彩虹竜アルトゥール×初代媛巫女×五人の皇女_4
シノアの口から漏れる別人の口調。クレティアンは警戒の色を強める中、ノイだけは違った。
『嘘、だろ……』
まさか、彼女自らシノアたちの身体で意識を覚醒させるとは思わなかった。
「なにものだ?」
クレティアンが警戒する中、シノアは“天霊之鎌”を手にしたまま告げる。
「おや、異なことを言う。この私の口調を聞いて知らぬとはかの王国は私らの存在を後世に残さなかったらしい」
「どういう意味だ?」
警戒を強めていくクレティアン。それはメリナも同じであり――
「…………」
(あれは、シノア? 本当にシノア?)
彼女ですら瞳の先にいるシノアが本当に彼女なのか疑ってしまう。続けざまにハルナたちもゆっくりと立ち上がる。
ただ立ち上がっているわけじゃない。“無垢なる色彩”が燐光を帯び、煌めいていた。
「「「「「「さて王国の騎士さん。この私と戦ってくれる?」」」」」」
ティアたちが口を揃えてクレティアンに挑発するのだった。
ティアたちの変化を間近で見ているメリナと違い、ズィルバーは“静の闘気”で感知する。彼女たちの“闘気”の揺らぎを――
「気がついたか?」
ズィルバーが並走する彼らに問いかける。
「気づくよ」
「ここまでの“闘気”が変化すればな……」
「しかし、誰の“闘気”だ? どこかで感じたことが……」
「うーん。どっかで感じたような……」
カズたち四人はどこか既視感が否めない。だけど、ズィルバーだけその正体を看破る。
「おそらく……いや、間違いなく“彩虹竜アルトゥール”だろ」
「アルトゥール?」
ユンが名前を告げた瞬間、ドクンと魂が鼓動する。彼に連動してカズもユージもユーヤも魂が鼓動する。
逆にズィルバーはスッと意識を切り替え、彼女を表出させる。
「あら、あなたたち。無理やり顔を出すのは主に対して失礼じゃない?」
ズィルバーの口調が一気に上品かつ女性の口調へ様変わりしていた。
「あら、アルクェイド姉様は違うの?」
カズも口調が女性口調になっていた。
「私としましては姉様たちとこうして会えるだけ幸いです」
ユーヤも男口調から女口調に様変わりしている。
「ったく、姉貴たちは呑気なものだぜ」
「同感。アルトゥール姉様が暴れるかもしれんのによ……」
男口調のままだが雰囲気が先程までとぜんぜん違うユンとユージ。
「姉貴。とりあえずどうする? この分だと末っ子が気づいたと思う」
ユンがズィルバーに問う。
「問題ない。疾うの昔に事情を話している。だから今更驚いて……あぁ~、あの娘は寂しがり屋がだから私らの気配に気づいて泣きじゃくていたりして……」
「有り得そう。だから厳しく教育すべきだと言ったのに」
カズの見た目で上品な口調をされるとどこか違和感を覚える。もし、ここにカズの部下がいたら間違いなく笑いものにされていたであろう。
「もう姉様は厳しすぎです。ときには放任してあげないと……」
「アルフィーリング。あなたの場合は甘やかしすぎよ。それだからわがままな妹になったんじゃない」
やいのやいのと言い争うカズとユーヤ。ユンとユージは巻き込まれなくて助かったと胸を撫で下ろす。しかし、ズィルバーは違った。
「どっちもどっちでしょ。
あなたたちは極端すぎるのよ。時には厳しく時には優しくよ。まったく、それだからあの娘の教育係がアルトゥールになったのをもう忘れたの?」
彼に指摘され、渋々引き下がるカズとユーヤ。否、“白氷竜アルザード”と“灼熱竜あるフィーリング”の二人が“聖霊竜アルクェイド”に引き下がる。
「全く、あなたたちの加減知らずに困ったものよ。加減が上手なアルトゥールに負けるのよ」
頭を掻くズィルバーに頭が上がらないカズたち。
正直に言えば、あの娘の教育は基本、アルクェイドとアルトゥールに一任された。文武両道と長姉・アルトルージュに頼まれたからだ。
アルフィーリングやアルザードに一任しなかったのか。
理由は簡単。下の子たちは全員、教育者に不向きだったからだ。故に、アルクェイドとアルトゥールが彼女の教育をする羽目になった。
――にしても
「……にしても、アルトゥールがあの娘に事情を話した上に姪っ子を預けるなんてね。運命は粋なことをするわね」
ズィルバーはやれやれと頭を振る。気になるのは一つ。
「でもどうしてアルトゥールが顔を出したのかしら……あの娘だと六人を制御するのは骨が折れるでしょうに……」
不思議がるズィルバー。だけど、目を閉じてすぐに全体を俯瞰なく把握する。
「なるほど。武具が壊れたから。なら仕方ない。あれを取り出せるのはあの娘じゃないと無理ね」
ズィルバーは彼女の狙いを気づく。同時に彼女でしか今の敵に勝てないと悟る。
同時に彼女が使用する術に理解する。故に、アルトゥールが使用する力が何なのかも察した。
しかし――
(でも今の彼女だと“神器”の力を神級でしか発揮されない……それでも彼女たちの加護を最大限に引き出せる。それなら勝てそうね)
勝利の方程式を立てていた。でも――
(難題は相手がクレティアンだということ……あの感じだと連中が一枚絡んでいる。生前よりも強くなっている。この感じ……神級の武具……“紅薔薇之剣”。だからここまで力の増大が感じたわけね。なら、向こうも同じ手でいくしかない。
手こずらないでよ、アルトゥール)
彼らは最深部へ到着しておかしな会話をしているのだった。
ズィルバーがティアを気にかけるように、アルクェイドもアルトゥールを気にかける。
そう。ティアやシノたちを制御し、肉体をコントロールしているのは、“彩虹竜アルトゥール”。
“竜種”の中で特異的な力を保つ変わり者という印象が強い。しかも、力の制御が抜群にうまく悪魔や天使、精霊、神々の力すらも制御して十全に引き出せる技量を持っている。
その技量をもって六人の身体を制御している。
「「「「「「さて王国の騎士さん。この私と戦ってくれる?」」」」」」
改めて、六人がクレティアンに問いかける。逆に彼はどういう状況なのか気になって仕方ない。
「何者だ?」
問いかける。しかし、六人が言い返す。
「あら……」
「何者?」
「決まっているでしょ? あっ、もしかして私が誰か気づいていない?」
「それは失礼をしたわね。でもこれを見れば答えなんて導き出せるでしょ?」
ハルナが告げる。すると、彼女たちは折れて砕けた武具を手に取る。
「砕け散った武具よ。あなたたちを糧にして我が刃を呼ばせよう」
彼女たちは壊れた武具を手にとって告げる。
「我、汝にその剣を捧げる。我、汝にその魂の同化を果たそう――」
「――!? その言語は!?」
「ん?」
彼女たちが告げる言語に動揺するクレティアンと、訝しむメリナ。彼女が知らないのも仕方ない。なんせティアたちが紡ぐ言語は古き時代に失われた言語だからだ。否、彼女も最近、聞いたことがある言語である。
“古代竜言語”――
始まりの竜人族が生み出した言語にして、竜種が使用できる言語。奇しくもティアたちは“彩虹竜アルトゥール”と魂融合を果たしている。
結論、“古代竜言語”を言祝ぐができるのだ。
「――汝、我が腕にその剣を現せ。汝、我が魂より具現せよ。汝、悠久の果より証を示せ。汝、輝く七色よりその姿を現せ!」
ティア、ハルナ、シノ、ユリス、アヤの五人が紡いだ詠唱。詠唱に呼応して虚空より姿を現すのは五つの武具。
どれも凄まじい力を発揮している。同時にティアたちにも変化が起きる。肉体の変化ではなく精神の変化ではなく魂の変化だ。
彼女たちがしたのは“神格同期”もしくは“生体神格化”を使用している。否、これは呼び方。名称の違い。しかし、結論からすれば禁術を行使していることに変わりない。
しかも、ティアは“女神”を、ハルナたちは“祭祀神”を、そして、シノアは“乙女神”と同化した。
「まさか、“神格同期”を言祝げるとは思わなかった。そして、お初にお目がかかる。このような形でお会いするとは思わなかった。初めまして、“彩虹竜アルトゥール”様。
このような形とはいえ非礼を申し上げる」
謝罪するクレティアン。メリナは彼が彼女たちに謝罪した意味がわからなかった。
「あら、私の正体に気付いたの?」
「はい。ようやく気づきました。先程の暴言を許していただきたい」
非礼を詫びようとするクレティアン。でもティアは「うーん」と可愛らしい素振りをしてから告げる。
「嫌かな。私たちを……いえ、私をバカにした罪は重いわ」
虚空より姿を現した武具を手にするティアたち。
光り輝く剣と弓、細剣が彼女たちの手に握られている。“闘気”を流すと虹色に輝き出す。この現象こそ神級の武具の特徴なのだが、ティアたちが手にする武具は違う。
彼女たちの武具は“創世竜アルトルージュ”が“彩虹竜アルトゥール”に賜った“神器”であり、一時期は“女神”と“祭祀神”に賜った。だが、女神が全能神よりも思考を持ち始めたとき、彼女の魂と融合した際、“神器”を取り上げた。
以来、アルトゥールが持つ“神器”は彼女専用の武具となった。つまり、彼女の死後、五つの神器は歴史の彼方に葬られた。それが今、千年の時を経て再び日の目を見ることになる。
「私が我が姉より賜った宝剣……この世に十数本しかない一品――」
「一つ……天をも穿ち、流星のごとく降り注ぐ神弓――“天空の穹”」
「一つ……貫く一筋は血の一滴も残さない細剣――“永劫の剣”」
「一つ……その刃は刃こぼれすることなく砕かれない聖剣――“不滅の剣”」
「一つ……闇の中に歩みに心を蝕む魔剣――“空虚の剣”」
「一つ……すべてを包みこみ包容し、人の間違いを正す聖剣――“蒼輝の剣”」
「私の武器はノイの真なる姿にして、我が姉より創造され成長し続ける魂を与えられし大鎌――“天霊之鎌”」
六つの神器がここに姿を現した。それは“彩虹竜アルトゥール”と魂融合を果たした人間にしか許されない史上最強の武器である。
武具の階梯は神級。
本来、絶対的な力を発揮される武具だが、その力……その姿は未だ真の姿にあらず。一度姿を現せば必ずや勝利を収めうる絶大な力を有している。
「なっ……」
(何? あの武器……知らない。あそこまで力を放つ武器なんて見たことがない!)
メリナは驚きを隠せない。否、動揺を隠しきれない。
(ライヒ大帝国の歴史を紐解いても彼女たちが手にしている武具の存在は残されていない。皇宮図書室に収蔵されている書物ならともかく、少なくとも世に出回っている聖剣・魔剣が霞んでみえる)
メリナは肌身で感じていた。ティアたちが持つ武具を――。
そして、彼女たちも普段とは別人を思わせる存在感を出していることに――
(シノア、なの? いえ違う。あれはシノアじゃない。彼女が放つ“闘気”とは別人……誰なの?)
メリナはシノアを支配している人物に警戒の色を強めた。
しかし、彼女が警戒しているのをシノアたちはとっくに気づいている。
「そう。警戒しないでちょうだい。私は彼女たちの身体を支配しているだけ。とは言っても他人の肉体を支配するのなんて倫理的に反していると言いたいのもわかる」
「でも今回の場合は自信を失いつつある彼女たちが躍起するためにお姉さんが顔を出しただけ。許してちょうだい」
シノアとティアがメリナに事情を説明しつつ納得させようとする。
「それで納得すると思います? 他人の身体を支配するなんて人がやることじゃない!」
(いえ、耳長族だろうと獣族だろうと魔族だろうと人間の肉体を支配する術が存在するというの? いえ、そもそも、他人の肉体に乗っ取るなんて聞いたことがない。悪魔の存在すらも信じきれていないのに……)
天使族であるメリナですら悪魔の存在を知らない。むしろ、知らなかったのが驚きの事実と言えよう。
“聖霊機関”は皇帝直属の諜報機関。その構成は基本、天使族で構成されている。
――にも関わらず、天使族を詳しく知り得ていないのは由々しき事態とも言える。
まさに時代の弊害とも言えよう。
「だけど、私が彼女たちの身体を支配しているのは事実。私は――」
「余所見とは“竜種”といえど油断がすぎる!」
クレティアンは“紅薔薇之剣”を振るって距離が近かったユリスへ――。
メリナが驚きを隠せず、声を上げようとしたが……続けざまに驚きが連発する。
ガキン!!
「むろん、油断なんて一ミリもしていない。そもそも、レベルが違うのよ。あなたと私たちでは――」
ユリスは背後から奇襲されたのに平然と剣で受けきって見せる。
「――!」
「うそ……」
(ありえない。奴は“闘気”を消して接近していた。なのに、騎士ユリスは軽々と剣で受け止めた!?)
「バカ、な……」
「驚くこと? この娘たちの潜在能力を私が引き出しているだけ。もっともアルクェイド姉様と魂融合した彼には遠く及ばないけど、ね!」
瞬間的に“動の闘気”を“不滅の剣”にまとわせて弾き返したユリス。しかも、メリナの目でも“静の闘気”でも捉えきれない速さで――
クレティアンを弾き飛ばしたユリスは単身で斬合に応じる。
甲高い金属音が木霊する。剣撃を結ぶユリスとクレティアン。互いに命の駆け引きを繰り広げている。
ただ唯一の違いは駆け引きたる経験を身についているのかいないのかの違いだけだ。
クレティアンは良くてもユリスには命の駆け引きをするほどの激戦を経験していない。だが、彼女は違う。
命のやり取りを知っている。戦いの極意を知っている。
「やりますね。力だけの剣にあらず。洗練された技巧派の剣……研ぎ澄まされていますね。さすが“彩虹竜アルトゥール”。人間味のある技術です」
「あら、亡国の騎士に褒められるのも嬉しいわ。でも、これは私が幾星霜の時を経て体得した技術じゃない。千年前、私が初めて融合した彼女が体得した剣術……ライヒ大帝国に連綿と継承され続けてきた王宮剣術」
「ライヒの王宮剣術……しかし、あの国の剣術は儀式剣術に等しかったと記録されていますが?」
「ええ、その通り。彼女は愛した男、愛された男たちの技術のすべてを吸収し、完成させた剣術――“媛巫女流剣術”を編み出した!」
「“媛巫女流剣術”! 噂に聞いていましたが、実在したとは思いませんでしたよ」
「ええ、そうでしょうね。この剣術は私の神器でもって完成する剣術でしたので!」
「――! 何!?」
(まさか、彼女の戦闘記録が少なかった経緯は……貴様が関わっていたのか!)
クレティアンはユリスの後ろに映る二人の後ろ姿を幻影で捉える。
「“媛巫女流剣術”・“不滅の綺羅星”!」
“不滅の剣”の鋒がクレティアンの胸へ迫る。迫りくる刃を前にクレティアンは“紅薔薇之剣”の音を鳴らして鋒の軌道をずらそうと試みる。
「“白刃流し”」
「甘い!」
軌道をずらそうとする彼の思考を読み切るユリス。同じ存在が六人の身体を支配している。それは同時に思考を共有しているのと同義である。
「読んでいたわ。あなたがそうしてくるのを……だから――」
「――“媛巫女流剣術”・“永劫の綺羅星”!」
光を思わせる刺突がクレティアンの眼前まで迫ってくる。しかも、斜め下からによる刺突である。彼は身を仰け反らせて回避するも、気になったことがある。
(技名が……同じ、だと?)
先程、ハルナはユリスと同じ技名を口にした。本来、同じ技名を使用できるのは“三蓮流”だけであり、あとは“魔剣術”などの特殊技のみである。
一つの技名に複数の呼び方があるのはおかしいのだ。
「解せない面持ちね。それもそうね」
「私たちが今使用した技は“■■の綺羅星”……」
「この技は私たちが持つ武具によって性質も特徴も大きく変わる技だからね!」
「――!?」
(何? 武具によって技の性質が変わる? そんな流派……聞いたこともない――)
「もちろん、この流派は彼女が編み出した流派。かの媛巫女騎士団は全員、この流派を扱える。だけど、すべてが同じ技にして特徴が大きく変わる」
「そして、この流派が現代に伝わずに途絶えたのか……なぜ、“媛巫女流剣術”が広く伝わなかったのか。それは、この流派は変化し続けるのが特徴。しかし、彼女の剣は変化と同時に退化する。自分を追い詰めなければ進化することがない。故に、“媛巫女流剣術”は時代とともに失伝された彼女だけの剣なのよ」
ユリスとハルナが語る。もっとも、語っているのは“彩虹竜アルトゥール”だけども――
「そして、我が流派の型は――」
「無限に存在する!
――“天空の綺羅星”!」
頭上から矢弾を放つシノ。矢弾に見舞わうクレティアンは“紅薔薇之剣”を鳴らして音の刃で撃ち落とした。
「――!」
(見えな――いえ、見えるわ……そう、音の刃ね)
「随分と芸達者ね」
「それはどう――」
身を屈んで回避するクレティアン。彼の頭上に二つの剣閃が走った。
「むぅ……」
「回避されちゃった……」
ティアとアヤが“蒼輝の剣”と“空虚の剣”を振るってクレティアンの首を獲ろうとした。
しかし、彼の“静の闘気”の高さの前に回避された。
「いくら強くなろうと元の強さが低ければ、せっかくの強化も意味をなさない」
彼は冷静に分析して今のティアたちの状態を見抜いた。
しかし、彼の分析は大きな間違いがあった。
相手は“彩虹竜アルトゥール”であり、その素体たるティアたちはすでに人間の枠を超えた異種族へと進化していた。
「残念だけど……」
含み笑いをするティア。
アルトゥールの意識はティアを主導に残りの五人を制御しているのだった。
「あなたの常識なんて“竜種”と融合した人間には通じないわ」
彼女がクスッと笑みを浮かべた。その笑みは不気味に思えて仕方ない。
「――!」
クレティアンは少なからず恐怖を覚えた。
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