彩虹竜アルトゥール×初代媛巫女×五人の皇女_5
ティアがクスッとほくそ笑む。クレティアンは少なからず恐怖を覚える。恐怖と言えば、そう聞こえるが実際は違う。これは根源的な恐怖とかでもなく潜在的な恐怖でもない。
なんとも言い難い恐怖を味わっている。
「どういう意味だ?」
(意味がわからない。私の常識が通じない? “竜種”と融合した人間に通じない?
どういうことだ?)
堂々巡りをする彼の頭は――
彼の疑問にアルトゥールが答える。
「あら、知らないのね。あなたもれっきとした人間の原典――“真人間”。
でも私は……いえ、姉様たちも弟妹たちもすでに人間と魂を融合している。すでに人間の枠を越えて進化している。
もう“真人間”の枠じゃない」
「何? “真人間”じゃない? そもそも、“真人間”は疾うの昔に絶滅したと……」
「ええ、“真人間”は絶滅した。いえ、絶滅寸前かしら……」
「絶滅寸前……まさか、ライヒ大帝国の上層部は未だに――」
クレティアンは理解させられる。
受け継がれているのだ。
血が。歴史が。力が。意志が。思想が。
すべてが受け継がれている。
故に、ライヒ大帝国は千年の歴史を紡ぎ出した。紡がれた歴史がようやく始動する。千年の年月が力を蓄えるのに十分すぎる年月だった。
原初の悪魔もしかり、始原の天使もしかり、“オリュンポス十二神”もしかり、“五神帝”もしかり、“血の師団”もしかり、“竜種”もしかり、そしてライヒ大帝国もしかりだ。
「そう。ライヒ皇家と五大公爵家は未だに“真人間”で在り続けている。なんせ私たちが彼らの血族を千年続けさせたのだから」
「それはまるで“呪い”だな」
クレティアンはアルトゥールに指摘する自分たちがしていることは明らかに卑劣であることに変わりない。
しかし、アルトゥールはクレティアンを蔑む。
「これは異なことを言う。あなたたち人間のほうが卑劣極まりない。姉様が願った世界を嘲笑い自らの欲望を満たすために悪魔や天使、神々のいいように利用されよって……醜いほかあるまい。自分らの行いを恥じ入るために姉様は判断した。自らを融合して世界平和に動き出したのだ」
アルトゥールはクレティアンに言い放つ。
千年以上前の英傑らに罪がある。人並み以上の欲望に手を染めた代償が悪魔と天使、神々につけあがることとなったのだ。
その罪は非常に重く世界をメチャクチャにした代償を支払わなければならない。
「本来なら、姉様も私たち……いえ、“竜種”は世界の行く末を見守り、手助けたりするだけで静観するつもりだった。
でも姉様が望む世界を壊そうとする輩を呼び出した罪は非常に重かった。原初を呼んだのは罪深い」
アルトゥールは召喚していけない化け物こそが“原初の悪魔”だと言い切る。
ティアの身体を借りたままアルトゥールは怒りをぶちまける。その怒りは残る姉や弟妹たちも同じ気持ちであろう。我が姉、アルトルージュが目指す世界を壊そうとした人間をアルトゥールらは到底許しがたかった。
「故に、私たちは人間を選定し、自ら融合することを選んだ。アルトルージュ姉様も容認してくれた。私は人間を許すことはできない。しかして、人間の営みは許そう。自らの罪に向き合おうとしない姿勢を許されざることだけども、平和を目指す在り方を、意義を……私は認める」
アルトゥールが告げる。“真人間”を絶滅させてライヒ大帝国による世界平和を許そうと……
しかして、それを許さない輩が多かったのもまた事実である。
クレティアンも理解している。
「愚かしいことだ。ライヒ大帝国が危険だったのは千年前の時から明らかだった。それが今確信に変わった。やはり危険なのは貴様らだ」
彼は千年の月日を経て、ようやく答えに至る。
「貴様らは他人の肉体を支配して世界平和をなそうとしているだけ。自分らの意思で世界平和をなしても貴様らがいなくなれば世界なんぞ安定しない。それに世界を安定させるにはそれ相応の年月が必要だ。しかも、人材の教育も……まさか――」
クレティアンは自分でアルトゥールに指摘しながら一つの可能性に至る。
“竜種”と魂を融合しているのならば、その寿命も計り知れない。いやそもそも、“竜種”と魂を融合して肉体が強大すぎる力に耐えきれる保証がない。なのに、ライヒ皇家と五大公爵家の血脈は今もなお残り続けている。それはなぜか……
「あら、気づいたのね。私たちが初めて魂融合した“真人間”はすでに“原初の悪魔” を喰らってしまったの」
「何だと!?」
(原初の悪魔を喰らった!? それがどういう意味なのかわかって言っているのか!?)
クレティアンはアルトゥールの口から告げる内容が到底信じがたかった。なんせ原初の悪魔とは悪魔の最高位。災厄そのものとされている危険な異種族。それを喰らって肉体も魂も満足というのが信じられない。
彼も知っているからだ。悪魔や天使を憑依した人間の末路を――。
末路を知っているとはいえ、彼は大事なことを忘れている。今自分が戦っていることに――。
「よそ見は禁物よ。“媛巫女流剣術”・“天空の流星群”!」
宙へ上がっていたシノが矢を引き絞り、“闘気”を帯びた矢弾が雨のように降り注ぐ。
降り注がれる矢弾を“静の闘気”で感じ取ったクレティアンは回避しようとするも続けざまにハルナとユリス、シノア、アヤが行く手を遮る。
「逃がすと思う」
「このまま矢弾を浴びていきなさい」
「気持ちいいですよ」
「仕留める」
四人が口を揃えてシノが口にした技名を叫ぶ。
「“虚空の流星群”」
「“永劫の流星群”」
「“不滅の流星群”」
「“天霊の流星群”」
四人が繰り出される多種多様の武具から“闘気”が刃となってクレティアンに向かっていく。
迫りくる刃を前に彼は“紅薔薇之剣”を強く握り、音を震わせて刃の位置を正確に把握する。しかも、“静の闘気”で正確さがひと押ししている。
「さあどう回避する? それも全部払い落とす?」
シノが宙に浮いたままクレティアンに言い放つ。彼もすべての攻撃を払い落とす気でいた。しかし――
「――?」
(妙だ、すべての刃に強烈な力が帯びている。まさか!?)
彼の違和感は正しく、すべての刃に雷が帯びている。そう。“真なる神の加護”の雷が帯びている。
「…………」
(やはり、神の加護が帯びている。しかも、“祭祀神”……もう一つは……これは“乙女神”、だな)
「知っていますか?」
ティアがクレティアンに語る。
「“神格同期”ってのは全身に“オリュンポス十二神”と同化させる禁断手法。この私の魂と融合しているおかげで肉体への負担を軽減できる。でも……」
「でも?」
「“神格同期”は肉体への負担だけじゃなく、精神すらも摩耗する危険な手法。故に、禁呪指定されている。しかし、同化する度合いを浅めにすれば身体への負担が軽減できる」
「ほぅ、ならば彼女たちもその“神格同期”とやらで神の加護を前面に出せるのか?」
「えぇ、出せるわ。でも残念なことに同化の程度なんて私が制御している。しかも神の加護を出せるということはその権能を最大限に引き出せるのと同義。そして私の権能は“収束”。力を収束して再分配できる権能」
「何?」
(力を収束して再分配? まさか……力というのは――!?)
クレティアンは最悪な展開を想像する。そしてその最悪な展開はよく的中してしまうのが戦いというものだ。
「ご想像のとおり、私の権能は“真なる神の加護”も“精霊”の加護も“神器”もすべての力が収束されて分配できる。つまり、“女神”の未来視も他の娘たちも行使できる」
「何?」
「いえ、“女神”だけじゃない。“祭祀神”の運命支配。“乙女神”の状態異常無効。あと、ノイの天使属性の加護も彼女たちに反映することができる。まさに――」
「無敵……」
そう。“彩虹竜アルトゥール”の権能――“収束”。
まさしく無敵に等しい権能である。力を集約し、再分配して力を均等化させる。つまり、身体への負担も集約させて分配させてしまうのだ。
そもそも、天使と悪魔には肉体への負担を軽減する手法として魂を強化させる。
魂が強化させれば肉体も強化されるし。精神も強化される。
今回、アルトゥールが取った行動は――
「気づいたかな?」
「何が――!?」
クレティアンは本能で感じ取る。ティアたちから滲み出る“闘気”が徐々に高まっているのを感じ取る。彼が感じ取れるのならメリナでも感じ取れよう。
「…………」
彼女は絶句したまま六人を見つめる。
(信じられない……魂が徐々に強化されている。そもそも、あり得ない。人間が魂を強化させるなんて聞いたことがない。いえ、魂を融合したり強化したりなんてあっていけない)
メリナは人道的にあっていけない。そもそも、世界はすでに千年前じゃない。幾星霜の時を経て価値観も倫理観も大きく変わっている。“竜種”は世界に干渉してこなかった上に価値観も倫理観も学んでいない。故に、過去の常識が現代に通じるはずがない。
はずがないのに、ティアの身体を介してアルトゥールが語る。
「そこのお嬢さん。いえ天使族のお嬢さん。いくら世界の外在魔力濃度が低下しても時代は未だに千年前の空気を……神代の空気を残っている。残っているからこそ、過去の倫理観が未だに通じる」
アルトゥールがそう告げる。でも彼女は自身の行いを恥じている。
「しかし、私とて自分の行いは罰せられよう。それは事実だ。でも、世界は未だにどうなっている。今を生きる者は彼らが作り上げられた仮初の平和を甘んじている」
「仮初の平和を?」
「そう。仮初の平和……」
「どういう意味?」
メリナは倒れ伏したままティアに尋ねる。クレティアンはティアいやアルトゥールが語る意味を理解する。むろん、ハルナたちの相手をしながらだ。
「どういう意味も何もそのままの意味よ」
「え?」
「わからないの? 今の世界はライヒ大帝国初代皇帝が苦節して築き上げた平和にすぎない。まだ見ぬ強敵がいる世界において、これを平和とは言わん。我が姉は世界の滅びを良しとしなかった。姉が目指す世界は人々が幸せに暮らせる世界を作り出すことだ。
奇しくも姉上が融合した人間は誰よりも世界平和を望んだ人間であり、この世で最も創造神に近しい存在だったと言えよう」
「神に等しい人間……?」
「…………」
メリナには想像できなかったが、クレティアンには想像できた。もとより、すぐさま連想できた。
(リヒトだな……)
――にしても、同レベルに均一させたハルナたちを相手に彼は磨き上げられた剣術のみで対応している。
「さすが、クレティアン。王国騎士団の腕前は伊達じゃない。でも、私を甘く見ている」
「確かにその通りだ」
間合いを掴めたのかタッと地面を蹴ってティアへ接近する。迫ってくる彼を前に彼女は動じることなく“蒼輝の剣”で彼が振るう“紅薔薇之剣”の剣撃を受け止める。
しかし、大人と子供。男と少女では筋力に差がありすぎる。にもかかわらず彼の剣をティアは衝撃を受け流すことなく受け止めている。
「やはりあなたの権能で強化されていますね」
「それもあるけど、私は今、“無垢なる色彩”の異能に加え、彼女が喰らった悪魔――“原初の虹”の力を引き出している。膂力に関してはほぼ互角」
「互角……なるほど。確かに力強い剣であることに変わりない。ですが、所詮そこまで!」
彼は間髪入れずにティアの土手っ腹に蹴りを叩き込んだ。
クレティアンの蹴りに吹き飛ばされるティア。常識的に考えれば、大人の蹴りに子どもが耐えられるはずがない。
だが――
「――!?」
ティアはたたらを踏む程度で、吹き飛ばされることがなかった。
「な――!?」
(バカな……あの一撃を受けて……あの程度しか吹き飛ばされていないなんてことがあるか!)
ティアは蹴られた感触を確かめる。
「よーくわかった。どうやらそれなりに魂が強化されたみたいね」
なんてことを言いだす。だけど、それはおかしな話だ。
本来、魂の融合は危険を伴う禁断の呪法だ。
本来、その者が保つ器に新たな器を溶け合いより強固な器にさせる手法。
むろん、この方法は魂の組成をバラバラにほどいて新しい魂の糸を結ばせないといけない。しかし、そんなことをすれば肉体と精神が崩壊する恐れがある。
なんせ、悪魔と天使が“真人間”に憑依した際、肉体と精神が異常をきたし、変成したのだ。
ならば、“竜種”と魂融合を果たした“真人間”が肉体と精神に異常を来さないのか。理由は簡単だ。
融合した七人の魂は強固すぎたのだ。類のない怪物だったのだ。
つまり――
つまり、黄金の器をほどいても黄金の糸であり、黄金の器が溶け合ってもより強固な黄金の器になるだけだ。
そう。ライヒ皇家と五大公爵家は生まれながらにして黄金の器を有している。
「ねぇ、本気で来なさい、クレティアン?」
ティアの身体で彼に語るアルトゥール。彼は本気で戦わせようとする。裏を返せば本気の彼が相手でも勝てると言い切れるということだ。
「なるほど。私をその気にさせようということですか。いいでしょう。私も本気であなたと戦うこととしましょう」
彼女の誘いに乗り、彼は本気で挑むことにした。
フーッと息を吐き、今まで抑え込んでいた“闘気”を解放する。
「――!?」
メリナは初めて経験する。掌握された“闘気”を――
「いつぶりかしら……掌握された“闘気”を、この身に味わうのは……」
逆にアルトゥールは久々に大英雄級の闘気を味わう。
「そうだな。“竜種”からすれば“闘気”の制御なんて息をするようにできよう。しかし、人間は違う。地獄とも思える鍛錬を経て、進化する生き物!
貴様らの目指す先に何がある!?」
クレティアンはアルトゥールに問いかける。自分らが進む先に何があるのかを――
しかし、彼女は彼にこう言い返す。
「ならば問おう。貴様らは戦乱の果に何を望んだ? 悪魔と天使、神々に利用され戦わされていた貴様らに戦乱の果に何を望んだ? 多くの悲しみ、怒り、憎しみに生み出して死んでいった者が多い」
「それは……国を、家族を守るために……」
「貴様らの理念、在り方を利用され、戦乱を続けられた。だからこそ、私たちはライヒ皇家と五大公爵家の初代当主の魂を融合した。確かに悪だろう。それは認める。でも初代五大将軍はどうだったの? 戦争への恨みや嫉みを抱いてもおかしくない。なのに、彼らの心は穏やかで清らかだった。彼らの心を汚すわけにはいかない。
だから――」
「だから、彼らの想いを汲むことにした。この世に善人なんていない。誰もが須らく悪人。事実、誰もが自らの行いを善悪で区別せずに行われている。かつて我が姉は原初の赤に人間の監視をお願いしたが、それは叶わなかった。全能神の企みによって阻止され、監視をするどころか世界はより深く混沌とかしてしまった。姉はそれを悲しみ、一度世界を安定させる方針を選択した」
「バカな! 世界を安定させる……それは数多くの国家を滅ぼす行為に等しい。いくら“竜種”といえどあってはならない!」
クレティアンは掌握した“闘気”をもってハルナたちを抑えつける。抑えつけたまま彼は語る。
「確かに“竜種”は意思を持つ自然現象の塊の側面を持つ。生きていることに変わりない。人間のように思考し、考える。いくら人外とはいえやっていいことといけないことの分別はついているはずだ」
彼は言い叫ぶ。彼の言い分はもっともであり、正しいと言えよう。しかし、世界とは時として残酷なのだ。
悪魔と天使、神々の戦いは神々の勝利に終わり。世界は神々の好き勝手にし始めてきた。国同士を争わせて世界を混沌にさせようと企み始めた。
その被害者が彼らだったのだ。しかも、幼子だった彼らをこのまま死なせるのは忍びなく“竜種”は彼らを拾って育てることにした。自らの犯した過ちを清算するために――
彼らが育てた果に誕生したのが歴史に名を残したライヒ大帝国の礎……創始者たちである。
彼らを生み出したこそが“竜種”の最大の功績とも言える。
「えぇ、その通り。あの時代は神々が好き勝手に世界をメチャクチャにした。私らは彼らに預けた神器を回収した。欲にまみれた神々に神器を任せられないと我が姉は判断した。中には信頼できる者もいたが、残りは使い手に担わなかった」
「だから回収したと? それこそ横暴では?」
クレティアンは武人らしからぬ発言をする。その発言にアルトゥールは「はっ?」と女性らしからぬ言葉を吐く。
「横暴? 世界を統治する思考と、人類と共生しよう思考がぶつかり合いいくつのもの国が滅んだ。あなたの国も神の威光に従い戦端へ乗っかった。その罪は敗北によって烙印を押された」
「確かに敗者の烙印は永遠に消せないだろう。私は未来永劫敗北者だと認めよう。しかし、それはあなたがたも言えたことでは?」
「なぜ?」
アルトゥールは聞き返す。
「簡単です」
クレティアンは掌握した“闘気”でハルナたちを抑えつけたままティアに近寄る。
「ライヒ大帝国をあなたがたが支配して戦勝国にさせた。そして彼が残酷な死をしたのをお忘れですか?」
クレティアンは死後、ライヒ大帝国がどうなったのかを知らない。知らないが“ギーガス山脈”で試練として顕界した際、知識を知る。むろん、現代の知識を――
知識を知ってもなお、クレティアンは外へ出ることが叶わない。叶わなくてもいい。しからば――
「私がすべきことは一つ。アルトゥール。いえ、かの“竜種”に挑めるのならば第二の人生も悪くない」
彼はティアへ“紅薔薇之剣”を突きつける。剣を突きつけられてもアルトゥールは動じない。
「剣を突きつけて輪唱攻撃しても意味がない」
彼女は“女神”の未来視と“祭祀神”の運命支配、そして“乙女神”の状態異常無効によって物理攻撃を回避できる。しかも、アルトゥールならば“無垢なる色彩”を最大限に引き出せる。故に力の差なんてあったようなものじゃない。
「確かに今のあなたでは相手にならないだろう。ですが、あなたの肉体ならばどうなるのでしょうか?」
「――まさか!?」
アルトゥールはクレティアンの狙いに気づく。彼の狙いはティアの肉体への攻撃に変更した。
「それとあなたの権能は完璧じゃない!
――“無限振動”!」
“紅薔薇之剣”介して“闘気”による超音波を繰り出した。
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