすがはアルトゥール。
膨大な内在魔力を彼女の卓越した魔力循環系で制御してティアたちに還元させている。
「全く、まだまだ子どもね。かつての彼女はあなたたちの年頃で秀逸な魔力循環系を体得していたのに――」
「だから、彼女って誰ですか?」
シノアが聞き返す。彼女とてここまで力が増大するとは思ってもいなかった。
「詳しく知りたければノイに聞きなさい。もしくは歴史を勉強なさい」
「歴史を?」
「そう……」
フワッと浮き出すアルトゥールたち。彼女たちはそのまま“不死鳥”の背に跨る。
「歴史は真実を語る。しかし語られる歴史は微々たるもの――」
アルトゥールが言葉を続けようとしたが、ふと壁に目をやる。壁には壁画が刻まれており、内容から見るに歴史の一端が記されている。
「おや、こんなところに古代竜言語と壁画が刻まれている」
「ホント……」
彼女に言われてユリスも気づく。
「壁画は最深部へ続いている。ちょうどいい。“不死鳥”に移動がてら壁画が描かれた歴史の一端を語ろう」
アルトゥールは“不死鳥”で移動しながら歴史の一端を語りだす。
今から数千、数万年前……否、幾星霜の昔に遡る。
無から生まれた世界には多くの生命が誕生した。
数多の種族の原点たる異種族――“真人間”。
しかし、彼らは三つの勢力に利用されることとなった。
悪魔と天使、“オリュンポス十二神”によって――
三つの勢力の争いは多くの犠牲を出した。そして、創造神は六体の御使いを出した。
六体の御使いは三つの勢力に多大なるダメージを与えた。
その戦いは天地を揺るがすほどの大きな戦いであり、超大陸とも言われた大地が分裂し、いくつものの大陸が誕生した。
そこへ、創造神が一人の“真人間”との間に一人娘を設けた。
設けた娘を育てていた。
六体の御使いも可愛い姪御を娘のように大事に大事に育てた。
だが、それも儚く散ることになる。
娘を設けた創造神は力を多大に消耗していた。その隙をつくかのように“オリュンポス十二神”の主神・“全能神”が創造神に深手を負わせた。
その頃から創造神は信頼のおける者に“神器”を与えていた。創造神の怒りを買った“オリュンポス十二神”。彼らから“神器”の使用を固く禁じられた。
使用するには厳しい条件を満たさなければいけない。
強力すぎる武具の使用を厳禁にされたのに、神々は次なる悲劇を引き起こした。
なんと、創造神の一人娘を誘拐した。しかも、その当時に友達の竜がいた。その竜が娘の前に殺された。
それこそが怒りを買った。
創造神を――
六体の御使いを――
そして、創造神の娘を――
怒りに狂い、憤怒に沼り、暴走した娘が神々に手酷い傷を負わせた。暴走した彼女は多くの“真人間”に竜なる因子を大量にバラまいた。
それが竜人族の誕生である。
完全に創造神の怒りを買うも、これ以上力を行使することができず、姿を消すことになった。
娘も自らの過ちを悔いり、巨人族が生息していた大山脈の跡地を住処にして眠りにつくことにした。
“転生”という眠りを――
長きわたる眠りにつくことを知った竜人族は地下遺跡の最深部に歴史の一端を壁画に描き残すことにした。
後世に知ってもらわないといけない。
この世界の誕生を――
天使を――
悪魔を――
“オリュンポス十二神”を――
“創造神”を――
六体の御使いを――
そして、創造神の娘を――
力を消耗した創造神は六体の御使いとともに計画を打ち立てる。
打ち立てた計画が“真人間”の魂と融合して再び世界を新生する計画を――。
この計画は人間を――
という感じで歴史の一端を語るアルトゥール。
彼女こそが六体の御使いの一人なのだ。彼女はその時代に生きて、今もなお生き続け、創造神の計画に賛同している。
だけど、彼女は自分らが打ち立てた計画よりも……融合した人間たちの計画のほうが崇高で人間を諦めないでほしい、というのがかの者たちの願いだった。
創造神もそれがいいと思う。なぜなら全種族を支配し、世界を統治しようという企みに気づき、そのバカげた計画を阻止するために動き出したのもある。
だが、それを抜きにしても、かの者たちの願いは、かの者たちが目指す未来は美しいものだった。
その美しさは誰もが願うものではない。
「私は姉が打ち立てた計画も素晴らしいと思う。しかし、私と魂融合をした彼女の願いは我が姉が目指す世界を体現しようと尽力した。
それこそがかの者たちの願いであり、かの者たちの目的であり、かの者たちの目標だった」
「それって、もしかして――」
シノはアルトゥールが度々口にする“かの者たち”というのは――
「おっと、それ以上は口にしないほうがいい。かの者たちの目的は“オリュンポス十二神”に聞かれてならない。神々は何処かで聞いているかもしれん」
「え?」
惚けるハルナたち。
「神々は神出鬼没。彼らから奪った力を介して見ているかもしれない」
「見られている、って……」
「透明人間とかでもいるの?」
キョロキョロと見渡すハルナとシノ。アルトゥールはそうではないと首を振る。
「神々は“真なる神の加護”を介して見ている。そもそも、神の加護は神々が人間に与えた力。しかし、その本質は自分らの都合の良いコマでしかない」
「コマ、ってそれじゃあ私たちは――」
アヤは自分らの存在意義を疑いたくなる。
「安心なさい。あなたたちが今保持している加護はすでにかの者たちの計画によって血縁での継承するように作り変えられているから」
アルトゥールは心配せずとも言いとフォローしてくれる。だけど、度々出る“かの者たち”が気になり続けるシノア。
でもそれ以前に悔しそうに意気消沈しているメリナが気がかりだ。
「気になる?」
アルトゥールがシノアにメリナを気にやむか聞く。
「はい。メリナの様子がどうも――」
部下を気に掛けるのは隊長として当然の責務。その責務、気遣いに気づき、アルトゥールが語る。
「心配しなくてもあれは魂を強くさせようと己の感情を糧にしているだけ」
「え?」
またもや荒唐無稽なことを言い出すアルトゥール。シノアは呆気にとられて口を開いた。
「だから、魂を強くさせようと自らの感情を糧にして――」
「いえ、そこは聞きましたが……感情を糧にする……つまり、喜びや悲しみを捨てようと――」
強くなるなら“闘気”や技術を磨けばいいし。身体を強化すればいいだけの話だ。なのに魂を強化する、っていう荒唐無稽な内容に頭がついていけない。
「あぁ~、そうじゃない。この場合だと希望や絶望などの強い想念ね。要するに意志の力」
「想念……意志の力……」
「そう。急激な力の増大は使い手の強い想念、意志の力が反映されている。これはこの世界が定めた一種のルール……法則みたいなもの」
「ルール……」
「世界が定めた……」
アルトゥールが口にする世界の法則。
その法則の前に人間は為すすべがないのかと思いたくなる。しかし、彼女は告げる。
「そう悲観することはない。この世界の法則はいつまでも創世神話の頃から残り続けているこそが異常。
本来、時代の流れは変わるけども、その土壌も空気も未だに神代の空気を残し続けるのが異常。
異常が残り続けることこそ、未来が未だに変わらないことを意味する」
「未来が……私たちの……お父様たちの頑張りが無駄だったというの?」
ユリスは自分らの頑張りが無駄なのか知り、この先何のために生きればいいのか希望が持てなくなってきた。
でも、アルトゥールは……否、“竜種”は違った視点で物事を告げる。
「いいえ、無駄じゃない」
「え?」
「無駄じゃない。今、このとき時代が大きく変わろうとしている。始まりはまさしく千年前……かの者たちの誕生こそが“オリュンポス十二神”にとって最大のネックとなった」
「最大のネック?」
「ええ、神々にとってかの者たちは最大の天敵。そして、その血縁者も神々にとって危険視にしている。
なぜだと思う?」
彼女はハルナたちに問いかける。なぜ自分らが危険扱いされているのか。それをまだ若く知識も経験も浅い頭では考えを巡らせたところで答えなんて出てこない。
故に、アルトゥールが答える。
「答えは簡単。かの者たちが企てた計画が神々も対応しきれなかった。それもそう。かの者たちの計画は完成しようとしている」
「計画?」
「なんですか、その計画というのは……」
ハルナたちは過去の偉人が企てた計画が何なのかわからない。しかし、彼女たちはすでにその計画を間近で見ている。
では、その計画は何なのか。何を間近で見ていたのか。それがわからなければ意味がない。
生き物ってのは不思議なもので鮮明に見た光景を記憶しても関連付けなければ意味がない。
アルトゥールも彼女たちが目にしていても関連付けられずにいるのも気づいている。
「わからなくてもいい。でも、地方にいると妙に力が湧き上がる感覚があるでしょ?」
「確かに……」
「言われてみれば……身体が軽い感じがする……」
彼女に言われてハルナたちも身体が軽い感じがしたのは事実。だけど、なぜそうなったのかが全然わからない。
それも仕方ない。彼女たちは未だにかの者たちの掌の上で踊り続けているからだ。
「あなたたちはただただ知らないだけ。でも、彼女の血を引いている以上……歴史のすべてを知る権利がある。
ライヒ大帝国……皇宮図書室。あそこに収蔵されている書物……たしかにあの書物ならば歴史のすべてを知れるがそれでもまだ表層部分。歴史の裏側……歴史の闇を知りたければ、皇宮地下図書室……そこへ行きなさい。あそこには歴史のすべてが収蔵されている。
千年前、かの者たちに起きた悲劇も……世界そのものに起きた悲劇も……この国が未だに千年以上も存続し続けられているのかも……すべてを知る必要がある」
アルトゥールは“皇宮クラディウス”に地下室の存在を教える。そもそも、皇宮に地下室の存在なんて知りもしなかった。
「地下室!?」
「そもそも、皇宮に……大帝都に、地下室なんて存在するの!?」
「そんなお父様からも聞いたことが……」
「リズ姉様もエドモン兄様も知っておられ――」
動揺を隠しきれないハルナたち。無理もない。皇家の一員にして五大公爵家に嫁ぐ身の上の彼女たちが知らなくてもおかしくない。いやそもそも、現皇帝が語らなくてもいい、という考えをしていたかもしれん。
「そう。皇宮に地下室があるのを知らないか。無理もない。あそこは同時に墓地でもあるから。知らなくて当然」
アルトゥールはハルナたちに教える。
皇宮“クラディウス”は地下に墓地が存在するのだと――
しかも、その墓地は――
「ライヒ大帝国において最高の権力者の始祖が眠る墓所……あそこには初代皇帝と初代媛巫女、初代五大将軍の墓がある」
伝説を残した者たちの墓が安置されているのだった。
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